カードは破り方が大事。

 

沢山のチョコレートの箱の山の中で、ラブミー部の二人はすっかり意気消沈気味です。自分達が贈る訳でもないチョコレートと手紙の山に何故埋もれねばならないのか、やや自分たちのセクションの立場を疑問に思いながらのラブミー部のお仕事です。でも宝田社長いわく、愛されてこそ芸能人、このチョコの山は愛の山だから、とても誇りある仕事だと言います。 

多々ある箱の中には、LMEが誇る人気アーティストや俳優たちへの熱い思いのこめられた手紙とチョコレート、そしてプレゼント。中には手作りケーキもあります。LME社屋前には一目、目当ての芸能人に会おう、プレゼントを渡そう、という人だかりでこの時期はとても賑やかです。 

「ちょっとぉ~一体いつになったらコレ仕分け終わる訳?」 
「あと15箱~・・・モー子さんあとちょっと頑張ろう?まずは人ごとに分けなきゃで・・・・。」 
「そのあと手紙と食べ物の分離でしょ~…あーあ。世の中の女達はTVの中の男たちに一体どんな理想を抱いているって言うのかしら。」 
「理想を与えるのが仕事なんだからいいじゃない。」 
「・・・・まぁそうだけど・・・・。」 
「あ~~~「琴南様へ」っていうの発見!!!」 
「え????」 

いささかテンションが上がった模様のモー子さん。奪い取るようにしてキョーコさんから箱と手紙を奪い取りました。 

「なーんだ・・・また女じゃない。ここはヅカじゃないのよ?」 
「えぇ~いいじゃない~~~女のヒトから好かれるなんて一番嬉しい事でしょう?」 
「チョコは貰い・・・っと・・・・あら、こっちには『京子さんへ』っていうのがあるわね。あーら良かったわね、男からよ。」 
「お、男からなんていらない・・・・。っていうか何でバレンタインデーに男から逆に私が貰う訳?」 
「さ~あ?海外だと男から女に渡す事もあるからじゃないの?」 

文句をたれつつもあっという間に全ての人ごとに分けた二人は、次はやっと、食べ物と手紙の分離です。 

「生もの・手作りは万が一の時の為に捨ててよし・・・・ですって。ああ勿体無いわね。私に送ってくれれば兄弟姉妹の胃が全部綺麗に処理するのに。さ、さっさとやりましょ。あ、あんたは俳優部門ね。私は歌手部門とタレント部門で。」 
「うん。」 

二人は機械のように、手紙を取って重ねて、プレゼントの山を人ごとに箱に綺麗に詰めていきます。そして。キョーコさんは最後の最後に残した敦賀蓮さんの箱にたどり着きました。思わずその積みあがった箱の山を見て、溜息が出てしまいます。 

「相変わらず凄いわね・・・。」 
「一番大きい箱で35箱なのよ!!!しかもどれも超高級チョコばっかり。」 
「この箱よりあんたの部屋の荷物の方が少ないんじゃない?」 
「コレ…敦賀さん、家に持ち帰るのかしら?」 
「さあ・・・・捨てるんじゃない?まさかモデルやっているのに食べる訳にいかないでしょ。」 
「でも敦賀さん紳士だし律儀で優しいから…周りに配って歩くのかも。」 
「確かに『敦賀蓮から直接貰った超高級チョコ』なら…Wネームで誰も捨てないわね・・・・・。」 

再び文句を垂れながらキョーコさんは機械のようにプレゼントの山を仕分けます。敦賀蓮さんがモデルをしているブランド以外のモノを着けてはいけない契約をしているのを知らないからなのか、ネクタイ、タイピン、ハンカチ、ベルト、バッグ、手帳、香水・・・・ありとあらゆるモノが箱に入り、「大好きです」「愛してます」」・・・・その他熱烈な愛の告白をメモしたメモカードが添えられています。 

それらがちらちらと目に入る度、キョーコさんは昔の自分のトラウマをふと思い出して、「ふふふ・・・」とブラックな笑みを浮かべ、思わずそのカードに邪念を飛ばしそうになります。いけない、いけない、と首を大きく左右に振って、再び機械作業に戻ります。 

