魔法の国のキョーコさん2@赤ずきんのひみつ

キョーコさんのお気に入りは、何と言っても赤く可愛いらしいずきんです。お散歩の時は必ず着けていきました。その赤い色が森の中ではとてもよく映えます。

「ねえ、そのずきん、いつでも着けているけれど、いつ何処で作っているの?オレは作っているところをいまだに見た事が無いんだけど」

蓮様は、ずきんを大事そうに洗うキョーコさんの後姿を見守りながら、話しかけました。

「え?」
「そのずきん、いつ布を買ってきて、いつ作っているの?」
「コレですか?作った事はありません」
「じゃあ、赤ずきんの魔法とかがあって、取り出しているとか?」
「いえいえ。違います!」
「じゃあ」

キョーコさんはもったいぶって、蓮様に教えません。
いつもならすぐに教えてくれるのに!

「ひみつだなんて、なんか・・・その赤ずきんの由来を調べてみたくなるな」

蓮様に隠し事など出来ない事はキョーコさんもよく分かっています。
キョーコさんが『コーン石』と名付けたお守りに『聞いて』しまえばいいのですから。

コーン石は、蓮様がキョーコさんに渡した日から、今日まで、キョーコさんのことなら何でも知っていました。

よく一人で泣いた事、はじめて使った魔法は妖精のためだったこと・・・・。

はじめて魔法を使いたいと、ちいさなちいさなキョーコさんが神様にお願いしたのは、妖精のためでした。

一羽の妖精がしあわせ鳥狩りに来た人間に見つかり、籠に入れられ連れて帰られそうになっていました。その捕まった籠から逃げるために自らの羽をもいで籠の隙間から逃げ出し、土に落ちていた所をキョーコさんが見つけました。羽はぼろぼろに破れて、今にももげそうになっていたので、急いで治したいと思ったのでした。

「でも今のキョーコちゃんにはできないよ」

泉の中で、なまずのような、黒くのっぺりとして、つるりとした頭をした「神様」は、自慢の長いヒゲを手のようなヒレで撫でながら言いました。

「でも!!このままじゃ、妖精さん死んじゃう!」

羽の無い飛べない妖精など無防備そのもの。歩いている内に獣に食べられてしまうか、土の上で眠ってしまって、かえらない妖精になるのは、目に見えていました。

「でも自然のことわりだから」

神というのは平等でそして歯がゆい存在だと、神様は一人つぶやくのでした。ですが神様のいう事は、キョーコさんにはちっとも理解できませんでした。

「人間にはお医者さんがいるのに、妖精さんのお医者さんは・・・・」

「国に帰ればいるよ」

「でもこんなに弱りきって、飛んで国に帰ることもできません!」

「じゃあキョーコちゃん。君はこうして不幸だが倒れている妖精を、全部助けて回るのかい?」

「そうです!だって私を助けてくれるお友達ですから。お友達を助けてはいけない、っておかしいです。それにそれに!妖精さんは、とっても長生きなんです!人間がむりやり連れて行こうなんてしたから・・・。ぐすっ・・・・・この妖精さんのお父さんとお母さんとか、大好きな人とか、お子さんとかがいっぱい泣いて泣いて、人間なんて嫌いって思います。そうしたらもう私のおうちにいるランプの妖精さんも、お花の妖精さんも、鍋の妖精さんも二度と口聞いてくれなくなって、私のお友達が一人もいなくなってしまいます・・・」

「うーん・・・」

「神様は、「自分の為に魔法を使ってはいけないよ」って私が魔法を習いはじめる時に、言いました!私が魔法を使う理由が妖精さんのためでも、私のためですか・・・?」

神様は、怒りに走った妖精が人間に仕返しすることを何度も見てきていました。
それも自然の一つだと、見守って来ました。
神様が平等でなくなったら、誰が平等だというのでしょう。

