誕生日の日に、キョーコは仕事場で祝われ、帰りがけにスタッフや出入りしている業者から取引先までプレゼントを次々渡され、そして、次々と渡されたキョーコの両手は紙袋でいっぱいになった。
LMEのラブミー部部室に荷物を整理しに戻ると、奏江がいて、「おめでとう」と祝われ、プレゼントを渡された。
奏江が自らLMEの部室で帰りを待ち、プレゼントしてくれたことにキョーコはとても驚くと、「当たり前でしょ」と奏江は言った。
キョーコは「全然当たり前なんてない。すごく嬉しい。ありがとう」と言いながら満面の笑みで受け取った。
当たり前のことなど何もない。
そのあと、奏江から連絡が届いたマリアが部室までやって来て「お姉さま、お誕生日おめでとう。昨日は来てくださって本当にありがとう」と紙袋を渡した。
プレゼントを整理するはずがさらに増えて、机の上は紙袋の山になった。
部室の隅にも、沢山のキョーコ宛へのファンからの荷物が届いている。
「すごい量、おめでとう」と奏江が言った。
「お姉さまさすが」とマリアが言った。
キョーコは言葉にならず、一つ一つを丁寧に袋から出して、最も大きな袋に潰さないように一つずつ大事にしまった。
「こんなにたくさん本当になんて言っていいか・・・申し訳ないくらい」とキョーコが思わず口にした。
整理をしてもなお大きな袋を両手に抱える必要がある。
「バースデーだもの。バレンタインの義理チョコとは違うし、とりあえず今はあんたがただそこにいてくれて嬉しいから祝いたいと思う人がそれだけいるってことでしょ。数年後はどうなっているかなんて分からない世界だから来年が同じかなんて全くわからないけど。だから余計によかったわね」
と、奏江がそう言うから、キョーコは目を輝かせて満面の笑みで、
「え?本当?モー子さんも、私がここにいたら嬉しい?」
そう奏江に聞いた。
奏江は思わず瞬時に赤面した。自ら口にしてしまった言葉への恥ずかしさを隠そうと、いつも通り少し憎まれ口を叩こうかと思ったけれども、今日はキョーコの誕生日、少しだけ素直に、
「お世話になっているし」
と、背を向けてロッカーを開けて、バッグを取り出した。
マリアが、
「私はもちろんお姉さまがずっといないといやよ」
と素直に返事をした。
「お姉さま、これからどうするの?一緒に帰らない?」
マリアがそういうと、キョーコはビクリ、として、少し困ったように、言った。
「これからまだもう一度出て、仕事に」
と言った。
「え~、残念。お姉さまの誕生日だというのに誰そんなマネージングしたの。社さんね?!」
「いえ、年末前は忙しいもの、それに私が決めたことだから」
キョーコは苦笑いでそう話すと、奏江は、入口に向かった。
「じゃあ、私はやることがあるから先に帰るけど」
「あ、ありがとう、モー子さん待っていてくれて。それからプレゼントも」
「どういたしまして。じゃあね。いい誕生日を」
「あ、うん」
奏江は一度片手を上げて、背を向けたまま手を振り、そして出て行った。
マリアも、
「じゃあ、お仕事のお邪魔しちゃいけないからまたね、お姉さま」
そう言って、奏江の後を追った。
*****
急に静かになった部室の中で、キョーコは、貰ったプレゼントを前に、改めてじんわりと涙がでそうになって、それから、すこしだけ二人に嘘をついたのを、心苦しく思った。俳優を演技でだますなんて。もしかしたら、奏江は、マリアの質問に答える前に一瞬動揺した時、ちらりとこちらを見た。何かを気づいていて、でも見て見ぬふりをしてくれたのかもしれない。
本当は、このあと、着替えて、蓮と、出かける約束をしている。
社にも許可を取った。
蓮が、誕生日にはどんなわがままでも聞くよと言ったから、キョーコは、ずっと考えに考えて、どこかへ一緒に出かけたいと言った。
場所なんてどこでも良かった。
一緒に行ってみたいところはもちろん山ほどある。
けれど、蓮が出ている映画があるから、「勉強しに」一緒にそれを見に行きたいと言った。
