耳を貸して

『なので、この女性が書かれているのは、落書きでは無いんです!』

収録中に学ぶ雑学に、キョーコは「へぇ?」と思った。
こんなの、単なる新しいペンの試し書きみたい!と。

スラスラスラスラスラ・・・・・

不思議だ。こんなのどうやって読むというの、と、収録をした番組を見返しながら、紙に書いた。

難しくて、頭おかしくなりそう、と思いながら、書けたら楽しいかもと思い直して、何度かそれを練習した。

*****

「何やっているの、最上さん」

と、ラブミー部室で休んでいた蓮が、横からひょい、とキョーコの手もとを覗く。

「この間のお仕事で、世界の面白い事、という番組に出させてもらったんですけど・・・・これが文字なんですって。同じように書いてみたんですけど・・・・まるでペンの試し書きみたいで、何を書いているのか、さっぱり分かりません」

ふぅ、とキョーコは息を吐き出して、その紙を丸めようとした。

蓮が、その手を止めて、それを机の上に戻す。

そしてしばらくそれをじっと眺めていた。

・・・・と思ったら、気づいたら静かに、くつくつとおなかを抱えて笑っている。

「敦賀さん?あ、やっぱり面白いでしょう?何だか分からなくて」

「ペンの試し書きって」

「もしくは、子供が初めてペンを持って書いた字、みたい」

もはや蓮はおかしくておかしくて、目に涙を浮かべて笑っている。

「ああ・・・・おなかいたい」

「・・・・そんなに笑わなくても、下手なのは分かりますけど」

キョーコが、ぷくり、と頬を膨らませて、その落書きを丸めようとしたから、蓮がその紙を取り上げて、

「貰って、いい?」

と言った。

そして、持っていたノートを差し出して、

「お願いがあるんだけどさ、それ、君のサインとしてここに書いておいてくれない」

と、言った。

「え?これ?そのまま書けばいいんですか?」

「うん♪」

蓮が、にっこり、と笑うからには何かある・・・・と、どこか怪しんだキョーコを見て、蓮が、

「おねがい、書いて?」

と、ワンコのような子犬のようなねだり方をしたから、キョーコは心の中で、

――ぎゃー////

と叫んで、思わず机の下に避難して隠れた。

「ダメなの?」

と、頭を抱えるキョーコに机の下を覗き込んだ蓮が追い討ちをかけるようにまたワンコ目で言う。キョーコは、もはや顔をひざに埋めて、

「つ、つ、つ、敦賀さん・・・・その、それは、あのっ!書きますけど!そんな子供みたいなねだり方、やめてくださいっ・・・」

蓮は、顔をひざに埋めて、真っ赤に染めたキョーコの耳たぶを見て、何かがキョーコの中の何かの赤面するほどの事に触れたらしいとわかって、にっこり、と笑った。

「困る最上さんが見られて楽しいからまたやる」

そう言って、「えー!」と言って文句を言うキョーコに蓮は、

「おねがいだから、ここにサイン書いてくれない?・・・『キョーコちゃん』」

と言って、目をキラキラさせた。

「分かりました、分かりました、書きますから、もう、やめてください私で遊ぶの!」

からかわれているのが分かっているから、最早ひざを抱えて目を三角にして怒るキョーコに、蓮は笑う。

蓮からノートを手渡され、キョーコが受け取る。

さらさらさら、と、見よう見まねでそれを書いて、キョーコの名前を入れたキョーコに、蓮は続けて言った。

「なんて書いてあるか、教えてあげようか?」

「え?分かるんですか?この暗号みたいなの」

「うん♪意外と得意なんだ」

「?」

「番組内でこれが何て書いてあるか教えてくれなかったの?」

「はい、ただ、書いている映像だけが流れたので。あと書いた人も読めない時があって面白いとかは言っていました」

蓮はまたくすくす、と笑う。

そして、蓮は手でちょいちょい、とキョーコを呼んだ。

と蓮は言って、寄せたキョーコの耳元に囁いた。

「愛してる」

「!」

「・・・・って書いてある。これ、ロシア語の、I love you、の意味だよ」

「え??!!」

「ペンの試し書きっていうからおかしくて。・・・・でも、ごめんね?からかって」

「いえ・・・」

一度、ぷく、と頬を膨らませたキョーコは、それをシュー、とすぼませて、

「でもなぜ読めるのですか?」

と聞いたあと、蓮が「たまたま」とそれまた適当に答えたから、キョーコはまた頬を膨らませる。

「まさか、敦賀さんの彼女さんはロシアの方までいらしたとか・・・!じゃなきゃいくら英語が得意でもロシア語のそんな言葉知らないです。あ、でも、モデルさんの女性なら、きっとロシアの方もいっぱいいますよね?それでですか?」

「うん、そう。ロシアの人って男にも女にも家族にも、親しみをこめてよく、「愛してる」とか「あなたがいないと死んでしまうの」とか、日本で言わないような台詞を良く言うんだ。だから知り合いのモデルの人も使うよ?」


――ウソは言ってない


と、蓮は心の中で思いながら、キョーコから欲しかった言葉を書いてもらったのを見返して、蓮はにこにこ、とキョーコに笑いかけた。

キョーコも、異文化の知識を聞いて、そうなんだ?という、視線だけ、蓮に投げかける。

「そうそう、えっと、こういう目だっけ、最上さんがイヤなの」

蓮はまた、子犬のような目をして、キョーコを見た。

キョーコは、また目を三角にして怒る。

「もう!やめてください、私で遊ぶのはっ」

「さっき学んだ♪これをやると君はどうやらオレの望みを叶えてくれるらしいということも分かったから、また今度この手を使おう」

蓮はご機嫌にキョーコのサインしたノートを閉じて、バッグの中にしまった。

「オレも、少し書けるんだけど。君の何かに書いていい?」

キョーコは持っていた手帳の空いているページを差し出した。

――サラサラサラ・・・・

「何て書いてあるんですか?」

キョーコがそう言うと、蓮は、筆記体ではなくアルファベットのような文字を書き連ねた。

「Я тебя люблю больше всех 」

「読めません!」

「ヤ チェヴェ ルヴリュ ヴォリシェ フシェ」

「ヤテ・・・?」

「あまり大きな声では言えない」


と言いながら、蓮がまた、ちょいちょい、と手で耳を寄せるように指示した。

だから、キョーコは、ひょい、と、蓮の口元に耳を貸す。

「ここに書いてある事に少し付け足した感じ?」

「?」

「誰よりも愛してる、って意味」

蓮は、可笑しそうにくすくすと耳元で笑った。

――何そのこそばゆいの!!

キョーコは、また目を三角にして、蓮を怒った。
耳たぶを、真っ赤に染めながら・・・・。

「私で遊ばないで下さいと散々言いました!!」

「あはは、面白いよね、君って」

蓮は満足そうにしばらく声を上げて笑って、キョーコの髪を混ぜた。





2015.2.4

(旧サイト拍手より移動しました)

ロシア語の筆記体、実際に見ても落書きかペンの試し書きにしか見えません・・・