別便で先に帰ってきた社が、ラブミー部室を訪れて、キョーコに言った。
「明日、帰ってくるよ。オレは仕事の都合で飛行機、一日早くしてもらったんだ。・・・・あれ、この部屋、蓮と、同じニオイがするね」
社はキョーコの気持ちを全部分かっていてそういうその言葉に、キョーコは涙目になる。
「アンタ、もう例のアレ、処理したんでしょうね」
と奏江が言い、キョーコの返事が無いから、
「まだなの?明日までに言うのね」
と言った。
「・・・・仕事で会わないと、後回しになってしまって」
「見たくないから、後回しにしたいんでしょ」
と本音を鋭くつく。キョーコは黙った。横で聞いていた 社が、「何かあったの?」と言って、キョーコが言いよどんだから、奏江が続けた。
「この子もー全然ダメで。二人の男から言い寄られてて、一人からは結婚してくれって言われているんです。ただ単に、断ればいいだけなのに・・・何を相手に期待させているんだか」
と、社にさらっと言った。
「えぇぇぇぇぇ~~~」
社はまるで女子のようにそれを聞いて反応した。
「キョーコちゃん、モテモテだね。最近、ホント、キレイだもんね。でも、結婚してくれって、男にとってそんなに軽い言葉じゃないよね・・・。キョーコちゃんが戸惑うのも分かるけど・・・。あ、オレから蓮には言わないでおくからね?」
社はキョーコにそう言って、部屋を出て行った。蓮とキョーコの間の事は、社は普段もあまり干渉しない。というより干渉する事も無い程普通だし、蓮の仕事を見れば、その時々どんな状態かはすぐに分かる。良くも悪くもキョーコ以外に、蓮の感情を大きく左右する相手はほとんどいない。口出しして、蓮の精神状態を大きく左右させたくは無い。
次の日、キョーコは、二人に電話をして、正直に「好きな人がいて」と、正直に伝えた。
俳優の方は、「そうだよね」と笑い、「困らせてごめんね」、と言ったから、キョーコは「すごく嬉しかったし、お仕事一緒にするの、本当に好きでした」とそれは正直に伝えた。
彼が「その好きな人の事、とても大事にしているんだね」と言うから、キョーコは、「はい」とだけ答えると、彼はしばらく可笑しそうに笑って、「じゃあ、またね」と言って切った。
カメラさんには、断りを入れると、会って話がしたい、と言った。
キョーコはそれも断った。
「好きな人がいて、仕事ではなくて個人的に会ったのを知ったら、きっと、とても心配するので・・・」
とだけ理由を正直に言った。
「そっか・・・」
「ありがとうございます、・・・でも、ごめんなさい」
「いや、君の事はカメラを通してだけど、きっちり見極めていたはずなんだけど。あまりに思った通り過ぎて、もっと好きになった」
「そう、ですか?」
キョーコは少し困ったような声をした。
「ありがとう。また、仕事で一緒になるだろうけど、よろしくね」
彼はそれだけを言い、キョーコも仕事の話が出て急に背を伸ばして、「よろしくおねがいします」と言って、その場で頭を下げた。
「はは、その感じがやっぱり好きだったみたいだ」
「・・・・・そうですか?」
「一見華やかな世界に見える女優の世界も、前に言ったように、色々、あるから。じゃあ、また」
キョーコは、ふぅ、と、二か月分の思いを流すように、深く、息を吐き出した。
キョーコは、久しぶりに蓮の部屋へ行った。
シャワーを浴びて、お風呂につかり、一人で食事をして明日の準備をして・・・。
静かな部屋の中で、静かに、買ってきた蓮の載った雑誌を開いた。
蓮の恋愛を、とても正直に、先程断りを入れた人と共に話をしているのを見て、とても、とても、複雑な気持ちが、した。
――『ただその存在が大事で』
それは、キョーコも同じに思うことだ。
ずっと我慢してきたけれど。
急に、蓮に会いたい。
早く帰ってきて欲しい。
蓮の雰囲気だけでも感じたくて、寝室へ行く。
蓮のベッドに蓮の香水を一滴。
自分の腕に一滴。 首にも少し伸ばす。
クローゼットから蓮の白いシャツを一つ出してきて、一滴。
そのまま、 ごろん、とベッドに寝転がる。
ベッドの端に畳んで置いてあった蓮のパジャマが目の前に来る。
つん、とそれをつついた。
「わたし、よく、がんばったと、思うんです」
と、パジャマに向かって、見えない蓮に言った。
どこからともなくあちこちから蓮の香りがする。
安心する。 目を閉じる。
気づいたら、キョーコは、久しぶりに、穏やかに、眠りについた。
*****
数時間後の真夜中。
蓮が帰って来て、電話に出ないキョーコを寝室で見つけた。
キョーコは熟睡していた。
ベッドの上は乱れた男物のシャツ、蓮の香水、先日対談した蓮の雑誌。
