あたしをみつけて(sasako②)





撮影現場で大道具と会話をしていたキョーコは、彼が運ぼうとした角材のうち、少し腕に抱え切れなかった分を見て、彼の手伝いでもしようと、同じように持ち上げようとした。

「京子ちゃん、いいよ~!顔とか腕に傷つけちゃったりしたら大変だから」
「いえ、運ぶだけですから」

確かに手を傷つける訳にはいかないと思って、そばに置いてあったタオルを角材に巻いてから持ち上げた。軽い。使い終わったそれを少し向こうの壁に立てかけるだけだ。時間もある。

彼はキョーコの半歩前を歩いて置く場所まで行き、自分の抱えた大量の角材を置くと、キョーコを振り返り、助かったよ、と、言った。


「普通の女優さんなんて俺たちなんて見向きもしないし、まずこんな重いものを手伝おうなんて人いないから。ビックリしたけど、ありがとね。それにしても、京子ちゃんは噂どおり、すごくしっかりした子なんだなあ」
「噂・・・ですか?」
「あぁ、噂って言うか・・・悪い噂じゃなくて。同じ年齢の子とか女優さんに比べて、ずっとしっかりしているから、仕事がしやすいって」
「それならいいんですけど・・・」

キョーコもにこりと彼に笑いかける。

「じゃあ、お疲れさん~。また次回も宜しくね!」
「お疲れ様でした」

深々と頭を下げて、キョーコはその場を後にした。


その帰りがけ、ロビーの隅の方にキョーコと同じ事務所で、後輩女優のsasakoが見えた。ササコちゃん、と声をかけようとして、話中だと気付き、歩みを止めた。相手の男は芸能界でも知った顔だ。口説いているのは分かる。しかしどうも雲行きが怪しい。役柄的には気の強い女の子を演じるササコであっても、自身はあまり人が得意ではない事もキョーコは知っている。


「えっと、だから、あの、その・・・わたし、すきなひとが、いて、」
「本当に~?誰?もしかして、今の共演の龍くん?」
「ち、ちがくて・・・・」
「じゃあ誰?」


ササコが追い詰められているのは聞いているだけでも明らかだった。ササコの断れない優しい気持ちを逆手にとって男はササコの心の領域に踏み込んでいる。


怒って突き放してしまえばいいのだろうが、ササコにはそれは中々難しいのだろう。それが出来たらそんなに苦労していないだろうし、こうした男の立場を利用するような手にひっかかりもしないだろう。


自分と仕事の間以外の事はかなり不器用で、何もかもが綺麗すぎるまま存在し続けるから、稀有であり、稀代の女優と呼ばれるのだろうが・・・。
賢く、繊細で、儚げな。

誰か、彼女を守る人がいればいいのだが、彼女の初恋は「敦賀 蓮」。
彼には言わなかったが、彼女が今でも本気で好きなのも、「敦賀 蓮」。
事務所をLMEにしたのも、「敦賀 蓮」がいたからと聞いた。とはいえ、それは追っかけだけではない、女優になりたいと確かで強い動機があるから、蓮も彼女をむげに扱う事はない。


しかし、「敦賀 蓮」が、誰を大事にしているのかも、ササコはよく、知っている。知っていながら、「まだ少しだけ諦め切れなくて」、と、昔、キョーコに、優しく笑った。


仕方ない、と、キョーコは、一つ息を吐いた。


「ササコちゃん、お待たせ」
「あ・・・京子さん・・・」
「げ、京子」

げ、って何よ!と、少々むっとしながら、その感情のまま横目で目を細めて、未緒のように冷たく男を睨んでみる。


やましいと内心分かっているその男は、京子にその場面を見られて少しだけ男としてのプライドらしき感情が戻ったのか、ササコから一歩引いた。


「こんにちは、お邪魔しちゃったかしら?」
「いや、もう、話は済んだから。じゃあね、ササコちゃん。考えておいて」
「・・・・・・・・・・」


去ろうとした男に、ササコは律儀に頭を下げた。


「大丈夫?嫌そうだったから、声かけたけど・・・・」
「す、すみません・・・恥ずかしいところをお見せしてしまって・・・・。ご迷惑をおかけしてしまいました・・・・」


ササコはキョーコにも深々と頭を下げる。目をパチパチとしばたいて、今の状況を何とか自分の中で整理しようと試みているようだった。

キョーコが飲み物を買ってきて、ササコが落ち着くまでの間傍に居た。しばらくして、ササコが礼を述べた後、

「私、京子さんみたいになりたいんです。私が、LMEに入ろうと思った最後の一押しは、京子さんがいらっしゃる事だったんです・・・・」

そう言った。

「え?」

敦賀蓮だけを追ってきたのだと思っていたから、京子はその言葉に我が耳を疑った気分で、つい、聞き返してしまった。


「・・・・だから、京子さんだったらすごくお上手にできるだろう役とか、私も、マネージャーさんにお願いして、頂いたりしているんです・・・。京子さんみたいに強くて、優しい人に・・・なりたいなって思って・・・・」
「そう、なの?」

