もう一度キスしたかった

「待って」

キョーコをきゅっと包み込むようにして回された蓮の手が、キョーコのほっそりとした首に触れて、その肩先が一度ひくりと震えた。

蓮をちらりと仰ぎ見た瞳は、その先に続くであろう行為に半分の期待と半分の羞恥を持って淡く意思を含み鈍く光っている。

その期待通りに、そっと蓮の甘い吐息が被さる。絡めとられた舌先がまたひくりと震えて、その感触に蓮はふっと楽しげとも切なげとも取れる表情で息を漏らした。

蓮の長い指がキョーコの柔らかな髪に触れ、そっと差し入れられて、後頭部を撫で梳くようにしてゆっくりと指先が首筋をなぞる。キョーコはまた肩先を震わせる。

相変わらず続く甘い唇の交わりは、徐々に二人の意思とは別の所で熱を含み、互いの荒れた吐息を飲み込み合っていた。

蓮のシャツを握り締めるキョーコの手が徐々に弱くなって、滑り落ちそうになる前に蓮は握り返し、その腕を自分の首に回させる。彼女をそっと抱きしめて、その温かで華奢な柔らかさを味わう。

キョーコの、まるで無言の想いを伝えるかのようなふくりとした赤い唇を優しく舐めとる。うっすらと細くあけた瞼に、鼻先に、頬に、愛しげにゆっくりと唇を落としてその形を蓮の唇は確かめる。蓮は重力に逆らわずに再び落ちたキョーコの腕をとると、右手首を壁に押し付け、さきほどとはうって変わってきつく唇を塞いだ。

噛み付くようにして吸い上げて絡める。濡れた吐息が静かな玄関先に響く。

しばらくして空いていたもう一方の腕でその腰を支える。溶けた吐息と唇と身体が熱くて、目に入るのは、互いを求める表情だけ。ただ離れがたくてもう一度唇を攫ってくびれを撫で上げると、彼女の身体はまたひくりと揺れる。音を立てて絡む舌先が離れると、寂しいとでもいうかのようにすぐに互いの唇を探し出し、とめどもなく、やわらかなそれを貧り合う。蓮はキョーコの唇の隙間から伝ったものをペロリと舐めとり、今度は、大事なガラス細工を壊すようにキツク抱きしめた。

「もっと・・・」

離れた唇にどちらとも無く掠れた声が繰り返し、またキツク抱きしめ合い、また振り出しに戻ったように求めあう。

どうしようもなく切ない感覚が身体中を覆って、キョーコは無意識に一筋だけ涙を伝わせた。蓮はその一粒の涙をそっと舌先で掬うと、そのまままたキョーコの唇につけて伸ばした。

「つるがさん、もう帰らないと」
「キョーコちゃん?まだ言うの?」
「・・・・」

無言で見つめあい、今度はキョーコから身体を寄せて、また一つそっと吐息を絡める。唇を離した後、蓮の真っすぐな視線からキョーコはやんわりと目を逸らし、そっとその長い睫毛を伏せた。

「どれだけ、会えるのを楽しみにしていたか、分かっていますか?」
「分かってるよ。だから、なんで・・・」
「ずっと一緒にいたくなってしまうから」
「一緒にいればいい」
「ダメ、です」
「・・・」
「ごめんなさい。どうすれば今の私の気持ち、伝わりますか?ずっと傍にいたいんです。でも」

キョーコの頑なな表情を見て取った蓮は、ふっと諦めたように息を吐くと、鼻先をそっとくっつけて一言囁いた。

「じゃあ、もう一度だけキスして?」

細い腕が蓮の首先にそっと廻され、優しく引き寄せられて、音を立てて唇が離れる。上目遣いで「ダメ?」と伺うようにキョーコに仰ぎ見られた蓮は、小さく笑って口を開いた。

「それじゃ、ダメだよ?」
「だってぇ」
「今夜はここに、いて?」
「・・・・」

キョーコは照れた顔を隠すように、そっと蓮のみぞおちに顔を埋めてきゅっと抱きしめた。そうして俯いたまま、蓮に聞こえるだけのうっすらとした声で、一言だけ可愛い本音を漏らした。

「敦賀さん、もう一度だけキス、したいです」

笑ってその言葉を受け止めた蓮の手が、キョーコを上向かせ、唇を塞いだ。とても濃密で長く丁寧な唇に上気して、キョーコは壁を伝って座り込み、逃げるように唇を離した。

「・・・っ・・・」
「ダメ出しは無いよね?今夜はオレの所にいてね。もう一度キス、しよう?」

蓮は力が抜けたキョーコの腰を支えて立たせると、再び穏やかに、優しく愛しむように口付けていく。しばらく優しくも濃密な行為が続いて。また重力に逆らえなくなると、蓮は自分の首にまた腕を回させて、身体を壁に押し付け自分の身体を重ねる。

ぴとりと額と鼻先をあわせると、その距離にキョーコは可愛く照れる。蓮も穏やかに笑ってキョーコの腰に腕を回した。

そうしてその可愛いガラス細工はとても大事そうに抱えられて・・・・・・奥の扉がそっと、閉じた。


2005.11.12

2020.07.18 改稿