キョーコは上掛けをかける事無く、置いてあった蓮のパジャマをしっかり抱きしめて、ごく薄い格好で寝ている。
――なんか、浮気現場に立ち入った気分だな・・・
蓮は一つ息を吐き出すと、キョーコの上に上掛けをかけた。
こんな格好で寝て風邪を引いたら、と、仕事と体調を心配して保護者的な事も思わなくも無かったけれども、でも、仕方が無いか、とも思う。
先程、最近のキョーコの様子を、事務所で会った奏江から少し聞いた。
キョーコの目いっぱいの強がりと、蓮がいつも言う、仕事だから、という言葉に、蓮に何も言わなかった、言えなかっただろう事。
このベッドの様子。
言葉にならないキョーコの気持ちは、蓮にも分かる。
――さびしい、あいたい、ふれたい、早く帰ってきて・・・
起こすのはかわいそうかと思って、シャワーを浴びに部屋を出る。
シャワールームはまだ濡れている。
湯船の端に、見覚えのない黄色いひよこが三匹。
それもまだ、濡れている。
一つ、手に取る。
それを手に、ぼんやりと、シャワーにあたり続ける。
「・・・・・・・」
蓮が全ての用を終えて寝室に戻り、キョーコの横に腰掛ける。
沈み込んだベッドに、キョーコが、ふ、と、目を覚ました。
「・・・・・・・おかえりなさい」
「ただいま。久しぶり」
「待っていたら寝てしまって」
「うん、いいよ、寝てて」
蓮はキョーコの髪を数度混ぜる。
キョーコは横になったまま話し続けた。
蓮がキョーコの横にもぐりこむ。
蓮が目だけで、キョーコを誘う。
どちらともなく寄り添い、数度口付けて、離した。
蓮が先に口を開く。
「琴南さんに、少し話を聞いたよ。言ってくれたらよかったのに」
「・・・・がんばったんです、私なりに・・・」
「オレは男だから、どんな相手でも、ごめん、といえばそれで済むけど。女の子の方が仕事が絡むとなお更言いにくいんじゃないかなあと思って。縦社会だし」
「・・・・誠実に、向き合おうと、だけ思って。・・・・でも、この二ヶ月、あなたでなければならない理由をずっと考えました。それから、相手に全然心が動かなかった・・・」
「その雑誌で会ったとき・・・彼に少し聞いた。何度も口説かれたんだってね」
「・・・さっき、きちんとお話して、お断りしました・・・。私が思っていたよりもすぐに話が終わって・・・それなら早く言えばよかったと思って・・・」
「うん、オレがたまたま聞いて先に釘刺したから」
「ええっ・・・・それで・・・・」
「あっさり引き下がっただろ?」
「・・・・・・・・」
「でも・・・・。一流の俳優を落とすほどのキスってどんなのをしたの?・・・・それに誰かが君と結婚したくなるようなのってどんなことしたの?」
蓮はキョーコの頬に手を添える。
「オレに教えて」
キョーコは照れて真っ赤になって、「仕事だものっ」と言った。けれども蓮は、それはそれでやきもちを焼いているらしく、納得しない。
そんな子供っぽいような蓮を見てキョーコもあきらめて、状況説明をしたあと、口付けた。蓮の上に乗り、相手を落とすための、少しいつものキョーコより、大人っぽく感じるキス。
蓮も思わずキョーコの髪に手を入れて、引き寄せ、自らを絡ませる。
「なるほどね・・・」
ぺろり、と蓮は舌で唇をぬぐってそう言った。
「もう!!何がなるほどなんですかっ!!私は映画の撮影の間中、敦賀さんを思い浮かべて彼を相手にしていただけです」
とキョーコは赤面して言った。
「オレも、君のキスに、落とされたみたいだ」
蓮はそう言って、久しぶりのキョーコとの恋愛を楽しむ事にした。
蓮が持って帰ってきた「ヴォカリーズ」を一滴自分の腕に。
「君がオレの香水をつけてるから。オレはこっちをつける。いつものオレと違って、浮気しているような気持ちになるかもね」
「・・・・・・・浮気もしないし、そんな気持ちもしないもん」
「浮気しないのはよく知ってる。でも、きっと、この香り、君は落ち着かないと、思うんだけど」
「・・・・・・・・」
「誰と恋愛している気持ちがするのかな」
「・・・・・・・・蓮とに、かき換えたい」
キョーコは蓮に腕を回して、引き寄せた。
蓮は、自分と同じ香りのするキョーコを抱きしめて、癒されながら、眠った。
キョーコは、少しだけ切ない香りを共にして、蓮の手を撫でて指を絡め、その腕の中に収まる。眠っているはずの蓮が、無意識にキョーコの手を撫で、引き寄せ、背中も無意識に撫でる。意識は完全にない。そんな様子だけで、とても、愛されている気がするし、安心してしまう。
――好き・・・
ただただあたたかな腕の中。何度か蓮の頬を撫でる。恋愛をするのは誰でもいいのに、蓮がいい理由は、こんな所にあるのかもしれない、と、キョーコは思って、蓮の頬にキスをして、目を閉じた。
2015.1.17