少なくとも皆同じ方向を向いているし、席さえ確保してしまえば、ほとんど誰とも顔を合わせない。
一番奥の、一番端の二席を取ったよ、左右が誰もいないから、と蓮は言った。
キョーコは、どんな服装で臨もうか考え抜いて、結果、男装をした。
セツの格好をしようかとも思った。
セツである自分はだれにも分からないだろう。
でも、蓮がどんな格好をしてくるか分からないから、かえって自分のせいで蓮が目立ってしまうかもしれない。
蓮に変な噂が立ってもいけないし、万が一「セツ」が「敦賀蓮」といる写真が撮られて、週刊誌に載ったら、かつての共演者たちは、一気に真実を理解する可能性がある。
だから自分がセツをやるなら、蓮にも久しぶりに日本に来日したという設定で兄役を頼まねばならない。
蓮は自分のどんなわがままでも聞くと言った。
セツとしてであっても、前に、「また一緒に出かけよう」と言われた。
本当ならあんな風に手をつないで出かけてみたかったけれど、あの頃と違って自分の気持ちを隠せる気がしない。
どんなわがままを言ってもいいと言ったけれど、理性がそれを阻止した。
だから、前にコーンになったようにして、変装することにした。
LMEから関係者以外の人間が出ていくわけにはいかないから、着替えるためだけに、ホテルの部屋を取ってあった。
だるまやの夫婦には、仕事で一晩空けると言ってある。
部屋のテーブルの上に沢山のプレゼントと、自分の荷物を置いて、ふぅ、と、一息。
そしてすぐに、バッグを開けて持ち物を出した。
待ち合わせの時間までに仕上げなければならない。
久しぶりに、男装をするにあたり、美しい男性モデルの写真を幾つか参考にすることにした。
海外の雑誌にも、日本の雑誌にも、蓮が載っていた。
蓮の載った雑誌を買う言い訳を勉強のためと心の中でしながら、会う蓮のためという矛盾さえ、恥ずかしかった。
ナチュラルメイクに変え、よりカッコよく。
顔の彫を深くして・・・・
「あ、なかなか!いい!」
雑誌に載るような理想のハンサム顔に仕上がった。
あとは、服をラフなグレーのプルオーバーのパーカーの上に黒のジャケット、黒のパンツ、黒のスニーカー。
帽子と、黒縁の大きな伊達メガネ。それから芸能人らしくマスク。
妙にボーイッシュにかっこよく仕上がったと思った。
「うん。これで、私を女だと思う人はいない!」
キョーコは一度深く頷いた。
蓮の前で女らしさを出す必要もない。
心の中を知られる必要もない。
こんな格好なら、蓮がどんな格好をしてくるか分からないけれども、誰か友人の一人と出かけてみた、という位にしか思われないだろう。
「お待たせしてすみません」
夜10時。
キョーコが六本木駅近くの大きな商業施設前の待ち合わせの場所へ行くともう蓮はそこで立っていた。
イルミネーションが輝いていて、ハイファッションのウインドウ前にいるには妙にしっくりする姿だった。
サングラスをして帽子をかぶり、いつもと違ってシンプルな格好をしたくらいであまり変わらない蓮の姿に、何か不思議な気持ちを覚えた。
「(変装はあまりしなかったんですか?)」
小さな声で蓮の耳にささやくと、蓮はにっこり笑ってキョーコの耳にささやいた。
「(大丈夫、誰も気づかないよ)」
「(そうですかね?)」
「(最上さん、そういうのも似合うね。カッコよくてなんていうか綺麗。海外のモデルさんみたいだ)」
「(・・・ふぇっ・・!?あ、ありがとう、ございます・・・。実は男性モデルさんを真似て今日は男の子としてやってきました・・・・。敦賀さんにご迷惑をおかけしてはいけないと思って・・・・)」
まさか男性の姿を綺麗と褒められると思わなかったからキョーコは困ってしまった。
しかも蓮はマスクをしていないから、耳元でさっきから蓮の声と息がかかる。寒い外で与えられる温度には妙に困る。何とも思っていない相手なら、何とも思わなかったはずなのに・・・。耳がじわりと熱くなる。イルミネーションがあるとはいえ、周りは暗いから、蓮が耳まで赤くなったことに気づかなければいい。
