妄想@どの時間軸にもあてはまらないおはなし。お誕生日おめでとう!蓮!
「これをお前に渡せと父親から」
そう言って蓮に手渡されたのはとても軽い一つの包み。宝田社長は「昨日オレ宛てに届いた」とだけ言った。「中は見ていない。絶対に連絡しないという約束を破ってまで何を送ったんだろう」と言った。
蓮は「わかりません」とだけにこやかに答えた。あくまで「業務連絡」のような簡素な茶封筒。 イニシャルだけ書かれている。まじまじとその筆跡を見た。すぐに父だと分かる。
止めてあったテープをはがして中をのぞく。
「なんだったんだ」
「あ、ええ、別に大したものでは。こんなわざわざエアメールで送ってくる程のものでは」
「教えてくれないのか」
「・・・本当に大したものではないんですよ」
「そうなのか?聞かない方がいいようなものなんだな?」
「いえそういう訳ではないんですが。でも、ありがとうございます」
そう言って蓮はバッグにそれをしまった。
***
「最上さん」
思わず事務所の廊下の先で見えたキョーコを呼び止めた。
「おつかれさまです」
キョーコは深々頭を下げる。
蓮はラブミー部の部室を指さす。
「誰か中にいる?」
「いいえ?」
そう言うと蓮は扉を開けて、まるで自分の居場所のように中に入る。そしてキョーコを手招いた。
蓮が何かを話そうとする前に、キョーコが先に口を開く。
「敦賀さん。今日はその。私、明日プレゼントお届けしたいと思っていました」
二月九日、蓮の誕生日にはもう一日。明日渡そうと思っていて今日は持っていない、と、キョーコは蓮に言った。
「うん」
蓮はにこにこ、と、笑った。
「明日渡そうとしてくれていたということは、もしかして時間がある?」
「え?ええ」
「じゃあ、明日の夜オレのためだけに時間をくれるのがプレゼントがいいな」
「もちろん、時間は構いません」
「ありがとう。・・・あのさ、今も少し時間大丈夫?」
「ええ、もう帰るだけですから」
蓮はそう聞くと「ちょっとここで待っていて」と言って、部室を出て行った。
ぽかんとして、キョーコは部室の中で立ったまま蓮を待っていた。蓮が出て行った扉をただぼんやりと見ていた。
しばらくしてペットボトルを二本抱えて帰ってきた。椅子に座るよう促す。蓮も横に座った。
「はい、これ」
そう言って、キョーコに温かいロイヤルミルクティのペットボトルを渡す。
「ありがとう、ございます・・・?」
「今ね、すごく美味しいクッキーをもらったんだ。甘いミルクティーと食べるのが美味しいんだって昔・・・」
「昔?」
「ああ、うん、昔、そう聞いたんだ」
蓮はバッグの中に手を入れると先ほど渡された包みの中から物を取り出す。
美しい絵の描かれた見た事のないクッキー缶。
「これ。美味しいよ。オレ宛てに誕生日プレゼントで貰ったんだ。一人では食べきれないから一緒に付き合ってくれない?」
「敦賀さん、このクッキーがお好きなんですか?」
「うん?好き、だったのかな。相手が好きなのかな」
蓮はクスクス笑いながら、アメリカの一般家庭の子どもが普通に食べるお菓子を見て言った。
「敦賀さんのお好きな食べ物を知っていらっしゃる方、しかも海外製のなんて、モデルさんのお友達さんですか?」
「うん、そんな感じ」
渡されたクッキーを少しかじり、ミルクティを飲む。
「なんですか!この組み合わせ!!最高ですね?」
サクサクのクッキーに、適度にザリザリと音がするザラメ。ロイヤルミルクティのほのかな香ばしい紅茶の香り。クッキーのほんの少しの塩味が全体を引き締めている。
「美味しいね」
蓮もニコニコ、と、嬉しそうにキョーコに笑った。
「・・・きっと、その顔をその人の前でもしたんですよ。すごく嬉しそうです」
「そう?最上さんも嬉しそうだよ?」
「そうですかね?でもこの組み合わせ、本当に美味しいんですもん・・・敦賀さんにプレゼントしたいお気持ち、よく分かります!」
「これ、わが家でね、子どものころ食べて、オレも父もとても好きで、オレが「美味しい」と言ってしまったがために、母がわざわざ取寄せて、箱で置かれていたような気がする」
蓮が笑いながら話す昔ばなしを聞きながら、キョーコは二枚目のクッキーと、二口目の紅茶を口にした。
「敦賀さんの子供の頃の記憶の味でもあるんですね」
「なつかしい。これを食べると、いつでもその時に戻れる気がするね」
蓮の顔がとても穏やかだったから、キョーコはそれが嬉しくて、何も言わずにうなづいた。蓮の子供の頃の記憶が少しでも穏やかだったならそれでいい、と。
蓮はたった一枚、たった一口の紅茶だけで、「おいしかった」と言った。そして、そのクッキー缶の蓋を締めて、キョーコに渡す。
「あげる」
「え?敦賀さんへのプレゼントですよね?」
「うん、でも、一枚で十分。これで相手の気持ちは十分伝わったから。オレが喜ぶ顔を思い出して見たくなって送ってしまった愛情たっぷりの味だった。その気持ちが嬉しかったから。クッキーは君に」
「でも・・・」
遠慮するキョーコに蓮は笑って、
「箱買いされて、食べ飽きるほど食べたから。よかったら。こっちでは買えないし。あ、でもごめん、最上さんは細いから全然気にしてなかったけど・・・食べ物気を付けてるかな。それに食べかけだし失礼だったよね」
「いえ、嬉しいです。食べた事のない貴重なものをありがとうございます」
渡されたクッキー缶をキョーコはバッグにしまう。
「明日、本当に、一緒でいい?」
「え?ええ」
蓮は念を押して聞いた。キョーコの返事に嬉しそうに笑う。
「知ってた、プレゼント、って、まったく同じつづりと発音で、今、とか、一緒にいるっていう意味があるの」
「え?」
「だからプレゼントの本当の意味は、今、一緒にいる事。オレの誕生日、一緒にいてくれたらそれがプレゼント。だから明日一緒にいてくれたら嬉しい」
「え?ええ、もちろん・・・」
蓮はにこにこ、と、笑うと、キョーコを立たせた。
蓮はキョーコを「だるまや」まで送ると、出ようとするキョーコに声をかける。
「また明日ね。明日のプレゼント楽しみにしてる」
「プレゼントって面白い言葉ですね。一緒にいられたらすべてがプレゼントなんですね。今も、そして、これからも。今も未来もプレゼントだらけ」
キョーコはクスクス笑う。
「うん。プレゼントだらけの毎日誰と一緒にいたいか考えておいて」
「・・・じゃあ、おつかれさまでした。また明日」
「また明日ね」
蓮はキョーコが扉の向こうに消えるまで見送った。
そして、バッグの中の簡素な封筒に手を入れる。
茶封筒の中に何かが入っているのをラブミー部の部室で缶を出してから気づいた。
『誕生日おめでとう』たった一言だけ書かれたメッセージカード。イニシャルを書くことしかできない精一杯の愛情が詰まった優しいカード。それを手にして、蓮は優しく目を細めた。
2020.2.10
蓮、お誕生日おめでとう!
(捏造バースデーですが何卒ご笑納くださいませ・・・!)