九
「キョーコ、お願いがあるんだけど!」
と、セイは、撮影が終わり、皆が帰り支度をしている時にキョーコに声をかけた。
その後ろには蓮が居て、壁に寄りかかって台本を静かに読んでいた。恐らくセイが話しかけているのも聞いているに違いないとセイは思った。
「?」
「明後日の後夜祭、一緒にいて欲しい」
「え~~~!!!ムリムリムリ、ダメですそれはっ」
「だってオレ、誰もいないし、キョーコがいい」
「ていうか、セイが来られるのかどうかを聞いて欲しいってみんなに言われてて・・・。それで後夜祭なんて、本当に、ごめんなさいっ・・・」
「他のヤツなんて関係ないのに・・・考えておいて、ね?」
セイは、久しぶりに屈託の無い笑顔と上目遣いで可愛らしく懇願して、キョーコが断ったのを聞かないフリをした。
「こ、困るってば・・・」
「なんで」
「私は学校で生きていけなくなります・・・もはやこれまで・・・せっかくの高校三年生・・・最後の半年・・・」
「ぶはっ・・・何それ」
「画鋲で机に花束で赤紙で生ゴミ・・・」
「じゃあ、オレがそれをどうにかする。あと半年だろ?」
「え?」
一瞬の、いつものセイとは違う何かが、セイの目の奥に揺らめいた気がして、キョーコは何かの戸惑いを覚えた。
「オレはキョーコがいい。だから。考えておいて。誰か、居るの?もしかして・・・」
「いないけど・・・」
居ないけど、もし、本当に蓮が遊びに来てくれたなら・・・踊れなくても、どこか隅で蓮と一緒にいる事はできないだろうか・・・とキョーコの心の奥は素直にそう告げている。
でも、蓮もすぐに帰ってしまうかもしれないし、子供っぽいそんな事に、蓮は付き合うような気もしないかもしれない。そう思って、今日まで聞けないでいた。
「じゃ、決まりね?」
セイは強引にそう言った。
蓮が台本を閉じて、どこかへ向かう。
その様子をセイは、目の端で見つめた。
キョーコも、目の端が、見つめた。
社が、心の奥底で、「これ以上蓮を刺激しないで欲しい」と、流石の社もイライラを募らせていた。
社は完全に蓮の味方だし、キョーコといつかは幸せになってくれるはずだろうと踏んではいるけれども、そのタイミングを社が言う訳にはいかないし、大人がする恋愛を引っ掻き回すわけに行かない。見守る事に徹していても、今回ばかりは多少の苛立ちが募る。
社でさえこんなに苛立つのだから、蓮は腹の底からイライラしているだろう。
社は出て行った蓮を脇目に見て、すぐに追った。
蓮は、自分の控え室で、水を片手に、窓際で空を見ていた。
「蓮」
と社はドアを閉めると、声をかけた。
声は多少なりとも廊下に漏れるだろうから、社は蓮に近寄る。
視線だけ蓮は社に向ける。
社は小さな声で蓮に言った。
「・・・・あれは愛の告白と同じなんだ、あの高校にとっては、ね」
「・・・・・・・」
「後夜祭に一緒にいて欲しい、イコール、好きだ、付き合って欲しい。・・・有名らしいよ」
「・・・・彼女が彼を選ぶなら、それは彼女の意思です」
「蓮は?」
「彼女に後夜祭までは誘われてはいません」
さすがに社もイラッとする。
キョーコは、はっきりと断ったではないか、セイと一緒にいるのは無理だと。
もしキョーコが何らかの気持ちをセイに持っていたとしたら、絶対に、少しは嫌と言いながら受け入れるに違いない。
それに、もしただの友達として後夜祭に出るというのなら、即答で軽く、「いいよ」と言っただろう。
そのどちらも無く、キョーコは心底困っていたのだから・・・。恐らく、「後夜祭で一緒にいたい」の意味を知っているのだろう。
――もしかして、蓮に言いたくて言えないのでは・・・
キョーコは唯一蓮だけ、蓮だけを、男の中で誘った。しかもあんなに社に恐縮して、伺いを立てながら・・・。
どれだけ蓮に来て欲しかったのか、それを想像するだけで、キョーコちゃんは蓮が本当に好きに違いない、と、さえ、何だか思えて来る。そして、たぶんそうなのだと、その時は妙に確信して思えた。
「・・・・キョーコちゃんはお前を待ってる」
「・・・・・・・・・・」
蓮は何も言わず、ただ、空を見続けていた。
2014.12月作成
2019.1.27掲載