小さな頃から

(*パラレル@10歳前後のセツカさんってかんじです。)

小さな頃からお兄さんが大好きだったセツカさんは、何をするにもお兄さんのあとをついてまわります。

今日は、お兄さんが急に近くの大きなお店に買い物に連れて行ってくれるというので、大急ぎで服を出してお兄さんにどれがいいか確かめようと、「どれを着たらかわいいとおもう?」と聞くと、どれでもいいと言われてとても怒り、それでも半ば無理やり選ばせました。

お店に着くと、お兄さんは「好きに見てこい」と言いました。
お兄さんはさっさとカフェに入り、のんびりと外を眺めています。
サングラスをかけているので、まったく表情は読み取れません。
でも、セツカさんは大好きなお兄さんと買い物出きることが嬉しくて、お店の洋服や物を見ては、遠くの方でお兄さんに向かって手を振っています。

しばらくすると、お兄さんは立ち上がって飲んでいたコーヒーカップをカウンターへ戻すと、どこかへ歩き始めました。それに気付いたセツカさんは大慌てで戻り、すたすた歩いて行ってしまうお兄さんのあとを一生懸命追いかけます。

「カイン、カイン、まって・・・アタシもいくっ!!置いてかないで」

やっと追いついたセツカさんは、ハアハア言いながらお兄さんの腕をぐいと掴みます。

「別に・・・そこのドラッグストアで切らしたものを買ってくるだけだ。すぐに戻る」
「ヤダ。カインと一緒に行く」
「セツ、オレの事は兄さんと呼べと前から言ってるだろう」
「ごめんなさい・・・」

しゅん、としたセツカさん。
お兄さんの腕をぐい、と引き寄せて、両腕でぎゅうと握ります。
顔を上げると、覗き込んでいるお兄さんと目が合いました。

「でも、でも・・・あの・・・キャシーがね、あのね、大好きな人の事は、ちゃんと名前で呼ぶのってゆってた。だからアタシも兄さんの事、カインって呼びたい。ダメ?」
「それとこれとは話が別だ」
「え~」
「オレは兄で、お前は妹」
「他の人は兄さんの事、カインって呼んでいいのに、アタシだけ、ダメなの?」

とても悲しそうにセツカさんが言うので、お兄さんは少しだけ考えて、

「でもオレの事を兄さんと呼べるのは、この世でたった一人だけ、お前だけだろう?」

と言いました。
じっとじっと考えて、たった一人だけ、という言葉を少々気に入ったセツカさん。

「そっか。兄さんと呼べるのはアタシだけ」
「オレはお前の事を名前で呼ぶんだから、それでいいだろう?」

とても嬉しそうに、にこ~っと笑ったセツカさん。

「兄さん、兄さん」

何度か意味も無く名前を呼ぶセツカさんにつられて、お兄さんも少しだけ表情を緩めました。

「じゃあ兄さんが他の女の子の名前を呼ぶときは、必ずていねいに呼んでね?名前で呼んだらダメ。名前を呼ぶのは私だけ」
「・・・わかったよ」
「・・・少しめんどうだなって思ったでしょ」
「・・・いいや?セツカ」
「えへへ、ま、いっか」

*******

カインに扮する蓮はベッドの上でしばらく仰向けになり、ぼんやりとしていたかと思うと、体を起こして、セツカであるキョーコを見た。

「どうしたの兄さん。喉でも渇いた?何か持ってくる?」

「いや。・・・最近はカイン、と呼ばないんだな、と思って」

「(・・・そういう設定なのね・・・?)だって、兄さんが兄さんと呼べって言ったのよ」

蓮は少しだけ表情を緩めて、

「そうだったかな」

と、キョーコに言った。

「呼んでいいならカインって呼んじゃうけど。アタシは、兄妹だなんて思われなくてもいいもの。むしろ彼女だって思わるほうが、兄さんのそばに余計な女の人近づかないし。兄さんの大事な名前を呼ぶのは、私でありたいのにな・・・・」

キョーコは蓮にミネラルウォーターの入ったボトルを渡しながら言った。

「だって小さな頃から、神様も他の誰も許してくれなくても、兄さんと結婚するのが夢だったんだから。今も夢は兄さんのお嫁さんから変わって無い。ちゃんとその辺、分かっておいてよね。兄さん」

