不都合な真実(後)


不思議なほど会話が無く、静かな車内に流れるのは、 蓮が気遣って付けただろうFMラジオの英語の音楽で、キョーコも静かに流れ行く景色をただただ眺めていた。

会話が無いのは別に気にならなかったし、蓮はよほど機嫌がいいのか、知っている曲が流れると、時折音楽に合わせて、トントン、と指でハンドルを叩いて音を鳴らした。

キョーコは、そんな蓮を感じるのさえ不思議で、くすぐったい感じがした。


スポーツウエア店に寄り、サングラスをかけて出て行って、適当な服を買ってダウンジャケットを羽織ったラフな格好に『変装』した蓮は、いつものかっちりとした雰囲気ではなくて、妙に親しみやすく感じた。

キョーコは特に変装はしなかった。ただ、蓮が、スポーツ観戦用の紅いマフラーと紅い手袋、蓮と揃いのダウンジャケットを一緒に買ってきて、「寒いかもしれないから」と言って、それをキョーコに手渡した。


「・・・こんなに。ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ。付き合ってくれてありがとう」


そうして、車を走らせる間、殆どの会話は無くて、でも、それは嫌な時間ではなく、各々、自らの思考と景色の中で、その時間を楽しんでいた。途中でキョーコがコンビニエンスストアに寄って欲しいと頼み、ホットコーヒーを二つ買った。車内は、会話の代わりに、コーヒーの香りが占めた。

「着いたよ」

と、蓮が言って、山の中の誰も居ない滝の前に車を止めた。

「秘境、なんだとか言ってたかな。ここがおすすめだって」
「すごい、すごい綺麗ですねっ!」

見渡す限りの紅葉、赤い色や黄色い葉の絨毯。その横を、豊かな水量の滝が流れ落ちている。

蓮は川に近づいていって、そこに手を入れた。何度か手を入れて出して、「冷たいけど気持ちいいよ」と、キョーコにも川の水に触るよう促した。

同じように蓮の隣で、水を触った。綺麗なキョーコの指先が、透明な川の綺麗な水の中で泳いだ。冷たいですねっ、と、キョーコは屈託の無い顔で笑う。それを正面から受け止めた蓮は、ふ、と、穏やかに笑った。


「もしかして、これだけ山奥なら、変装しなくても良かったかもしれませんね」

「いや、寒いから・・・着てきて良かった。突然ここに来ようと思い立ったから何も用意していなかったし。風邪を引かせる訳にはいかないから」

「・・・・・ありがとうございます。でも・・・・敦賀さん、何か、あったんですか?」

「・・・・別に、特別な理由も、煮詰まった訳でもないよ。本当に気分転換がしたかったんだ。あと・・・・まあ・・・・」

「まあ?」

「・・・・・・オレも、最上さんの事なんて一つも言えないんだけど・・・。本当のことを、言ってみたくなっただけ」

「・・・やっぱり、何か嫌なことでも・・・」

「いや?・・・・だから、よく聞いて。最後まで話をしたいけど、こんなに寒いんじゃいけないから、しばらく見たら、車に戻って、どこかで食事でもしよう」

「・・・・?はい、もちろん」

「何が食べたい?ハンバーグ・・・また、食べに行くのもいいかもね」

「はい!もちろん!」

「どこか、ゆっくりと食べられる所があるといいんだけど・・・・」


キョーコは、ハンバーグ、と、聞いて、ニコニコ、と、蓮に笑いかけた。

「私の知っているコーンと、こんな川沿いで、平たいまあるい石を拾って、ハンバーグ王女、って言いながら、遊びました」
「うん・・・」

蓮は、足元の石を見繕って、記憶に残る、ハンバーグの石を探し出す。


「こんな感じだろう?」
「はい・・・・・って、良くご存知ですね」
「くすくす、そうだね、なんとなくこんなサイズかな、と・・・」

蓮が誰にも話していない、不都合な真実を、キョーコに話したら、キョーコはどんな反応をするだろう。キョーコの夢を壊すかもしれない。喜ばしい反応だけではないのかもしれない。だから、このような時間は、その後はもう無いのかもしれないけれど、と、蓮は心の中で思う。



「寒いね、もう、降りようか」
「敦賀さん・・・・気分転換できましたか?」
「うん。おかげで。どうもありがとう、付き合ってくれて」
「いえ、私も一緒にこんなに綺麗な紅葉が見られて・・・久しぶりです。何か、京都にいた時の風景に似てます」