「あ、女優のRさんだ・・・・。確か前に共演してた・・・・。」 
「へ~え・・・。あーら・・・・コレ一箱で一万五千円はするチョコ・・・・本命なのね。カード・・電話番号が裏に書いてあるもの。」 
「へ、へぇ~・・・・。」 

他のカードと違って、「好き」とも「愛してる」とも書いていない、名前と電話番号のみのそのカードを見て、キョーコさんはとても複雑な気持ちになりました。 

「気になるの?」 
「え?何が?」 
「女優Rと敦賀蓮の関係。」 
「な、ならないわよ。」 
「さっきと比べて明らかに仕分けペースが落ちてるもの。」 
「そ、そりゃあ・・・同業者さんだし、知っている人だから・・・・一体どういう気持ちでコレを書いて敦賀さんに渡したんだろうとかは思うけど・・・。あとで見るだろうし・・・。」 
「でも実際こっちの箱に入れられてるって事は、社さんが受けたんじゃない?『渡してくださいね?』とか何とか言われて。そういえばあんた敦賀さんにチョコレート用意したの?」 
「・・・・・したけど・・・・。」 
「あ、そう。あんたにしちゃ随分と素直に私の言う事聞いたのね。」 
「!!!」 
「ウソよ。でもね、決して「義理です」だの「言われたから」だの言って渡しちゃダメよ?余計な事言わずに、敦賀さんに、ってそれだけ言って渡すのよ?」 
「え・・・?うん、分かった。」 

モー子さんはそれだけ言うと、また手元のチョコレートと手紙をさばき始めました。キョーコさんは、箱に山になっていく敦賀蓮さんの手紙と愛のこもったカードの山を見て、一つだけ溜息をつきました。 

チョコレートの香りが蔓延するラブミー部の部屋を出て、仕事が完了した旨を報告しにキョーコさんは椹さんのところへ向かいました。向かう途中にブリッジロックのメンバーに会い、カバンの中からチョコレートの箱を取り出し、「いつもの御礼です。」と言いながら渡すと、沢山チョコレートを貰っていたメンバーでもとても喜んでくれました。キョーコさんは少しだけ、敦賀蓮さんに渡す気になりました。 

「椹さん、終わりました。ラブミー部の部室に人ごとセクションごとに全て分けてあります。あとは手紙とチョコレート、マネージャーさんたちに持っていってもらって下さい。」 
「あぁ、最上さん。お疲れ!蓮のチョコレートの山、凄かっただろう?もうさあ、スタッフだけじゃ処理しきれなくて。助かったよ~。はい、ハンコ。」 

ぽん、と一番いいハンコを惜しげもなく押した椹さんにもチョコレートを渡したキョーコさんが帰ろうとした矢先に、社さんが後ろから声をかけてくれました。 

「やっほー!!!キョーコちゃん!!」 
「社さん・・・・と敦賀さん。こ、こんにちはっ・・・・。」 

心の準備をしてなかったキョーコさんは、なぜか一気にあがって、どきどきし始めました。特に敦賀蓮さんに告白をしようとかそういう事では全くないのに、敦賀蓮さんの「久しぶりだね。」の一言で、「はい。」と言うだけで、言葉が出てきません。椹さんに渡したように、ブリッジロックの皆さんに渡したように、するすると手がカバンに潜り込みません。 

「なに、どうしたの?仕事?」 
「いえ、ラブミー部のお仕事で。チョコレートの箱の山と格闘していました。」 
「あぁ。」 
「あ、それでっ、ラブミー部の部室に・・・・敦賀さん宛てのチョコレートと手紙の山があるんです。社さん、あとはお願いしますね。」 
「あ、う、うん。分かったよ。」 
「じゃあ、今行こう。」 
「え?もう、お仕事はおしまいですか?」 
「うん。今日はね。」 

LMEの廊下を歩くだけで、社さんの腕の中は沢山の女優さんからのチョコレートの山に埋もれます。たまたま横に一緒にいるだけなのに、何故一緒に?という視線を向けられ、また横から複雑な気分で京子さんは歩きます。 