蓮は、キョーコが気を遣ったことについて、いいのに、と、言った。
そして、蓮は自分の喉仏を指して、そして、キョーコのパーカーからのぞく喉元を指して、
「(無いから、他の人には綺麗な男の子には見えても、オレには見えないよ)」
「(そう、ですか・・・)」
キョーコは少しだけがっかりしたような声を出した。
先ほどまで、これで自分を女だと思う人はいないと自信を持ったばかりだったのに。
蓮はくすくす笑う。
「(でも、今日私は、一応、男の子です)」
キョーコはあくまでも男の子だと念を押した。
蓮にとってはキョーコはキョーコ、かわいいなとは思うだけで、どちらでも良かった。
「じゃあ、行こう」
蓮はキョーコの肩を思わず女の子のように抱いて促しそうになり、一応男の子だったっけ、と、思い直して、少しだけ肩を押すに留めた。
10時過ぎのレイトショーとはいえ、クリスマスシーズンは人が多かった。
カップルばかり。
夜中25時から27時にかけての回もあるとパネルには記載がある。
蓮が簡単に映画館のカウンターで飲み物を買うと言って向かい、すぐに戻ってくる。自分の事以上にドキドキしながらそれを見守った。
キョーコはいつ蓮が敦賀蓮だと気づかれるかどうかについての心配だけで自分が買ってくると何度も言った。でも、蓮は、今日は君の誕生日、そんな事いいよ、と言って、それを固辞した。「ね?大丈夫」蓮は自信満々に、にっこりと笑った。
それでもカウンターの女の子は、蓮だと分からなくても、その雰囲気だけで、目の色を変えていたように見えたのだから、蓮の持つ雰囲気というのは、隠そうとしたってそう簡単に洋服の中には閉じ込められるものではないように思った。
チケットを切る時も、廊下を歩く時も。すれ違う人に気づかれるのではないか。キョーコは視線を下げ、少し離れながら歩いた。
万が一気づかれても、蓮が一人で見に来ていると思ってもらえたらと思った。
でも、蓮は気づくとすぐに歩みを止めて、キョーコを待つ。
「どうかした?」
何度も蓮はキョーコを振り返ってそう言った。
だんだんわがままを言った自分が申し訳ないような気持になってきた。
「いえ・・・」
と言ったまま、蓮の映画の上映するスクリーン7に入る。
蓮は迷わずに一番上の席に向かう。キョーコはやはり少し間をおいて上った。
すれ違いざまこちらを見る人の視線さえ、単純に動くものを追った目線であっても、気づかれたのではないかと自意識過剰な気持ちになった。しかし、もし、蓮だとわかったら、驚いて隣の人の服の裾を引っ張るか、ねえねえ、と言って指をさすだろう。ほとんどがカップルで、互いしか目に入っていない様子だった。誰も口に手を当てて驚いた様子を見せたり指をさす人はいなかったから、多分誰にも気づかれなかったのだろう。
席に着くとキョーコに奥に座るように蓮は言った。
でも、キョーコが今度はそれを固辞した。
蓮は奥で。通りを挟んで向こう側に人が来たら。
自分は分からないけれど、蓮は分かるかもしれないから。
蓮は奥に座って、そして持っていたあたたかな飲み物をカップホルダーに置いた。
キョーコはしばらく飲み物を飲んでいなかったことを思い出してマスクを外して、いただきます、と、貰ったものに口をつけた。
蓮はごく小さな声で少しだけ体をキョーコに傾けて話しかけてくる。
「すごく気にしてる?」
「はい・・・ご無理を言ってしまったので」
「どんなわがままでも聞くって約束した。こんな事でいいの?」
「はい。十分です」
キョーコは蓮の方を見てそう言った。
顔が近い。目が10センチの距離。ほとんど頬が触れ合っている。
そして蓮は既にサングラスを外していた。
キョーコが驚いて何かを言おうとした唇に、蓮はにっこり笑って人差し指を置いた。
「大丈夫だから」
蓮に有無を言わさないかのように、綺麗に微笑まれてしまうとキョーコが何も口にできないのを蓮は多分よく知っているのだろう。
