Difference In Level

「ねぇ、蓮と一緒に恋愛モノの映画、やりたいなぁ」

キョーコはソファに座ったまま、蓮の猫のアリーを撫でながらそう口にした。

「前だってやったけど・・・?」
「だって、あの時は蓮と・・・・付き合ってなかったもの。しかも私は「いつもの」ヒロインをいじめる役だったし・・・・」
「まぁね。でも別に恋愛映画一緒にやらなくても、いつだって一緒に恋愛、できるけど?」

くすくす笑って、蓮はキョーコの頬に手をやり、指でその頬を撫でた。
その手に気持ち良さそうにキョーコは目を細めた。

「そうなんだけどね。なんとなく。人に見せたいわけじゃ、ないんだけど。でも蓮と恋愛映画やったら、どうかなって思って・・・・。誰かと蓮がやっているの、もう見るのがいやなのかもしれない、くすくす」

蓮に見つめられて、その手に導かれるようにキョーコから軽くキスをする。
にこっと笑ったキョーコに、その近い距離を保ち続けたまま蓮は続けた。

「でももし君とやることになったら断るけどね」
「な、なんでぇぇぇ?」

キョーコは勢いよく蓮へ身体を向けて、その膝から落ちそうになったアリーが、ナァァと大きくないてキョーコにすがった。

「演技、出来なくなるよ。オレの感情が先に出てしまうから。区別がつかなくなる。大体さ、映画なんて盛り上げるためにツライシーン入っていたりするんだから。それにもし君に冷たい台詞を吐かなきゃいけなかったら嫌だしね。まぁちなみに今の意見はオレ自身の言い分。君の先輩の「敦賀 蓮」としては、そうだね・・・」

「ほ、他の女優さんとなら恋愛映画できるのに?一度ぐらい一緒にやりたいっ」

蓮は、駄々をこねるキョーコを愛しげに見つめて、苦笑した。

「恋愛映画っていっても演技だろ?ホラ、機嫌直して」

蓮は膨れたキョーコの身体を引き寄せて唇を割り、長く緩やかに口付けあったまま、背中に手を回して服の下の肌を撫であげた。

「んっ」

くすぐったそうに身体がびくり、と震えたのを合図に、キョーコの膝の上にいたアリーが蓮の右腕を引っかいた。

「つっ・・・こら、アリー・・・」

蓮はキョーコから身体を離し、げんなりした表情でアリーを見下ろした。

「くすくす。アリーってば蓮に焼きもち焼いたんだわ。よしよし、私思いのいい仔ね」

キョーコがまたアリーを抱えなおして撫でてやると、邪魔が出来てすっかりご機嫌の様子のアリーは、ごろごろと喉を鳴らした。

「オレが主人なんだぞ、アリー・・・・。オレに傷をつけるとはいい度胸だ」
「大丈夫?変なトコ引っかかれなかった?傷が残ったりしたら困っちゃう。珍しいわね、すごく大人しい子なのに」
「傷は大丈夫だよ。そうだね、今度はアリーがいないところで君を誘う事にするよ」
「蓮・・・」

蓮はくすくす笑って、アリーをキョーコから降ろすとそのまま軽々とキョーコを抱きかかえて、アリーがいない部屋へ向かった。

*****

「ねぇ、蓮、デートしたいっ」
「ん?いいよ?」

蓮は持っていた本から顔を上げて、不思議そうな表情を浮かべた。

キョーコから先にデートをしたいということ自体がとても珍しい。
普段は出来ても帰りの食事ぐらいか、局で待ち合わせるぐらい。
それだけで十分なのだという。

世に公認の仲とはいえ、生真面目なキョーコらしく「私が楽しくても、せっかくの休日に蓮が騒がれて疲れてしまうからいいの」と言って、誘ってもドライブぐらいしか付いて来なかった。

「夜、空いている日教えて。映画、見に行きたい。レイトショーなら9時過ぎからだし。映画くらいなら、一緒に行ってもいいよね?車でいけるところあるから、連れて行って欲しいの」
「どうした、急に?珍しいね」
「蓮の出てる恋愛映画、もうすぐ公開されるでしょ?だから見に行きたいのっ」

「チケット貰ってあげようか?というかなぜオレも見に行くの。チケットあげるから、誰かと行ってくれば?」
「えぇっ。蓮、冷たい!一緒に行こうよぉぉ。蓮の映画、スクリーンできちんと見たことが無いんだもの。テレビとかじゃなくて、実際のスクリーンでどうなのか見に行きたい」

