はじまりの感触






『坊君のお悩み相談コーナー』




今日のゲストは、キョーコも好きな新鋭女性俳優。そんな彼女の悩みとは一体どんなものなのか、それを聞くのを楽しみにしていた。


坊として答えることは、通説などではない。番組を面白く、そして、ゲストを良い気持ちにさせるための言葉であり、坊というキャラクターは、中々おおらかなキャラクター性で通しているのだから、細かいことなど気にしないおおまかな相談コーナーだった。


そもそも相談するほうも番組の進行上付き合う程度。互いにちょっとした秘密を視聴者と共有し、楽しい会話をするための一コーナーである。


「実は、ある有名な監督の映画で、主役を貰える事になったんです。すごく、すごく楽しみにしています!台詞も覚えたし、でも、怖くてなかなか最近眠れないんです・・・」


と、彼女は女優らしい悩みを口にした。俳優の端くれとして、確かに彼女の言うそれは、かつての記憶に照らしても共感できるような気がした。


彼女がそう言ったとき、坊であるキョーコは、プレートにサラサラ、と言葉を書いた。

『それははじまりの感触さ』

「はじまりの感触?」


親指を立ててOKマークを出しながら、自信たっぷりに高々とプレートを差し出す坊に、女優も優しく微笑み、笑いかける。


『僕たちが生まれるとき、ヒナも大きく震えて、泣いて怖がるだろ?同じだよ!新しく生まれはじまる瞬間は、必ず震えるための部屋が用意されているのさ!そのうち、その部屋から出て行きたくなる。そうなったらもう、明るい未来が待ってるって!本当だよ!』

「そうかな?じゃあ、もうすぐ部屋から出て、眠れるようになるかしら。・・・あら、坊君も、ヒナだったことがあるのね」

『当然!』

「いっぱい泣いたの?」

『生まれたてだったからね!』

「今度写真見せてね?」

『君だけにね』

「本当に?」

『男に二言はない!大丈夫、僕の育ての親のADさんが用意してくれるから』



たった数分のために用意されたコーナーだったから、そこで収録は打ち切られた。女優はそのプレートを持って帰っていった。



坊なら前向きにそう考えて書くだろうと、女優にプレゼントした。
しかし他人に伝えながら、今、自分に最も必要な言葉な気がする。


自分もその女優同様初めて貰えた海外映画の話がある。脇役とはいえ、周囲の期待に応えたいと思いながら、不安に押しつぶされそうな自分にかけた言葉だった。もうすぐ、この震える部屋から出られると言い聞かせた。


自分の未来に対して様々な、ただ、何かの不安が心を覆う。


『それは、はじまりの感触さ』


もう一度、自分で自分につぶやいた。




*****




「蓮」


キョーコが呼びかけると、蓮は視線をキョーコに流した。


「何?」
「蓮も、不安になること、ある?」
「毎日」
「どんなこと?」
「一番は、君がいなくなること」


にっこり、と綺麗に微笑を作った蓮に、キョーコは、もう、と、はぐらかされた事に頬を膨らませた。


「何か、不安があるの?」
「うーん・・・あるような、ないような」
「なに、それ。あるんだろ?聞こうか?」
「大丈夫、はじまりの感触の中にいるだけなの」
「本当に大丈夫なの・・・?」


言葉の意味を掴めない蓮は首をかしげながら、何かの不安を抱えているのだろうキョーコを安心させたくて、キョーコの腰に腕を回し、背中を自分の胸の中に抱き寄せた。


「はじまりの感触ってどんなの?」


キョーコの耳に直接囁く。


「小さく震えていて、でも、とってもドキドキして、愛しい感触・・・。ヒナのような」
「なんだかあたたかい感触がしそうだ」


蓮はやわらかに笑い、キョーコの首筋に顔を埋めた。サラサラと蓮の髪がキョーコの肩先にこぼれていく。


「そうね、本当はあたたかい、大事な感触なのかも」
「見た目とは違ってとっても震えていて、繊細で、でも、中身は本当はとってもあたたかい・・・、まるで君みたいじゃないか」
「・・・・・」


何でも甘台詞にできる蓮の、ある意味でのポジティブさに救われていると思う。


蓮はキョーコの手を握り、強く抱きしめて言った。


「君はいつでも、はじまりの感触がするね。やわらかい」
「ふふ・・・うまくいくように祈っていて・・・」



蓮がそばにいると、何かとても大きなことができそうな、心強さを感じる。キョーコは蓮の頬に自分のそれをすり寄せて、はじまりの感触を伝えた。








2009.9.12

ペーパー5.5より