OMNIA CLISTALIN ―Middle Note 蓮―

『フレッシュで、無垢で、透明で』
『トレンドの香調の中で、ひと味もふた味も違う魅力を放つ』
『ピュアで繊細なそれは』

@anan NO.1480

まるでどこかの誰かを表したようなキャッチフレーズに、オレは思わず笑ってしまった。


OMNIA CLISTALIN ―Middle Note 蓮―


演技講義をしながら、映画のDVDを見終わった今、オレの目の前であの子は、オレの写真が表紙と裏表紙にきている雑誌を、まじまじと読んでいる。

社さんが持ってきたもの目にした彼女が、その「特集」が読みたいと言ってもらっていた。


今号の表紙のメインタイトルは「電撃的恋愛のススメ“恋に落ちる”技術」

オレの写真と共に、ドピンクの文字で書かれたそれ。


・・・・・・・・・・。


彼女も、恋をしたいのだろうか?


「敦賀蓮 恋に落ちる理由」と書かれたトップページ。

『彼にとって恋とはどんなものだろう?』

そんな問いかけのあとに、オレが「恋に落ちる」話がつらつらと載っている。

話せるほど、恋に落ちた数はない。
けれど数をこなせばいいんじゃないっていうのを教えてくれたのは君で。


もうずっと君の傍にいるけれど・・・・。


本気で誰かを好きになることは、幸せなのだと、昔鳥君は言った。
本気で誰かを好きになることは、余裕がなくなってもがくのだと、昔社長は言った。


幸せで、苦しい。
相反する二つの感情。


オレの写真と共に、恋愛経験を・・・まるでうまくしてきた、それ「らしい」コメントの載っているページを読み、「電撃的恋愛の仕方」のトピックを読んだあと、彼女はふと顔を上げた。

「敦賀さん、彼女いるんですか?」


「え?」

「なんだか、すごく・・・・幸せそうなコメントが載っていたので・・・。こんなコメント、私には言えませんから。」

「なんで?」

「なんでって・・・・知ってるじゃないですか、敦賀さん。私・・・そんなに数多いわけじゃ・・・・ないんです。」

「そこにも載ってると思うけど。数が、多ければいいってものでもないよ。それだけ傷に、なるんだから・・・・。君が彼を「好き」だったって事実は変わらないし。それこそ、軽いコメントどころじゃなく、手記でも載せられる位、想ってきたんだろ。載せられるよ、コメントぐらい。」


そこまで言ったところで、彼女はむぅ、と顔が歪んだ。
本当に不破の事を連想させるだけで、相変らず彼女はすぐに表情が変わる。彼女の感情をここまで一変させられるのは、不破と演技だけ。

「それは数多くこなして来たから、そう言えるんです。」
「それって・・・・オレにけんか、売ってるの?」
「売ってなんていませんよ。こんなコメント出すと、また取材、増えちゃいますよ?」

「まぁ、どういうつもりでもいいけどさ。でもね、今はそういうコトに割ける時間ないよ。代マネした事がある君になら、分かるだろ?」

「・・・・そうですね。でも、この記事・・・・。」

「別に、好きでいる事だけなら時間が無くてもできるでしょ。君の、彼女がいるかいないか、の問いに答えただけ。」


苛々する。
まさか君にそんな事、普通の顔して聞かれるなんて。
社長が言うように、なりふり構わず行動して、手にしてしまいたくなる。


オレが怒ったのだと思った彼女は、少しうつむいた、けど。


「敦賀さん、好きです。」

「え・・・・?」


急に真面目な顔をしてオレをじっとみあげて言うことが、それか・・・・?
無表情で・・・・何の脈略もなく・・・・・?

目を覗きこんだまま、動揺を隠すように、オレもそれに合わせるように無表情を保った。


「ここに「肯定的な言葉を言い続けていれば、それが呪文になって、また恋がしたくなります」ってアドバイスが載っているんです。横に書いてあるコメントはですね、・・・・脳って意外と鈍感で、ずっと口にしていると、嘘でも本当なのだと錯覚するらしいです。夢を口に出し続けていたら本当に叶うっていうのと同じ事らしいですけど。恋のおまじないか呪文なら、私でも言えるかと思って。試しに言ってみました。「好き」なんて台詞、敦賀さんなら、ドラマでも実際にでも、言われ慣れているかと思って。ふふ。」


くすくすいたずらっぽく笑ってそう言った彼女に、オレはすっかり脱力した。


「オレは実験台?じゃあ「どうもありがとう」と言えばいい?それとも「オレも好きだよ」って言って欲しい?それともオレにインタビュー以上に恋愛講義も、して欲しいわけ?」