だから、性格とはまた違った役を多くこなしてきた。気づかない所で慕われていた事、不意に告白された事に拍子抜けしていると、ササコは改まって言った。

「だから、私・・・告白して敦賀さんの本当の気持ちを教えてもらった時、『やっぱり』って・・・思って・・・それから、全然かなわないって・・・。実を言うと、もう、気持ちの整理は随分前に付いているんです。さっきは、精一杯・・・あの人に抵抗してみただけですから・・・、京子さん、誤解しないでくださいね・・・・?」

「え、ええ・・・。でも私はササコちゃんみたいな女の子に、なってみたかったけど・・・・」

可憐で、儚げで、おっとりと視線は優しく、守ってあげたいような女の子。

「え・・・?ほ、本当ですか?」

今度はササコが京子に聞き返した。
嬉しそうに少々頬を染めながら・・・。

「本当よ。私には、ササコちゃんに似合うような役がやりたくて仕方なかったんだもの!だから、自信持って!ササコちゃんにはササコちゃんにしかできない役柄も沢山あるんだもの。そうそう、あんな鬱陶しい男、「やめて!」って・・・私のやるような役になりきって、言えばいいのよ」
「・・・くすくす、はい・・・。やっぱり、京子さん、大好きです・・・」


再度ササコに告白されたキョーコも少々照れて、「ありがと」と言った。


「敦賀さんのように素敵な人、私にも見つかるといいです・・・・」


また照れながら言うササコに、キョーコも少しだけ頬を染めた。




**********




「蓮、私って・・・どんな人?」
「どんなって・・・?」

キョーコは、蓮の背中から蓮を抱き締めるようにして腕を回しながら、言った。
蓮は不思議そうな顔をして背中ごしにキョーコを見る。
つけていたテレビを消すと、回されたキョーコの手を取った。


「何て言って欲しい?」
「え?」
「期待してる言葉が、ある?」
「・・・・・」
「・・・君を一言でなんて言い表せないな・・・」
「現場では、「しっかりしてた人」って・・・・何かの噂で言われているみたいで・・・。ササコちゃんには、強くて優しい人って言われたり・・・・ササコちゃんに、私みたいになりたいって・・・・告白されちゃった・・・・」
「へぇ?・・・」

ぎゅう、と、キョーコは蓮を改めて抱き締めながら、

「自分で思っているのと、他人の目に映る自分は全然違うなって思って・・・一番傍に居てくれる蓮にも聞いてみようと思って・・・」
「そうだね・・・。でも・・・君が強くてやさしいのは、たくさん涙をのんできたからだし・・・本当は泣き虫なの、オレはよく知っているけれど・・・ね・・・」


蓮は背中から自分を抱き締めるキョーコの腕をほどくと、正面を向いて、腕の中に入れた。


「君ほど強くて・・・でも、見せないだけで・・・中身は繊細で、痛みを知っていて・・・優しい子はいないと、思うけど・・・。なんかね、こう・・・守ってあげなきゃって・・・思ってしまうのは、ヤダ?」
「・・・・ううん・・・・」


蓮の前では、どうしたって、たんなる女の子になってしまう。
蓮はキョーコを最大に女の子扱いするし、身体の大きさ、手の大きさ、背の広さ、何もかもが自分よりも大きく、蓮の腕の中もまた心地いいから、つい甘えてしまう。

蓮の腕の中で、蓮の声と体温に癒されながら、キョーコは次第に大人しくなって、ぽつり、ぽつり、と、続けた。


「こうして蓮の腕の中にいるとね、誰も私を「強い」と思わないと思って・・・。いつも、甘えてしまうし・・・すごく弱かったり、すごく女々しかったり・・・」


「・・・オレの前で強くある必要はないよ・・・。十分、しっかりしてる。それに・・・オレの前でさえ弱い部分が出せなくなったら、きっと、終わりだよ・・・。君は普段頑張りすぎるぐらい頑張っているから・・・恋人として・・・オレに甘えるぐらい、して欲しいかな・・・」


うん、と、返事をするキョーコの唇を塞いだ蓮は、キョーコの背を支え、ソファに横たえ、自分もキョーコの上に自分の体重を乗せる。


「たとえ周りにね、強く生きている君の姿が残っているとしても・・・君が弱い自分を強く自覚していて、自分自身をあまり強いとは思っていないとしても・・・君は君だし・・・オレはどんな君でも好きだよ・・・?それに・・・簡単な言葉で置き換えられるような気持ちで・・・君の傍にいる訳じゃないから・・・」
「・・・うん・・・ありがと・・・・」
「・・・オレに甘える事は、弱さじゃないよ・・・」


こくん、と、キョーコの首がゆっくりと縦に動き、蓮がキョーコにもっと体重をかけたから、大きく息を吐き出した。


蓮がそう言うから、キョーコも心から甘えてみたくなって、蓮の背中に腕を回した。蓮も、キョーコの首の下に腕を回す。



何度確かめても蓮の唇は甘く、切なくなる。
その舌先だけでキョーコは自身の持てる『全て』を、蓮に攫われる。
甘い声と、弱い自分しか、残らなくなる・・・・。


眠りに落ちる前に、キョーコが蓮の手を握った。


蓮も柔らかく握り返す。



心から甘えられる場所が、ある。



その事だけで、どこか、強く、なれる気が、した。


















2009.3.14



旧サイトリクエスト分です
(『背中をモチーフに、ソファの上でキョーコさんを心のそこから甘やかして欲しい』)

ササコちゃんは「Make Up One’s Mind」にも出てきたオリキャラです。