baby2



「蓮っ、こっちこっち。」

手招きをしてキョーコがお風呂上りの蓮を呼んだ。まだ暑い、と下だけ履いて、上半身は大きな白いバスタオルを首からかけている。

「なに?」
「これこれっ。」
「・・・・?なに、その筒。そんなのウチにあった?」
「昨日買ったベビーパウダーなの。花の模様が可愛いでしょ??蓮、背中向けてっ。」

そう言ってお風呂上りで汗の残る蓮の背中にぽふぽふ、とはたいた。

「男がこの香りって・・・・」
「いいでしょ~。今日は私と一緒。ね???」

そう嬉しそうに言われてしまっては、蓮も苦笑いを浮かべるしかない。

「はいはい。一緒だね。」

「これでみんなおんなじにおい。うふふ。蓮、あのね?ここのブランドの香水ってね、「王妃さまの水」って言うんだって!!!「香りの魔術」にかかれるんだって!!!ね、今日はみんなで香りの魔術にかかろう???」

きらきらきら・・・・・と目を輝かせてメルヘンの国入り口に立っているだろう彼女は、再びパフにパウダーをつけて、今度は別の場所にはたこうと蓮の前に立った。くしゃくしゃ、と蓮がキョーコの黒髪を混ぜると、キョーコはパウダーを蓮のみぞおちにはたいた。

「相変らずそういうの好きだね・・・・。」
「ばかにしてるでしょー!」
「してない、してない。」
「だってぇ。ここの香水って昔本物の王女様たちが使ったことで有名なんだもん。大人になったら使ってみたかったんだもん・・・。ベビーパウダーだけなら、もう使ってもいいかなって。」
「ふ・・・・ベビーパウダーだから?大人な香水はまだって?」
「ん~…香水は蓮が選んで買ってくれるから。いつか私にも似合うと思ったら、買ってね?」
「うん・・・・。」

ごめんね、身体が冷える~と言って上着を渡したキョーコは、「おねがい、屈んで?」と言って首筋にも少しだけぽふぽふ、と伸ばした。

「これで完璧に私と一緒~。私の魔術完了♪」

キョーコはにっこり笑って、その同じにおいのする首筋にすりついた。




次の日。



「蓮、お前・・・なんかいつもより妙に高貴な香りが・・・香水変えたの?」

朝車に乗り込んだ後の社の一番目の台詞。

「あぁ・・・あの子に風呂上りと出がけに香水代わりにパウダーはたかれました。」
「相変らず仲いいよね・・・。」
「今日は一日一緒なのがいいんだそうです。」
「何かの記念日?」
「・・・・・だったかな・・・・・?」

もし何かの記念日だったことを忘れたら・・・・今日の夜は一晩中拗ねて口聞いてくれない・・・と、脳内を探ってみたものの思い出せない。

「思い出せなかったら・・・・キョーコちゃん拗ねるよぉ~・・・?」

忘れている事を楽しむかのように、社はにんまりと横で笑った。

「・・・・・・・・・・。」


何かプレゼントを買って帰るにしても・・・・あのブランドについて「王妃の水」と「香りの魔術」ぐらいしか思い出せない。そのうたい文句を蓮付きのメイク担当に告げて、聞いた事が無いか尋ねた。


「あぁ、そのブランド名?どうしたの、男の人が使うブランドじゃないわよね?あの子へのプレゼントでも買うの?」
「いえ・・・。」
「っていうか今日はいつもの香りと違うわよね?昨日はあの子と一緒だったのね。相変らず仲いいのねぇ。」


再び社のようににんまりと笑う彼女に、蓮も再び苦笑うしかなかった。





「キョーコちゃん、今日は何かの記念日だった?」

結局時間が無くて、蓮は何も買えなかった。
腕にする間じゅう、キョーコの首元から昨日のパウダーの香りが優しくほんのりと香っていた。

「・・・・・・・・?」
「ならいいんだよ、くすくす・・・。」
「変な蓮っ。どーしたの?今日は何かあったの?じゃあ今日は・・・香りの記念日にする?」
「ん・・・・・・相変らず仲がいいんだね記念日、がいいよ・・・。」


今日一日どこへ行ってもその台詞を耳にした蓮はそれを思い出して、ほんの少しげんなり、とした表情で口にした。


「何その顔~~。そんないい記念日なのに・・・・変な顔しながら言わないでっ。同じ香りにしてあげるから~っ。」
「い、いや・・・パウダーは、いいよ・・・。」
「なんで?」
「記念日は一年に一回だからいいでしょ?」
「なにそのヘリクツ。パウダーいやなのね・・・。」

残念そうな顔をしたキョーコの表情を見て取った蓮は、拗ねたかな?・・・・と額に唇を落として、「そんな事無いけど、」と付け加えた。

「仲がいいって・・・言われるから・・・。」
「・・・・・・?やっぱり変な蓮~。くすくす、どーしたの?仲いいの、いや?」
「いや。その香りはキョーコちゃんがつけてくれればいいから・・・。オレはそれを楽しむだけでいいよ・・・・。ね?だからそのパフ貸して。オレが背中につけてあげるから。背中はつけられないだろ?」

ポフポフ、とキョーコの身体にはたいた蓮は、そのままきゅっと背中から抱きしめた。パウダーでさらさらした肌が心地よくて、ふわりと香る香りが蓮の心をそっと包んだ。

「ね?これで一緒の香りになるほうが・・・・いいでしょ?」
「・・・・・・・うん。」
「これで完璧に一緒。魔術完了?」
「くすくす・・・・。」


うまく丸めこまれたことに気付かないキョーコと、内心ほっとした蓮は「相変らず仲がいいんだね記念日」の夜も、相変らず仲良く眠った。



次の日。


「蓮、今日はいつもの香水と昨日のパウダーと両方のにおいする気がするんだけど?ふふん・・・やっぱり何かの記念日だったんだ。仲いいよねぇ~・・・。羨ましいよねぇ~・・・。そんなに毎日一緒なら早く一緒に住めばいいのにぃ~。」

「・・・・・・・・・・・・・」



――ベビーパウダーなのに・・・・



キョーコの大人な魔術、完了?
















2006.04.09


参考:Santa Maria Novella