「・・・・・誰かとオレが恋愛映画出ているの見るの・・・嫌だったんじゃ、ないの?」
「・・・・そうだけど・・・。でもいいのっ。蓮と一緒に見たいの。ねっ?」

「分かった、分かったよ。チケットはもらってあげる。で、どこに見に行くの?近くなら夕飯済ませてから行こう。店、予約するから」
「内緒っ」
「なんで?」

「いいからっ。地図、打ち出してあげるから、ね?でも夕飯は捨てがたい」
「じゃあ舞台挨拶の時に見に来れば」
「それじゃデートじゃないじゃない!」

とにかくデートがしたいのだと、キョーコはその後の提案をことごとく断った。

「分かったよ。アリー・・・・、キョーコちゃん、何か企んでいるよ。聞いておいで」

ナァ、と啼いたアリーが蓮に抱かれてキョーコに渡された。

「アリー、いい仔ね・・・・蓮てば、変に疑っているわ。せっかく蓮の映画見に行ってあげようと思ったのに、ねぇ?」

キョーコがちゅっとアリーにキスをして、頬をつけて可愛がってやると、ぺろりとキョーコの唇を舐めた。それを見た蓮がくすり、と苦笑した。

「相変わらずキョーコちゃん大好きだよね、アリー。オレに懐くように、メスにしておけば良かったかな」
「ダメ!!!そんなの絶対にダメ!!!そんなの懐かなくていい!!」
「ぶっ・・・・そんなに必死にならなくっても・・・・。くっくっ・・・。良かったね、アリー。嫌われずに済んだみたいだよ。君がメスじゃなかったから」

蓮が近づいてアリーの喉を撫でてやっている間に、ぺろり、とキョーコが蓮の唇を舐めた。

「蓮、アリーに焼きもち、焼かないの」

キョーコはくすくす笑って、蓮にアリーを返した。

「君もまぁ、猫みたいなものだよね。ホント」

その言葉にまた膨れたキョーコを見て蓮はくすくす笑って、今度は忘れずにアリーを床に下ろした。

*****

車で走る事一時間。東京郊外のとある映画館に着いた。

見た目は新しく綺麗な造りで、数作同時に上映できる広さはあるようだ。
蓮が主演した映画はもうすでに二ヶ月前に公開されていた。互いのスケジュールがかみ合わずにようやくたどり着いた今日。キョーコがものすごくご機嫌だった。お気に入りのふわりとしたスカートに身を包み、きらきら笑って自分に笑顔を向ける彼女に、蓮はまぶしそうに目を細めた。

「ね、蓮、ここっ」
「随分と遠かったね・・・・。」
「いいのっ、ここが、良かったんだから」
「どうして?」
「入ってみれば、わかるから」
「・・・?」

入った所で、何の変わりも無い普通の映画館。
辺鄙な所にある分、平日の夜ということもあってロビーにすらほとんど人はいなかった。

「・・・・ここで本当によかったの?」
「うんっ、そう。だってせっかくのデートだもの。人がいない所に来たかったの。心置きなくデートしたいもの、ね?」

そう言って、キョーコはにっこりと笑って蓮の腕に自分の腕を絡めた。

「こんなことできるのも、こういうトコだからだし」

蓮はくすり、と笑ってチケットを取り出した。

蓮の映画を上映しているブースにほとんど人は居なかった。前の方に3カップル。中段に2カップルと、他に3人。キョーコと蓮が座った一番後ろの段には誰もいない。

「ね、いいでしょ?誰も、気付かない」

こそっと蓮の耳にキョーコは耳打ちをした。
まだ映画は秋の予告編が始まったばかりだ。

「・・・・・そうだね」
「やっぱり自分の映画、見るの、いや?」
「そんな事、ないけど。冷静に見ているだろうね。全部分かっている分、どうつないだのかとか、もう少し別の演技がよかったかな、とか分析しているだろうけど」
「そうよね・・・やっぱり・・・・」
「オレの事は気にしないで。あとで感想教えて。キョーコちゃんの感性も好きだから」
「・・・」
「どうした?」
「耳元で「好き」って言わないで」
「あぁ・・・ごめんね?くすぐったかった?」
「・・・」

どう見ても耳元に口付け合って、いちゃついているようにしか見えない後段最後列には、一度横目で見たが最後、誰も視線を送る者はいなかった。

映画が始まるとすぐに、キョーコはその蓮の相手役の女優に感情移入していた。始まって20分後には怒り、その20分後には大泣きし、その30分後に蓮が告白するシーンで真っ赤になった。

