バラの融点14

アムアムの見本誌が届いたよ、と言って、蓮がキョーコに手渡した。
キョーコは目を輝かせてそれを開いた。

たった数ページの新作は、キョーコにとって新たな宝物になった。
雑誌は、そのままコーンとキョーコの話になっていた。
雑誌の中の妖精「コーン」は、遊んでいた森の中で「キョーコちゃん」と出会ったおかげで、とても自由になった。そして紆余曲折をしながらも、大人になった「コーン」が、今は大きな羽を携えて、空を飛びまわっているように思えた。最後には、大きくなった「コーン」が、「キョーコちゃん」にその立派な羽を見せようと、再び「キョーコちゃん」の前に姿を現し、その立派な羽で「キョーコちゃん」を包み込んでみせた。


「も、物語だと思って読んでいるのですけど、何度読んでも「コーン」がそこで話をしてくれているみたいな気がして、幸せになっているように思えて、私も読んで幸せです・・・」

とキョーコは、それはそれは嬉しそうに、蓮に感想を述べた。
キラキラと目を輝かせて、蓮を見上げる。
もう、現実も夢も、どこか混在しているような目をしている。

「上には「久遠は急に童話作家に趣旨変えしたのか」と驚かれたみたいだけど、自由に書いていいと言ってしまった手前、引くに引けなかったんだろう。いいんだ。これでアイツはついに頭がおかしくなっただとかコメントが来て仕事がなくなったとしても、君が喜んでくれたならそれで・・・」
「そんな・・・・。でも、次の発売のアムアムは三冊買って、一冊は読む用に、一冊は切り抜いて、一冊はまるごと永久保存版にします。久遠先生のファンの方は熱狂的な方が多いと聞きましたから、きっと、皆さん読んでくださいますよ」
「だといいけど・・・でも、そんなに買うの?」
「だって・・・・こんな風に私の前に、もう一度、「コーン」が現れて、こうして大きな羽で包み込んでくれないかしら・・・・って・・・・」

キョーコは「コーン」の姿をした抱き枕を思い切り抱き潰しながら言い、まるでそこにコーンがいるかのように、「ハァ・・・・」と夢見心地の甘い息を吐き出した。

「・・・少しは恋、したくなってくれた?そうじゃないと、この仕事の真の目的は達成されないんだけど」
「「コーン」とだったら恋をしてもいいと思いますけど、現実それはムリですから」

キョーコは笑いながら冗談めかして言った。
蓮はそんなキョーコの言葉を聞いてにこりと微笑み、どこかへ消えた。そして戻ってくると、机の上においてあった雑誌を取り上げ、今持ってきたらしい油性ペンで空いた箇所にサインを書いて、

「じゃあこれも持っていてくれたら嬉しいんだけど。君のおかげでこの仕事ができたから・・・」

と言って、蓮はキョーコに差し出した。

――キョーコちゃんへ、 久遠

と入っていた。

「ありがとうございます」、と、キョーコはこれ以上ないほどの満面の笑みを浮かべて、それを受け取った。




*****



ある日、キョーコが撮影現場に行くと、キョーコの控え室に美玲がいた。
おはようございます、と、挨拶をして、

「どうしたんですか?」

とキョーコが美玲にたずねると、

「私、映画に出してもらえることになったのよ。随分急な話だったんだけど・・・今日だけ控え室、一緒になったみたい」


と言った後、声を落とした美玲は、

「まさか久遠先生の作品に私も関われるなんて思ってもみなかったから。しかも相手役が敦賀さん!私の役、キョーコちゃんのライバルだけど、色々オイシイ役どころだもの」

キョーコは美玲の内緒話を少しだけこそばゆく思いながら聞いていた。
美玲は心の底から久遠先生が好きで、敦賀蓮も好きな様子だ。
まさか同一人物だとは思っていないだろう。

楽屋の机の上には、最新号のアムアム。

「キョーコちゃん、久遠先生の新作、もしかして、お仕事のついでに見せてもらったりしたの?ここにね、すごく素敵な新作が載っているんだけど!「キョーコちゃん」が主人公なのよ。もしかして、お仕事行っているキョーコちゃんからインスピレーションを貰って書いたんじゃないかと思って」

美玲はそれはまた目を輝かせながらキョーコに該当ページを開いて見せた。
鋭い美玲の言葉にドキリとしながら、キョーコは少しの申し訳なさそうな顔をして、言葉を選んで、答えることにした。