オレもわざとニヤリと見下ろしてそう口にしてみたら、彼女はげんなりと「恋愛初心者の私で遊ばないで下さい」と、そう呟いた。


オレで遊んだのは君だろう。


「・・・・・で。恋がしたく、なった?」

「いーえっ。そんな一回言ったぐらいで何でも夢が叶ったら、誰も苦労はしないですからっ。ふふっ。残念ながら恋なんていいやと、改めて思い直しました。あ、これ・・・・・。」

本当にただの実験台にされたオレは、今の事などどうでもいいかのように、また雑誌に目を通し始めてしまった彼女を、恨みがましく見下ろしていた。


オレで、それを試すなんて。
一体いつから、そんな、かけひきでもするかのような事を覚えたのだろう。
それがまた素だから、手に負えない・・・・。


彼女がふと手を止めたのは、とある香水の記事。
それを見て、昔彼女が聞いてきたことを、思い出した。

「そうだ、オレの香水、まだ分からないの?」

「男の人の香水、プレゼントする訳でもないのに、一人で香りだけ試しに行くのって変ですよね?だからまだ分かりません。」

「そうだ、あの時行くといっていたのに、買いにいけなかったけど・・・マリアちゃんと何かお気に入り、見つけた?」

「いえ・・・結局、モー子さんもマリアちゃんも一緒にいける日がなくて。それ以来話に出なかったので、そのまま何もつけていません。」

「そう・・・・。じゃあ、買いに行こう。」
「敦賀さんの香水、なら。携帯でも買えますよ。横から覗き見します。」
「それじゃ答え、教えちゃうでしょ?君のを見に行こうって、」

「問題をくれた人に答えを教わるのが、道理、ですから。他の人に聞いたり・・・雑誌で見かける前に、答え、もう教えてください。」

「ダメ。簡単に答えは教えない。これがオレの。覚えてる?」

バッグから入れ物を取ると、一吹きかけた。


こうして君に香水を当てて欲しいなんて思うのは・・・本当に子供じみた独占欲で。


「もちろんです・・・・・。」と答えた彼女は、昔教えたように、手首を合わせて温めて、首筋と膝の裏に香りを伸ばした。


身体を屈めて着けるその様子が、女の子らしいそれで、とてもそれを直視などできなかった。

「んー・・・なんだか、敦賀さんがすぐそこに、いるみたいですね。」

無邪気に笑ってそう口にした。


君は本当にひどい。
その香り一つでオレを思い出すなら、
君にそれを着け続けさせたくなる・・・・・。


まだ、何の香りにも染まっていない、君。
いつか「自分だけの香り」を見つけるんだろう・・・・。
それこそ、他の男の香りなんてした日には・・・・・。


また、無表情のまま、彼女のことを見下ろした。


「敦賀さん・・・・この香りなんてどうですか?」

その記事の内側に付いていた、香りのシール。

すっと本に顔を近づけてその香りを確かめると、女性らしい甘くてどこか安心する、優しい香りがする。甘ったるくも無く、かといってさっぱりしすぎていない、ムスクの香りがする、それ。

銀色のオブジェのような入れ物の写真に「ピュアで繊細な香り。アジア女性の純粋さと官能さを表現したフレグランス」と大きく文字が入っている。

朝でも夜でも付けていられそうな、使い勝手の良さそうな香り。
純粋さと官能さなんて相反するものを内包したそれは、まるで女の子と大人の女性の両方を使い分けるような、二面性を持ったもの。

二面性・・・それは幸せと苦しさの両方を持った、本気で誰かを好きになることのようで。

オレをこうして無邪気に試す君も、もう大人なのだろう。

昔から泣き虫で、純粋で、一生懸命で。
強がって見せているけれど、実はとても繊細だったりする。

その香りのイメージそのものの君は、着けていても、とても似合うだろうなと思った。

その香りと共に、彼女の手首からオレの香水の香りが混ざって香り、まるで彼女にオレの移り香したような錯覚に、一瞬眩暈がした。

「どうですか?いいと、思ったんですけど・・・・。」

「いいね。甘すぎずさっぱりしすぎずで・・・君に似合うと思うよ。でもほかに、好きなの無いの?香水自体は好きだって言っていたでしょ?何か他に、好きなのあったんじゃ、ないの?」
「・・・・・・・・・・・・いえ。」