蓮は自分の演技を分析するよりもキョーコの観察の方が楽しくなっていた。しかしスクリーン上はとても哀しいシーンをやっているから、吹き出しそうになっては何度も堪えて、無表情になった。

しかしさすがのキョーコも、蓮がその女優とキスをするシーンはさすがに感情移入できなかったのか、横目でキョーコ観察をしていた蓮と目が合った。

「焼きもち焼かないのって、前に君が言ったんだよ?」
「猫と人は違うでしょー」

音楽が大きくなっていてもクライマックスだけに声は上げられず、また耳元でコソコソと話す。

「仕事だよ、仕事。ね?」

蓮はスクリーンと同じように、キョーコの尖らせた唇を優しく奪ってにっこり笑った。

「・・・ズルイ」
「ホラ、最後しっかり見ておいて。感想聞きたいんだから」

すっかり機嫌が斜めになってしまったキョーコも、そのシーンが終わると再び入り込んだ様子で、じっとスクリーンを見つめ、最後はボロボロ泣いていた。

「大丈夫?」
「だって、蓮てば、演技うますぎるんだもん・・・」
「珍しく素直に褒めてくれるね。でも泣き止んでくれないと。帰れないよ?」
「だって蓮っ・・・・あのお嬢様可哀想でっ・・・」

そういえばこの女優の設定がお嬢様風だったということを忘れていた蓮は、その設定のせいでいつもよりなお更キョーコが感情移入していたのかと、いつまでも収まらない涙に納得した。

「そろそろ行こう?」
「あと一組しか残っていないから・・・。最後まで、いる」
「いいけど、目腫れるから。泣くだけ泣き止んで」

うん、と言ったキョーコは蓮の腕を引き寄せて、最後ヒロインがしたように、手に頬を寄せた。

「君は死ぬわけじゃ、ないんだから」
「うん、ごめんね。感情移入、しすぎたみたい」
「まぁ君らしいけどね・・・・。さ、誰もいなくなったよ?」

涙を拭いてにっこりと笑ったキョーコの手を取って、久しぶりに二人で手をつないで歩いた。

誰もいないブース内の階段で、手を取った蓮にキョーコは笑って嬉しそうに言った。

「蓮、こっち向いて」
「ん・・・?」

キョーコから蓮の口を割って、蓮の首に腕を回して抱き寄せた。
誰もいないその場所は音が響き、絡んだ音がお互いの耳に入った。

長く長く口付けて、キョーコから身体を離した。

「映画のキスのシーン、みたいでしょ?テラスの上から蓮にキスするところ。あの女優さんと私、同じぐらいの背だもの。これくらい段差があれば、きっとできると思ったの。思い切り泣かされた、お返し」

「不意打ちとは・・・・やったね?」

「これなら蓮とも目が合うの。蓮のおうちは階段、ないんだもの。それに私がキス・・・先にする事って少ないから。たまには・・・良かったでしょ?」

キョーコは少し恥ずかしげに、とても綺麗に笑った。

「・・・・」

「ね、蓮。抱きとめて」

蓮の顔が無表情になった事はお構いなしに、キョーコは蓮の首に抱きつき、蓮はとっさにキョーコの腰に腕を回して抱きとめた。

キョーコは額を合わせて、蓮の目を直接覗き込んだ。

「同じ目線、同じ高さ。いいなっ。蓮ばっかり何でも高いの、ずるいもの。」

蓮と目を合わせて、キョーコはにっこりと笑った。

「キョーコちゃん。実はこれを一番やりたかったんだろ?」

「人がいなくて、高い段差のある階段がある映画館で、蓮の映画が上映されてる所、探したの。全部叶って良かったっ。背では絶対追い抜けないけど、いつか演技は追い抜けるものっ♪」

蓮の唇にちゅっとキスをして、キョーコはまたにっこり笑った。

「ほう・・・・。願いがすべて叶って良かった。じゃお嬢様?もう出るの随分遅くなったから、抱きかかえて出てあげる。そのまましばらくオレよりも高い目線でいらっしゃい」

「えっ・・・きゃーっ!!!」

蓮はそのまま子供のように右腕の上に乗せると、すたすたそのブースの階段を降りて出る。そしてほとんどいないロビーの人目などまったく気にする事も無く、車までキョーコを抱えたまま歩いた。

