The Tender Irony





部屋に入るなりすぐに眉をひそめたのは、妹のセツカ・ヒールだった。
「兄さん」、とセツカが目の前のベッドに座って本を読んでいる兄に声をかける。



兄さんと呼ばれたカイン・ヒールが視線だけセツカによこした。



「ベッドの上でタバコを吸わないで、と何度言ったら分かるの!」
「あぁ・・・」



聞いているのか聞いていないのか、再度煙を吸い込んだ兄の口からセツカはタバコを奪い、ベッドサイドの灰皿・・・・既に山になっている・・・・に消すべく勢いよく先端を押しつけようとして、それをやめた。



「・・・・?」


カインがセツカを見つめる。


「これがそんなに好きなの・・・?」



セツカはそれを自らの口に持っていって、口にくわえた。



「やめるんだ」
「あ、もうっ・・・」
「・・・・・・っ・・・」



口でもごもごしたのち、肺深くに吸い込もうとした妹の口からそれを奪うようにして掴んだ兄は、すぐに声にならない息を吐き出し、少し言葉を詰まらせて、その綺麗な顔をゆがめた。



「何?兄さん・・・」
「火の先が手にあたった。なんでもない」


タバコを灰皿に押し付けて消したあと、手の平をグーパーと何度か開いたり閉じたりして、兄は平気なそぶりをして見せた。しかし既に少し赤くなっている。



「やだ!!冷やさなきゃ!」



妹はあわててベッドから立ち上がると冷蔵庫に向かい、氷を袋の中に詰めて戻ってきた。



「はい、冷やして。じゃないと痕が残るから・・・」
「平気だって・・・」



有無を言わさずセツカがカインの手のひらに置いて、痛い・・・?と心配そうに兄の顔を覗き込んだ。



「お前がいたずらするからだ」、と、カインは少し呆れたように言って、それを聞いたセツカは、「わたしよりタバコの相手の方が多いんだもの」と、横でむくれた。


あーあ、と言って、セツカはベッドに勢いよく腰掛け、足を組んで兄にもたれかかる。



「タバコなんてうまいもんじゃない。それに一度知ったらやめられなくなる」
「兄さんが知ってる事ならわたしも知りたい」
「ダメだ。二度と吸うな。人のものを奪うな」



少し強い口調でカインがたしなめれば、セツカは、ぷい、と、そっぽを向いた。子ども扱いされたような気がして、少しだけ、すねた。


「・・・あんな煙いものこっちから願い下げだけど。ダメな理由がわたしが未成年だからとかだったら、そんな事兄さんに言える筋合いない」
「・・・そんなに知りたいなら」



と言った兄は、手の中の氷をサイドボードに置くと、そっぽを向いた妹の顔を引き寄せて、唇を覆った。



慣れた手つきで妹の耳に手を滑らせ、髪をかきあげる。



「ん・・・」



と、セツカから鼻にかかった声が漏れた。
そして、離れたセツカは、またむくれる。



「だから前から言ってるのに・・・タバコを吸った後のキスはおいしくないって・・・」
「もしお前がタバコを覚えたら、オレのキスも不味くなる。だからダメだ」
「もう・・・自分勝手・・・」
「オレがタバコをやめてお前に美味しいキスをとことん教えてやっても良いが・・・それは別の男に教わるんだな」
「・・・別の男が出来たら全部追い払うくせに・・・。わたしが知るキスはとことん美味しくなくていいもの・・・・わたしは全部兄さんから知りたい・・・・」




今度はセツカから兄の唇を塞いで、再びタバコに手を伸ばそうとした兄の手を握り、それを防いだ。












2010.04.20