SKIN






ゆるく、蓮の唇がキョーコのそれを捉えて、ながい事もてあそんでいる。舌先を絡めては吸い上げると同時に背中をゆっくりと蓮のながい指が降りながら這っていく。キョーコの身体が震える。歯列を追う。一度唇を離し、蓮の舌先で濡れた、キョーコの薄い緋色を端からゆるり・・・と舐めとると、キョーコの身体が、びくり、と一瞬強く震えると同時にひどく恥らったのを、蓮は肌で感じていた。

逃げて逆に差し出されたうなじが白くて、吸い寄せられるようにそこに唇を這わせた。再び身体が反応して、逃げる。再び唇に戻る。また逃げる舌先を追って絡める。その繰り返し。焦らしているのか、蓮は一切キョーコの身体に手を這わせない。火照り焦れたキョーコは、苦しそうな浅い息を繰り返しながら、蓮にゆるゆるとやや合わない焦点を向けた。


「どうして欲しい?」


その表情と様子を見て蓮は、ふっ・・・と、不敵なようでもあり、意地悪いような気もする、満足げな笑みを浮かべる。

「・・・・・・・・・・・」


するとキョーコは唇を離し、首に回していた腕を解くと、蓮の身体を両手で押し戻した。キョーコは一瞬ひどく苦しげな表情を浮かべた。蓮は唇で遊びすぎて息継ぎができなかったのかと思い、ごめん、と言った。するとキョーコは首を横に振る。そして、「ちがうんです・・・ゴメンなさい」と吐き出すように言った。

「何・・・?どうした・・・?集中できない?」
「・・・・私が・・・いけないんです・・・・。」

キョーコがだんまりになってしまい、仕方なく蓮はあやすように抱き締めようとして、それすらも拒否され、身体を押し戻された。

「何か、オレはいやな事でもしたのかな・・・?」

蓮がそう言うと、キョーコはやはり苦しげに首を振り、「ゴメンなさい・・・」とだけ言って勢いよく立ち上がった。近くにあったジャケットを取り、鞄を持ち上げると、すたすたと玄関に向かう。こんな時でも、きちんとお辞儀をして「帰ります・・・おやすみなさい」、と言って、キョーコは玄関のドアを閉めた。その発せられた声は上の空で、ほぼ空虚だった。


「キョーコ・・・」


どう考えてもおかしい彼女の態度に、その理由を聞くことも出来ないまま、彼女は出ていってしまった。追っても彼女の性格上振り向きもしないだろうから、身の安全だけを願って、追うのをやめた。


――今にも泣きそうだったのは気のせいだろうか・・・。この場面にはかつて遭遇した事が何度もある。こういう場合、やはり無理にでも引き止めるべきだったのだろうか・・・・。


半分放心状態で蓮はその場にしばらく立ち尽くし、そして、深く溜息をついた。


*****


「敦賀さん、今日の夜みんなで食事に行こうって言っているんですっ。」

撮影後蓮に声を掛けたのは、LMEが誇る新人アイドルの一人だった。彼女の売り出しのドラマの相手に蓮が選ばれ、毎日ひとつひとつをこなし終えて、もうすぐワンクールが終わる頃になった。

「いや、ゴメン、今日は・・・」
「今日は行くって言って下さいましたから、LMEの皆さんが沢山来るんです。敦賀さん今日の夜は大丈夫そうだとお聞きしたので、皆が合わせたんですっ。驚かせようと思って!」

ねだり気味の視線を蓮に這わせた彼女に、蓮は仕方なく諦めて、「そうだったね」と言った。沢山の人が蓮に合わせて来ると言われてしまっては、仕事も同様。諦めざるを得ない。社にスケジュールの確認をすると、不幸にも仕事は終わり。相手方の方が一枚上手で、先に蓮のスケジュールを確認してあった様子だった。

