「極楽鳥という花を貰ったんだ」
と蓮はキョーコに電話をかけた。
「極楽鳥花、ですか・・・!」
電話の向こうでうきうきした声を出す。
「12月24日、空いてる?」
「え?ちょっと待って下さいね?・・・ええと、ええ、夜なら」
「じゃあ夜、映画を見よう。それからうちに寄って。この花絶対好きだと思う」
「あの、ええ、わかりました」
貰いものをダシにキョーコを呼び出した。
今年のクリスマスはどうするのか何も聞いていなかった。
ただデートに出かけよう?と誘うと、もしかしたら来ないかもしれないと蓮は思った。
蓮はもう一度電話を取り上げるとキョーコに電話をかけた。
「あのさ、昨年みたいに、男の子みたくする必要は、ないからね?いつものままで。何か気づかれてもいいんじゃない。気にする事は無いから」
「え、ええ・・・ありがとう、ございます」
紆余曲折、ようやく、ようやく手にした恋人を誘い出すのは容易ではない。
キョーコの理性という名のそびえ立つ高い壁に蓮は幾度となく負けてきた。
真面目なキョーコは、蓮の記事を気にし、仕事への差し障りなどを気にして、自ら来ることが無い。蓮との間に、先輩、仕事、世間、を挟み、そしてやっとキョーコ自身を置いているようにしか蓮には思えない。早く蓮の横にキョーコ自身を置いてほしいと思っている。
何の映画を見に行くかを考えて、社から聞いていた、キョーコが顔を出さずに、ほぼ背中だけで出る準主演映画なるものを見に行きたいとキョーコに言った。
キョーコは全速力で首を振った。
「昨年はオレの結構エグイやつ一緒に見に行っただろ。今年は君のにしようよ」
「いえいえいえ・・・!それはいけません」
「どうして」
そう言われるとどうしたって見たくなる。恋人なのに理由を言って貰えないなどなおさら。
蓮が少し拗ねたのに気づいたのかキョーコは蓮の顔を見上げて、
「きっと、嫌になりますよ?」
と言った。
「仕事は仕事だろ?オレの昨年の他の女優を愛する様子とか殺人犯の映画を見て、オレの事嫌になった?」
「いいえ?でも、私は後姿のみですし、そんなに規模の大きくない映画ですし。都内でやっている所は数か所ですし」
「うん、いいよ」
蓮は車をその映画館に向けた。
キョーコが今年は女の子らしい可愛らしい恰好をしているのだけでとても嬉しかった。蓮がプレゼントした様々なものを身に着けていた。昨年の今頃はキョーコは男の子のような恰好をして会いに来た。それだってとても可愛いと思ったけれど・・・。
「ついた」
蓮は何も問題ないかのようにサングラスをして帽子を被り、それから、チケットを買って来た。また一番後ろの一番端の席で、キョーコは蓮を奥に座らせて、自分は手前に座った。ちぎられた半券、『春色の恋』と書かれたチケットを見て、「どんな話なの?」とキョーコに言った。
「・・・ご覧いただければわかります・・・」
キョーコは視線が合わないような顔でうつむいた。
キョーコとの今日はデートだと蓮は思うのに、キョーコはあまり顔を合わせないのが蓮にはどうにもこうにも気になってしまって、思わず蓮は隣に座るキョーコの顔に手を伸ばした。
びくりと盛大に体を強張らせてキョーコは蓮の方を見た。伊達メガネの向こう側に、キョーコの少し緊張したような目が見えた。
「あの・・・」
「今日はあまり視線が合わないな、と、思って。映画そんなにオレに見られたくないの?」
「いえ、内容は別に。ただ、私は台詞は字幕で殆ど無いので・・・」
「そうなんだ?日本語なのに字幕なんだ?」
「女の子向けのゲームの実写化なので、主人公のみ音声が無いんです。そのゲームの小説の映画化で」
「そうなんだ?」
蓮はやっと目が合って嬉しくて、ふわ、と、笑った。
またキョーコは視線をそらした。
「目も合わないなんて」
「だって・・・」
キョーコは蓮の手をぎゅ、と、握った。
「恥ずかしくて・・・」
そう言って真っ赤になって俯いたから、蓮はキョーコの髪を混ぜた。
「オレといるのが?」
「いえ、もう、どうしてそういう事を外でさらりとするんです」
キョーコは顔を起こすと、ほぼ数センチまで顔を近づけて小声で蓮に文句を言った。
ぷくう、と、頬を膨らませるのさえ可愛いなと思ってしまって、そばにある文句を言う唇に、ちゅ、と軽く触れた。
