Raining Day 6







その日の朝、会長は社に手渡された、厳重な封をした、「キョーコ」の身上調査報告書を開けて一枚目を見てすぐに、会長は珍しく大笑いをした。


「あはははははは。」

「・・・会長?」

「いや、すまない・・・あははははっ・・・・。」

「・・・?社長の・・・「不思議な夢」は・・・そんなにも面白おかしい夢なのでしょうか。」

「あぁ、面白いね。本当に。実に面白いよ。」


会長は封筒を元の状態に「すぐに戻して」、机の中にしまった。


「まぁアイツが不思議な夢のお告げを見てくれたおかげで・・・自分の子供が大人になる瞬間が見られて良かったよ。」



とだけ、社に漏らした。


そしてついでに会長が「今日は定例のケーキ同好会だから、もうすぐ我が家にたくさんケーキが届くんだ♪」と心から待っていたような様子で嬉しそうに告げたのを聞いて、この会社はしばらく安泰かな・・・と社は思った。




*****




蓮が「あの制服は」と言ったから、社が事も無げに「日本一のお嬢で才女な女子高でしょう」と言った。

「・・・・詳しいですね。」
「有名ですよ。あの学校ご出身の業界人は沢山いらっしゃいますから。データを叩き込んでいる内に覚えただけです。」
「・・・・・・・・。」
「まさか不思議な夢の方は女子高生ですか。」
「・・・・・・・・・・・・・。」
「今日、会長に頼まれた身上書を調べてお渡ししてあります。」
「・・・調べると、言っていたからね。」
「くれぐれも、スキャンダルだけはやめて下さい。スケジュール管理が面倒です。」
「・・・・結婚を断ると、父に告げた。」
「そうですか。その方が私も良いと思いますよ。最近の社長の雰囲気はいつに無く良かったと思いますが。」
「・・・・・・・・・・・・。」


蓮はその制服の姿を追って、視線を車道に戻す。
目の前をその女子高生達が横断歩道を渡っていく。
その姿を見ながら、一つ不思議な事を思う。

「外は、寒いですよね。」
「そうですね。冬ですから。」

社が何を聞くのだろう、という雰囲気で返事をした。

「社内と車と家の往復だから・・・あまり気にしたことが無かったのですが・・・。」


あの子はいつもコートを着ていない。
あの寒い中、コートも着ずにいつも来る。
誰かが、車でここまで送っているのだろうか・・・・。
日本一お嬢で才女の学校に通うなど、一体どこの家の娘なのか・・・まさか本当に敵対企業の娘だったりしないだろうかと一瞬の不安はよぎる。

預かった一万円を戻す為に見えた鞄の中には、赤い文字で書かれた100点の文字と、くしゃくしゃに丸められた跡のある、95点と書かれた、テストの紙が見えた。
名前は、最上キョーコ、と書いてあるのが見えた。


日本一才女の学校で100点を取り、95点でくしゃくしゃになるテスト用紙。


「・・・くすくす・・・負けず嫌いも日本一だな・・・。」


と独り言が出たのを聞いて、社はまた、「スケジュール管理はこの先しばらく安泰かな・・・」と思った。




*****




そのまま、蓮は会長宅へ向かう。
玄関をあけるなり、いつもながら部屋中に蔓延する異常なる甘いにおいの応酬に、既に帰りたい気分になる。

「やあ、おかえり。」

会長が手を上げる。

「敦賀サン!」


その前に、見覚えのあるような少女がいて、蓮は我が目を疑う。綺麗に着飾っている。化粧もややしているようだ。・・・が、どう見ても、キョーコに見える。


「何、を、やっている・・・・んです?」
「ん?彼女はね、最上キョーコさん、だよ。可愛い子だろう?」

会長はにやり、と笑う。

「今日、報告書を見た。」
「・・・・・・・・。」
「今日せっかくこっそりと顔合わせしようと思っていたのに・・・・お前の婚約者に・・・。だからこんなに沢山ケーキを用意したのに。」
「・・・・・・・は?」
「もう、敦賀サン、本当に気付かないんだもん。そんなに私の写真は、別人でしたか?」
「写真はちらっと見たけど・・・どうでも良かったから・・・名前も、何もまだ見てないんだ・・・父さんが話してくれる話だけで・・・・。君の言うオレをよく知っている人は父か・・・。」