「もう、知りませんよ、騒ぎになっても・・・」
「唇、ちゃんと、綺麗なリップが乗ってる。あれ、男の子なのにかわいいね」
蓮は面白そうに笑って、温かなコーヒーに口をつけた。
マスクの下だから、と、乾燥防止で、普段使っている色付きリップを塗った。これはぬかった、という事なのだろうか。キョーコは、蓮の顔を至近距離で見て会話するのに困ってしまって、すでに始まっている来春来夏の映画の予告に目を向けた。
蓮が出ている映画だから、予告ででも蓮の映画の予告はまだ続く。
キョーコの兄として出たあの映画も、そして、さらに、蓮の肌と、最近売り出している女の子の肌。なまめかしい息遣いとキス。清廉な少女との禁断の恋愛。少し見るのが困ってしまうような映像も同時に・・・。
キョーコが思わず画面から視線をそらそうとしたのを見て、蓮がまたキョーコの耳元に唇を寄せて、
「これも一緒に見に来ようよ」
と、おかしそうに笑いながら言った。
キョーコは、激しくふるふると首を振った。
「なんで」
「・・・・・/////」
「一緒に勉強しようよ。色々教える」
キョーコは照れて、やめてください、とばかりに、蓮の太ももの上を、グーで軽く叩いた。蓮は穏やかにおかしそうに笑う。
「私にはなさそうな仕事なので」
「分からないよ。誰かが君を推すかもしれない」
「・・・・・・」
誰かと、こんなに激しくキスをしたり、なまめかしく体をくねらせたりする日があるのだろうか。それを、全て仕事だと蓮は以前言っていた。そんな風に思えるほど、そういう行為が、単なる物理的接触程度の事に思う日があるのだろうか。
キョーコは持ってきた二枚のブランケットの一枚を蓮の膝の上に置いた。
「寒いのでどうぞ」
「うん?ありがとう」
既にキョーコの太ももの上で少しだけ暖かくなったブランケット。
蓮はそれを足の上に置いた。
照明が落とされて暗くなり、そうこうしているうちに本編が始まる。
蓮は腕を組み、その足を組んだ。
キョーコも背を正した。
始まってしまえば、キョーコは横に敦賀蓮という人物がいることは忘れた。
一人の役者としてただその物語を眺めた。
演じた蓮は横で、のんびりと座り、自分の映画と、キョーコを眺めていた。
キョーコは見られているなんて、全く気付いていない。
奥に座っておいてよかったと思った。
キョーコの顔をキョーコに気づかれずにただ好きなだけ見ていられる。
キョーコのいつもの感じ。
こんなに見ていても。
こんなに心の中で好きだとこっちを見てと話しかけていても。
何も変わらない。
一度も自分の方には振り向かない。
いい加減気づいて欲しい、少しは興味を持ってほしい。
だからいつも、少しずつ。ほんの少しずつ。
蓮にできる最大限の愛情表現は、ただキョーコの事を思って待つ事だった。
クリスマスに、自らの誕生日に、自分といるがため、男の子にならざるを得ないと思ったキョーコを思う。男の子になんて全然見えない。綺麗だな、と。万が一彼女が男でも、性別に関係なく好きになってしまうのではないかと思うと、不思議な気持ちがした。
映画は人気小説の、シリーズドラマの映画版だ。推理探偵もの。
蓮はゲスト主演で、犯人だった。
蓮の知らない所で伴侶が別の男性と恋愛をしている場面が流れている。
普通の幸せな恋愛、平凡な結婚生活から、横取りされた蓮の恋愛。
移った女側の正義。
横取りした男側の正義。
残された男の気持ち。人生を狂わされる気持ち。
キョーコは、蓮の真実を知って呆然とする表情や、少しずつ狂気を帯びて壊れていく姿を見て、ただただ表情を変えずに見ていた。
それから、蓮が壊れていきながら、二人に復讐を考える姿に耐えかねて一度目を伏せた。
そして喉をひくつかせて涙を浮かべた。
伊達メガネを外して、目元に指を添えた。
それを見た蓮は、それはどういう意味だろうと思った。
映画において蓮は、あまり思い入れされる人物ではないし、むしろ横取りされるに相応しいような、仕事中毒の男として描かれている。
