ホテルの部屋の中、寝ようと準備をして、もう寝ようかと言った時に、キョーコがごほごほ、と、少々重い咳をして、心配した蓮が声をかける。
「セツ?」
「平気。喉が少し変なだけ」
「熱は?」
「ないない!心配しすぎ」
蓮はすっと手を伸ばしてキョーコの額に手を置く。
「ダメ。熱い気がする。寝るんだ」
「夜だもの。眠くて体が温かくなっていたっておかしくないってば」
カインに扮する蓮は、首を左右に振る。
何なのその過保護っぷりは!と、キョーコは思い、大丈夫と繰り返したものの、蓮はベッドの上掛けをめくり、キョーコの背を押して、そして結局は寝かしつけた。
「ホテルだし空調が行き届きすぎて湿度が足りないのかもしれないな」
と、蓮は一人つぶやきながら、鍋で湯を沸かし、キョーコのベッドサイドに、鍋敷きと鍋ごと、蓋を外しておいた。
もわもわと白い湯気が立ち込める。
「湯を沸かしたから、今ならまだ何か温かいものも飲めるぞ」
と言うカイン兄のおおざっぱぶりに、セツカであるキョーコも呆れて、
「兄さん、適当すぎ」
とおかしそうに笑った。
蓮がベッドサイドに腰掛ける。
「セツ」
と呼びかけ、額に再度手を置く。
キョーコには、殆んど無表情であるはずの兄が、とても優しく見つめているように見えて、ドキリ、としながら、そして、セツならどうするだろうとフル回転で考える。
大好きな兄が、自分の為に看病をしようとしてくれている事。
でも、実際本当に風邪だとして、うつしたらいけないという気持ち。
どっぷりと兄の優しさに甘えたい気持ち。
セツカなら、兄がそばで過保護に世話をしてくれる事を、単純に喜ぶのかもしれない。
まあどうせ寝ようと支度をしていたのだから、このまま兄の好意にどっぷりと浸かって寝てしまってもいいかな、とも思った。
「兄さん、優しいね」
「病気の時に優しくないやつなどいないだろう?」
「まだ病気じゃないものっ」
キョーコは口を尖らせる。
意地っ張りな役というのは、何とこそばゆいものだろう。兄が全面的に愛してくれていると信じられるからこそ、言える言葉だったりする。
「もしオレが風邪かもしれない咳をしたら、お前どうする?」
「・・・・栄養たっぷりのスープを作って温まってもらって、よく寝てもらう」
「だろう?」
蓮はキョーコの頭をその手で何度か撫でる。くすぐったくて、キョーコは目を細めた。
なんだか、嬉しくて、そして兄だと思っても、こそばゆい。大事にしていて、そして、尊敬もしている蓮が、家族の距離で自分に寄り添うなんて。
セツカとしての反応なのか、キョーコとしての反応なのか、キョーコは、体から湧き上がる感情のまま、嬉しそうに頬を緩めた。
「兄さん」
と、キョーコは言って蓮を見つめて、
「やっぱりずっとだるい事にする。兄さんがいつもよりももっと優しいから」
と言って、頭に添える蓮の手に触れた。
少し笑った蓮は、
「永遠にベッドに縛り付けられても良かったらな」
と言って立ち上がった。
「おやすみ、セツ」
2010.12.12
2019.6.22 掲載
(確か)本「ADDICTED」の書き下ろしでした。本とタイトル変更してます。