ブルガリブルーノッテ

「NOTTE」=「NIGHT」、「夜」。


オリジナルのもつミステリアスさをベースに、さらにまったりとした甘やかさで、夜を艶やかに。ジンジャー、タバコフラワー、ウォッカ、ウッディノート、ブラックチョコレートが絡み合い、そのミステリアスな佇まいは、少々甘く危険なオーラも醸し出しながら、媚薬的な大人の甘さで他を寄せ付けない香りのオーラを貴方にお約束します。


レディスバージョンもご用意がございます。


二人で「夜」を身にまとってはいかがでしょう・・・。




ブルガリ ブルーノッテ ―オム― 




キョーコが選んだ蓮への香水は、青く透明なボトルの香水だった。


最後、「この香水が似合う男性なら、きっとどんなモノも似合います」、そんな事を言う店員の言葉に、少しだけ流されたといえば流された。


『そもそも似合わないものが何も無い人に、一体何をあげればいいのか。』


・・・・・・そんなところからキョーコの香水選びは始まった


元々蓮は自分で気に入っている何かを使っている。あててごらん、と言ったその香りは当然未だに答えが分からなかった。

数日間毎日、眼鏡に帽子、少々の厚い化粧を施して、京子だとは分からないように用心して一人で店に通い詰め、毎日少しずつ男性用の香水のボトルが並ぶショーケースの前で試しに試している。今日も数十分うろうろし続けている自分を、店員はどう思っているのだろうか?


ちらり・・・と、やや挙動不審な視線を、そばでにこやかに見守る店員に向けてしまったと思った。そしてついに店員と目が合ってしまい、店員は更に笑みを強めて、「お気に召すものはございましたか?」、と声をかけてきた。


「え、ええ・・・あの・・・。」


キョーコはしどろもどろ、店員へ買う意思があるとも無いとも分からない声を返した。


たおやかで物腰柔らかい店員は、キョーコの動揺も特に気にする様子もなく、彼女らしい柔らかく甘い香りを香らせながら、キョーコの横にやってきた。


「男性用の香水をお探しでいらっしゃいますね。彼にプレゼントですか?」


そう問われて、かぁぁぁぁ、と頬を一気に紅く染めたキョーコの頬の色が、その質問への如実な答えだった。蓮を、彼、などと言われて、まるで自分と一セットのような呼び名が妙に照れくさかった。

そんな初々しいキョーコの反応を優しく見守る女性店員は、キョーコが彼への香水を初めて選ぶのだと瞬時に悟り、

「彼お好みの香りなんかはありますか?甘い系から、さっぱり系までありますよ。彼のイメージに合わせて選ぶといいと思いますけれど。どんな方でいらっしゃいますか?」


と、キョーコに伺いを立てた。


――ど、どんな方?


キョーコは蓮をどう表現するべきか迷って、


「何でも似合う人・・・です。どんなのでも似合ってしまうので・・・どれを選んだら、喜ばれるのか迷ってしまって・・・。それにもともと使っている香水がありますし・・・。」

と、念頭にあった事を正直に述べた。

すると店員は、キョーコに、蓮の外見や特徴、年齢、スポーツマンか、落ち着いているのか、等々、丁寧に人物像を質問攻めで洗い出した。更に、彼をイメージする香りはどれだったかを問い、キョーコに数本ショーケースの上にピックアップさせた。


それらをパラフィンに霧吹いて少しだけアルコールを飛ばし、手渡した。最後に渡された香りが、甘いながら温かい感じがして、蓮の香りには悪く無いかもしれない、と思った。

キョーコが香りを試す様子を見守っていた店員は、キョーコの言い分と取り上げた香水のボトルのイメージを見て、青い透明なボトルを取って、最後に一押しした。

「これらの香りが纏える方なんて、とっても素敵な方なのでしょうね。お客様の反応だけでもそう思いますけれど。」
「・・・・・・・・・・・///。」
「最後のものが宜しかったでしょうか?爽やかで甘くて、でもどこか奥深くて・・きっと、お客様のお相手のイメージにぴったり来ると思いますよ。」


まさかキョーコの相手が敦賀蓮だとは店員も知るよしもなく、蓮を思い出して心底照れているキョーコの、その反応を見ているのが少々楽しくなった店員は、

「ブルーノッテ、夜、と名付けられたボトルなんですね。爽やかな香りの奥に、タバコフラワーやチョコやウォッカの香りが入っているので、濃密な夜のイメージに仕上がっています。何でも似合う方なら、昼間は普段使われていらっしゃる香りを付けられて、夜もまた専用の香りも持っていてもいいと思いますけれど。お客様専用の香りにしてみる、なんていうのも宜しいのではないでしょうか。」

そう言って、にっこり、とキョーコの目を見て笑った。

当然キョーコは言われた事を想像して照れ思考パニックに陥り、目の前をグルグルさせ、香りも甘く温かくて気に入っていたし、今までこの店で試した中では一番らしかった気がしたから、みごと最後の一押しに押されて、「これにします」と言って、陥落した。

「ありがとうございます。」

最後女性店員は、キョーコの付けていた香りをかぎ分けて、「プレゼントにお客様のつけていらっしゃる香りを香らせるのも上級テクニックですよ」、と言って、再度満面の笑みで囁いた。

照れ思考パニック状態のキョーコには何を言ってももう首を縦に振るのみで、店員にキョーコの付けている香水のボトルを渡されて、空中に香りを吹いて、そのプレゼントの包みをくぐらせた。


*****


キョーコは、そうして、「夜の香水」を持って、蓮の部屋の前に着いた。

貰った香水のアトマイザーを取り出し、ほんの少しだけ指に取り、耳の後ろと手首とに付け直す。そして、プレゼント用の包みにも少しだけ、「キョーコから」の意味をこめて、もう一度、自分の香水の香りを空中に霧吹いて、そっとくぐらせた。

