泣いて泣いて泣きやんだら

* この頃(2007年当時)はまだキョーコさんのお誕生日がいつか分からなかった事、蓮様の携帯電話は非通知設定のままだったのでこのような話になっておりますが、記念にそのまま残しておきます。以上ご承知の上ご覧ください*




――――『非通知設定』



「・・・はい」
「もしもし、オレだけど。遅くにごめんね。大丈夫?」
「敦賀さん」


しん、とした空気が一瞬流れる。キョーコも、蓮も黙る。
電話を耳に当てながら黙ると、静けさが、束になって降ってくる。
キョーコは挨拶をしていなかった事に気づいて、あわて、電話の前で頭を下げていた。


「こ、こんばんは」
「こんばんは」
「どうされたんですか?」
「うん・・・?そうだね、どうしてかと言われたら、どうしてかな、久しぶりに声が聞きたかった、って言ったらおかしいかな?最近会っていなかったから・・・」


ゆったりとした口調で話す蓮の声は心地よく、キョーコはまた黙り、静けさが降って来る。気付くと、蓮の呼吸する音が、かすかに耳に入る。少しだけ、どきり、と心臓が跳ねたキョーコは、蓮が急に電話を掛けてくれた理由を一生懸命理由付けしようと、ぐるぐると頭の中を駆け巡り、思い当たってはじき出した答えが、


「・・・あ・・・」
「どうした・・・?」
「明日私の誕生日だから・・・ですか?もしかして社長か堪さんに聞いて・・・」
「・・・・・・そうなの・・・・?」
「はい。・・・・あれ・・・?ち、違ったんですね????ご、ゴメンなさいっ」


今度は蓮が黙って、蓮は、受話器の向こうで、アタフタしているだろうキョーコの、「あの、ええと・・・」と・・・意味の無い言葉の連続を、頭の片隅で聞いていた。キョーコの誕生日を祝う事の方が、自分が掛けた電話の意味よりよほど大事だった。


「あのっ・・・・す、すみません・・・一体何のお電話だったんでしょうか?」
「最近ゆっくり話す機会も無かったからね・・・今度一緒に食事でもと・・・思って・・・。最近の仕事の話も聞きたいし・・・頑張っている君にご褒美をと思ったのだけどね。なら、誕生日祝いにしようか」
「い、いえっっっっっわ、わすれてくださいっっ。そんなつもりで言ったのではないんです」
「・・・・くすくす・・・・どちらにしても、オレは君と食事がしたかったんだけどね。良かったら一緒に行きませんか?お姫様?」
「あの・・・。」
「オレと行けない理由が・・・あったりする?」
「な、ななななな、ないですっ。理由なんて偉そうなモノは全くありませんっ!!!」
「そんなに慌てなくてもいいと思うんだけど・・・まぁ・・落ち着いて・・・深呼吸でもしてごらん?」
「い、いえっ・・・すぅ・・・・ふー・・・」


何度かキョーコは息を吸って吐いている間、蓮は受話器の向こうで、キョーコの様子を思い浮かべて、くすくす笑いながらそれが終わるのを待っていた。


「素直でよろしい」
「・・・・敦賀さんこそ、私なんかと行って平気なんですか?」
「もちろん。なんで?」
「なんでって・・・」


微妙な女心を全く理解していないんだわ、この人、とキョーコは思う。
一緒にご飯に行ったのがばれて困る人はいないんですか?と。
口には出さなかったけれど・・・・。


「誕生日プレゼント、何が欲しい?」
「えっ???いりません」
「じゃあ・・・オレの好みで適当に選んでおくよ。良かったら貰って」
「・・・・あの・・・」
「でもせめて、何が食べたいかだけは仰っていただけませんか?お姫様?コレは聞かないと今日はこのまま電話し続けるよ?」

