VOCALISE 4



 
 
 昼休みにクラスメートでもある、モデルをしている女の子達と食事をしていると、彼女達は文化祭の話でもりあがっていた。

「京子さんは、文化祭は何をやるの?」

「あ、ごめんなさい。この間の文化祭の説明の日、仕事で欠席だったから。細かい事何も知らないの。何かやるの?」

「一人一芸でお客様を接待。私達のクラスは、今の仕事とか得意な事を披露するって事になっているんだけど。私達は、お客さんたちにモデルのポージングとか、歩き方とかを教えて、プロの写真家を目指している子たちに一緒に撮って貰う予定。一人五百円位で。ダンス教える子とかもいるよね」

「そうですか、場所は?どこでもいいんですか?」

「登録制で、許可が下りれば、やりたい場所でどこでも出来るみたい。私達はこのクラスでやるけど」

「・・・・うーん・・・私今の仕事は、人形で・・・」

「人形?何それ」

「リアルな西洋人形の役なんです。一切動かないんだけど・・・あ、それもいいかも」

 玄関先で、ウェルカムボードでも置き、お迎え用の人形になるのはどうだろう。

「きつくない?一日一切動けないんでしょ?」

「仕事でもそうですからっ・・・。訓練か練習だと思えば、ちょうどやりたかったですし。気持ち分かるには丁度いいと思うんです。ご飯とお手洗いの休憩は貰うようにすれば」

 彼女達はモデルだから、キョーコのアイディアはすごいとは思っても、共には出来そうにない。

「途中で見に行くね。お水口に含ませに行ってあげる」

 と一人の子が言い、キョーコが、ありがとうございます、と言って喜んだ。

「でもさ、ミチは、後夜祭、一緒にいられるか決まったの?」

 と一人が口を開くと、一気に恋愛談義になり、キョーコはただただ彼女達の話を、閉口したまま聞いていた。

 彼女達は『当然』、誰か一緒にいる相手がいるようだ。

 後夜祭で、夜、ワルツを踊る相手がいる事、の事を言っているらしい。もちろん相手がいなければ、仲の良い女子同士で踊る子もあれば、男子同士で踊る子もいるし、カップルで踊るために、その日までに「決めて」しまいたい子たちや、文化祭の出会いの中で出来る恋人達も沢山いるようだった。

「京子さんは、まさかだけど、セイ君とか?」
「え?」

 ナゼ?と思う。

「だって、キョーコって呼び捨てされているし、セイって呼び捨てているでしょ?最近セイ君が来たらいつも話しているの、みんな知っていて、言ってる。だって、セイ君、京子さんを探してまで話しているって言っていたから」

 セイ君ファンは、この学校に大変多いのだろう。彼の一挙手一投足まで彼女達に見られているのだろう。

「イエイエ。お仕事の話であって、そんな。皆さんが思われるような関係では一切ありませんよ?なぜなら、私とセイクンは、所属が同じ事務所なのです。彼が、『セイ』って呼ばないとイヤだと仰るので・・・センパイなんですけど・・・」

「へ~そうなんだ~・・・京子さんて、所属、実は超大手だったんだね」

「だって未緒だもんね」

「そうだよねえ。すごいね。入ったの、オーディション?」

「ええ、そうです、オーディションです」

「そうなんだ、すごいね~」

 ・・・・所属部署はあまり皆さんに喜ばれる所じゃないと思いますが、とは、あえて内情を知らない彼女達に説明するのもと思って口にしなかった。

「でもさ、セイ君文化祭自体来るかなあ。セイ君のクラスは、確かクレープ屋じゃなかった?セイ君のクレープとか、絶対買えないんじゃない?せっかく同じ高校なんだし、卒業したら、私達だって業界近いは近いけど、もう絶対会えないよねえ。最後の思い出に確かにさ、ちょっと踊ってみたいとか、クレープとか食べてみたいけど、多分ファンの子が並んで数時間待ちとかになりそうだし、並んでいる間に多分パニックになって、ちょっとだけ手伝ったら帰りそうだし」