「ええと、俺は車で向かうんだけど・・・ここからどこに行けばいいのかな。」
「えっと、赤坂の○○・・・というお店で、行き方はこの場所から・・・」

嬉しそうに地図を取り出したその少女の、間延びした声が甘ったるく蓮に説明する。妙に身体を摺り寄せられ、不相応に強い香水の香りに酔いそうになり、少しだけ避ける。

「敦賀さん?」
「ん?」
「聞いてます?」
「聞いてるよ。」
「じゃあ、8時にこのお店で開始ですからっ、あ、もし遅れそうでしたら、この携帯ナンバーに電話して下さいね?」

明らかに、今から車で向かうには時間が足りないのが分かった。携帯にわざと電話させようとしている意図が汲み取れたから、先に、「道も混んでいるから、八時には間に合いそうにないよ。先に楽しんでいて?」とだけ、言った。

「そうですかぁ~?」

彼女は、大げさに蓮に返す。とりあえず地図を社に手渡し、まるで彼女は蓮に乗せて行って貰おうとばかりに、「私もこれからマネージャーの車で行くんです」と言いながら目を輝かせたが、蓮はそうしなかった。

「ごめんね、このあと少しだけ寄る所があるんだ。」

蓮は、拒絶を含めた綺麗な笑み・・・彼女にとっては神々しい笑顔・・・を浮かべた。




*****


残念ながら、蓮の機嫌は、昨晩から非常に悪かった。普段最上級のフェミニスターな蓮もさすがに他の女の子の事を気にかけるどころではない。久しぶりに会えて、一緒に食事をし、連れて帰ってゆっくりキョーコの唇を味わった、ただそれだけでなぜあのような様子になるのかが分からなかった。本来なら朝まで一緒だったはずだ。苛立ちと、怒りというよりは寧ろ妙な不安がして、食事なんてする気にもならない。一日、黙ったままで、普段なら談笑をする蓮も、今日は休憩時間になると早々に一人になった。

「蓮。」

社が車中で声を掛ける。

「はい。」
「お前・・・今日なんだかおかしいよ。どうした?」
「単に少々疲れただけでしょう。」
「だって昨晩はキョーコちゃんと一緒だったんだろう?お前の機嫌がそんなに悪くなるわけがない。」
「・・・・・・・・・。」

深く息を吸い、深く吐いた音が聞こえ、社にはその溜息が、図星をついた反応に感じられた。だから、責め気味だった口調を、少しだけ同情気味に柔らかく変えた。

「何、めずらしいな。喧嘩でもした?」
「いいえ。」
「じゃあそんなに機嫌が悪くなるなんて、お前の仕事ぶりからしても別に仕事が問題じゃあ無さそうだし・・・朝からずっとだんまりだっただろ?キョーコちゃんとの事以外なんて考えられないんだけど。お前はたとえ1時間しか眠れないようなスケジュールだって普通の顔でこなす男だろ。」
「・・・・そうですね。」

諦めたように、吐き出すようにして蓮はそう言った。相当キテるな、社はそう思ったが、口にはしなかった。概ね蓮がキョーコをからかいすぎて怒らせたとか、キョーコが蓮以外の男との話をしたとか、そんな事だろうかと思って、まさか蓮が一方的にキョーコにおいていかれた状況などは想像もしなかった。


*****


蓮と社が店に着くと、先程の女の子は既に着いており、彼女はキョーコに話しかけていた。彼女がキョーコを誘い出したのは容易に想像がついた。キョーコを事務所の先輩として慕っていた。キョーコは蓮を捉えると、事務所の後輩として当然の礼儀のように「こんばんは」、と綺麗な笑みと共に頭を下げた。が、かえってそれが蓮の機嫌をさらにそこねる結果になる。「こんばんは」とだけ蓮も他人と同じように挨拶を返した。

「あ、敦賀さんっ。」

先程の彼女が振り向いて気付き、蓮の席を指示する。蓮の席とキョーコの席はそんなに近くなかった。むしろ対角線上にあり、目の端に捉えるぐらい。会話をするのも困難だろう。