また少し顔が歪んだから・・・・言ってみたんだけど。


「不破、か?」
「・・・・・そこでなんでアイツなんです?」
「さっきの「恋の数」の話の時と顔と同じだから。そんな顔、女の子なんだから、しちゃだめだよ。」

そんな、香水一つにまで不破の思い出があるなどとは思いもしなかった。

この子はメイクすることがあれほど好きなのに、この業界に入るまで・・・・した事がなかったのだと、言っていた・・・・・。

無意味な嫉妬感が、身体を覆った。



「どうせ、可愛げのない顔ですよっ。素で未緒ですからっ。」


「自分でそう言うコトを言ったら絶対にダメだよ。君は未緒じゃない。君はさっき言ったじゃないか。脳は鈍くて言い続けているとそうなる、って。」

「いいんです。心の中で同情されるぐらいなら。みんな、未緒だと思っているし。」

また、顔が歪んでしまった。

そんな顔をさせたくて言っているわけではないのに。

すっかりご機嫌が斜めになってしまって、どうやって元に戻そうかと思ったのだけれど。

しばらく頭を撫でてやって、せっかくだから、彼女が香りを付けた首筋に顔を寄せて、また香りを確かめた。

髪の香りと共に、うっすらついたオレと同じ香りが、とても愛しかった。


「好きだよ、最上さん。」

そのまま耳元で囁いて、首筋にキスをして小さく跡を落としてからかってみたら、真っ赤になって、大人しくなった。

「可愛げがないなんて言っているのに・・・そうやって赤くなっている時の君は、とても女の子らしくて可愛いと思うよ・・・・くすくすくす・・・・演技の講義だけじゃなくて・・・オレの恋愛講義も、ここでしようか?」

「な、何を言ってるんですかぁぁぁ!!!」
「君がオレで試したのと、同じだよ。」

オレのは呪文じゃ、ないけど・・・・。

「そ、そんな変なオプション付けませんでしたからっ、私っ・・・・!!!!」

触れた部分が気になったのか、すぐにミラーを取り出して首筋を覗き込んだ彼女は、ほんの小さくついた跡を見て、またさらに真っ赤になった。

「大丈夫、可愛いって。未緒はそんな可愛い顔しないから。」
「そ、そうじゃなくて、これっ・・・・。」

「しばらく男避けに、付けておきなさい。指輪の方が効果あるかな?最近何人か・・・無理やり迫られているでしょ?だから・・・・・・恋なんてしたくないなんて、言うんじゃないの?」

「な、なんで敦賀さんが・・・・そんな事、知っているんですか・・・・っ・・・。」
「ん?耳に入るから。」

社さんが横で、あいつはどうとか、業界の噂話を囁いてくれるから。
獲られる前に、さっさと獲れとも、付け加えられるけれど・・・・・。

「そう、ですか・・・・・。」

彼女は小さくうつむいて、肩を落とした。
その落とした様子がいつもより大きかったから、ちょっと心配になった。
その男の中には、業界でも手の早い事で有名な男もいる、から。

「何、無理やり何かされたの?」
「変なことしてからかうのは敦賀さんだけですっ。・・・でも、こんなことするなんて・・・敦賀さんらしくないですね。どうしたんですか?」

「今の肩の落とし具合を見ていても・・・君の反応を噂で聞いても・・・・君が彼らと恋をしようとは、していなさそうだから。だったらなお更気をつけないと。その無防備な状態で、あっちからもこっちからも無理やり迫られていたんじゃ、はっきりいって、君が望むと望まないとに係わらず、あっという間に誰かの腕の中、だろうなと思って。心配をして差し上げたんです。恋愛講義してほしいなら、もっと続き、してあげるけど?」

「・・・・・・・・・・すみません・・・・・・・。」

また小さくなってしまった。

何か、オレにすら言えないことでもあるのだろうか・・・・?


「敦賀さん・・・・その・・・・男の人の家に、夜こうして来る事は、いけない事、ですか?」

誰かに、言われたのだろうか?
それとも、オレを「男」として、意識をしているのだろうか?
今までオレのうちに来るのに、一度も躊躇した態度などとった事がないのに・・・。

「うーん・・・・関係によってはね。」
「敦賀さんは?」

・・・・・・・全く人の気も知らないで・・・・・。

君が一番「好き」な演技。

それを他の誰か違う男に教えてもらうなんて、ましてや他の男の演技に惹かれるなんて更に許せなくて、こうしてつきあってあげているのに。

君はオレの演技講義と称した夜の時間の束縛を、イヤだとは言わない。
それがオレを増長させる。

「別に?君のうちでやったっていいけど、誰かいるのにあーでもないこーでもないって、他人には言い争いにしか聞こえない真剣な演技論なんか語れないだろ?」

「ふふっ、確かに、そうですねっ。」
「やっと、笑ったね。君はやっぱり演技の話をしている時が一番いい顔、するね。」
「・・・・・そうですか?」

嬉しそうにはにかんだ彼女は、とても可愛かった。
・・・・本当に恋愛講義をしてしまいたい。
最近の彼女は、本当に可愛くて女の子らしい顔をする。
まるで、昔会ったときのような、素直な君のようで。

全くもって未緒なんかじゃない。
他の男がそれに気付かないわけがない。


「でも、そういう自覚があるなら、まぁ、今度は、だまされないようにね。しばらくはそれ、仕事以外堂々とつけているといい。それを見て引くような男なんて、相手にしない事だ。」