蓮の思考は半分パニックに陥っている。
キョーコは心底可笑しそうにきゃらきゃら笑う。

「近づいても分からないみたいだったから、悔しくて思わずキスしてみちゃった。」
「・・・・キョーコ。あまり大人をからかうもんじゃないよ。」
「だって先生?会いに行ってみたら、ヒドイ扱いな上にまるで知らない人を見るようで・・・しかもヒドイの!結婚なんてね、」
「・・・キョーコ、ストップ。どこまで父に報告したんだ。」
「えぇっ・・・でも私、先生とはウソつかない約束しているし・・・。何も報告していないわ。先程久しぶりにお会いしたんですもの。」
「・・・・父さん。」
「何。」
「才女でお嬢様に加えて『キャリアウーマン』というのは何です。」
「ん?この子の持っているいくつかの会社は私の会社の子会社なんだ。」
「高校生で・・・会社、ですか。」
「詳しくはこの子の母親、かな。この子はオレの弟子。今一生懸命オレの経営理論を教えこんでいるんだが中々に覚えがいい。いやあ、キャリアウーマンだよ?働き者だし、料理も上手い。お前の相手にはいいかと思ったんだがねぇ・・・・結婚解約すると言っていたから・・・。」

「ね?婚約は解約して、私と恋愛しましょう♪会社は関係なく!」

「はは・・・・・・・・。」

蓮の顔には、怒りとも苦笑いとも取れる表情が浮かぶ。

「すみませんが、少し彼女をかります。失礼します」と言って、蓮はキョーコの手を引くと、「痛い~」と言ったキョーコの事などお構い無しに自分の部屋にひっぱり、扉を閉めた。

「んもう、監禁罪ばっかり!」

「・・・・・・・・怒ってるんだ。」

「うん、分かってる。顔が怖いもん。」

「・・・あのさ・・・本気で君の事を考えたオレの気持ちはどうしてくれる。」

「だって、きっとあのまま会わずにいたら、貴方は私なんて見てくれなかったもの。寂しいじゃない!貴方は私に会いもせずに「受け入れる」って言うし。先生の息子さんじゃなかったら、私からお断りだったのよ!!・・・・だけど・・・・とても好きに、なったから・・・。・・・恋愛結婚したかったの。」

「オレが君に試されていたんだ?」

「当然。結婚なんてする気なんて無かったもの。だけど・・・半分冗談だったその話を母が手放しで喜んだから・・・。結婚相手ぐらい自分で決めてやるって思って・・・虚しくて悔しくて・・・気付いたらあの日あの場に立ってた。」