しかし社は当然のようにキョーコの横に座った。キョーコも気の知れた人間が傍に来たのを喜んだのか、嬉しそうに「こんばんは」と言って微笑む。その素の笑みを見たとき、自分には今見せなかったそれを見て、再び蓮の機嫌度指数は一つマイナスに向かった。全てを知っているマネージャーに嫉妬するなど、とにかくひどい独占欲だと思うが、自分でもよく分からないドロドロした感情が体内で徐々に処理しきれなくなっているのは明らかだった。

仕方なく黙ったまま渡されたウーロン茶のグラスを片手に綺麗な笑みを浮かべたまま過ごし、目の前の女の子が「敦賀さん、聞いてくださっているでしょうか・・・?」と目の前で不思議そうな顔をしているのを見たとき、心も身体も全てがキョーコへの感情でいっぱいで、まったく聞いていなかったと気づいて、蓮はふっと力が抜けたように「ゴメン、聞いてなかった」と、今日のうち初めて正直に力の抜けた笑みを浮かべ、素直に告げた。

「え~~~~!」
「ゴメン、ゴメンね?ちょっと明日の台詞が頭の中で流れてしまったら気になってしまって・・・・」
「も~次は聞いてくださいね~??」
「うん、聞くよ。」
「じゃあ、かんぱぁ~い♪」

相手に差し出されたグラスに、蓮は、注がれてから一滴も減っていないグラスを差し出すと、周りからも「かんぱ~い」と寄って来た多くの女の子にグラスを合わせられ、そのまま囲まれる。そして囲まれた蓮を助けようと他の俳優も近寄り、もう席など関係ない状態に盛り上がっていた。

それを見ていた社が、キョーコにこっそりと耳元で、「大丈夫なの?」と聞いた。
「・・・楽しそうですね。」
「違うよ、キョーコちゃんだよ。」
「え?へんな顔してました?ちょっと雰囲気に酔っちゃっただけです。」
「そうかなぁ?キョーコちゃん、今、目を逸らさなかった?」
「そんな事ないです。」
「今日さ、蓮、朝から一日おかしかったんだよね。もしかして・・・あのさ・・・その・・・・け、ケンカでもしたのかとお、思って・・・ね?」

社は最後少々言いにくそうに尋ねた。

「ちがうんです・・・。」

それだけ言うと、キョーコはまた一瞬の苦しげとも寂しげともとれる表情を浮かべ、そして、社に「本当に酔ったみたいです、帰ります」と告げて、立ち上がった。

「キョ、キョーコちゃん・・・・!」

慌てたのは社で、京子を慕っている女の子も、蓮の傍からキョーコが帰ろうとした様子に気付いて、遠くの方から京子に声を掛けた。

「京子さぁ~~~ん。お帰りになるんですか???」
「あ、うん・・・酔ったみたいだから、ひどくならないうちに帰るね。今日は誘ってくれてありがとっ。」
「また一緒に飲みましょうね~~~~今度は二人でお店に行きましょう!」
「うん、ありがと、またね。」

キョーコはにこり、とその子に向かって笑みを浮かべ、席を立った。先輩陣に頭を下げて回り、蓮にももちろん「今日はありがとうございました」と同じ表情で言って頭を下げる。蓮の機嫌度指数はまた一つ下がる。後輩達に「またね」と言って去ろうとした。すると社が立ち上がってキョーコの身体を支えて、「蓮、悪い、オレが飲ませすぎた。送ってあげてくれないかな。」とわざと周りに聞こえるように告げた。

蓮は「最上さん、送るよ」と、聞こえるように言った。

社は、盛り上がっている中から蓮を取り上げしまって自分は悪者になるだろうと思ったが、それよりも何とかこの二人をまとめて帰す事に成功したと、とりあえずほっと胸をなでおろす。周りもマネージャーがそう言ったならと思ったらしく、幸いにして社を恨めしい目で見る人間はいなかった。こんな時、蓮のマネージャーで良かったと心から思う。