しかし今、自分が彼を自然のことわりだと言い切ってしまうことで、キョーコさんのお友達が一人残らずいなくなってしまうのは忍びない、とも思いました。

神様は、キョーコさんの育ての親であり友人として助けてあげる事に決めました。自分も少しだけ神の力が弱くなる、と、思いながら。それでも本望でした。キョーコさんを育て終えたら、自分の次の神なる者もそろそろ育てなくてはなあ、などと、そんな事を思いながら。

キョーコさんが必死でお願いする間に、キョーコさんの手のひらの上にいた妖精の羽は、少しずつキラキラと輝きを取り戻していたのをキョーコさんは気付かずにいました。

治そうと思った矢先に神様が気付き、驚いた顔でキョーコさんを見つめます。

「キョーコちゃん、魔法はね、自然のことわりを利用する事だよ。だからね、この妖精を助ける為に、沢山の花や木や土や水がね、少しずつ力を分けてくれる。そして君の身体も少しだけ力を使う。絶対に自分の為に使ってはいけないし、むだな魔法は使ってはいけないよ?結局は君が犠牲になってしまうのだからね」

「はい!妖精さんが治るなら、私の力などいくらでもあげます。だっていつも私のために、妖精さんは歌ってくれて、ランプをともしてくれて、一緒にねむってくれるんですもの!私の力も、分けてあげます」
「わかったよ、じゃあね・・・」

――ぽん!



神様はとても厚い本を何処からとも無く取り出しました。そしてぱっと広げたページにはとても難しい文字が書いてあって、キョーコさんには読めません。

「か、神様っ・・・私には・・・ぜんぜん読めません・・・」

一生懸命おぼえた魔法で妖精が治ると思って目を輝かせていたキョーコさんは、半分涙目で神様を見ました。

「でも君は、読めなくても十分、魔法を使っていたよ。見てごらん、妖精の羽、破れた所が少しずつ治ってきているじゃないか」
「・・・・?」

キョーコさんの手のひらの上でぐったりとしていた妖精の羽は、少しだけ 鈍く輝きだしていました。

「今から私が少しだけ力を貸してあげるから、目をつぶってよく祈ってごらん、『治りますように』ってね」
「わかりました!」

キョーコさんがぎゅっと目をつぶって、治って、と、一生懸命に祈っている間。ものすごくまばゆい光が一度目の目蓋の向こうでした気がしました。

目を閉じていたのに眩しくて、キョーコさんは、更にぎゅっと目をつぶりました。

「もういいよ」
「あ!」

キョーコさんの手のひらの上にいた妖精は、キョーコさんの手のひらの上から離れて、ふわふわと飛んでいました。

「どうもありがとう、キョーコちゃん!」

さっきまで一言も話せなかったその妖精は、まるで何事も無かったかのように、スイスイと動き回っていました。何度かキョーコさんの周りを旋回するようにして空を飛び、そして、うやうやしくキョーコさんと神様に頭を垂れました。

「このご恩は一生忘れません」

そう言ってその妖精はぱっと消えてしまいました。

「妖精の国に戻れたかしら?家族に、会えるかしら?」
「もう大丈夫だよ。さぁキョーコちゃん。君も今日はすごくパワーを使ったからね。君がおうちまで帰れないと、夜の妖精たちにからかわれてしまうよ?」
「はいっ!」