「いらっしゃい。」

蓮がにこやかに迎え入れたのさえ、照れてまともに顔を見られなかった。


「あげた香水、しっかり付けてくれているんだ?」


早速キョーコの首筋に顔を近づけて香りを確かめて、にわかに嬉しそうにそんな事を囁き、当然のように頬にそっと口付けた。そんな蓮の仕草に真っ赤に照れながら、コクコク、と勢い良く縦に首を振るキョーコを見て、蓮はふっと笑った。そんなに勢い良く返事をしなくてもいいのに、と思った。


そして、買った香水をどう蓮に説明するか、迷いに迷って、


「そのお礼です!!」


とだけ、言った。


「?」
「香水貰ったお礼に・・・私からも・・・。」
「一人で男性用の香水買いに行ったの?」
「・・・・はい・・・・。」

先ほどの店員とのやり取りを思い出し、更に照れたキョーコはまた頬を紅くした。蓮はその気持ちだけで、とても嬉しかった。


「ありがとう。開けていい?」
「あの、一人であけてください・・・。」
「何故。」
「だって!」


――夜の、貴方だけの香水にしてみてはどうでしょう。


そんな事を言われて、『貴方だけの』と・・・少しだけその言葉に魅かれた事を蓮に見抜かれでもしたら、キョーコは恥ずかしくて、もう照れ死できると思った。

しかし蓮はキョーコの言葉などおかまい無しに包みを開けて、


「この包み・・・あげた香水の香りがするね。君から、ってことかな。ありがとう。」

解いた包みに一度顔を寄せ、そんな事を言いながら、蓮は早速手首にボトルの中身をほんの少々手首に一吹きした。
香りを試して、


「温かい感じでいいんじゃないかな。どう?」


付けた香りを自分の首元にのばし、キョーコの耳に至極近づいて、囁くように「どう?」と、聞いたのは、蓮はキョーコの、キョーコは蓮の互いの首もとの香りを確かめるべきだったと言えばそうではあるが、手首だって良かったはずだ。当然、蓮の策略・・・否、恋人ならではのスキンシップというべきか・・・。


――・・・どう?なんて言われても!なんて答えればいいの~~~!!


キョーコは再度照れパニックに陥る。


「・・・君が選んでくれたんだろう?」
「・・・もちろんですっ!!」
「・・・・似合う?」
「もちろん・・・っ・・・・あのっ・・・・・。」


そう言うそばから、ぎゅう、と腕の中に入れて、照れに照れてあたふた動き回るキョーコを自らの腕で止めた蓮は、


「ありがとう。」


キョーコの耳元の香りを肺いっぱいに含み、そう耳元で囁いた。


――それを言うのにいちいち抱しめないで欲しいです・・・。


・・・・と、不慣れな行為に心の中で照れ隠しに悪態をついていると、蓮の普段の香水の香りがしてきて、その香りもまた、温かみがある事に気付いた。購入時、直感的にこの香りを結局はイメージしたのかもしれなかった。


普段の香水は、蓮自らが選んでいるのだから当然似合っている。蓮の落ち着いていて温かいイメージそのものの甘い香りは、付き合う前に数度抱しめて貰った時の記憶と、否定し続けた甘ったるい感情と共に強烈に脳裏に残っていた。無意識に蓮の温かみを香りに直結させて思い出しても不思議では無い。蓮の香りがすると、心が思い出す、いくつかの甘くうずく切ない記憶と感情がある。


そんな香りの記憶と思い出があったから、蓮の香水を新たに選ぼうと思ったとき、ひどく迷った。選ぶのに何日もかけた。今回決めたのは、たまたま、――そう、・・・「たまたま」・・・――、夜の香り、だった。


そして、抱しめられた胸元から、蓮の肌の温かい香りがして、「敦賀さんの香り・・・安心します・・・」、と思わず口を付いて出た。


「・・・・・いつもの香水だと安心?」
「いえ・・・・。」
「こっちだとドキドキする?」
「あの・・・・///。」
「じゃあ、君から貰った香水は君の前だけでつけてあげるから。もしどこかでこの香りがしても・・・オレを思い出すだろう?」
「・・・・・・・・///」
「ねぇ、この香水のカードには『夜の香水』、って書いてある。『夜を艶やかに。媚薬的な大人の甘さ』・・って書いてあるけど・・・。夜・・・君専用に付けてあげようか。この香りがしたら、夜のオレを思い出す、って・・・いいかもね。アトマイザーに分けておいてあげるから、君がそれを付けたら・・・夜、オレに会いたくなって、来てくれるかもしれないし。このプレゼントの意味が、夜は自分のものでいて欲しい、の意味だったら嬉しいんだけど。女性用もあるみたいだから・・・一緒に買って、夜、付け合おうか・・・?」


蓮が浮かべた、少々のいたずらっ子のような・・・強い含みをもった笑みは、キョーコが否応無しに陥落する夜の・・・帝王のようだった。


――お、お姉さんてば、なんてカード入れてくれるのよぉぉぉ!!!!(即死)。


キョーコが心の底で、ほんの少し、――そう、・・・「ほんの少しだけ」・・・――、思った小さな小さな(可愛い)独占欲を蓮に見抜かれた上、そんな彼を最上級に帝王たらしめてしまう夜の香りをプレゼントしてしまった事を、墓穴を掘ったと思う傍らで、蓮は、甘く妖艶な「夜の香り」を纏い、キョーコに恋愛レッスンを繰り広げては、照れ死寸前まで毎晩陥れるのでありました。











2008.1.28