バラの融点21

「そのずっと好きだった彼とは、身体の関係はあったの?」

と工藤が聞くと、キョーコはびっくりして目を丸めて、

「ないです!!そんなの!!」


と強く否定した。


「そうなんだ。今、好きかどうか分からない彼とはどんな関係なの?」

「どんな・・・?抱きしめられたり・・・あと、キスは、しました」


キョーコは、何か恋愛のカウンセリングか病院の問診でも受けているような気分で、しかし意外と素直に工藤との会話を続けている。
工藤自身はただ知りたいとか、興味本位でキョーコに話を仕掛けているわけではないのは、何となくではあってもキョーコも感じ取っていた。


「それ以上は?なし?」
「ないです、あの・・・」
「別に恥ずかしがることじゃないよ。人間誰もがそれが無ければ生まれてこないんだから、それを取り立てて違う次元に持っていく話じゃない」
「・・・・・・・・・」
「・・・・長いこと好きで一緒に住んでいた彼と何もそういった関係が無くても恋愛は成立していた。今の彼とは、少し進展があるみたいだけど。何か違う?それとも、過去と同じような気持ち?」
「・・・・・・・・・・・」

比べてみた事が無いし、別人だし、と、キョーコは無言で視線を逸らすだけだった。

「彼には、付き合って欲しいと言われた?」
「いいえ。ただ、愛しているとは言われましたが・・・それが本当の言葉かそうでないかは分かりません」
「それは複雑だね、女の子としてはね」

工藤は薄く笑う。
工藤はその言葉から何を汲み取るのだろう。
キョーコも工藤仁に質問したい気持ちがした。

「男をずるいと思う?」
「・・・少しは・・・。何も知らない私など、単に遊ばれているだけで、しかも人生そんな甘い話なんてあるはずが無いと・・・思うようにしています」
「まるで恋愛小説のようで?」
「ええ」
「面白いよね。君は出来ればその甘さを受け入れたいと思ってるのに、その甘さに飛び込むだけの勇気が無いのも確かで、その彼を信じる事もできない。かといって彼を遠ざけたり嫌ってしまう事はできない程度には、君の中でも彼をそれなりに思ってる。で、君にとって恋というのは、そういった精神的な方に重きを置いている?」
「よく、わかりません。恋なんて、もう二度としないと決めて・・・」
「君が言う、二度と恋をしたくない、というのは、オレには、もう二度とバカを見たくない、という言葉に聞こえる」
「できればその感情に振り回されるのは二度としたくないです」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・一度、その感情から、遠く離れたかったんです。元々、何をするにも昔好きだった彼を中心に考えていたものですから・・・自分というのは一体どんなものなのか、ゆっくりと考えてみたかったんです。恋なんて、とは思いますけど、他人が恋をする姿を見て、馬鹿馬鹿しいと思うわけではなくて」
「オッケー。今日はこれまでにしよう。少し、まとめて書きとめておきたい。また続きは今度にしよう。あとね、もしいつか久遠先生に会う事があったら、オレが君の話を書く事をしていると伝えてくれないかな。もし、既に書いているならオレがやめる。書いていないなら、先に書かせて貰うと・・・」
「わかりました、聞いてみます」

キョーコがそう言うと、一つ包みを差し出した工藤は、

「いつも寄ってもらってありがとう、という事と、オレも信頼してくれてありがとう」
「いえ、とんでもない。受け取れません、私にとってもお仕事ですから」
「気持ちだけだし、貰ってくれないとこの手の収拾がつかないから、貰ってくれない?」
「・・・わかりました、ありがとうございます」
「どういたしまして」


渋々ながら受け取り、袋の中を覗くと、小さな花束。


「綺麗な花ですね、ありがとうございます」
「花なんて、一体何年ぶりに買ったかな」
「今は、誰かに、送られないんですか?」
「お、君でも気になる?残念。いたら今、オレは大変な事になってる。いつも君が寄ってくれる説明をするのがね」
「そうですよね、いつも遅くまで、お邪魔してしまって」
「オレが引き止めているだけだから、また、来てね。映画、終わったら、本格的に取材をさせて貰えるように正式に事務所にお願いしてみるよ。そして、今の構想の話もしてみる。あくまでフィクション話にするから。君だとはわからない話にするし、安心して話をして欲しい。出来上がったら君に見て貰ってから終わりにすると、約束するよ」
「ありがとうございます・・・。でも、本当に何かお役に立てるかはわかりませんし、私の話などで先生の名前が傷つかないかどうかだけが一番心配なんですけど・・・」
「名前なんて気にして仕事してない。いつでも、次なんて書けないと思いながら、今回で終わってしまうかもしれないと思いながら書いてる。面白いと思っているからこうして話を聞いてる・・・・君にとっては少しもエンターテイメントなんかではない辛い話だけど・・・。だから、こちらこそ、ありがとう」

キョーコは頭を下げて、扉を閉めた。

歩きながら、もらった花束を見て、もしこの花束を蓮が見たらまた蓮が拗ねるとか怒ってしまうかもしれないと思いながら、駅に着くまで連絡しなかった。時計を見れば夜も十時半を過ぎ、いつもよりもっと遅くなってしまっている。


「あの、敦賀さん、今日は、」

と言った所で、蓮がキョーコに先に言った。

「来ないんだね?」
「・・・・・・あの」
「オレよりも世話をしたい人・・・いや、遠まわしすぎるかな。工藤先生が好きになった?」
「え?違います」

確かに時間さえあれば、蓮の家に行くよりも先に工藤仁のもとに向かってはいるが、仕事で行っているだけで、蓮に会うように個人的に通っている訳ではない。何か勘違いしている蓮に、キョーコは少し驚きながらそれを否定した。

「そう?毎日、時間がのびて・・・・いや。やめよう。分かったから、気をつけて帰って」

蓮は言いたい事を途中でやめてしまったが、何故そんなに感情的に責められているのか、キョーコには全く分からなかった。

「あの・・・敦賀さん、どうして、怒っていらっしゃるんですか?」
「・・・・・・・・・・」

蓮はそれには答えずに、ただ、電話口の向こう側から、少し息を吐き出した音だけが聞こえて来た。このままでは、自分の部屋に帰っても何か心に残りそうで、

「あの、今から行きますので、できれば、部屋、入れてください」

と、仕方なく蓮の機嫌に押し切られる形でやはり蓮の部屋に行く事を決めた。
しかし蓮は、

「今日はあまり歓迎できないかもしれないね」
「あの・・・」

行かないと伝えようとすれば怒り、行こうとすれば歓迎されないとあって、キョーコもどうしてよいやら困ってしまう。

「来たら、オレ、君に何するか分からないよ?」

少し面白そうに蓮は言った。
その言葉に少しだけ呼吸を置いたキョーコは、

「敦賀さんご自身のお気持ちなら」

とだけ答えた。

「どっちにしたいか、来るまでの間に君が決めて」
「ええっ」
「じゃ、待ってるから」


ぷつり、と電話が切れて、「やっぱり行きたくないです敦賀さん・・・・」とキョーコは困り果てて呟いた。










2010.03.22