すたっと勢いよく立ち上がったキョーコさんは、ふらり、と足元がおぼつかない様子です。

「ホントですね!魔法って、パワー沢山使うんですね!」

自分の事など関係ありませんでした。助けられた事への満足とはじめて魔法を使えた事で、キョーコさんはうれしそうに笑顔を作るのでした。

その日から数ヶ月たったある日、

「キョーコちゃん!」

泉のほとりで本を読むキョーコさんに、話しかけるものがありました。

振り返ると、あの日助けた妖精さんでした。

「こんにちは!妖精さん!もう、元気になりましたか?」

キョーコさんは訪ねて来てくれた事を嬉しく思って、目の前で飛ぶ妖精に手のひらを差し出しました。

キョーコさんの手のひらの上に立った妖精は、今日もうやうやしくキョーコさんに頭を垂れると、

「今日は、キョーコちゃんにお礼を持ってまいりました」

そう言いました。

「お礼?」
「わたくしを助けてくださったお礼です。申し遅れました、わたくしは、針の妖精と申します。ある者は、縫い物の神様と呼んでくださいますが。人間が行う針の祭りの時には必ずそこにおります。今回も針の祭りの帰り道に泉に寄ったら、不覚にも人間に捕まってしまったのです。自分の針で自分の羽を引き裂いて、籠の隙間から逃げました」
「まあ!縫い物の神様!私、縫い物大好きです!もっと、じょうずになりますように!そして人間の事、嫌いにならないでくださいね?」

キョーコさんは、その妖精の羽に触れるギリギリの所で撫でるしぐさだけして、

「痛かったでしょう?」

と、言いました。

「でも治してくださいましたから」

そう言った妖精は、キョーコさんのひざもとに、何処からとも無く真っ赤な頭巾を出しました。

「私の針仲間の皆と、妖精の国の奥に住む、天女様がつむぐ糸で作ったずきんです。キョーコちゃんが赤いずきんが好きだと妖精仲間から聞いたので。この頭巾は、頭の痛いときは頭に、おなかの痛いときはおなかに、痛いところにかぶせればたちどころに治ってしまう不思議な衣なのです。キョーコちゃんは先日「妖精の国のお医者さんに間に合わない」と言いましたが、妖精の国に住むものは、皆がこの衣を着ているので、普段は問題ありません。でも私は逃げる為に衣を脱いで、羽を引き裂きました。治るすべが無かった所を、助けていただきました。天女様は日々われわれの為に糸をつむいでくださいます。私は布を織るのが仕事なのです。わたくしの瀕死を助けて下さった話をしました所、天女様は大変お喜びになって、キョーコちゃんが赤いずきんが好きだと聞くとすぐに、自ら真っ赤な糸をつむいでくださいました」

どうぞ、と、言って、その妖精が差し出す赤いずきんをおそるおそる手にとってみます。
とても柔らかく、軽く、ふわりとした感触がします。
被ってみると、まるで絵本で読む天女の衣を纏うかのような軽さと、優しい温かさでした。

「ありがとう!」

その日から、キョーコさんのトレードマークの赤い頭巾は、その赤い天女様製のずきんになりました。

ある日、神様が、

「天女のずきんを被るとは、何という贅沢」

そう言いました。

「ふわふわですっ♪」
「妖精の衣を身にまとうと、一生幸せに暮らせるというよ。大事にするといい」
「はい、もちろんです!」


*****




「なるほどねえ・・・・・」

蓮様はしげしげと、キョーコさんの赤いずきんをあらためて眺めます。
内側には、見たことの無い文字が縫い付けられていました。
妖精の使う文字の形だと、何かの書物で見た事があったのを思い出していました。

そしてキョーコさんは今ではすっかり魔法であっという間に妖精の痛みの治療をしてしまいます。妖精を治す魔法が得意なのは、かつてのお友達の為、神様のおかげなのだと、あらためて知ったのでした。

「天女様製のずきんは、不思議なんです!私の身体に合わせて、大きくなってくれました。私の身長が伸びるのが止まると、不思議とその大きさでとまりました。しかも長生きの妖精さん用なのか、ちっとも色褪せないですし、ちっとも穴が開かないんです!もしかしたら私が寝ている間に針の妖精さんがやってきて、そっと直してくれているのかもしれません!いつかまた会いたいです。針の妖精さんと天女様に・・・」

「そうだね。君がはじめて魔法を使った妖精だからね。一度会いたいね」

「それに!このずきんのおかげで、私はずっと、とてもしあわせです!なんと!王子様と結婚までしてしまいました!」

そう言って、嬉しそうにするキョーコさんを蓮様は抱き締めると、

「じゃあそのずきんごと君を抱き締められるオレも、ずっと、しあわせかな」

そう言って、優しく笑いました。



(おしまい)






2009.03.05

2020.01.28 改稿