RUN





衣装室のドアを、きょろきょろ・・・と挙動不審に覗く人物は、最上キョーコ、通称、京子である。

「こ、このカッコで・・・素では誰にも会いたくないのよっ・・・。」

と、誰にも会いませんように、そんなお願いをしながらそろそろっと廊下に出る。廊下を、靴で音をあまり立てないように素早く、かつ、芸能人の気品は失わないように・・・上品に歩きながら、廊下を足早に駆け抜ける。


局のスタッフが前から歩いてきて、会釈をすると、思わず目を留める彼の視線に、「ピンクのツナギで十分こんな視線には慣れているものっ」などと、心の中で自らを慰めてみる。


「おはようございますっ。」


挨拶の為にとある部屋の控え室の扉を叩く。「ハイ」と、扉の置くから声がして、開けてくれたのは、社だった。

「きょっ・・・・・きょ~~~~~~~~!!!!!!」

名前を呼んでいるのか叫んでいるのか分からないが、社の驚き叫ぶ声に、メイク中の蓮とメイクアップアーティストが同時に振り向いた。

「京子ちゃん・・・?」
「・・・・・も・・・・・がみさん・・・・・だよね・・・・?」
「お、おはようございます、敦賀さんっ。・・・よろしくお願いします。」
「あ、あぁうん、おはよう。」


蓮がちょいちょい、と手招かなければ、キョーコはそのまま扉を閉めて、またもと来た道を戻り、時間まで部屋に引篭もっただろう。しかし彼が手招いてくれたおかげで、中に入って扉を閉める事ができた。


「キョーコちゃん、可愛いっ!!!」
「・・・・・・・あのっ・・・・・・・似合わないのでっ・・・・・・!」
「そんな事ないよ!!!!ねぇ?蓮。」


「Yes」としか言えないように、社は話を振る。
ふっと笑った蓮は、もちろん、「似合うよ」と、穏やかに言った。


「こ、この衣装はっ・・・しゃ、社長がっ・・・・。」

そうキョーコが弁解すると、・・・・・・なるほどね、と誰もが心の中で頷く。

キョーコは、今日燃えていた。衣装が。
真っ赤なほどに真っ赤な、カウガールの衣装。

テンガロンハットももちろん真っ赤で、背中にファスナーが付いた真っ赤なドレス。ウエスト部分にはコルセットのような白いヒモで絞りが入り、いっそうキョーコの細身の身体にぴたりとフィットしている。裾から覗く白い可憐なレースが施された白いパニエ。靴は茶色い皮のブーツで、ヒールがかなり高い。これを着こなせるだけの綺麗な体作りがされている事を社長は見抜いたからこそ、この服を渡したに違いない。

けれど、キョーコ自身は比較対象が蓮であるから、蓮や周りがとても可愛いと思っても、自分では納得がいかない。派手すぎよ、とキョーコは心の中で思ったが、社長が「コレね」と言ったら文句は言えない。今社長が嵌っている衣装が・・・カウボーイだからに他ならず、衣装室の一角はそんなウエスタン衣装で埋め尽くされていた。その中からぱっと一つ取り上げて、キョーコに渡した。真ピンクのツナギ同様、「目だって来い」の意味だというのは分かった。が・・・普段こんなにも原色の服、しかもフリフリしたレースのパニエなど、性に合わないと、プライベートでも一切着ないから、妙に落ち着かない。

しかし・・・・。

「可愛いわ!」

蓮付きのメークアップアーティストも、キョーコを見てそういった。


「ちょっと、横座って。今メイク少し手を入れてあげる。」

ちょいちょい、と蓮の横の椅子を指差した彼女に、「挨拶に寄っただけですから」と言って引き返そうとした。

「一緒に出よう?」

そう蓮に言われて、おとなしく椅子に座る。そして、さらにその横に社が座って、まじまじとキョーコを見た。


「キョーコちゃんてさ・・・もっと色んな服着てみた方がいいと思う・・・。似合うよ、本当に!!!」

社はまるで女友達のようにキョーコの姿を素直に絶賛する。蓮はもちろん心中で、似合うな・・・と思ってはいたが、ひらひら覗くレースのパニエと、薄いストッキングを履くキョーコの足が目に入り、目のやり場に困った。顔を見れば表情が崩れてしまうかもしれない。よって蓮は、どうにかごまかすべく正面を向いたままだ。かといって、正面の鏡を見れば、すぐに鏡越しに目が合う。はた、と目が合うと、先にキョーコが口を開いた。