「大丈夫です、一人で帰れます。楽しんでいて下さい。」
「君の言う「大丈夫」はあてにならないな。」


その一言でキョーコはその後の反論をするのをやめた。「すみません」と本当にすまなそうに一言言った。蓮の声はもちろんいつも通り穏やか、むしろ怖いぐらいに穏やかだ。他の人間(社を除く)にとっては、単に蓮に送られるだろう「羨ましい会話」に聞こえただろうが、当のキョーコにとっては、背筋に久しぶりの冷たい汗が流れた。


原因が自分にあるのは分かっている。当然昨晩の自分の行動のせいだ。この後、送ってくれるだろう車内で蓮が無言なのも想像がつく。当然だろう。


「最上さん、先に社さんと車まで行ってて。あとから行くから。」
「・・・・・すみません・・・・。」


キョーコは、蓮の彼女であるのに、今の場を去るのに蓮を巻き込んだ事を本当にすまなそうにしていた。その声は本当のキョーコの声だと蓮は思うが、機嫌度指数は一つまた下がる。


蓮は周りに、ついでに自分も帰ると言い、先輩陣に頭を下げて回る。女の子たちが、本気で残念そうな声を上げたから、また今度一緒に飲もうね?と、蓮はいつもの優しさでそう言っていた。社に言わせるとそういう行為は「またそんな事を言うとキョーコちゃんを失うよ」という事になるらしい。今回ももし社が傍に居たら、同じように言われたのだろうと蓮は思った。


*****


車中で、当然無言に包まれ、社は慣れているかのように黙ったまま、しばらくして手帳を開き明日の予定を蓮に告げ、蓮が「分かりました」と言った後、再び静かな車内で、キョーコの携帯が震えた。

「はい。」

キョーコが出ると、静かな車内にその携帯電話からある男の声が漏れ聞こえた。蓮にとっては後輩俳優、キョーコにとっては先輩俳優の、先の場に居た一人の声が聞こえてきて、社は背中が凍るような気がした。


――い、今このタイミングで他の男・・・しかも彼女に好意を寄せている男から電話がかかってくるなんて、もうオレはフォローしようが無いよ・・・・。


『京子ちゃん?』
「お疲れ様ですっ。」
『大丈夫?すごく酔ったんだって・・・?』
「あ、はいっ・・・大丈夫です。」
『今敦賀さんの車の中なの?オレが送ってあげたってよかったのに・・・無理しないように気をつけてね。』
「すみません、お気遣いありがとうございます。」
『ちゃんと送ってもらってゆっくり休んで。』
「は、はい。すみません、ありがとうございます、失礼します。」

キョーコが携帯電話を切り、車内に再び静寂が戻った時、蓮の機嫌度指数はマイナスいくつまで下がっただろう。

以前から彼がキョーコに好意を寄せているのはLMEの誰もが知っている。キョーコは先輩俳優からの電話に失礼の無いようにと必死で気付かなかっただろうが、傍で漏れ聞こえる男の声と内容を聞きながら、社がそろ~っと蓮の横顔を伺うと、その表情がまったく動かない事に気づいた。「あぁ、キテるな・・・」と思った。だから、「蓮、キョーコちゃんを壊すなよ」と、男として、それだけを最後に告げた。


*****



蓮は地下駐車場に車を止めるとすぐに有無を言わさぬ強さでキョーコの腕を引いた。
部屋のある階まで離さなかった。


玄関を開け、閉めるとすぐに蓮の唇はキョーコのそれを塞いだ。逃げようとするキョーコの腕を押し付け、普段の穏やかさからは信じられないような凶暴さでキョーコの唇を追った。



彼女の身体のいちばん奥まで暴いて乱れさせ、抱いて自分の欲望で穢し、自身がもたげる狂気にも似た雄の征服欲でどんなに激しく抱いてもまだ、彼女の心身は壊れる事もなく綺麗なままだ。その無垢さは蓮を限りなく深く引きつけ溺れさせ、さらに自身の持つ彼女への激情と欲望を深く煽る事になる。