「それに仮にセイ君に誘われて踊ったりしたら、多分、この学校で生きていけないんじゃない?熱狂的なファンの子が一緒になりたくて高校受験するんだもん。まずは荷物がなくなるよね。それから上履きがなくなるよね」

「ていうか、机も椅子もなくなるんじゃない」

「存在自体抹消されるね」

 どこかで聞いたような話だ。
 
――あ~・・・すごい分かる~・・・・・
 
 と、キョーコは遠い目をした。懐かしく思う。

 荷物が無くなり、体操着は切られ、花が置かれ、靴箱は画鋲でいっぱいで、上履きは生ゴミのゴミ箱から出てくる。校内に張り出されたプリントや課題は、破られるか赤い字でX印が付けられ、赤紙が貼られる。きっと芸能人となってしまった今は、どこかインターネット上にでも、とんでもない悪口やありもしない風評を書かれるに違いない。
 
「京子さんも気をつけてね。ファンの子にだいぶ気にされているみたいだから」

「ええっ何で!お仕事なんですけど」

「事情なんて彼女達に関係ないのよ。『ワタシノセイ君に何するの』、なんだもん。悪いのは全てセイ君に関わる女子であって、セイ君はキレイでなければならない感じ?っていうの?誰かのものになっちゃいけない感じ?」

「ハイ、スゴイ、ワカリマス・・・デモ、オシゴト今一緒ダカラナンデス」

 キョーコはしょんぼりする。

プロならば、ある程度そういうファン心だとか逆恨みだとか不要なものは避けられているけれど、高校は、芸能のプロである人と、一般人とが共に通っているのだから、そういった部分も仕方が無い。

「大丈夫だと思うけど。事務所が一緒なんだって遠くから触れ込んでおくよ。そう言えば、多分大丈夫だから」

 業界でもトップモデルの彼女達。彼女達にも、ものすごくファンがたくさんいるし、学校での存在感も強い。

 彼女達がそう言ってくれるのは有り難かった。

「ありがとうございます!」

「なんでそんな改まるの。友達でしょ。私達は、卒業しても、会いたいと思うから一緒に食事しているんだもん。別に京子さんが有名だからとか大手事務所だからとかそういう理由じゃないよ。京子さんの仕事が好きで、せっかく同級生ならと思って声をかけたの」

 その言葉を聞いて、キョーコは涙が出そうになる。

「同じ業界だからこそ、気持ち分かる部分も色々あるし」

 と、ミチは笑った。

「ミチはそっち、いつも苦労してるもんね」

「あはは」

 彼女はけらけら、と明るく笑う。でも多分、キョーコにも深く分かり合える部分で、彼女は痛みを知りながら、何かの恋愛を続けているのに違いない。

「いつか教えてください」

 キョーコは珍しく素直にミチに言った。それについていつか聞けたらいいなと思った。

「もちろん。ここじゃ言えないけど。今度みんなで予定が合えば遊ぼ?その時ね」

 キョーコはとても嬉しそうに頷き、うん、と答えた。
 
 
 
――・・・・セイってやっぱり・・・女の子の心をとても素直に開いてしまう、すごいアイドルなんだ・・・
 
名前の通り、皆の綺羅星のようなのだと思う。
 
キョーコは、文化祭、人形のメイクはミューズ様にお願いできるかな、お願いしたら、自分では支払えないようなすごいお値段するかな、とか、お洋服は手縫いしたいから、布屋さん行きたいな、と考えて、布屋に寄って様々な素材を頭に入れてから帰った。
 
部屋に蓮を模した人形が置いてある。
 
当初は、腹が立つから、その腹立たしさのはけ口に作ったはずだった。
 
もしこれを等身大に作ったら。
 
自分も、ひどく愛してしまうだろうか。
一生言葉にする事が出来ない感情を、一切吐露して、抱きしめてしまうかもしれない。
確かに、愛して愛して、魂でも入りそうとも思う。
 
ショータローの等身大なら、サンドバッグにしてもいいかも、と思って、キョーコは笑った。



2014.12月作成
2019.1.20掲載