キョーコはその高さにぎゅっと肩につかまるしかなく、誰か人と目が合わないようにその首にすがり付いて、髪で顔を隠した。

「蓮~~~~~!!!なんてこと、するのよー!!は、恥ずかしいでしょー!!!」

車に戻ったキョーコの一言目。

「願いが叶って、良かっただろ?オレも追い抜けて」

しれっとした顔でそう言われて、さらにキョーコは憤慨した。

「ホントに蓮て、負けず嫌いっ!!演技で追い抜くって言ったからでしょ!?」

「どっちが負けず嫌いかな?「京子さん」?」

くすくす笑って、蓮は信号が青に変わると、思い切りアクセルを踏んでキョーコを大人しくさせた。

「蓮!!!危ないでしょ・・・もう・・・・。ホント子供みたいなんだから」

「帰ったらもっとずっと大人な事、してあげるから。そこに大人しく乗ってらっしゃい」

「なっ!!!ア、アリーを川の字にするんだから!!」

「オレのベッドは人のもの。アリーのは別にあるからね。あぁ、「同じ目線、同じ高さ」でしてあげるから。キョーコちゃん、覚悟しといてね。あ、「たまには」「君がさきにして」くれるんだっけ?そっか、さっさと帰ろうね」

きゅらきゅらと笑顔をした蓮に、キョーコは、真っ赤になった。

「蓮のばか~~!!」

――おや・・・・

蓮が身体を離すと、キョーコはぐったりとシーツに身体を沈めてしまって、こうなってしまうとシャワーを浴びに起こそうにもしばらく起きないから、仕方なく先にシャワーを浴びに向かった。

――本音も欲望も愛も恋も、自分のすべてを隠さず彼女に見せられることが嬉しくて、だから彼女を前にすると理屈も理由も理性も一切きかず、自分の思うままに彼女を貪ってしまう。

そんな自分に気付いて、蓮はふっと笑みを漏らした。

寝室へ帰ると、大きなバスタオルに包って、キョーコは唇を尖らせて膨れていた。

「シャワー、浴びておいで」
「・・・喉、いたい・・・」
「あれだけ声、あげればね」

くすくす笑って、蓮は手にしていたミネラルウオーターを口に含んだ。
もう一度含むと、そのまま舌をさし入れてそれを分けてやる。

「蓮はずるい。なんでそんなにいつも余裕なの」

「でも・・・気持ちいい、だろ?」

「・・・・・・・・?ああ、違う、そういう意味じゃなくて!そんな事」

「今更?ホント、ベッドの上では素直で可愛いよね・・・キョーコちゃんて」

蓮はちゅっと唇にまた軽くキスを落として、真っ赤になったキョーコを横目に、ベッドに横になった。

「あぁ、眠いな・・・」

蓮は大きく伸びて、上掛けに手を伸ばす。

蓮はしばらくキョーコが膨れるかと思ってキョーコの目を見上げたが、取り越し苦労に終わった。

二人の目がそっと合い、しばらく目を合わせたまま、穏やかな顔をしたキョーコの小さな手が、優しく蓮の髪を撫でている。

蓮もその手に徐々にうとうとしはじめ、気付いたキョーコは小さく笑った。

「蓮も・・・可愛い」

「そう・・・?オレが可愛いって言われてもね・・・」

「四つも上なのに・・こう、私だけに見せてくれる、リラックスしている蓮、本当に可愛い。ねぇ、もっと私に甘えてくれても、いいからね?」

蓮はくすくす笑い、キョーコの腰を引き寄せた。
横に寄り添うようにさせて、お互いの目を覗きこむ。

一度抱きしめ合うと、自然と唇が優しく重なりあって、離れた。

「十分・・・・甘えてるよ・・・」

けだるい体温のまま、蓮は先に眠りについた。

――ずっと・・・・・・・髪を優しく撫でる感触がしていた・・・・。







2005.10.20 以前(ホームページ開設前)

2020.1.26 改稿

(15年前の私が思う未来の恋愛中のキョーコさんは蓮といるのがとても嬉しそうでとてもかわいい・・・というのが15年ぶりに読んだ感想です。あのね、あのねって、蓮に甘えてうきうきしているの、中々いい(かわいいからまた書こう・・・)。この話の薄い本を出した時はR指定にしてラブを書き足しました。本を持っていたら楽しんで下さい。猫はオリジナルです。)


Special Thanks to sanaSEED様「ALL IN ALL」のような感じでとリクエストしてくださいまして、できあがりました。ありがとうございます!
ホームページを開くまでの間ショートストーリーはすべて貰ってくださっておりました。
いつも本当にお世話になりましてありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。