「あ、あれ?モー子さん?」 

部屋にたどり着くともうモー子さんの姿はなく、一言「次の仕事があるから。」というメモと共にチョコレートの箱がキョーコさん宛てに置いてありました。 

「モー子さんからチョコを貰っちゃいまいした♡♡♡」 

まるで踊りだしそうな勢いで喜ぶキョーコさんに、敦賀さんもにこり、と嬉しそうに笑いました。そして、キョーコさんが指差した敦賀蓮さんの箱35箱には触れずに、手紙の箱だけを抱えて、立ち上がりました。 

「読まないとね。」 
「お返事書くんですか?」 
「たまにね。サインが欲しいっていう葉書が入っているのだけだけど。」 
「へぇ・・・。」 

そして、敦賀蓮さんが件の「女優R」さんのカードに気づき、手にしました。 

「で、電話番号とか名前とか・・・・み、見ちゃいけないと・・・・思ったんですけど・・・・見えちゃったので・・・・。ご、ごめんなさい。」 
「あぁ・・・別に。」 

そう言うが早いか、その場で敦賀蓮さんはそのカードを、びりびりびり、と勢いよく破り、ゴミ箱に捨てました。さすがに社さんもキョーコさんも驚きました。 

「蓮、いいの?」
「い、いいんですか?」 
「え?あぁ、うん。今は仕事一緒にしてないし。」 
「・・・・・・・。」 

キョーコさんはチョコレートを渡す自信が少し無くなりかけて、それでもモー子さんとの約束を破る訳にも行かず、こそこそ・・・・と包みを出しました。 

「あの・・・・敦賀さんに・・・・・コレ。いつも、ありがとうございます。」 

小さなチョコレートの箱を、心から照れて真っ赤になりながら、俯き気味に渡すと、敦賀さんの手はキョーコさんの手から箱を取り、そしてすぐに包みを開けて、キョーコさんのカードを取り出しました。 

--いつもありがとうございます。 

「こちらこそ、ありがとう・・・。」 

そう言った敦賀蓮さんはカードをジャケットの内ポケットに、チョコをカバンにしまい込んで、そして、目が合ったキョーコさんに、にこり、と微笑みかけました。 

キョーコさんは自分の贈ったカードが破られなかった事に少しだけほっとしたのも本当ですが、いつか「今は一緒に仕事をしてないから」と言われる自分を想像して、また、先程よりも強く心が軋みました。そして、また、違うどきどきが始まって、キョーコさんは落ち着くように、何度も心にブレーキを踏みいれます。百面相をするキョーコさんを見て、敦賀蓮さんは優しく笑いました。 

「コレはしっかり食べるよ。」 
「えと、手作りは・・・実を言うと、箱の中のものは処分令が来ていたのでもう別にしてあるんです。この箱には既製品しか入ってなくて・・・・私のは実は手作りなので、もしダメなら捨ててください。」 
「そんな事しないよ。直接貰っているのに・・・・。」 
「だって、さっきカード捨てましたよ?」 
「はは・・・そうだね。でもせっかく心をこめてくれたモノだから。直接くれた君のを手作り代表で食べるよ。」 
「ありがとう、ございます・・・・。でも・・・・他の皆さんもきっと私と同じ気持ちで敦賀さんに贈ったんだと思うんです。だから、私のを食べて下さるのはとっても嬉しいのですけど、他の人のもせめてプレゼントの箱ぐらいは開けてあげてくださいね。」 
「うん、わかったよ・・・・。」 

敦賀蓮さんが、ギリギリのホンネと、「キョーコさんは特別」だと表した事を、相変わらずキョーコさんには気付いてもらえず、社さんもどこか複雑な苦笑いを浮かべておりました。 

そして、キョーコさんは、バレンタインデーの一日を振り返って、なんて心の痛む日なのかしら?と、再び心に鍵をかけ直そうと思い直してしまった次第なのでした・・・。 

――あぁ、本当に自分の心を敦賀蓮さんにも開放する日はいつなんでしょうか(笑)。 

一月の間、大変生真面目な敦賀蓮さんのお宅が、本当にチョコレートの甘い香りに包まれていたかどうかは、敦賀蓮さんのみが知っていることです。 





2007.02.14