「ええと、久遠先生のお仕事のときは、私は一切原稿は読みませんから・・・」
「そうなの?もったいない。一番に読める権利がありそうなのに」
「でも雑誌は先日先生のお宅で見させていただきましたけど・・・」
「そうなの?何て言ってた?やっぱりキョーコちゃんから名前貰ったの?いいなあ・・・・。もう早く次の新作が読みたーい」
「・・・ごめんなさい、今でも先生に関する事は一切お話ができなくて・・・・」
「分かってるけど、あぁん、私もしりたい!今度はカッコイイ探偵とか刑事が出てくる推理小説でも書かないかしら。そしてドラマ化でもしたら、私、どんな役でもいいから、また久遠先生の作品に出たい」
「そのままお伝えしておきますね」
「ホントに??ありがとう、キョーコちゃん。心から先生をお慕いしていますって、伝えてね?絶対よ?」
「はい、もちろん」

キョーコは、不思議と「久遠レン」が褒められているのを、自分のことのように嬉しく思って聞いていた。美玲は心の底からきっと「Under The Rose」が好きでこの仕事を請けたに違いない。

気持ちだけは負けないように、とだけ、キョーコも気を新たにした。



*****



「・・・・・・と美玲さんが仰っていました」

キョーコは蓮の仕事場で椅子に座り、横で台本を読みながらそう言った。
蓮はキョーコの横でキョーコの相手をしている。

「意外と受け入れてもらえるもんだね。女の子は、メルヘンや童話が好きなのかな?」
「少なくとも、大嫌いという人は少ないと思いますけど・・・・・・」
「君に取材して、正解だったかな。どうもありがとう。オレは何にもしてない。君の話を少しだけ膨らませただけだから」
「いえ、敦賀さん、本当に見ていたみたいに書いて下さったからですよっ」

そう言いながら台本から目を上げると、机の上の隅に赤いバラが飾ってあるのが目に飛び込んだ。今まで気付かなかった。
しかしキョーコは蓮の部屋には少しおかしいと思った。
なぜなら、それは生花ではなかったからだ。
何でも本物がいいと言って、この家の中では生花しか見たことが無かった。


「敦賀さん」
「ん?」
「なんで、造花があるんですか?」
「あぁ、あれ?」
「本物じゃないですよね?机の上は水をこぼしてはいけないからですか?それとも資料ですか?」
「いや・・・そういう訳じゃないんだけど・・・・」


蓮は歩いていってその造花を手に取ると、キョーコの横に座った。
蓮がキョーコの横に座るとき、キョーコは少しだけ緊張する。
その近さに・・・。
当然ながら、会話する声も、恋人の距離になってしまう。
少し囁きあうような。
こんなに広い家の中で。
こんなに狭い。

今でもまだ、恋人ごっこには慣れなかった。

「これをたまに見てね、思い出すようにしてるんだ」
「何を・・・と、聞いてもよかったら・・・」
「何でも本物がいいと思う自分は、本物になりたい、と思っている自分。でもね、どこかでその気持ちが空回りするとき、自分が世界に振り回されて踊らされているピエロになったような気がする。そんな自分も自分で、受け入れなければいけない。本物のバラは理想の自分、造花のバラは本物の人間になりたいと思っているピエロの自分。どっちも自分なんだけど」
「・・・・・・・・」
「戒めみたいなもの?現実を見るため、落ちないための、ね」
「・・・これ・・・私に下さい」
「え?」
「もう、敦賀さんには、必要ないでしょう?今度は、私が頂いてお守りにします」
「・・・造花なんて・・・」
「枯れませんから。一生私を戒めてくれそうです」
「・・・いいけど・・・」
「大丈夫です。敦賀さんがピエロになる時間は、もう来ないと思いますから」
「そうかな?」
「そうですよっ。もう、ニセモノのバラは必要ありません。私が今度は引き継ぎます」

ありがとう、と言った蓮は一度キョーコを抱きしめて離した。
そして、その造花のバラに、まるで生花のように花に顔を寄せ、花びらに一度口付けると、それをキョーコの手の中に置いた。

「台本のしおりにも丁度良さそうです。演じながらピエロにならないように、戒めたいと思います」


そう言ってキョーコは蓮から貰った造花のバラを台本の間に挟んだ。


「キョーコ」


蓮はそう呼んで、キョーコの髪を手でまぜた。
驚いたキョーコに、


「もう、部屋でおやすみ」


と言った。

名前を呼ばれて、近くで囁かれてドキリとしながら、それをキョーコは恋人ごっこだった、と造花のバラを見て早速戒めて、身体の中に沸きあがった甘ったるい感情を流した。

「おやすみなさい、敦賀さん」
「蓮にして」
「ええと・・・じゃあ、すみません、蓮・・・おやすみなさい」

恥ずかしそうにキョーコがそう言うと、蓮はキョーコをゆっくりと抱きしめて、その頬に口付けた。
















2010.01.20