Sanctuary

何もかもが許される唯一の場所。

陽だまりのように暖かいそこで、私はゆっくりと目を閉じる。

やがて心のすみずみまで、愛が満たされていく・・・・。

Sanctuary

はじめて会ったとき、妖精なのかと思った。

綺麗に微笑む彼は本当に絵本の中に出てくる妖精だと思って、信じていたものが目の前に現われたのかと、どきどきして駆け寄った。

コーンはいつも大泣きして会いに行く私に、優しくずっと微笑んで見守っていてくれていた。

まるで陽だまりのように優しく微笑むその姿がやはり妖精のようで、私の中の妖精はコーンになった。

そうして妖精はいつまでも姿をあらわしていられるはずも無く、お別れをした。

哀しくて仕方が無くて、また大泣きをして。陽だまりのように微笑んだコーンはお別れの印に、私の、私だけの妖精でいてくれた証をくれた。

数年後、私は妖精のいる世界から、地上へ堕ちた。
ほわほわした明るいそこから、まるで片羽を失ったかのように堕ちた。

コーンに出会った頃の真っ白のままで、いたかったけれど。
夢の中に出てくる私の羽も、ふたつあった羽が一つになった。

でもコーンからもらった宝物の石だけは手許に残って、私の唯一の救いとなった。

どうしてだかわからないけれど、私の心がツライ時、分かってくれているかのように夢の中に現われてくれるコーンは、あの時のまま優しく微笑む。

ふわふわとした大きな羽を拡げて・・・・まるで天使のように私の前へ降りてくる。でもその羽が片方しかなくて、不安定なコーンは、すぐに地上に降りてしまう。

夢でコーンに会う時だけ、私も背中に残った羽が半分だけあらわれる。

そうしてまるでお互いが吸い寄せられるように、互いの身体を寄せて、その羽を絡める。

その時の安心感は言葉に言い表せなくて、ただただ私は、コーンに抱きつく。コーンは私の心を覗いたかのように、私を抱きしめながら耳元でゆっくりと優しく囁いてくれる。

――キョーコちゃん、だいじょうぶだよ?

――キョーコちゃん、げんきをだして?

――キョーコちゃん、わらって?

――ね、キョーコちゃん、キョーコちゃん・・・・

夢の中は温度が無いはずなのに、陽だまりのようにすごく暖かくて。

「私ね、コーンに会いたかったの・・・コーンも元気?大丈夫?」

とそう告げて、また抱きしめる。

「ねぇコーン、私ね、もらった宝物大事にしているんだよ」

私が毎回会えるたび、コーンに見せてあげると、大事そうに一度だけ触れて、

――ありがとう・・・

そう一言だけ言って、私の手の中へ、また返してくれる。

――その魔法の石があれば、ぼくは会いにこられるから

――だから、そのままもっていて・・・

――また、みせてね

――キョーコちゃん、だいすきだよ

――だから、なかないで

――泣いたら、オレを思い出して

なぜか徐々にコーンは妖精の国へ帰るかのように微笑みながら羽を羽ばたかせてうっすらと影をひそめると、蓮が神々しく微笑んで、目の前に立っている。

コーンが大好きな蓮を呼んで来てくれたかのよう。

コーンがいなくなると同時に私の羽はうっすらと消えてしまうけれど、お互いが腕を伸ばして、すっぽりと蓮の腕の中に納まる。

お互い絡めあう羽は無いけれど、蓮は私の羽のあった所をゆっくりと撫でてくれる。
私もコーンにあった背中の羽の部分を、蓮にも分けてあげたくて、一生懸命撫でてあげる。

そうして私はまた言葉に言い表せない安心感を覚える。

なんて、幸せで、暖かいんだろう。

安心しきった私は、蓮の腕の中で、

「蓮、今日もね、コーンに会えたの」

そう告げると蓮は一瞬哀しそうな微笑を作ったあと私の腕を引いて、私たちの事など誰も知らない場所へと引っ張っていく。

どこか知らない国だったり、海だったり。

今日はおとぎ話に出てきそうなぐらい広い広いお花畑。一面のお花畑に連れてきてくれた。

――キョーコちゃん、プレゼントだよ

蓮はまた神々しく微笑むと、私に摘んだばかりの腕いっぱいの花束をくれた。

――キョーコちゃん、ねぇ、二人で幸せになろうね?

