『好きな人と、恋人になりました。
でも、初めて男の人と付き合ったんです。
いったい、何をどうしたらいいのでしょうか、と、友達に問うのも恥ずかしいです。
付き合う前より、緊張してギクシャクしてしまいます。
どうしたらいいでしょうか』
――・・・・・・・・・・・・・。
「京子さんはどう思いますか?」
「あーーーーえっと、そうですね・・・・」
その問いは、今自分がしたい!と思うキョーコも、京子として求められている答えを少しの間を取りながらさぐり、
「とりあえず、何もしなくていいんじゃないでしょうか・・・」
「どうして?」
「相手がどんな人かは分かりませんが、彼ももしかしたら彼女が緊張しているのと同じように緊張しているかもしれないと思ったんです」
「だから成り行きに任せれば、と?」
「・・・少しずつ距離を縮めていって、芯まで知り合って、でも、自分が大事にしている部分が合えばいいし、合わないなら別れればいいんですから」
「わあ京子さんらしい」
「そうですか・・・?恋愛の達人というわけでもないので普通の答えですみません・・・・」
他人事なら、さらりと言えてしまうのに。
理性的になればそう言えるけれども、自分では、一体このどうにもならない『ギクシャク』を、どうしたらいいの!と、毎回悶絶しそうになる。
相手は百戦錬磨の経験持ちなのだから、何をどうしたって勝てはしないのは分かっている。歳だって上なのだし、ジタバタするのも可愛くないように思えて、だから任せてしまう方が「楽」に思えて、何も出来ずに黙ってしまう事が多い。
それまでは、遠い存在だったのが、まるで同等なような気のする距離。
芯まで知ってもいい、知りたい、自分も知られてもいいと思う。
でも、さらけ出し方を知らない。
距離の縮め方など、知らない。
いきなり土足で彼のパーソナリティに踏み込むのもおかしいし、恋人という同じ目線の土俵に上がっても、緊張とギクシャクで、もうキスでもされたものならパニック。彼がそんな緊張する自分を思って少しのキスで離れて、苦笑いを浮かべたなら、それでもうその夜は自己嫌悪。
「・・・・・・・・・・・ですよね。京子さんは恋ってどんな感じがしますか?」
「めまぐるしくて目が回ります」
――まずい、本音を言ってしまった・・・・芸能人らしくないかもしれない・・・いいですよね、とか、潤いますよね、とか言った方が良かったんじゃないかしら・・・(汗)
思わず考え事と同調して思った通りに答えてしまった。けれどもラジオのDJも大げさに笑いながら「そうですよね」と言って頷いた。誰もがそんなものなのだろうか?
「待っている間、ラジオ、聞いてたよ。おもしろかった」
と、『彼』は、乗り込んだ車の中、第一声にそう言った。
「・・・・・ありがとうございます」
今日は聞いてくれないほうが良かったです・・・・とは言えない。
やっぱり、どこか緊張して、『ギクシャク』。
「オレとの事を、言ってたのかな。それとも一般論?」
少しどこかでちゃかしながら『彼』は笑う。
どうしてそこで笑える余裕があるのだろう、と、また『ギクシャク』。
全く余裕の無い自分に、また、自己嫌悪に陥りそうになる。
車の中では、それまで仕事をしていたラジオがそのまま流れていて、全く会話の無い車内の隙間を埋めてくれる。
束の間のドライブも終わり、
「着いたよ」
と『彼』が言って、目の前は慣れた風景。だるまやの近く。
デートはそれだけ。時々、『彼』の部屋で食事。だけ。
恋人同士、というのは、もっと、無理やり親密な距離になるのかと思っていたけれども、『彼』はそういう訳でもない。自分の緊張と『ギクシャク』を見抜いているから・・・。
「キョーコ」
そっと、彼がそう呼ぶとき、それだけで、息がとまりそうになる。
視線をそろりそろりと動かす。
お別れのキスをするのだと分かるから。
ゆっくりと香りが近づいてきて、肌の温度がして、気配は分かる。
でも、目はぎゅっとつぶったまま。
触れたのはほんの少し。
「オレの中の、奥深く、芯まで知りたいと思ったら、今度部屋まで来てね?」
にっこり、と挑戦的に笑ったのは。
――!!!
くすくすとおもしろそうに、『彼』は少しの間笑い続けた。
「うそうそ、部屋にきてって言うのは冗談だけど、でも芯まで知りたいと思ったなら、っていうのは冗談じゃないな」
「あああ・・・・あの・・・」
「急いでる訳じゃないけど。オレをもっと知りたいと思ったから、オレに恋してくれたと思っているから・・・人の芯に触れてみたいと思うのが、恋だと、思うから」
でも、少しだけそれを取りたくて。
――ちゅっ・・・
と、勢いよく蓮にくちびるを押し付けた。
少しだけ、大人な。濃厚な。芯に近づいてみたくて。
体じゅうが、まるで全部神経のような敏感さで、蓮の全てを捉えていた。
「急いでいるわけじゃないけど、芯まで早く知りたくなる」
一センチの距離で囁かれて、もっと濃厚な。深く。甘く。
キョーコも、蓮の唇をもっと深く探りたくなった。
濃密な空気。
蓮の指は自然に腰をすべって・・・
反射的に強く肌が跳ねて、蓮はそっと笑って離れた。
「少し、知りたくなってくれたかな」
体中が火照って、恥ずかしくて顔から火を吹きそうで。
お礼もそこそこに、あわてて車をおりて、走り出す。
一秒一秒が、一つのコマ割りのように。
景色が、見た事も無い場所のような感覚さえする。
やっぱりまた目がクルクル回る。
ひとつひとつ、覚えるたびに、ギクシャクギクシャク。
でももう少しの間だけ、ギクシャクしていても、いいかもしれないと、キョーコはようやく取り戻した自我の中で振り返って、そしてまた顔が真っ赤に染まった。
2012.4.14