「しゃ、社長の・・・ウエスタン衣装ごっこのお供をするのにマリアちゃんと付き合っていたら・・・コレくれたんですけど・・・。次回、テレビに出るときは着なさい・・・って。」

「大丈夫だよ・・・心配しないで・・・・似合っているから。」

蓮が本気の・・・でも無難な言葉を投げかけるも、まだキョーコは落ち着かない様子である。きょろきょろ、と目が動き回る。その間にメイクの彼女が、キョーコのテンガロンハットを取り、今度は帽子無しの素顔を覗かせた。「正面向いていて・・・」と言われるがまま、キョーコはメイクの彼女の魔法の手を見ていた。


「敦賀さん・・・・」
「なに・・・?」
「今日の衣装、本当に・・・大丈夫ですか・・・・?お洋服に詳しい敦賀さんに聞いてみようと思って・・・本当に似合わないなら、もう一つ自分の服を持ってきてあるんです・・・・それに着替えますから・・・・正直に、テレビの目線で教えてください・・・・・。大丈夫ですか・・・・?」
「もちろん。似合ってるよ・・・。可愛い。」

にこっと・・・ごく自然に微笑んだ蓮に、ほんの少しキョーコは安心したのか、キョーコも微笑む。そして社は、蓮の普段見せない穏やかな笑顔に、ほんの少し照れながらも、ほっと息をついた。蓮は一見不安がるキョーコを安心させているように見えるが、実際キョーコも、蓮をリラックスさせているのが分かった。社と蓮の二人のときは互いに口数が少ない事もあるだろうが、もう少し本番前に向けてピリッとしている事のほうが多いだろう。


しかし・・・。


鏡越しに、極上の笑顔を向けられたキョーコの顔は、メイクの彼女が驚くぐらいには、右上がりに引きつる。笑顔を、鏡越しとはいえ正面から受け止めきれずに、蓮の神々しいほどに穏やかな笑みに、固まった。メイク係が思わず、両手で頬を包む。


「京子ちゃん・・・頬の力を抜いて。」
「あ、はいっ・・・・すみませんっ。」

仕上げをする彼女にそう言われ、顔の力を抜く。微笑み続ける蓮と目が合い、力を入れないようにすると・・・照れて自然と目じりが下がり、頬が上を向く。


「そうそう、そっちの方がずっといいわ。頬紅よりもね、自然の頬のばら色の方がよほど綺麗なの。・・・そのまま敦賀君に笑顔の練習の相手でもして貰ってて。」


思わず照れて、蓮と同じように微笑んでしまうキョーコを、尚更可愛いなと蓮は思う。


「最上さん、知ってる?人は鏡と同じなんだよ。」
「何でしょう?」
「ここに鏡があるだろ?オレの顔を正しく映してる。それと一緒でね、自分が向かい合う相手の表情はね、自分のしている表情を映しているんだって事。」

・・・・・確かにそうかもしれない、と思う。

「今君が笑ってくれたのは、オレが笑ったから。だからね、テレビの向こうの人に笑っていて欲しかったら、カメラに向かって笑うんだよ?もちろん作り笑顔はいけないけど・・・自然に笑えるようになるといい。」
「はい・・・・。」

にこっと、そんな時でも最後に一つ笑顔を付け忘れない蓮に、キョーコも思わず、にこり、と笑ってしまう。

この人、内には大魔王を飼っているのに・・・・どうしてこんなに神々しい笑顔を出す事が出来るのかしら?と思う。それが全く嫌味なわけでもなく、心から出てくる。他の沢山の女の子を一瞬にして魅了してしまう笑顔。テレビの前でも自然に微笑み続ける。テレビの向こうでその笑顔と同様に、笑顔になっている女の子がどれほどいる事か。笑むこと。それだけでも十分、尊敬に値すると思う。


