SEASONS







――ルルルルルルル・・・・・



「なに?」

いかにも“不機嫌です”という声がした。


「お前・・・今週の水曜あいてる?」


そう伝えたら、「は?」という一言だけが返ってきた。


「プレゼント買いに行くの付き合え」

「いやよ。誰の買うのか知らないけどそんなの自分で決めなさいよね。子供じゃあるまいし・・・」

「「不破尚」の名前でおふくろに何か贈ろうと思って。お前の方がお袋と一緒にいたからさ、好きな物よく知っているかと思って」

「ちょっと・・・・。断ったらまるで私が薄情な女みたいじゃない」

「さぁね。いいから付き合えよ」

「しょーがないわねー。女将さんが好きなものねぇ?」


色気も無い、兄弟のような会話。
でもオレが唯一地声で話せる時間。
そんな会話も出来るようになった頃には、アイツは違う男・・・また腹が立つような男の傍にいた。


「御礼はオレの今年のコンサートチケット全公演でどうよ?何なら全部最前列にサイン入れて送るけど」

「そんなのちっとも嬉しくないわ!!!」


数年前なら「ショーちゃんホントに?」なんて反応だった事を考えると、その態度の違いは面白いと思うけれども。



「あっ・・・ちょっとまって・・・・」


「おかえりなさい」と言った声が遠くからして、「水曜日、アイツとお買い物行って来る」と・・・向こう側にいるだろう敦賀蓮に許可を取っている声が聞こえた。


「君が好きなように決めればいい」と、オレを牽制もせず、まるで大人のような返事に少しだけカチンと来た事は事実で、更に、ぼそぼそ・・・と二人が小さな声で会話をする音がしていた。

そしてキョーコが「蓮」と、聞いた事も無いような女らしく小さく甘えた声でアイツを呼ぶ声がした。そして、小さくした口付け合う音に、思わず耳を受話器から遠ざけた。どう考えても、わざとアイツが音を立てて口付けて、オレを牽制したに違いない。キョーコにそこまで出来るとは思えない。



――ここは日本だぞ・・・




「おまたせ。いいって言ってくれたから付き合うわよ」

「・・・お前、電話繋がってるの分かってるよな?」

「当たり前じゃない」

「オレ以外の前で電話繋いだままアイツと会話なんてするなよ。一度切れよな」

「セコイわね・・・ちょっとぐらい携帯で保留になったからって・・・電話代ぐらい平気でしょ?何でもいいけど何時にどこ?」


電話を切れと言った意味をキョーコは何も分かっていないのだろう。敦賀蓮は分かっているに違いないのに。それがまた腹立たしかった。


「スタジオ帰りに祥子さんに車で拾ってもらうか?」

「それじゃ何時か分からないじゃない」

「どーせ暇だろ?」

「失礼ね!!その日は・・・む・・・・・たまたまっ、フリーなのよ!!!」

「ま、その誰かのマンションの前に迎えに行ったら追っかけのいいネタにはなるな。だからお前がスタジオ来いよ」

「え、偉そうにっ・・・」

「誰かさんに迷惑かける気はねーんだろ?」

「仕方ないわね・・・いいわよ。昔からのお気に入りスタジオ?」

「そ。来るのは何時でもいいから。スタッフと受付には話通しておく。じゃ、よろしく」



アイツが敦賀蓮のために発する声と、オレのために発する声は全然違う。地声。他人行儀な声色を使わないだけ救われているのだろう。

オレの地声も、業界を渡り歩く為の声も、キョーコは何もかもを知っている。だけど、オレの女を口説く声だけはアイツは知らない。そしてオレも、アイツの女の声だけは知らない。


少しだけ聞こえた電話口での声に、驚いた。色気のいの字も感じなかったアイツがこんな声も出せるんだなと・・・。


オレの最初の客はお前で、オレの最初に作った曲を最初に聞かせたのもお前で、いつでもそこにいて、「ショーちゃんがすき」と・・・言う声があったのに。何年も聞き続けたあの声は、ウソだったのだろうか。


その声は、すぐにいつものように帰って来ると思った。
ただの兄弟げんかだと思った。
ただの反抗期だろうと。



オレは、なぜ、色気のいの字も感じなかったアイツを、変えてやろうと思わなかったのか。それを最初に敦賀蓮に持っていかれたことが悔しいのか、オレのものだと思っていたアイツが自ら敦賀蓮を選んだのが悔しいのか。


だけど、一つだけうぬぼれるとしたら。今オマエが・・・女優として、タレントとして成功したのも、敦賀蓮とそうしていられるのも、芸能界にいたオレを追いかけたおかげだと思っていいだろう?


オマエの一番最初の客にはなれなかったけど・・・。
もしかして一番最初の客は敦賀蓮だりしたのだろうか。


キョーコはオレの母親よりオレの事を知っていて、何だかんだ今も昔もオレの世話をやいて・・・姉であり、何も知らない手のかかる妹であり・・・女としてのポジションだけは、敦賀蓮に譲ったけれど・・・。


オレはアイツの母親のような大きな優しさに、甘えきっていたんだ・・・。



「これ、オマエにやる」

約束の水曜日。
カードに「不破尚」のサインを入れて、抱えきれないほど大きなピンク色のカーネーションの花束を渡した。

「な、なによ・・・これっ・・・・アンタが私にくれる事なんて・・・気持ち悪い。何か下心でもあるわけ?私アンタの母親じゃないわっ。これ女将さんに贈ればいいのにっ・・・」
「素直に受け取れよな」
「・・・・・・・・ありがと。綺麗」



キョーコから感謝されるなんて何年ぶりだろう。




流れた月日が、キョーコの心を変えて、オレの心も変えて、敦賀蓮の心も変えた。




親の心も、そろそろ変わっているだろうか?

まだ「旅館をつげ」と言うだろうか。



――おふくろにも・・・・同じ花束を贈るか・・・・。



「キョーコ。感謝してる」
「明日は雨だわ・・・雹だわ・・・ほら、なんか悪寒がしてきたものっ・・・」
「ほい、チケット。最前じゃないけど・・・関係者席。全公演二枚ずつあるから。アイツと来いよな。オレのチケットは即売もののプレミアなんだからな」
「・・・・・知ってる。ありがと。行けたらね」


きっと敦賀蓮の事だから・・・二人で来る日には、今日オレがコイツにあげた花束の倍の花でも送ってくるんだろう。



――キョーコのヤツ・・・マジで目に入れても痛く無いほどアイツに愛されてるからな・・・・



今日贈ったオレの花束のおかげで、どうせ二人が更に愛し合うだけなのは目に見えているけど。今日ぐらいは、アイツに嫉妬させてやってもいいだろう?




オレは二人に感謝されてもいいぐらいだよな・・・・うん。


















2006.05.13