キョーコは脳裏に、京都の自然を思い描いた。

蓮も、脳裏に、京都の自然を思い描いた。



「京都に、戻りたいと思うときがある?」

「郷愁にかられて、とか、ホームシック、というのはあまりありませんけど・・・・それでも、今もう一度ゆっくりと歩いたら、何を思うのかな、と、それは興味がありますけど・・・。敦賀さんは、ゆっくりと京都に行かれた事はありますか?」

「うん。子供のときに何度か、ね」


蓮の子供のとき。キョーコには少しも想像できなかった。子供のころから仕事に目覚めていた蓮は、一体どんな生活をしてきたのだろう。 キョーコは、蓮のことを、何も、知らない。こんなに近くにいるのに。それが少し寂しい。でも、それでいいと思う。いつか、彼の中の真実を、鳥の被り物姿の他人にではなく、キョーコ自身に対して話してくれる日を待ちたいと、願う。


キョーコも、「敦賀さんにも、形にしたくない言葉、ありますよね?」そう聞いてしまいたく思ったけれども、それはしなかった。



夕方が近づいて、冷たい風が吹き、キョーコが、思わず、ふるり、と体を震わせた。それに気づいた蓮も、車を指差す。


「ごめん、寒くなってきたね。もう車に戻ろう。」 


蓮はキョーコの背中を押して促した。


今度はキョーコが車内で押し黙る番で、デートのような、ドライブのようなこのお供について、これは後輩としての仕事なのだと、そう心に言い聞かせていた。


車の中で、蓮はしばらくコーヒーをくるくる、と、回して飲んで、そして、キョーコに向き合った。



「最上さん。」

「え?」

「オレのわがまま、聞いてくれる?」

「ええ。もちろん・・・?」

「一度、京都にも行きたいんだ。その時はついて来てくれないかな」

「え?えええ?時間が合えば幾らでも・・・」

「君に、居て欲しい」


・・・・その意味を類推するに、やはり、お供、という事なのだろうかと、キョーコは、ただ蓮を見つめた。

「行きたいなら一人で行けば?と思っているかな。それでも・・・いいんだけど。決めたことがあるから、君が一緒に居て欲しい。一緒に行きたい所がある」

「・・・・もちろん、私でよければ」

「君じゃなきゃならなくて」

「そ、そうですか・・・・」

「そんなに警戒しなくても。変なことはしないと約束するよ?」

「警戒じゃ、ありませんよ?でも・・・その・・・私はいいですけど、それって社さんとか社長さんの許可とか、頂いた方が良かったりしますか?オーケー頂けるならば、幾らでも・・・・」

「社さんには必ず居場所言うんだし、社長の許可は出ると思うけど。決心したんだ。色々とね。だから、一緒に着いたその先で、話すよ。今でいい気もするんだけど・・・・オレは役者だから、どうも自分の舞台も、たまにはきちんと整えたいらしい。あ、いや、晴れ舞台かどうかはまた別問題だけど・・・・自分の気持ちの中で、きちんと自分の決心にけじめをつけたい、っていう感じかな」


「・・・?よく分かりませんが、分かりました・・・」 



キョーコは蓮の話す言葉を、ただ受け止めていた。蓮は相変わらず機嫌が良いのか、また、車から流れるFMの、英語の歌に合わせて、指をトントンと叩いた。

「敦賀さん、やっぱりなんか、珍しい感じがします」

「そうかな」

「すごく」

「気が楽になったんだろう。早く決心してしまえば何てことはなかったんだけど」

「何かやっぱり・・・。いえ、私に言えない事なら聞きませんけど」

「いや?君がオレに本当の事を言えないのと似ているかもしれないけど・・・悩んではいないんだ。ただ、決心するタイミングをずっと待っていたから」

「そう、ですか・・・?」

「うん。それよりもさ、今これから。何を食べる?ハンバーグでいいの?」

「・・・・・・・♪。はい、もちろんです!ハンバーグがいいです!」

「了解しました、お嬢さん」

蓮はちらりとキョーコの横顔を見て、目を輝かせたキョーコに、蓮も表情を緩めた。

いつか二人で行くであろう京都の、あの懐かしい林の向こうに、思いを馳せながら。













2015.12.4


我が家の10周年記念前後編です。 二人には包み隠さず会話をして愛し合ってしあわせになってほしいとずっと思ってます。いつか見ることができるだろう夢と希望をこめて、お題最後の最後はそんな感じにしてみました。