私は嬉しくて、お返事の代わりにもらった花束からお花を数本抜いて、持っていたハンカチでくるくる捲いて花束にすると、蓮の胸のポケットへ挿してお返事をした。

――キョーコちゃん、前、オレに君の一番大事な羽をくれたね。オレの羽と君の羽があれば、どこへでもいける。二人ならどこへでもいけるから。それを忘れないで。オレと君との大事な約束だよ・・・?

蓮のあまりに神々しい表情に、私は言葉が出なくて、一つだけ頷いた。

堕ちてしまった私の羽は一つだけど、コーンと蓮の大きな羽があれば、どこへでも行ける。

忘れないから、絶対忘れないから。

一番大事な約束ね?

そう思ったら、蓮の影がうっすらと翳り、私の目の前から消えそうになって、私が一生懸命蓮を引きとめようとするのにいなくなってしまって・・・

イヤ!!!いかないで、お願い
もう、置いていかないで・・・

「蓮!!!!!」

幸せで優しい夢から醒めて気付くとソファの上で。
私は蓮の腕の中でうたた寝をしていたようだった。

「おや、オレの夢でも見ていてくれたの?」

見上げると、蓮が夢と同じように優しく神々しく微笑んでいて。

床に上掛けが落ちていた。
夢の中がとても暖かかったのは、蓮が私を腕の中に抱きとめながらそれをかけてくれていたからみたいだった。

蓮と向かい合わせに座りなおして、きゅっと蓮の首に頬ですりついて。
さっきしたように、コーンの羽があった背中を撫でてみたけど・・・。

男の人らしい大きな背中があるだけ。

「どうした?」

耳に直接心配した声が響いて、とてもくすぐったかった。

「蓮に会いたかったの」

夢でコーンに言ったように、蓮にも口にした。
蓮も私をその腕で抱きしめて、優しく背中の片羽があった辺りをすりすりと撫でてくれた。

しばらく二人で背中を撫であい続けて・・・。

また言葉にならない安心感が私の心を覆って、強く蓮を抱きしめた。

大好き。

たった一言しか言葉に出来なくて、蓮の耳へ直接届けた。

この腕の中は、いつでも私に一番大事なことを教えてくれる場所。
ずっと私を守ってくれて、導いてくれる。

一番大事な場所。

「キョーコちゃん、二人で幸せになろうね?」

蓮が、夢と同じ台詞で私の耳にお返しをくれた。
また何も言えなくて、優しく微笑む蓮と目を合わせてひとつだけ頷いた。

「蓮、さっきね、二人ならどこへでもいけるって、蓮と夢の中で約束したの」
「そうだね。二人ならどこへでも行けるよ。忘れないで・・・オレと君との大事な約束だからね?絶対に忘れないで」

驚いて目を見開いたまま、蓮の目から視線を逸らす事ができなかった。

蓮は、いつでも私の欲しい言葉をくれる。
その言葉が私の心ごと包んでくれる。
蓮が、堕ちて飛べなくなったはずの私に、もう一つの羽をくれる・・・・。

もう、どこへも動けないぐらいに蓮への愛しい気持ちで満たされて、嬉しさで涙が浮かんだ。

また神々しく微笑んだ蓮の手が私の顔を覆って。
蓮の天使のように優しい口付けが何度も降ってきた。

「蓮、蓮に私の心の羽ならあげるから・・・ずっと一緒にいようね?」

蓮も私と同じように目を一瞬大きく見開いて、

「もう前にもらったよ」

そう一言だけ言って、優しく微笑んだ。

私たちはその夜ずっとお互いの背中を撫で続けた。

ねぇ、コーン?堕ちた私に大事な気持ちをいつもくれてありがとう。

ねぇ蓮、私に羽をくれて、ありがと・・・。




2005.11.03

この作品を作り終えた後、その次の回の本誌を、汗を流しながら読んだ記憶のある作品です(笑)。

2020.01.26 改稿