「はぁ・・・。」
「今度は、君を心から愛して君だけを見つめてくれる男に、しなさい。」
「はい・・・・。でも誰かを好きになるって、簡単で、すごく難しいですね・・・・・。」

今度は、顔を歪ませてむくれなかった。
そう言ってじっとオレを見上げたまま、しばらくして、ふっと微笑した。

「敦賀さんて、お兄ちゃんみたいですね。」

お兄ちゃん・・・・・ね。

「あぁ、君は確かに、妹みたいだよね。すごく手がかかる。」
「あぁっ、そういう意味で妹ですか?そういう心配を・・・・してくれる人、他にいないですから。ありがとうございます。でも・・・私・・・・恋は、しばらくしたくないです。」

「そう・・・・・。オレはとやかくその事に口出しはできないけど・・・・」

「でも敦賀さん。彼女がいないと言っていましたけど。色々な女優さんと共演していますけど・・・本気になったり、しないんですか?それこそ、よりどり、じゃないですか。」

「いや、自分が相手に溺れちゃダメでしょ。それは相手の演技に引きずられている事になるし。それに、演技だろ?本気じゃ、ない。」

ごめん、半分嘘、だけど。君には言ってないだけで。
他の女優なんて、どうでもいい。
君という女優に、ただひたすら溺れ続けているだけ。


「そう、ですか?敦賀さんなら出会いも、それこそ相手の本気もたくさんあるのに・・・もったいない気もしますね。かといって出会ってすぐに、本気になったと言われても困りますけど・・・。」

「おや、そんな事言うなんて。誰か溺れた相手でもいたの?」
「え?・・・・・溺れて・・・・?それは女優失格なんですね・・・・。ふふっ。」
「へぇ・・・・。いつのまに彼なんて、いたの。」
「・・・・・・・彼じゃ、ないですよ。」


また小さく笑った彼女は、膝を抱えて、スカートに顔を埋めた。
さらりと髪が流れ落ち、先ほどオレがつけた跡が、あらわになって。
抱きしめたくて仕方がなくなって、困った。

そんな話などついぞ聞いた事も無かったから、驚いた。
一人でまた恋をして、いつのまにかまた傷を作ったのだと・・・。
だから、しばらく恋はしたくないのだろうか。

もう、妹などとは思いたくもないのに。


「最上さん。これ、あげる。」


さっき机の上に置いた容器を手にとって、顔を埋めたままの彼女の手の中に握らせた。


「ん・・・・・?えぇっ・・・・いいんですか?」

「うん。本体はあっちに置いてあるし。入れ物だけ買えばいい事だから。気にしないで。その雑誌に載ってる香水が来るまでのつなぎに使って。この香り苦手なら、いいけど。」

「え?」
「最近頑張ってるから、仕事。ご褒美、いらない?」

「そんな、それはお仕事で、当たり前のことでっ。私、こうして演技の講義をしてもらっている上に・・・・お仕事頑張りすぎている敦賀さんに・・・何にもしてあげた事、ないじゃないですかっ・・・・。」

「いや、ご飯。作ってくれてるでしょ。それだけで、十分。オレじゃそんな手の込んだモノ作れないし・・・・それこそ、おにぎり好きだし。」

「ふふっ・・・・シャケやシーチキンはおかずじゃ、ないですよ?」
「ふ、そうだね。」

「敦賀さん・・・香水、本当に、買ってくださるんですか?」
「嘘ついてどうするの。」


「いえ、今日の敦賀さん、なんだかいつもと違う人みたいだったから。熱でもあるのかと・・・・ちょっと心配に・・・。」

雑誌を読んでから、いつもと違ったのは君だと、思うけど。
恋愛のことを書いた雑誌を読みたいなんて所から、既にいつもと違うのだろうけれど・・・。

その香水のページを開いて雑誌を置いた彼女は、その記事をじっと見つめていた。

「一体、君の中でオレのイメージはどんなヤツな訳?」
「あぁ、その笑顔。それが敦賀さん・・・・の一人。」

オレを見上げてふふっと笑った彼女は、「遅くなったから、もう、帰りますね」と、立ち上がった。

立ち上がって近づいた彼女からは、自分と同じ香りがした。
送る車の中も、全て同じ香りだった。
なぜ君にオレの香水をあげたのか、気付いていないんだろうな・・・・。


「好きだよ、最上さん」


ドアを閉めようと背を向けた時に、軽く抱きしめてまた試したけれど。
少しだけ押し黙った後の彼女の反応は、赤くなるでもなく、至って普通だった。

そして「敦賀さんも恋がしたいんですか?」と冷静な声が、誰もいない公園に響いた。









2005.9.30