CHANEL   EGOISTE PLATINUM

―― 香水はキスしてほしいところにつけるものなのよ ――



マドモアゼル シャネル

CHANEL   EGOISTE PLATINUM




彼女の香水を自ら買い続けて早数年。

部屋にいくつも綺麗に並べられた香水のボトルは、数を増している。

香りが気に入る場合もあれば、ボトルに、彼女が気に入るだろう可愛らしいフェアリーが乗っているから、という理由で買う事もあったし、珍しく彼女が欲しいとねだってくれたこともあった。

オレのリビングに置いてある酒の瓶のように、多種多様な色とりどりの瓶。どの香水が一番好きかと聞かれても、それは決められない。その時々に応じて自分が飲む酒を分けるように、今日は元気が出るように、今日は特別な日、リラックスする時間、そして、愛し合う時間・・・時間、雰囲気、そのときの気分に合わせて、クルクルクルクルと服と同じように香りが変わった。だから、どの彼女が好きか、と聞かれているのも同様で、どれも好きといえば好きだった。


なぜ付けてくれるのが好きかといえば、自分が選んだ香りが、彼女の一番そばにあるから、だろうか。彼女がオレの着ける香水を纏う時は、仕事で気合を入れる時と、寂しさを紛らわす時。そんな行為をとてもとても心から愛しいと思うが、しかし、その中でも彼女が何も付けていない時も好きと言えば好きだった。


・・・・・矛盾しているって?


なぜ何も香りがしないのか、それを考えるのが好きだった。昼間なら、香りをさせてはならない仕事だろうし、夜なら、香りを落としたての綺麗な肌の香りがした。石鹸の香りでもあったし、彼女自身の持つ香りでもあったりして、腕にしなければ分からない、あたたかな肌の匂い。世界中の誰も知らない、彼女だけの――オレだけの――香り。


「だから、オレは君を腕にするのが好きなんだ。」
「・・・・?」


腕の中の香りは、今は何もしていない。
ほのかなシャンプーの香りがする位。


「何の話ですか?」
「君の、香りがするって事。」
「ふふ。集中できませんか?」
「そうかもしれないね。」


彼女のこめかみに口付けを落として、やわらかな香りを楽しみながら、再び明日の台本を進める。何も香らない生まれたままの肌を、そっと撫で続けながら。


そうして互いの温度が同化していく時の、匂い立つような彼女の肌のにおいに誘われる。心が、絡め取られる。抱しめて、首筋の肌の香りを確かめて、口付けた。


「全然集中して無いっ!」
「もう終わったんだ。」
「えぇ~~~私、あとちょっとなんです。もうちょっとだけ、待っていて下さい・・・」
「・・・うん。」


抱しめていた腕を離して、立ち上がって、香水の並ぶガラスケースの前に立つ。

今夜を彩るための一瓶を。
彼女と温め合うための香り。
同じ香りを一しずく。
大事な一しずく。
それを互いの肌に分け合う。


手にしたのは強烈な個性を持つ「エゴイスト プラチナム」。
エゴイスト、自分の世界。
君を、君の肌を、君の香りも全て独占したいと願う、エゴイストな気分の今日にはぴったりだろう。


マダムシャネルの有名な言葉に、『香水は、キスしてほしいところにつけるもの』というのがある。
今夜はこれをたった一滴、彼女の肌に・・・オレの肌に。
互いの心臓にでも落とそうかな。


「終わった?」
「ハイ。」


エゴイストを持ってきたオレの手を見て、意図を察した彼女は照れて下を向いた。
ベッドルームに連れて、彼女のハートに一滴、オレのハートに一滴。
互いのハートに口付けあいながら、恋人の肌の香りが匂い立つ。
そっと大事そうに口付けてくれる彼女の薄い肌に、自分のエゴの痕も、強く残した。


「香水はキスしてほしいところにつけるんだっていう言葉があるんだよね。」
「・・・・・・・///」
「君ならどこにつけるのかな・・・。」


目を覗きこみながらそう言うと、彼女は一滴指先に取って、耳の後ろにつけて、そしてオレの耳にも付けた。そして、付けた耳に口付けながら、


「一番声が近いから・・・・」


と、耳にちいさく吹き込まれた。


「そうだね・・・」


と耳奥に囁きながら、彼女の耳の後ろにそっと口付けた。



互いに放つ熱で香る、二人のエゴイストたちの肌の香りで、部屋は充満した。
その引きつけられる様な官能的な強い香りが、オレの心を満たした。


「これからもオレの選ぶ香りを纏ってね」と・・・最後に囁いた。
当然、「No」という返答を許さない、ワガママなエゴイスト。
相手を自分の香りで染めてしまいたいと・・・・互いの、互いだけのエゴイストでありたいと願わない恋人たちは、いないのではないだろうか?


照れながら、イエスともノーとも言わなかったが、誓うように、心臓に口付けた彼女に、単なる獰猛なエゴイストは、――いとも簡単に――、その優しく抱しめてくれた腕の中で、大人しくなってしまった。世界中で、ただ一人だけがオレを操つれる事にもまた、ひどくエゴが満たされているという事。


そう、世界中でただ一人のエゴイストだけが独占できる、恋人の肌の香りに包まれながら。






2008.02.10


Happy Birthday to Ren ・リクエストでした。


リクエスト内容はオムニアとbaby風な香り話ということでした。
リクエストありがとうございました!