『・・・・可愛い・・・・・』
――・・・・・・・!!!!
「・・・・っ・・・・」
尚は、ビクリ、と、激しく身体を揺らして、起きた。
夢の境目に、自我が入り込んだ。
「どうしたの?」
前から祥子の声がする。
そこが車中だったと気付くのにしばらく時間がかかるほど、尚は珍しく素で呆けていた。
「ステージに、遅刻する夢をみたんだ」
尚は言った。苦虫をつぶした顔で。
そして、ちっ、と、一つ、舌打ちをした。
「疲れたのね、もうすぐ、自宅に着くから、もう少し寝ていてもいいわよ」
祥子の言葉を無視して、尚は窓の外に視線を流した。
――アイツの髪が、黒かった
のは、どうしてなのか。
ショーちゃん、と呼んだ声が、限りなく優しかったのは、どうしてなのか。
自分を覗き込んだ相手のその頬に、そっと手を、添えたのは、どうしてなのか。
柔らかい頬の感触を、脳が覚えている。
細めた瞳、少しだけ開かれた口元、淡く儚げに色めいた表情。
最後、相手に、伝えた言葉は。
その後、自分は、夢の中で、どうするつもりだったのか。
身体が、今、熱い、のは。
「はぁぁぁぁ・・・・・・・・・」
「なに、どうしたの?そんな溜息。そんなに、嫌な夢だったの?」
「・・・・・・・・・」
尚は、胸のポケットに入っていたサングラスを、かけた。
口元を、手のひらで覆った。
ミラーから見えないように、窓の外に顔を向けた。
――身体が火照っているのは、うたた寝などしたからだ
子供ではあるまいし、夢の中で、一体、どんな。
――今度はオレンジの髪で出てきやがれ、そしたら笑い飛ばしてやる・・・
ありえねぇ、と、笑い飛ばして、しまいたい。
それでも、自分の心から湧き出るものを、笑い飛ばして、ギャグにして、『気付かないフリ』をするほど、音楽家としての感性は、鈍っていない。
その鈍くない自分に向けて、また一つ、息を、吐いた。
その溜息の憂慮の意味を、本当は自分が一番、分かっている。
十六年という年月が消えるわけじゃない。
たった一言が、岐路だった。
行き先を自由に変えた、道標。
消えない、消えてくれない、寄せては返す、心の中が求める、やさしい・・・・
夢の先の相手に甘えようとした緩い疼きが、心の奥底で鈍く、燻っていた。
2009.02.08