蓮はキョーコの頬に流れ落ちる涙に思わず指を添えた。
中指に、涙が一粒。
「・・・・・・・・」
振り向いてキョーコは蓮を見て一気に涙をこぼした。
そして、大きく首を振って、顔を隠した。
キョーコは涙の流れるがまま、それを見続けた。
蓮は相変わらず、キョーコと画面を見続けた。
もし、キョーコと恋愛をして、取られたら、この自らが演じた犯人と同じようになるかもしれないと感じながら。そしてもし、キョーコが誰か他人と結婚したとして、この殺された相手のようにもしキョーコが結婚後少しでも本音と弱さと相手への寂しさを自分に見せたなら、否が応にも自らの腕の中に入れてしまうだろう気持ちも理解しながら。
場内は探偵が抜群の推理力を発揮して、爽快感と共に終えた。
終わって皆が次々と静かに帰っていく。
蓮はキョーコの髪をただずっと撫でていて、キョーコはそれを黙って受けていた。
蓮や主演の探偵への賞賛の声もちらほら聞こえた。それでも当初キョーコが気にしたように、誰かが蓮とキョーコに気づくことは一切なかった。単にいちゃつくカップルの一つと誰もが認識をしたらしく、目をあえて向けるものもなかった。そして誰もが相手の顔しか見ていない。そして、少しの信頼関係の揺らぎから起こる大きな悲劇が起こりうる場面を見て、改めてパートナーとの手をつないで降りて行った。
キョーコはどこか腑抜けのように動けなくなっていて、蓮がおかしそうに笑ってずっと髪を撫でていた。誰もいなくなった館内には、清掃員が来て、慣れているのだろう、二人の様子など気にすることもなく掃除を始めた。キョーコもフラリと立ち上がる。泣きはらした目を隠そうと、パーカーのフードを被り、伊達メガネをかけてマスクを再度つけた。蓮もサングラスを掛けなおした。
待ち合わせをした場所までほとんど無言で二人は歩いた。
ただ、蓮が、キョーコの歩幅に合わせて歩いた。
既に0時を過ぎたイルミネーション下は、沢山のカップルばかりで、誰もが手を繋いで歩いている。
蓮は足を止めるとキョーコも足を止めて、蓮はキョーコの耳元に囁いた。
「(すごく電飾が綺麗だよ。)」
キョーコは、ビクリ、と、肩を震わせた。
「(驚かせた?ごめん)」
「(違います、ごめんなさい・・・あの・・・)」
「(・・・何?)」
「(今日、すごく、あの、なんだか、見つめられていたような気がしたのですが・・・)」
蓮は笑った。
見ていたのを気づかれていたのだ。
「(見てたよ。君の反応がすごく面白くて)」
「(・・・・・・・)」
キョーコは少しだけ赤面して、もう、と、言った。
蓮は持っていた小さなプレゼントをジャケットから取り出して、キョーコに渡した。
「(誕生日、おめでとう)」
蓮の声が、直接耳に届けられて、キョーコは嬉しくてそしてこそばゆくて、ありがとうございます、という声は、照れてうつむいて、地面になってしまった。
「(終電が終わっているから、送るけど。下宿先でいいのかな)」
「(・・・いえ、あの、今日は近くのビジネスホテルを取っていて、その、これに着替えてメイクするのと、映画が終わると終電が終わっているので、帰れないからと思って・・・。そこまで送ってもらうとさすがにマズいです。だからここで)」
蓮は少し言葉を切った。
ホテルとはいえ、一緒にいるところを撮られたらたしかにまずいのかもしれない。
けれどもキョーコと撮られたって何ともないし、そう言われるとかえって部屋まで送りたくなるのが蓮の性格。
女の子を一人でクリスマスに、しかも夜中に六本木の夜の客引きも多い道を一人で歩かせるなんてできない。
「(・・・じゃあいこう。例え歩いて10分だとしても、前まで送る)」
「(え~!!ダメですダメです。敦賀さん絶対誰かそこら辺に張ってます。)」
「(もうこれだけ外で耳元に話しかけているんだから同じじゃない?既に張っていて撮られていたら角度を変えてキスでもしているように仕立てられているよ)」
そう言われて、またキョーコは耳元を赤くして、口を閉じた。
