Wonderful Opportunity

オレのドラマの収録が終わり、彼女のドラマの収録も終わったとメールが入ったから迎えにやってきた。

二人が付き合っている事は、まだ世間には内緒。

社長と社さんだけには、報告してある。

彼女が、不破を見返すまでは、絶対に言わないと断言しているからなのだけれど。

こうして同じ局内になった時に迎えに来る事すら良くないと、この子は家で頬をふくらます。

オレを見つけて頭を下げた彼女は、それでもオレに座る場所を分けてくれた。

「敦賀さん、私これから急にラブミー部の依頼で、ここで座っていないといけないんです。だから、ごめんなさい、先に・・・」

「座っているだけの仕事?」

「ええ」

「なんで?」

「今日来るはずだったエキストラさんの人数が違っていて・・・足りないんだそうです」

「そう、じゃあオレも座ってようかな」

「は???だ、ダメですよ。何言っているんですか」

「だって座っているだけだろ?一人じゃ暇だもん。オレたちがはっきり映るわけじゃないし」

そう言って顔を上げると、二人で座っていた椅子の横を、オレも顔見知りなそのドラマの監督が通りかかった。

「お、敦賀君、元気?なんだか・・・。そうだ、もし暇ならさ、そこで座っていてくれない?ギャラは・・・うーん今度メシ一回じゃ、だめ?オレの顔、立ててくれないかなあ~。敦賀君がそこにいてくれたらさ、放送前のネタにもなるしさぁ」

「ホラね?最上さん。OK出たよ?」

そうにっこりと笑って彼女の顔を見下げたら、えぇぇぇという不満そうな顔をされた。

「何で座ってるだけなのにそんなに不満なわけ?ねぇ?監督」

「いやあさぁ、敦賀君。座っているだけなんだけどね。いやいや、いいのいいの。君はそんな事気にしないで。京子ちゃん、撮影直前にでも説明しておいてね」

そう監督は何か隠すような言い方をして、オレに「じゃ、頼んだから」と嬉しそうにどこかへ行ってしまった。

「ねぇ、なんで君も監督も、何か言いにくそうにしている訳?」

そう言ってみたら、彼女は「知りませんっ!!!」と言って、プイと顔を背けて怒ってしまった。

「座っているだけなのをOKしただけで、オレは何か怒られるような事、した訳?」

「だって座っているだけといっても、ラブラブバカップルをやらなきゃいけないんですよ????隠しているのに」

「ちょ、ちょっと待って。いいじゃないか。別に。じゃあ君はオレじゃなく他の男とラブラブバカップルぶりをこれからやろうとしていた訳だろう?しかも「オレがここで待っている」って分かっていて、だよ?」

「だから先に帰ってくださいと言ったのに。それに仕事ですから。それは敦賀さんが一番分かっているじゃないですか」

勢いで、少しだけ大きい声になってしまった彼女の口を手で塞いだ。

「こら。落ち着いて。そうじゃなくて。今大事な事はこのドラマに必要な人が足りない。監督が声かけるぐらい足りないわけ?」

「いえ、そんな事は無かったと思うんですけど?」

頭に「?」マークをつけたまま、彼女は首をかしげた。

「まぁいいや、ほとんど映らないんだから。やろうよ、せっかくだし。記念になるかもしれないよ?」

「敦賀さんがノーギャラですよ?」

「いいよ別にそんなの・・・」

――他の男とラブラブバカップルぶりを披露されて、それを傍で見るのもイヤだし。

と思い切り公私混同しているオレも、ただのバカの一人なのだろう。


そうして、彼女とひたすらバカップルを演じる事十五分。別にワンカットだから、そんなに長くない。隣に座って、ただお互いにっこり微笑んでいるだけ。

彼女は本当に本気でやっていたのだろう。「私が想像するバカ女をがんばりますから」と意気揚々気合を入れていて、「笑わないで下さいね」とそう付け足していた。

オレはただ、その彼女の演技を間近で楽しんでいただけ。

監督自ら「助かったよ~」と言って、水を渡しに来てくれた。

「あ、お疲れ様でしたっ、すみません」

勢いよく立ち上がって監督へ挨拶をした彼女は、いつもの彼女だった。

「いやいや。京子さんの横にいる敦賀君がすごく柔和な顔してたから無理を承知でお願いしたんだけど。でもオレの目に狂いは無かった。良かったよ~。いいもの撮らせてもらった。ラッキーだねオレは。じゃあドラマ楽しみにしてて。ちゃんと使うからさ」

そう言ってまた監督は嬉しそうに行ってしまった。

けれど。

オレの横の温度は三度ほど下がっただろう。

「敦賀さんっ!!!だから言ったじゃないですかっ。敦賀さんがいるとなったら、使わないわけが無いんです!!私のバカ女ぶりが全国放送ですよ?」

むきになって怒る彼女の口をまた手で塞ぐ。

「さ、帰ろう。君の演技久々に間近で見たな。今度は今の演技、オレだけに見せてね。可愛いかったから」

にっこり笑ってそう言うと、彼女は真っ赤になった。

社さんが横で一言、「お前は素だったね」と苦笑いしていた。

彼女の想像したものは、どうも昔の自分のようだった。

オレの大好きな「キョーコちゃん」。

久々に見た。

彼女と二人なら、たまにはいいね。

ただの通行人AとBになってみるのも。






2005.10.20

2019.07.06 改稿