キョーコ以外ではこんな気持ちになったこともないから、その感情を体内で持て余し、たまにそれが暴走しそうになる事もあった。狂気に似た激情は、片恋のように激しく、日々身体を焦がし侵食していたようだ。今、自身でもわけもわからない苛立ちと焦燥が身体を支配する。普段は抑えてきたのに、簡単にその箍は外れたようだった。


「ハッ・・・れん・・・れん・・」
「なに?」
「・・・やめて・・・おねがい・・・。」
「・・・・・いやだ。」


蓮は鬱陶しそうに自分のシャツの第一ボタンを外す。あらわになる喉仏は、意地悪くクッと笑って締まった。服の上から蓮の手が、届く所余すことなくキョーコの体中を荒々しくまさぐる。

「昨日は君を帰して後悔したんだ・・・だから今日は絶対に帰さないし、離さない。」

キョーコは、諦めて、力を抜いた。なすがままにされるかのように、蓮の唇を受け止める。こんなに感情的な蓮は初めてで、どう対処したらいいのか分からず、まるで初めてか、他人に唇を奪われているかのような感覚でその激しい唇をただ必死で受けとめていた。


キョーコが一切抵抗をしなくなったのに気付いて蓮は唇を離した。


「・・・・・・・どうして・・・・・・・・・・どうして君は。」


蓮が、どん、と強く一度ドアをこぶしで叩き、絞り出すような切ない声を出す。再びキョーコは驚いて目を大きく見開き、蓮の目を今日初めて正面から覗いた。


「オレは、君を幸せにしてあげられてない?君の嫌がることばかりしている?オレばかり幸せになって、オレが君を幸せにしてあげられて無いのなら、本当に望む事を言って。」
「ちがう、違いますっ・・・。」
「昨日も『違う』と言った。何が『違う?』」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「寝室に行こう。君の身体に直接聞く。」



蓮はキョーコの身体を抱き上げると、靴を脱がせて、寝室に向かった。



蓮はキョーコを優しくふわり、とベッドサイドに降ろす。
すぐにキョーコを攻めようとした蓮の身体を抱き締めて、「待ってください」と懇願した。


「いやだ」
「・・・お願い・・・。」

キョーコの声はもう限りなく涙声に近い声だった。蓮はこの声に弱い。それを知っていて演じているのかと今の最大限に追い詰められた感情ではそんな風に一瞬意地悪く思った。しかしそれは本気で出された声のようだった。抱き寄せて撫でた身体は小さく震えていて、思わず、ゴメン、と口をついて出た。


「・・・・私・・・幸せすぎて・・・・昨日・・・・ふと思ってしまったんです・・・・。ねぇ、どれだけの女の人をそうして上手に口付けて抱いて幸せにしてきたんですか・・・・?って・・・・。ゴメンなさい。そう思ったら苦しくなってしまって・・・・。私は全てが初めてで・・・そ、その・・・気持ちよくさせてあげているかよ、よく分からないですし・・・私ばっかり幸せになりすぎてて・・・・。」
「・・・・・・・・・・。」

蓮はキョーコから発せられた真実の愉悦に酔う。どうしようもなく抱きたくて、一言、「君はバカだ」と言い、キョーコをベッドに横たわらせると、膝をベッドに乗せ、随分と高い位置からキョーコを見下ろした。

「オレがどれだけ君を好きなのか、どれだけ愛しているのか伝えられていると思ったけど・・・どの位だとか、誰かとか、比較のうえに恋愛は無い。でもあえて比較しようか?君以上に誰かを抱いて心も身体もおかしくなるほど気持ちよくなった事なんて無い。それに・・・オレの頭の中なんて君に到底見せられないよ。オレの頭の中では何度も君を・・・男の欲望のまま、壊れそうなぐらい激しく抱いて啼かせてるって言ったら、君は満足?それとも男が怖い?」


・・・大人気なくキョーコを責め、蓮の体中に渦巻く苛立ちと焦燥感は、殆どがこの子を失ってしまう、という不安要素一点によって起こっていた。その一瞬の不安だけで、こんなにも自分を見失うのかと、あとで振り返った蓮はそう思った。恋をしているのだと・・・・。