「ふむ・・・。で、オレは君の試験に100点は貰えたの?」

「もう!どうしてそういう事を!!」

「だからさ、確認をしたいんだってば。男はね。」

蓮はキョーコの頬を撫でると、キョーコは目をまん丸に見開く。
そのまま、両頬をひっぱった。

「い~~~いだい~~~~。」
「騙したお返し。あー、へんな顔。」
「・・・・べーだ。」

頬を引き伸ばされて、へんな顔のままキョーコは舌を出す。
尚更間抜けだな、と思って蓮は吹きだした。

「わらいすぎ~~~~!!」

「はいはい。お嬢さん。オレと結婚しませんか?」

「・・・・・・・本当に、雰囲気も何にも読まないのね!!!どうしてそういう大事な事を今言うの!!!」

「じゃあいつがいいの。ベッドの中で耳元ででも囁いて言って欲しい?でもすぐに返事が貰えそうだからそれはそれでいいかもね。」

「・・・・・・・・・!」


軽く笑った蓮は、摘まれて少しだけ紅くなったキョーコの頬に口付けると、

「早く、高校卒業してね。」

と言った。キョーコは不思議そうな顔をする。

「何故?」
「オレの傍に永久就職しにおいでよ。」
「・・・残念でした。私、大学に入ったら少なくとも一年は海外に留学が決まっているのだもの。」
「なんだって?」
「うらむなら先生と母さんを恨んで。決めたのは二人だから。貴方との事が決まる前に先に決まってたの。先生がその方がいいって言って下さったし。」
「・・・・それはとても強力なライバルだ・・・・。」
「・・・待っていられる?」
「うーん、どうかな・・・?くすくす・・・ウソだよ。」
「思いあってない恋人さんリストも先生に調査して貰うもん。」
「いないよ、そんなの。君が勝手に思い込んだだけだろう。」
「本当に?」
「じゃあ手間隙かけて調べてごらん。」
「分かった。信じる。信じるから、私の事も、待っててね?」
「うん・・・じゃあ、永久就職が先でもいいだろ。新しい姓で大学に入るといい。そうだ、そうしよう。リスクヘッジはしておくべきだ。」

「んもう。決断、本当に早いのね。後悔しても知らないから。」

「その時は責任とって君の夫を辞めるよ。それにまあ・・・ワガママお嬢の君の相手が並の男に務まるとも思えないけど・・・。」

「ワガママじゃないもん!それにその自信、どこから来るの!だから私はもっと安心できる男がよかったのに。」

「くすくす・・・面白いよねぇ。思ったとおりの反応が返ってくる。違うよ、君を本気にさせて飼いならせる男は少ないんじゃないかなと言っただけだ。それにオレほど安心できる男はいないと思うけど。真面目だよ?」

蓮がキョーコの髪をくしゃくしゃ、とすると、キョーコは言った。

「・・・私・・・敦賀サンにそうされた時に不思議な気分だったの。先生がするみたいって。でも、ちょっと感じが違って・・・・。」

「好きになった?」

「・・・多分・・・・。ね、ねえ、ケーキ、食べに行きましょう!先生、一人じゃつまらなくて、寂しがってる。せっかくあんなに沢山目の前にあるのにって!食事は一人でしても美味しくないもの。」

キョーコが照れて扉を開けようと蓮から離れようとして、蓮がその腕を引いて戻す。

「・・・そうだね。だけど・・・」

蓮はキョーコのあごを人差し指でひょい、と上げるとすぐに、それを軽く吸った。驚いたキョーコに、

「情緒の欠片もない君のキス、割と好きだったんだ。」
「大人みたいだった?」

キラリ、と目を輝かせたキョーコに、蓮は苦笑いを浮かべる。

「くすくす・・・クセになるみたいだよ・・・。君のがいい。」

「朝も、出かけるときも、眠る時も、日にちが変わる時にも、毎日、いつでもあげる。敦賀サン専用にするから、貴方が欲しい。」
「ワガママお嬢さんのワガママ聞いてあげるから、じゃあ、今、今この瞬間に欲しいな。」
「・・・目を瞑って。」
「ヤダ。見たい。」
「ダメ!!!」
「分かったよ・・・。」


蓮がそっと目を閉じるとすぐに、首に腕が回される感覚と、引き寄せる感覚と、そっと、柔らかく唇が重ねられる感覚がした。

「すき」

と、唇が言った。
蓮も唇を重ねたまま、何かを伝えようと、唇が開く。
吐息が重なる。

「もし君に次に会ったら・・・ずっと傍にいてって・・・言おうと思っていたんだ・・・。」

キョーコが蓮の唇に口付ける。
強引な唇は、蓮の心も強烈に引き寄せた。

「君はそうして、いつもは似非お嬢をやっているんだ・・・?」
「あなたもいつもは、似非紳士をやっているんでしょう・・・?同じよ。」
「くすくす・・・・でもその格好、やっぱり似合うよ。」
「・・・・ふ、ウソでも嬉しい。ありがと。」


ちゅっと、音をを立てて、キョーコは蓮に強引に口付けた。






*****


Day7  Weekend 




空から降って来た恋は、蓮とキョーコの身体の中に深く吸い込まれる。
そして、もう既にそれは芽吹き始め、二人の間に降り注いでいる。


「ね、身体に纏っている条件を全部忘れて恋愛しよう?」
「うん。もう一生ただの、キョーコと蓮でいいよね・・・。」
「大人になったかな?」
「分からないよ。」
「大人って何だろうね?」
「分からないね。」


どちらがどの言葉を発したのかは、二人の間に柔らかく降り続く雨音がかき消してしまったから、分からなかった。







(FIN)



2007.11.10