蓮と蓮の車がある駐車場まで歩いた。
ほとんど、映画の話をした。
技術的な話、分からなかったところ、感想、等々。
蓮はキョーコがなぜそんなに泣いたのかだけは聞いた。
キョーコは、もしかしたら自分がそうなったかもしれないと感じたことと、それから、少し言葉を切って、あとは、敦賀さんが可哀想で、と。誰もが寂しかったから起きた事なんでしょうけど、と言った。
それから、もう少し思う事はある。
仕事だなんて言い訳をしてまで蓮と、誕生日を過ごすことが出来る時間はもうそろそろ無いかもしれないこと。
たった二時間だけでも、一緒に。
かりそめのデートのような真似事でさえ、キョーコにとってはいい思い出になるだろうと思った。
多分、本当に、生涯一度の思い出になるのだろう、と。
人生最大のわがままだった。
とても嬉しく、そして、もうすぐ終わるのが寂しかった。
蓮は、「一つ分かったことは、もし好きな子がいて、結婚をして、その子がもし寂しいと言ったら、横から奪ってしまう気持ちも分かるし、もし、好きな子と結婚が出来て、それで安心して仕事にのめりこみすぎてしまって、誰かに奪われることがあったなら、半狂乱になる彼の気持ちもよく分かるよ」、とキョーコに言った。
キョーコは、どきりとして、それから、少し悲しくなって、一瞬にして肌が熱くなった。
魔法が解けて夢から一気に忘れていた現実に引き戻されたような感覚がした。
キョーコも、そうですね、とだけ答えた。
キョーコは、手の中にある蓮からのプレゼントの紙袋をぎゅ、と、握った。
蓮には好きな子がいる。
その「好きな子」に誤解をされるわけにはいかない。
キョーコはさらにフードを被って下を向いた。
「今日はなんだかすごく下ばかり向いてるけど、男装やっぱりはずかしい?」
「そうじゃ、ないですけど」
「じゃあ」
蓮は歩みを止める。
少しだけ端によって、キョーコのフードを取り、髪をすいて直した。
周りには誰もいないけれど。
キョーコは勘違いされないかだけを思って、首を振った。
「綺麗だから隠す必要ない。オレが映画の間、男装をした君を見ていて気づいたことは、もし君が男の子だったとしても、好きになっていただろうという事だよ」
蓮はにっこりと笑ってそう言って、じゃあ行こう、と、言った。
今度は蓮はキョーコの肩を抱いて促した。
恋人同士の、まるで女の子のように。
「はっ・・・?」
キョーコが、口をあんぐり開けたのを見て蓮はまた人差し指でその唇を閉じさせた。
そしておかしそうに笑う。
キョーコは空耳ではないなら、聞き捨てならないセリフを聞いたと思った。
しかしその意味は全く違うようにキョーコには受け取られてしまったけれども。
「ちょっ・・・つる・・・・(がさん)・・・・(それはまずいです)。」
名前を呼びそうになって声を小さくした。
そこを誤解されないようにと考えてあえて男性の姿になったというのに。
「そんなことない。恋愛に男女は関係ない。好きだと思った相手がたまたま異性だったり同性だったりするだけで・・・。モデルの仕事とか俳優をしていると同性同士もあるから別に変ったことではないし。その人だけ、リスペクトだけ、愛情だけで」
「・・・・・そうですか、まだ、私は初心者みたいで、一人しか」
と言ったところで、蓮はまたキョーコの唇に指を置いて、閉じた。
蓮は今日は他の男の話は聞きたくなかった。
しかも一人と言ったら、少なくとも自分は入っていない。
蓮は首を左右に少し振った。
キョーコは、どこか自虐的に言った言葉を止められたのだと思った。
キョーコはまた黙った。
蓮なら、相手がどんな女性も、そして、どんな男性も口説けるだろう。
しかしリスペクトする蓮が女性だったら変わらず愛しただろうか。
それとも奏江のように、尊敬する女性の一人として友人を希望しただろうか。
蓮が意図したようにはキョーコには伝わらなかったようだと蓮は気づいた。
だから。
「でも、そう思ったのは、最上さんだからだけどね」