「わかったよ、セツカ・・・」

セツカのストレートな夢を、蓮はまた少しだけ笑みを浮かべて目を伏せる。

「アタシの事、子供みたいな我がまま言ってるって思ってる?」

セツカを演じながら、キョーコは、心のどこかでセツカは心の奥底でとても寂しがっているような気がした。
どうやっても、兄だけは自分のものにはならない。
その事実に、蓋をしているような。
いつかは自分から離れてどこかへいってしまうかもしれないという、強烈な寂しさ。

「・・・いいや、可愛いと思ってるに決まってるだろう?」
「・・・・・・」

いやいやコレはセツカの我がままへの返答であって、自分への言葉ではないのにもかかわらず、キョーコはなぜか照れて、そしてそれを隠すように蓮に背を向けた。

(セツカだったら単に兄の言葉に照れるんじゃなくて、こんな言葉、きっと言われ慣れていて、少し喜ぶだけのはずだもの。照れている時点でセツカになりきれてないのよっ・・・・ああ、でも、兄さんを大好きな単なる女の子だと思えば、それでもやっぱり照れるのかな・・・・)

「もし兄さんが結婚したら、誰もそばにいなくなって、寂しいな」

キョーコは照れを隠すように、キッチンへ逃げながら、ポツリとつぶやいた。
その言葉は妙にリアルに感じられた。

「・・・う、嘘っ、今のナシっ!!兄さんが結婚なんて許さないものっ」

「セツ」

いつの間にか蓮が横に立っている。
後ろからついてきたのだろうか。
少しだけ驚いたけれども、それよりも、心の中のモヤモヤの方が大きかった。

「兄さんがアタシじゃなくて、他の子を見つめるなんて・・・許さないもの・・・」

キョーコは困ったように蓮を見る。
セツカのストレートな独占欲は、蓮としてもカインとしても嫌いでは無い。
むしろ普段聞けない言葉が聞けるのは嬉しくもあるけれど。

(ここが、ホテルの一室、という条件でなければ)

あまりベッドのそばでセツカのストレートな告白を聞くのは、身に耐えかねる。

「セツは小さな頃から、オレしか見てこなかったからな」

とだけ言って、膨れた頬に手を置いて撫でてその頬を元に戻す。

「いつか誰か他の男が、セツカ、と呼んだら、それは寂しいんだろうな」

蓮がそう言うと、いよいよキョーコは目に涙をためて、

「兄さん以外に私の名前、呼ばせないものっ」

と文句を言い、ぷいっとそっぽを向いた。
セツカの気持ちにになれば、本気で寂しくなって、目から涙が零れた。

それに気付いてそっと抱き締める蓮の腕は、もちろん優しい兄としてのものだったけれども、広くて、暖かかった。

「カイン・・・」
「なんだ」
「呼んでみただけ」
「そうか」
「ダメって言わないの?」
「別に」
「じゃあ今だけ」

キョーコは何度かカイン、と呼んで、蓮の腕の中から出た。

「満足した。ありがと、兄さん」

暖かいと思っても、それが当たり前の感覚がして、今度は照れる事は無かった。

セツカとして「兄さん」と呼ぶと、まるで魔法の呪文のように何でもこなせる気がする。

きっと、兄さん、と呼ぶだけで、セツカはどんな事も全て乗り越えられてきたのだと思う。

「兄さん」
「?」
「家族っていいね」
「・・・ああ、そうだな」
「ずっとずっと、仲良くしてね?」
「ああ」
「それに兄さん、って呼べるのは、私だけだもんね」
「そうだな」

蓮はキョーコの頭を撫でると、部屋から出て行こうとする。

「兄さん?どこへ行くの?アタシも行くっ」

蓮はあんまりにベッタリになってしまったセツに少し笑う。

「・・・・タバコを一本、吸いに行くだけだ。ついてこなくていい」
「・・・わかった。気をつけてね」
「心配性だな、セツは」
「心配性なんじゃないの、本当に心配してるんだから。そのタバコを吸いに行った先で何かあるかもしれないもの」
「・・・・・わかったよ」

カインである蓮はすっかりセツカの気持ちに負けそうになってタバコを選んだ。
セツカの兄に対するストレートな気持ちが、少しでもキョーコに影響すればいいのに、そんな事を思いながら、約束した一本だけをのんびりと吸い、部屋へ向かった。



2011.6.27