ヒミツをあてて

(40巻記念妄想です)

多分この仕事をして行くと、本名を呼ばれる機会は殆ど無い。

この日本の中で片手の指で余る程も本名を知らない。

ほぼ全ての人に「敦賀蓮」と呼ばれるのだろう。

一人だけ、

「あなたのお名前は?」

遠い昔、満面の笑顔で見つめたその目の主が、今、

―・・・本人は全く知らないのだけれど・・・―

その名前を、心から大事にしてくれている。

「彼」を呼び出す、魔法の言葉として。

「敦賀さん」

とキョーコが言うと、蓮はふと視線をキョーコに向けた。

「何?」

「敦賀さん・・・は芸名、ですよね?」

「どうだろう」

本名は何と言うのですか、という質問を、していいのかどうなのか、そっと問う間があって、それを言葉に出せずにいるキョーコを察した蓮が、

「タロウ、とかハチ、とかではないよ」


とだけ言って、少しだけ笑った。


「犬の名前じゃないんですから。といっても超和風な名前・・・ごんざえもんとかでも驚きますけど・・・・」


キョーコは、えへへ、と、笑った。

「かもしれないけどね」

「・・・・・・・・・・・嘘ですよね?」

「はは。夢はいつでも楽しみにとっておかないとね?」

蓮は同意を求めるような満面の笑みを浮かべた。


「なんていうお名前なんでしょうね?」


「想像しておいて。もし当たったら教えるよ」


「本当ですか?」

「もちろん、苗字と名前の両方が当たったらね?」

「・・・・・・組み合わせ、無限にあるんですけど」

蓮はくすくすと笑って、

「芸能人たるもの夢を売らないといけないからね、ヒミツが多いほうが夢を見られるんだって」


と言いながら、「そうだろう?」と更に畳み掛けるように続けた。

蓮に無理やり丸め込まれた形でキョーコは「む~」と言いながら押し黙った。

「最上さんは、いったいどんなヒミツがあるのかな」

そう蓮に問われて、しばらく「うーん」と言って考えてから、



「壮大なヒミツがありますよっ。当たったら教えてあげます」


そう言ってから、「あ」と言って、


「やっぱり当たっても教えません、一生のヒミツですから」


と言った。
もちろん、当たった所で言うはずも無い、ひとつの気持ち。



「そう?残念。壮大なヒミツって何だろうね?」

「ヒミツがあるほうが夢が見られるんですよね?」

「そうだね」

蓮はそっと笑った。

「敦賀さんのお名前が実は芸名ではなくて本名というのが正解だったりしませんか?」

「・・・・上手だね。それだけはヒミツだね」

「ずるいですっ」

「ヒミツは多いほうが暴きがいがあるんじゃない」

「・・・・・結局絶対に内緒なんですね?」

「そうでもないよ、きっと、一生に一度くらいは聞いた事があるはずの名前だよ」

―・・・最上さんが、すごく、大事にしてくれている、名前―

「う~ん・・・お願いがあります。まさか、敦賀さんのお名前はタロウでは無くても、ショータローとか言いませんよね?苗字は当てられませんが、それだけは教えて下さい」

「違うよ・・・」

まさかの予想外の名前が出てきて、思わずげんなりした顔で蓮は言った。

「本当にそれだけは」

「もしオレの名前がそれだったら、やっぱり嫌がる?それとも運命だと思う?」

「・・・・・・・・・・・・・」

じっ、と、キョーコは、なんとも言えない、どこかすがるような顔で蓮の顔を見つめた。 それは、単純に同じ名前だったら困ると言いたい気持ちと、蓮への気遣い、もし本当にその名前だったとしたら、名前だけでは嫌がることはできない気持ちと、両方が伝わる不思議な視線だった。

蓮は、その顔を見て少し笑って、

「冗談だよ。気持ちを試すような事を言ってごめん」

キョーコは視線を下げて、ゆっくりと首を左右に振った。
そして、何をですか?と、キョーコは蓮に問えなかった。
それがどういう意味か一瞬分からなかったからだった。

―私の、ショータローへの気持ちに変わりが無いかって試しているの・・・?―

―・・・・なぜ?―

蓮がまるで「打倒 ショータロー」という初志貫徹の気持ちを確かめたかのように感じたキョーコは、様々な複雑な気持ちをもってそれを受け止めた。

その複雑さを正確に言葉にして認識してしまうと、きっと、人生最大の心の金庫の扉、「一生ヒミツにしようと決めている事」も、すぐに揺らいで言葉にしてしまいそうだ。だから、複雑、あいまい、気づきたくない、それでいいような気がした。

「いえ、あの。もし敦賀さんがその名前でも、敦賀さんは敦賀さんに変わりはないですから。・・・・もちろん、多少複雑な気持ちがするかもしれませんけど・・・」

「そうだね、ごめんね?本当に冗談だよ?」

蓮はにっこり、と、笑って、キョーコの頬にかかっていた髪をどけようとして、手を通して耳に髪を流した。

まさかの蓮の仕草に一瞬にして、どきり、として、キョーコは一気に顔を赤くした。
それを見て蓮は、不思議そうな顔をした。

「(もうそんな不意打ちな、まるで彼のような直し方ありますか!!)びっくりするじゃないですかっ」

―天然のタラシはぜんぜん女の子の気持ち、分かってない!!この調子でどんな共演者にもやっているんだとしたら本当にこのヒトは・・・・!!!―

キョーコはぷりぷり怒って言った。

「んもう、妖精の王様になるコーンを呼んで、その敦賀さんの女の子への手の早さを魔法で治してもらわないといけません!!コーンは呼んだらすぐにきっと聞こえていて来てくれます」

「彼はスーパ○マンか何か?」

蓮は聞いて、最初くすくす笑って、そして、しばらくしてお腹を抱えて笑った。

―だから、半分は名前、当たっているんだって・・・―

「・・・ああおかしい。でも何かオレに失礼だ。オレは手は早くない」

「(ウソばっかり!)もう!!コーン呼びますよ?」

「はいはい、ごめんごめん」

蓮は両手をあげて、無実を訴えて、また笑った。


2017.3.18


40巻発売おめでとうございます!!すごい♪