「・・・!」
「どうしてってかわいいから」
文句を言いそうなキョーコの手を取って引き寄せて、もっと唇に触れたいと蓮はキョーコの顔を引き寄せた。まるで映画のように、柔らかくキョーコの唇を何度か食んだ。
「・・・!!!!!」
理性から少しの抵抗する唇と、逃げる舌先、でも逃げないキョーコの指先は強く蓮の指を握った。
「一番上の一番端の席っていいね。誰も分からないし」
キョーコは顔を隠すように椅子の肘置きに両腕を置いて突っ伏した。
画面上では沢山の宣伝をやっているから、声も音も誰にも分からない。
蓮は突っ伏するキョーコの髪をしばらくまた撫で続けた。
***
映画は恋愛映画で、キョーコが言ったようにキョーコは殆どの画面を背中で過ごし、たくさんの男性俳優、男性アイドルたちの画面が続いた。
キョーコはゲーム内で彼らに愛される役で、次から次へとキョーコの頬やおでこ、首筋、体に口づけ、首筋に痕をつけた。
蓮は、見ているのが何とも言えない気持ちになってくる。
散々キョーコが全員に愛されるのを見ると、確かに小さな嫉妬のような、腹が立つような気持ちにもなる。例え仕事だと分かっていても。
「・・・だからやめましょうって言ったじゃないですかあ」
と上映が終わり、その中の一人の男性と結ばれた結末に終わったキョーコはまた蓮の車の中で頬を膨らませた。
「仕事だと分かっているんだけど。オレもあんなにしてないのに」
「仕事は仕事って敦賀さん先ほど言いましたよ」
「・・・そうだね。自分の仕事は全然何とも思わないのにね。あれは付き合う前の仕事?」
「はい。でも、仕事でも、嫉妬してもらえて、嬉しいです」
キョーコは、小さく笑って、うつむいた。
蓮は「ふう~」と大きな息を吐いて、
「付き合う前に君の肌に触れた輩がいるかと思うと。部屋に行ったら今日の彼らがした事全部オレもする」
「えええ!!!敦賀さんなんて」
「なんて?」
「・・・・・・」
「昨年一緒に見た映画の中で激しく抱き合ってたじゃない?それとも沢山女優さんたちとキスしてるじゃない?と言いたい?」
キョーコは何も言わなかったけれど、じっと蓮の目を見つめて、それからそらした。
「じゃあ、部屋行ったら互いにしたい事全部言い合って、全部しよう、ね?クリスマスだし。お互いに欲しいものを貰おう」
蓮はにっこり、と、笑った。
キョーコはまたびくり、と、体を強張らせた。
*****
部屋には極楽鳥花があって、キョーコがそれを見て目を輝かせた。
「派手ですね~」
「鳥みたいだよね。これくちばしみたいで。週に一度位は水をやらなければならないんだけど。君にお願いするよ。育てるために来て」
「何故です?」
「何か「用事」が無いと、自ら君は来ないだろ?ここに。来ないとこの花は枯れてしまうよ?」
蓮が笑ってそう言うと、キョーコは怖い顔をして、怒った。
「人質ならぬ花質で私を脅すのはやめてください」
「じゃあ水はオレがやるから、少なくとも週1度は来てね?できれば毎日」
「・・・」
蓮はキョーコの手のひらの上に部屋のキーカードを置いた。
「オレがいてもいなくても勝手に入れるように、ね?」
「ありがとう、ございます・・・」
少しぽかんとするキョーコの首筋に蓮は唇を寄せた。
「こうだっけ」
軽く歯を立て、首筋に唇を置いた。
キョーコはまた体を強張らせる。
「監督が、何ものにも染まっていない子がいい、と、オーディションで」
「うん。それで選ばれた?」
「ええ、といっても、映画用の型を知っていて、相手になる方がアイドルや人気のある俳優さんたちなので、嫉妬を生みにくい人、という事で。いつもは悪役の私に白羽の矢が」
「オレは嫉妬するけどね」
「無名ではないけれど、でも、顔が殆ど見えないように、と、まるでゲームを進行するように撮っていかれていました」
「そうなんだね?」
蓮はゲームについても小説についてもよく分からない。どういう進行でどのような話なのかも・・・。映画ではとにかく次から次へとキョーコが愛されるのが仕事だったとしか分からなかった。
「ゲーム今度買ってやってみる」
「へ?は?え?敦賀さんが、ですか?女性用ですよ?」
「うん。オレが別の話でああいった中の誰かに選ばれる可能性もあるだろ」