キョーコは首を左右に振る。それを見た蓮は鬱陶しげにシャツを脱ぐと、キョーコの身体を腕に抱きいれ、抱き締めた。


「どうしようもなく愛してるんだ。だけどね、理性の届かない所になるとオレは君を傷つける。」
「ゴメンなさい・・・・。」
「幸せなんだ・・・・。」


蓮は先ほどの激しい声とは対照的に、ぽつりとそう言った。
蓮の肩が少しだけ小さく見えて、キョーコは蓮の背中を撫でた。




キョーコの瞳と蓮の瞳が、ゆっくりと合わさり、自然と口付け合っていた。溶けた緊張のせいで、キョーコの舌先はひどく敏感で、肌を合わせている蓮に如実にその強い反応を伝える。優しく蓮がキョーコの額の髪をかきあげ、その額に口付け、震える目蓋に口付け、頬に口付けた。


「君はオレが「幸せ」なのか、と聞いたけど・・・・君に恋の幸せも、抱く幸せも教えてもらったんだ。他の女の子の事、幸せにしてきたかと言えば全く自信が無い。でも、こうして君を気持ちよくさせてあげる事が出来るのが・・・唯一の収穫かな?」

蓮はキョーコの弱い皮膚をなぞりながら、そっと笑った。当然反射反応する。キョーコがおもむろに身体を起こす。


「キョーコちゃん・・・?今日はもう帰さないよ?」
「・・・・・・い、いつも・・・その・・・して貰っているから・・・あとお詫びに・・・。」

ベッドに両膝をつけると、頬を包み、そっと蓮の唇に口付けた。蓮の唇にそっと舌を入れて絡める。慣れない不器用な指が、そろそろ蓮の肌を撫でる。逆に妙にくすぐったく、ある一点でビクリ、と身体が反応したのを感じたキョーコは驚いて唇を離した。目を丸くするキョーコを見て蓮は可笑しそうに笑った。


「オレの弱いトコだよ。」


ニヤリ、と蓮は片方の頬だけを歪めて笑った。
キョーコは真っ赤に照れて、蓮を抱き締める。

「もう終わり?」

のぼせて、かくかく、と骨格標本が動くような動きを繰り返すキョーコを抱き締めなおし、横たえると、

「今度はもう少し頑張ってね?」

そう言って、いつものように胸の薄い肌を吸い上げ、印を付けた。キョーコは、自分の身体の上で蓮が見下ろしている様を見上げ、その月明かりが作り出す陰影と壮絶な色気に、また目を奪われた。照れて身体が火照る。その表情を見た蓮は、心から愛しそうに穏やかに笑った。


「キョーコちゃんどうしたの?今日は・・・。可愛いからいいけど・・・。」
「・・・もう、もう、満足しました・・・・。」
「まだ満足されたら困るんだけどな・・・・オレにも君を抱く権利を分けてくれないとね・・・・。」



愛しい蓮の頬をそっと撫でるキョーコの切なげな表情は、そのまま蓮に移り、そして、互いに好きだと、心が叫んだ。



互いの頬を、鼻筋を、唇を指で辿りあい、キョーコが「他の女の人に嫉妬して拗ねてゴメンなさい」と言うと、蓮は「理由が分からず帰られるのは辛かった」と言って、互いの心の曇りを溶かしていく。


ようやく一日ぶりに再度キョーコを味わう権利を得た蓮は、水を得た魚、キョーコを攻め上げる。キョーコの身体は、今日は異常に感じやすく、その声もいつものように隠すことも無く、蓮に放たれる。深くリラックスしているのだろうか。まるで何もかもを蓮に預け、見せてくれているような気がして、蓮は単純に嬉しかった。蓮がキョーコの新しい弱点を探りあてようと躍起になったら、キョーコがくすぐったがり、笑いながら止められた。