蓮はウィンクを加えて話したけれど、暗闇のサングラスの向こう側、キョーコには見る事が出来なかった。
蓮はあえて、付け加えた。
もしキョーコだったらそんな事は目にも入らないのかもしれないと思った。
「・・・・・ありがとう、ございます」
「そういうのもかわいいと思うけど」
蓮は全くキョーコを男だとは思っていない様子でさらりとそう言って、また髪をすいた。
キョーコは、一瞬どきりとしながら、その気持ちを悟られないように、蓮は相変わらず、何とも思っていないのに手が早いと思って、そのまるで恋人のように当たり前に女の子扱いする手を受け流した。
映画館でだって散々女の子扱い。
最後は映画にのめりこみすぎて蓮の手は忘れてしまったけれど、思い出せばずっと頭をなで、髪を梳いていた。
思い出して赤面してフードを被って、蓮にすぐに取られて・・・・
そんな話をしている間に車について、二人は乗り込み、車に乗ってしまえばたった5分のドライブを終えようとしていた。
「すみません、わざわざ。こんなに近いのに。今日は遅くまでお付き合いいただいてありがとうございました」
キョーコが後ろの席でペコリ、と、頭を下げた。
「俺はどんなわがままでも聞くと言ったけど、もう終わりでいいの?」
蓮は振り向いて言った。
「はい、十分です。とても楽しかったですし、勉強になりました」
「そう、じゃあ」
蓮は車から降りることはせずに、キョーコが降りると、窓を開けて、気を付けて、と、言った。
もう目の前に入口は見えている。
ほとんど心配はないけれども。
それでも一人で宿泊することに、心配がないわけではない。
キョーコは深々とお辞儀をしてお礼をする。
「最上さん、オレのわがまま聞いてもらっていい?部屋に着いたら連絡して。何かあったらすぐに来るから連絡して」
蓮はそう言って、キョーコの後姿を見送った。
いつまで、こんな風に優しい兄のようにそばにいることができるだろう、と、思いながら。
いつまで、手を出さずにいられるだろうと。
本当は、心配で部屋の前まで送りたかった。
ここまで送るなら降りるくらいしたかった。
撮られるとかそうでないとか関係なく。
でも、部屋まで送ってしまったら、もっと欲が出て、多分、中に入りたくなる。
そんなギリギリの所にいるんだろうな、と、蓮は思う。
頬に触るだけで、唇に触るだけで、髪を触るだけで。
肌に触れた指先は、どこまでも触れたいと欲望を持ったことを、キョーコは知らないだろう。
電話が鳴る。
キョーコから。
部屋に着きました、色々ありがとうございました、と、キョーコが言った。
蓮は、よかった、じゃあおやすみ、と、言った。
切ろうとした所で蓮が思い出したように、
「そうだ、明日は?社さん、迎えに来てくれるの?」
「いいえ、明日は始発で一度だるまやに戻って、それから直接電車で現場に向かいます」
「じゃあ朝、迎えに来るよ。5時すぎでいい?」
「いえいえいえ。あともう4時間位ですから」
「別に。いつもの事だし。オレも事務所に行くから(社さんには迎えはいらないと伝えないと・・・・)」
「わかりました・・・」
「じゃあ、もう休んで」
「はい」
蓮は有無を言わさずにキョーコに言った。
ただもう少し会いたかっただけ。
会える時間が欲しいと思っただけ。
ただそれだけ。
駐停車していた蓮の車は、自宅に向かってようやく進み始めた。
*******
蓮からもらったプレゼントを開けたキョーコは、真っ赤になって、思わず顔をテーブルに伏せた。
誰からどんなものをもらったって嬉しい。
でも、そこには、プレゼント共に、お誕生日おめでとう、というメッセージと、君がいてくれて嬉しい、という内容の英語が蓮の手書きで書いてあったから。奏江がそう言ったその言葉がそのままあったから。
あなたがいてくれて嬉しい、どんな言葉よりも嬉しいプレゼントだと、思った。
2018.12.24
私は、キョーコさんがいてくれるからここまで頑張ってこられました。
本当にありがとう&お誕生日おめでとう!