「そうです、けど・・・」
「主人公を君だと思って口説き落とせばいいゲームなんだろう?」
「え?ええ、多分。私も原作の本や小説は読みましたけどゲームをやったことは無いので・・・」
「でもその前に、現実の君を口説き落とせないと、ね」
時計を見た蓮は、12時を超えているのを確認して、キョーコに「誕生日おめでとう」そう言ってプレゼントを渡した。
「良かったら使ってね」
キョーコは照れながら箱を開けた。
「イヤリング、と、ネックレス」
ゆらゆらと小さな石が揺れて、蓮は「似合うね」と言った。
「きっと幾つあってもいいと思って」
「ありがとう、ございます・・・」
それからキョーコも蓮にクリスマスプレゼントの箱を蓮の手の平に置いた。
「スーツ用のブローチというか、ラペルピンです。テレビでも胸元で光が反射してキラっとして綺麗だなって思って。舞台に立つときとかに良かったら使ってください」
キョーコは蓮のジャケットの傍にそれを添えた。サファイア色とダイヤモンド色が光に反射してきらりと光った。
「ありがとう。綺麗だね。使うね」
「敦賀さんらしいなって思って思わず」
「似合う?」
「はい。すごく。気に入って貰えたら嬉しいです」
キョーコがそう言うと、蓮はキョーコを抱きしめて、
「・・・キョーコちゃん。お誕生日おめでとう。生まれてきてくれてよかった」
そう言った。
蓮はもらったピンをテーブルに置いて、キョーコを改めて優しく腕の中に入れた。
*****
すぐに蓮はゲームを買い、それから、キョーコに言った。
「女性向けの意味が分かった。ありとあらゆる男たちからオレが主人公になって口説き落とされるゲームだったよ・・・」
蓮はげんなりしたように言った。
「やったんですか?」
「やったけど、男に散々口説き落とされて告白されてあれこれされた」
キョーコは可笑しそうにくすくす笑った。
「だから女性用と言ったじゃないですか」
「その意味すら分からなかったんだって」
「ふふ」
キョーコは蓮の首に腕を回していった。
「映画の最後は、こうして、背中側から撮ってもらって・・・それで、私が相手の首を引き寄せるんです」
そう言って、キョーコは蓮の首筋を引き寄せて、それから、映画でしたように唇に触れた。
「ゲーム、音無しにして、オレが台詞読みながら同じことをしようか?横でクリアしてよ」
「やですよう。ゲームは結構、中身が過激だとか聞いてます。小説ですらなんかいけないものを読んでしまったかのようにドキドキして読んだんですから・・・」
「『キス、したくなる?』・・・こんな感じ?映画で吹き替えの声優の仕事もあるかもしれない。声優の声を真似るのも、練習にはなるかな」
「仕事のためなら何でもするんですね?例えゲームでも」
「もちろん?仕事ですから?」
蓮は笑って言い、キョーコの唇に触れた。
まるで映画で彼がしたのと同じように、普段の蓮よりも長く、深く、情熱的に・・・。
蓮らしくない、仕事用の、映画と同じようなキスが続いて、スクリーン上の彼と全く同じようにしようとする蓮に、キョーコも唇を離して「もう、〇〇さんに嫉妬ですか?」と笑った。蓮は「うん」、と言いながらキョーコをベッドに横たえた。
「でも、仕事でした時より、誰に触れられるた時よりもドキドキします・・・。あの人たち全員の誰にもこんな気持ちにはなりません・・・」
「それならよかった」
「この間一緒に見た映画のように、私も、もっと、敦賀さんに、触りたいし、抱きしめたいし、手をつないで歩きたい・・・と、思っているんですよ?」
「うん、オレも」
蓮はにっこり、と、笑って、キョーコの首筋に唇をはわせた。
2019.12.25
Happy Birthday キョーコさん!!!
おめでとうーー!
(たまたま先日ピンク色の「春色の恋」というシンビジウムを母からクリスマスプレゼントで貰い、手帳のシンビジウムの花の妖精ドレスのキョーコさんが可愛くて、すくう形でそのままネタにさせて頂きました)
(2018の続き風にしてみました。が、乙女ゲームをして口説かれる蓮様・・・謎なり謎なり。スキビの乙女ゲームをやってみたら蓮以外のルートをキョーコさんが選択したらとんでもなく嫉妬しそうです、例えゲームでも・・・)