蓮の指と唇はキョーコの身体を先から先までまるで壊れやすい宝物を扱うようにそっとくちづけ、時に強く吸い上げる。キョーコを起こし背中から抱き締める。耳元でいやらしい睦言を囁きながら、蓮の指はキョーコを探り出し、攻め上げる。手慣れた手つきでキョーコの弱点を攻め、指の全てに反応してしまうキョーコは、蓮の腕に顔を埋めながら、涙ぐみ、高く細い声を上げて脱力した。


「好きだよ・・・」


蓮がキョーコの耳元に甘く吹き込み攻めると、キョーコ身体は素直に反応する。蓮のひどく猛る欲望をきつく締め付けながらも全て飲み込む。キョーコの細い腰と自分の異常に猛るそれの対比にひどい倒錯感を覚える。いつまで経っても慣れない最初の衝撃にキョーコは息を大きく吐いた。


ゆるゆると動き馴染ませる間に、敏感な部分を突いたらしい。甘ったるく蓮を求める声が、蓮の耳に戻ってくる。その声が蓮の感情をひどく満たす。指では決して届かないそこを攻める時、分かりやすくもどこがいいのかを正確に教えてくれる。自分が全てを押し開き、自分を求めるように甘くいやらしく徐々に慣らし育てた身体。蓮以外の誰もその場所を知らない、その事が蓮の雄の劣情を更に満足させているということも、キョーコは知らないのだろう・・・。


キョーコの浅く小刻みな吐息とは対照的な蓮の大きな肩の上下。強く指を絡め合い、快感の波に飲まれ、自我を失い、理性を失った中で、いつも互いに残るのは、互いの肌の感触と、魂が触れ合う感覚。好きだと、愛していると、言葉で縛りあい、身体を繋げて魂を縛りあい、何よりも近くに寄り添う感覚。いつもはとても強くしなやかに生きているキョーコの腕が、弱く頼りなく蓮を捜し求める。切なげな声で蓮を呼ぶ声が甘く響く。


「れん、れん、れん・・・・・っ・・・・。」
「イキそう?イッていいよ、キョーコちゃん・・・。」
「・・・・ん~~~~~・・・・・・ハ・・・あ、アァッ・・・・・れんっ・・・。」

キョーコが果てたのと同時に、キョーコの細い腰を強く引き寄せ、蓮もまた全てを開放した。




随分と昔、とても幼かった頃見せてくれたあの笑顔が今、蓮の腕の中にある。
大事にしたいそれは、本当に大事に出来ているのだろうか。
ただ、一ついえる事は、互いに理性を開放するたび、どんどん好きになってしまっているという事だろう。魂が触れ合うと同時に、絡みあい、強烈な愛を感じる。
言葉に出来ないそれは、肌を重ねることでしか確かめられない。
肌が合うというのは、魂が触れ合い同化する事に近いかもしれないと蓮は思う。


「幸せ・・・・。」
「うん・・・幸せだね・・・・。」

半分眠りかけているキョーコが蓮の身体の上で蓮の肌を撫でながらそう言うと、蓮は笑った。キョーコは幸せすぎて、嬉しくて涙が出た。その涙を蓮は「どうしたの」と言いながら優しく拭う。


「お願い、私以外の女の人をこうして抱いて幸せにしないで下さい・・・。」
「・・・君もね。」
「蓮以外の人に抱かれる位なら、自ら舌を噛み切ります・・・。」
「うん・・・。」
「本当は、蓮が話している女の人全てに嫉妬しちゃう・・・・蓮は優しいから・・・・誰にでもどんな女の人にでも優しくするから・・・。」
「今日は一日君のことしか考えてなかったんだ・・・今日のパーティも殆ど上の空だったよ・・・。」
「そうですか・・・?ふふ・・・・。」


彼女は自分に似ている。とても激しい気性の持ち主なのは、キョーコも同じなのだと蓮は思う。普段それを隠しているだけで・・・。

自分と彼女の思いの深さや不安はもしかしたら自分と同じぐらいかもしれない。そんな風に自惚れてみてもいいかな、と、その日、蓮は思った。







2007.10.18


Special Thanks to 2nd. Anniversary