甘く優しい微熱



キョーコはいつまでたっても起きて来ない蓮を起こそうと寝室へ入り、顔の横にこしかけた。キョーコは既に服に着替えて、朝食も作り終えてある。

寝室は、キョーコのつけた薄い香水の香りが甘くうっすら漂っていて。いつもならキョーコが朝動く気配で一度目を覚ます蓮が珍しく気付かずにいた。しばらくしてもまだ起きて来なかったために、心配になったキョーコが起こしに来た。

部屋に入っても、近づいても、腰掛けても、それでも蓮は気付かずに、目を閉じたまま。

「蓮、起きて。」
「ん・・・・?」

蓮はうっすらと目を開けたがすぐに目を閉じた。

「どうしたの?」
「ねむい・・・・。」

キョーコが心配して蓮の額に手をやると、蓮はその手に気持ちよさそうにしたものの、また目を閉じた。

「なんか、少し熱っぽいんじゃ・・・・?」
「風邪・・・・ひいたかな・・・・。」
「えぇっ。」
「・・・・だからもうちょっとこのまま寝かせて・・・・。」

蓮はうつぶせに寝返ると、キョーコの腿に顔を乗せ、腕をキョーコの腰に回してまた目を閉じた。


「昨日仕事・・・・遅かったのは分かってるけど・・・・もう、起きて。・・・・風邪なら先にお医者さんのトコ行かないと。社さんに・・・・・蓮?起きられない?」


仕事の話が耳に入った蓮が、それを遮るようにして、キョーコに廻した腕に力を込めた。


「少しだけ・・・・あと少しだけ・・・・・もう、起きるから・・・・。」

蓮が意地を張り始めるとまるで駄々をこねる子供のよう。
腿にかかる寝息がくすぐったくて、キョーコは起きてもらおうと軽く頬をつねった。

「もう・・・子供みたいに・・・・。」
「君に・・・・言われたくないな・・・・。」
「蓮!!そう言うコト言えるなら、起きてっ。」

寝ぼけたままなのに言うコトはいつもの蓮の口調に、キョーコは廻されていた腕を解いた。

「もう少し・・・こうしていたい・・・。せっかく二人ともオフなのに・・・・。」

「私もオフだけど・・・・でもね、私は蓮にご飯を食べてもらったら、お昼には椹さんに会いに事務所行かなきゃなんです。もーっ・・・・だからね、そういうコトできるなら、起きてっ。全然風邪じゃないんじゃ・・・。」

蓮は解かれた腕をまた元に戻すと、先ほどより強く力を込めて抱きしめて、キョーコの身体をなぞった。

「熱、ある。だから、もう少し、そこにいて・・・・。」
「蓮・・・・?どうしたの?」

珍しくどんなに言っても起きようとしない蓮に、一抹の不安を覚える。

「明日からしばらく・・・またロス行くから・・・もう少し、このままで・・・・。」
「それは、そうだけど・・・・。」
「キョーコちゃんが足りなくて『風邪』、ひいたらどうするの?」
「私が足りなくて・・・?あぁっ・・・・・そんな『風邪』なんてっ・・・ひどい!!!!」
「ね・・・?だからもうちょっとそこにいて・・・・。」

そう言って、蓮はキョーコの手を取って、自分の頬を摺り寄せる。
だるそうなその様子に、キョーコは冗談か本当か見極められずにいた。

「蓮?やっぱり・・・・ホントに熱、あるの?」
「だから、熱あるって・・・さっきから言ってる・・・・。」
「本当に、風邪、引いてる?声は普通だと思うんだけど・・・・。」

キョーコがもう一度熱を見ようと額に手を当てると、蓮はその手を取って甲に口付けた。


「くすくす・・・・オレはずっと熱にうかされたままだよ・・・・。」

ようやく蓮は起き上がって、「おはよう」と、今度はキョーコの頬に口付けた。

「なっ・・・・。心配、したのに!!もう二度と起こしてあげないっ・・・・。風邪の演技なんてして!!「狼と羊」、知ってる?もう絶対信じてあげないんだからっ・・・・。」

キョーコは膨れて立ち上がったものの、すぐに蓮がその手を引いた。

「でも、確かに身体が熱いな。風邪なら、うつせば治るんだっけ・・・。ねぇ、オレの熱、治してくれない?」
「いやよ。もう、行くんだから。勝手に薬飲んで。・・・・・・って蓮!!!!!!」
「だから、クスリは・・・・君なんだから・・・・治してよ・・・・くすくす・・・・。」

ベッドから降りた蓮にそっと抱きしめられて、キョーコは一つため息をついて、言った。

「それだけ元気なら、十分・・・仕事できるわ・・・・・・。」

ぼそりとそう呟くと、蓮は抱きしめた腕に力を込めて、逃れようとしたキョーコを引き寄せた。

「これからの3週間オレがいなくて『風邪』・・・・引かないでね。君が『風邪』なんて引いたら・・・・多分、オレは君を無理やりにでも・・・・引かせっぱなしに、するよ?」

蓮は、キョーコの頬に手をやって、確かめるように撫でた。

「蓮の『免疫』たくさんもらってるから、大丈夫。寂しいけど・・・・。蓮、風邪引かないのが自慢なんでしょ?絶対にあたし以外の『風邪』なんて、引かないでね・・・・・。」

「くすくす・・・・任せて・・・・・。それも自慢にしとくよ・・・・。」

「蓮の周りにはいっぱい色々と舞ってるから・・・・心配。ふふっ。」

「君の周りだってそうでしょ?帰ってきたら、いっぱい君の『風邪と免疫』、もらうから。いや・・・でも冗談抜きで、身体、気をつけてね。夜は絶対に明るい所、通って。」

「うん・・・分かってる。蓮も、ご飯、ちゃんと食べてね。向こう・・・そろそろ寒くなってくるから、本当に、風邪に気をつけて。帰ってきたら、美味しいご飯、作ってあげる。」

蓮とキョーコはもう一度抱き合い、「だからもう、起きてね」とキョーコが笑った。

「起きたら、病院、付き添ってくれる?」

身体を離した蓮はベッドサイドに腰掛け、キョーコはその前に立った。

「だって、風邪じゃないんでしょ?」

もう一度額に手を当てて見るが、少しだけ、あったかい気は・・・する。
その手に甘えて、「やっぱり、風邪。まだ眠い・・・」、と横になってしまった蓮に、キョーコは苦笑した。

「仮病を使いたがるなんて・・・・・・やっぱり子供・・・・・。」

「じゃあちょっとの間だけ子供でも、いいかな。もう少し子守唄替わりに何かしゃべってて。君の声、好き。その目も唇も眠る時に撫でてくれる優しい指先も・・・君を腕の中に抱いて寝ると・・・・ものすごく幸せな夢が、見られる。ね、もう少しだけそこにいて・・・・・・。」

蓮がキョーコに両腕を差し出して、「ね?」と囁いた。

「ふふ・・・・私、蓮の抱きまくらなの?・・・本当に子供ね・・・・・。」

蓮の、甘く優しい我がままに未だ一度も勝てた事がないキョーコは、微笑を浮かべる蓮の腕の中で、そっと、目を閉じた。





















2005.10月以前のものです



Special Thanks & Conglatulations to sanaSEED さま
一周年記念献上品でした。ありがとうございます。