You Are Unlimited

「どうしたの」

と蓮が言って、振り向く。
キョーコがそっと背にもたれかかったからだ。

「うん」

それだけ言って、ただ背に少しだけ寄りかかっている。
蓮はそっと体を起こし、持っていた台本をテーブルの上に置いた。

「なにかあった?」
「ううん」

キョーコは言葉少なく、黙ってただ寄り添うから蓮もただ黙って腕の中に入れた。
しばらく蓮も黙っていた。キョーコの背中を少し撫でる。
ただ蓮はキョーコの様子を見守っていた。
しばらくしてキョーコは蓮の体にもたれかかり、体重を少しだけかけて、そして蓮の手に触れる。
蓮もようやく少し強く腕の中に入れて抱きしめた。
キョーコは目を閉じて、また少しの間何度か深く息を吸って吐いた。

「ありがと」
「うん?どうかしたの」
「パワーチャージさせてもらった」
「できた?」

キョーコは腕の中でそっと頷く。その頬を蓮の胸に何度か擦りつけた。
蓮もキョーコの髪にそっと触れ、耳に触れ、頬に触れて、腕全体を撫でた。
少し冷たい手を包み込み、そしてまた腕の中にしっかりと入れる。

「これでできるならいくらでもどうぞ」
「疲れない?」
「どうして」
「いえ、なんとなく。悪いかなって」
「人に甘えることってとても大事なことだと思うし甘えられたらうれしい」

蓮も頬をキョーコの頭に数度寄せる。
キョーコが聞いてもあまり何も話さない時は、自分で今懸命に向き合っている事がある時で、それから、いつか話す時が来れば話してくれるだろう。向き合う時少し気持ちも弱くなって、こうして擦り寄る。小さな体で精一杯思考しているのだろうと思う。

「いいにおい。すきだよ」

蓮はキョーコの髪に鼻を寄せて言った。

「・・・ありがと。ね、蓮。いつものあれ、言ってくれない?」

キョーコがそう言うと、蓮は少し黙って考えてから囁いた。


「・・・You are unlimited、かな」

「うん。がんばれる。好き」

キョーコはようやく顔を上げて、蓮を見る。
蓮は頬に手を置いて、ほとんどキスしそうな距離で言った。

「You are unlimited」

キョーコにとってはまるで空から言葉が降ってくるかのようだった。
蓮はキョーコの目を見つめて、それから力強く囁いた。
静謐な空間の中で、キョーコにはとても確かなものに感じられた。

「ありがとう」

キョーコはふっと笑う。
少しまだ怖いか疲れているか無理をしているなというのは蓮にもわかる。
だからまた腕の中に入れて、また背中を何度か撫でる。

「大丈夫だって。絶対に成功する。君は無限だと体が理解するまでもっと言おうか」
「・・・ふふ、ありがと。大丈夫。蓮がそう言ってくれたならきっとできる」
「不安と劣等感に負けそうになったら、思い出して」
「うん。大丈夫。不安だけどあたためてくれたから体があたたかくなってきた」

キョーコは確かに頷いて、それから、蓮の首に腕を回してそっと唇を寄せる。

「すき」

「うん」

今度は蓮が少し黙る番で、キョーコが蓮の髪を撫でて、耳に触れ、頬に触れて、腕を撫でて、蓮の手を握った。

互いに黙って見つめて、それから、蓮が先ににっこり、と、笑った。

「元気になったみたいだね」

「ありがと。パワーチャージさせてくれて」

「うん。これで元気になるならいくらでも。でも、今度はオレが君から貰おうかな」

蓮はそう言うとすぐに唇を塞いだ。柔らかく、甘く、何度もキョーコの名前を呼びながら。 ほとんど境界線が無い程体を寄せ合って、唇を互いに食む。

濃密な音が漏れて、キョーコの顔は溶ける。蓮がキョーコの手を握る。

「もっとパワーチャージしよう」

意識の薄れたキョーコに蓮は何度も、何度も、体に刻み込むかのように、囁いた。

「You are Unlimited. I love you」

そう耳元でささやかれるたびに、キョーコは甘い声を漏らしながら、体はきゅうと蓮を強く包み込んだ。


「この言葉を言うと君の体はいつもあたたかくなる。不思議だね」


キョーコはまた蓮に擦り寄って、そして目を閉じる。
だからもう一度だけ、蓮は言った。

「You are unlimited。絶対に大丈夫、きっと神が望む通りにしてくれるよ」

「うん、ありがと。信じる」

「本番前に何度も繰り返せばきっとうまくいくよ」

「・・・ごめんね」

「何が」

「悩んでいるみたいに見えた?」

「悩んでいるかはわからないけど、色々考えているんだろうなって。話してくれる時が来ていないってことはまだ迷っているとかなのかな、って」

「ふふ。全部お見通しでこわい」

「君の事はわかるよ」

蓮が誇らしげに言うからキョーコが笑う。

「ありがと。また近いうちにいい報告と一緒に話を聞いてね」

「うん。たのしみにしてる」

「・・・もしうまくいかなかったら、」

「いや、大丈夫だよ、結果どちらでもきっと『いい報告』なんだよ」

「そっか、そうね」

うまくいくことだけを期待して、うまくいかない心配をしていたキョーコは、蓮がどんな報告でもいつも変わらずに聞いてくれることを思い出した。

「どんな結果でも、きっといい結果、よね」
「そうそう。その調子」
「そうね、I am Unlimited、だっけ」
「そうだよ。オレも自分でも言い聞かせるけどね。君にオムライスに∞を描いてもらって」
「そうね」
「きみの中にはいつも無限の可能性が見えるよ。どんなものにもなれる」
「ありがと・・・」

キョーコはホッとしたように笑い、蓮の腕の中に入り、目を閉じた。







2020.04.19