楽しそうに蓮が笑うと、キョーコも小さく笑った。
少しだけ、電話越しだけに緊張して張っていた心が和んだ気がする。

「じゃ、じゃあっ・・・以前食べた所に一緒に行きましょう?ファミレスっ」
「あぁ・・・懐かしいけど・・・ファミレスはやめようよ。じゃあハンバーグって事でいいのかな?ファミレスよりは美味しいハンバーグを食べよう」
「ハンバーグ・・・☆」
「くすくす・・・ご機嫌がよろしくなったようで良かったです、お姫様。オレは君を食事に招待するのが今夜の目的だったんだから、何でもいいんだよ?もちろんハンバーグじゃなくたって」
「ハンバーグより美味しいものは無いんです」
「くすくす・・・楽しみにしておいで。美味しい所を知ってる。予約しておくから、明日は・・・予定は?誰かと誕生日をお祝いするのかな?」
「い、いえ・・・学校があって夕方からだるまやでお手伝いをする予定だったんですけど・・・」
「それは急に抜けられる?大丈夫なら、明日当日にお祝いしよう」
「それは、大丈夫ですけど・・・敦賀さんの明日のご予定は?」
「明日は夕方7時以降はフリーだよ。じゃあ決まり。君の下宿先に迎えに行くから」
「すみません、じゃあ・・・お言葉に甘えて・・・。楽しみにしてます」
「うん。あ・・・」


蓮が急に言葉を切り、そして、


「長電話をしている間に日が変わっていたね。誕生日おめでとう、最上さん」
「あ、ありがとうございますっ・・・」
「オレが今年一番にお祝いをできて光栄です、姫・・・・くすくす・・・」
「もうっ・・・敦賀さん、姫扱いはやめて下さいっ・・・恥ずかしいですからっ・・・・///」
「悪い気はしないだろ?ハンバーグと一緒にケーキをつけないとね?」

キョーコをからかい、楽しそうに笑った蓮は、「でもそろそろ切らないといけないね。」と言った。キョーコは、なぜか、この穏やかで優しい電話を、もう少しだけ、していたかった。電話を切りたくないなと、思った。


「敦賀さん・・・わたし、誕生日プレゼント、思いつきました。一緒にご飯を食べて下さる時に、敦賀さんと私の携帯を切って食事がしたいです。私の誕生日プレゼント、そのワガママを聞いてくれる事にしてくださいませんか・・・?敦賀さんの久しぶりのフリーのお時間・・・ほんの少しだけ・・・私の為だけに貰いたいんです・・・・。せっかく敦賀さんがゆっくり休めるのなら・・・仕事の事忘れてもらって・・・しょ、食事に集中するというか・・・美味しいハンバーグに集中したいなって・・・や、やっぱりダメでしょうか?お仕事中、急に連絡があるかもしれませんし・・・」
「いや?そうしよう。食事の時間ぐらい平気だよ。ワガママは、いくらでも聞きますよ、姫・・・あ、怒らないでね?くすくす・・・」


キョーコの誕生日のワガママが、蓮をどれだけ喜ばせているのかキョーコは分からないのだろう。そして、キョーコ自身も、そのワガママがどうして出てきたのかは分からない。けれど、たった数時間でも、二人の時間だけは誰にも邪魔して欲しくないと思った事は確かで、ハンバーグを理由にしなければ、キョーコは思わず、違う事を口走りそうだった。

どうしてそんなに良くして下さるんですか?と。そして、ただの後輩という理由だけでいつも気に掛けて貰えるものなのだろうか、さらには他の俳優部門の後輩にはいつも声を掛けるのだろうか?・・・と。


直感で感じる蓮の好意というものが、何とも言えずくすぐったくて居心地が悪いのは、それをどこまで推し量っていいのか分からないからだろう。そして自分自身がその蓮の優しい声に、心の鍵が溶けて無くなってしまうのが怖いのかもしれない。まだあともう少しだけ、この気持ちが何なのかに気付きたくなかった。


「じゃあ、最上さん、また明日。おやすみ」
「つ、敦賀さん」
「なに?」
「あのっ」
「どうした」
「・・・・も、もう一度、お誕生日おめでとうって・・・言ってください。お祝いして貰って嬉しくて・・・」


なんだか意味の分からないお願いだと、キョーコも思う。引き止めてしまった理由を、何とか言い訳したつもりだった。


電話の向こうで、一呼吸置いたのち、すっと息を吸った音が聞こえてきた。そして、その後聞こえてきたとても優しい声のおかげで、その晩キョーコは、ふわふわした幸せで優しい、不思議な気分でいた。


蓮には、高校の入学も心から祝って貰った。お祝いして貰う事がこんなに嬉しい事なら、来年の誕生日には自ら電話をかけて、おねだりしてしまおうかしら・・・などと思い、そして私ってば敦賀さんに向かって不謹慎極まりないわ、と自らに言い聞かせながらも、うふふ、と笑ってキョーコは嬉しそうに笑って眠っていた。





「お誕生日おめでとう、最上さん・・・」









2007.05.18