「そうそう、頬の力は抜いて・・・そうしたらその衣装もっと映えるわ。」


そう言われて、キョーコははた、と衣装の事を思い出した。しかし今はもう既に、派手な衣装のことは頭に無かった。衣装ことなど気にならないぐらい、蓮の笑顔に癒やされて、リラックスしてしまったのだと思った。


「衣装、似合うから大丈夫だよ。」

スタジオに向かう間、廊下で歩きながら、蓮はもう一度キョーコに念を押した。
キョーコは蓮に言った。


「敦賀さんって・・・どうしてそんなに・・・・・・」
「・・・・・・・・・?何かな?どうしてそんなに・・・?」

キョーコは言葉を一度切って、黙りこむ。


「一体どれぐらいのお仕事をなさったんでしょう。私が敦賀さんにご迷惑をおかけしないぐらいには・・・同じ位置に立てるようになるまでに・・・どれぐらい経験したらいいんでしょうか。」

「迷惑?迷惑なんて思わないけど・・・・・・・そんな事って考えなくていいじゃないかなあ・・・。オレには、君がとても羨ましいけれど・・・・。」

くすくす、と笑って蓮は言う。何故ですか?と繰り返したキョーコに、


「だって・・・新人って・・・・オレにはもうなれないから。」
「嫌味、ですか?」
「違うよ・・・。新しいから力が無いわけじゃない。新しい子が出て来たらね、上は上でもちろん脅威なんだから。何も知らない分、教えたら物凄い集中力と吸収力で追って来る。オレたちはそれと同じスピードが出せないから、技を使ってそのスピードをかわす。だからね、焦らなくていい・・・君は十分、いつもオレを驚かせているから。この間生まれたばかりだと思っていた赤ちゃんが・・・気付いたらもう歩いて話をしてる、そんな気持ち。そのね、オレから何かを学ぼうって・・・純粋な目をね、オレも学び直さなければいけないことだから。初心忘れるべからず、って言うだろ?」


ウィンクをした蓮は、キョーコが被っていたテンガロンハットを取り、自分の頭に被った。


「オレも、似合うだろ?」
「きょ、今日着ていらっしゃる服に合わせるには・・・・・全然似合いませんがっ・・・・その・・・どうして女物の帽子が・・・入るんですかっ・・・ずるいっ・・・・。」
「そう?すごく似合うと思うんだけどな。」
「今度社長に言っておきます。もれなく、一緒にウエスタンの衣装で社内を歩き回れますからっ、くすくすくす・・・・敦賀さんもラブミー部で一緒に働きませんか?初心者同盟ですから、初心に戻るには良いかと思います・・・・。」
「・・・・・・・ふ・・・・・それは勘弁かな・・・・・。」
「そうですか・・・・?その場合、私が姉さんになりますが・・・。」
「じゃあ・・・君がオレの姉なら、オレの指導をぜひお願いしたいね・・・何を教えてくれるのかな・・・・?」
「・・・・・・・むむっ・・・・わ、私が・・・つ、敦賀さんに・・・・お教えできること・・・・?・・・・・・・料理?」
「料理・・・・・・?」
「だしのとり方からキュウリで花を作る方法まで・・・・もれなく?ホラ、敦賀さん・・・いつ、お仕事で包丁握るか分からないですしっ・・・・。」
「・・・・・・姉さん、オレは姉さんに手料理を食べさせてもらう方がいいな。オレ、好き嫌いないよ?」


テンガロンハットをキョーコの頭に戻しながら、蓮は、にやり、とからかうように笑った。キョーコは蓮の一瞬彼の笑みの中に帝王を見い出して、照れて固まる。


「や、やっぱり・・・わ、私・・・教えていただく方がっ・・・・そのっ・・・・ゴメンなさい~~~~~。」

「ぶっ・・・。姉じゃなくてもいいから・・・手料理、今度食べさせてね。」
「わ、分かりました・・・・。」
「ホラ、笑顔笑顔っ。スタジオ入ったら、笑顔だよ?」


やはり、にこり、と笑った綺麗な蓮の微笑みに、キョーコは勝てるはずも無かった。そして、「そうでした」、と言いながら蓮と同じような笑顔を浮かべたキョーコに、更に蓮も神々しい笑顔を強めるのだった。











2007.06.21