オーディションから帰り、部屋で寛いでいた。
買った『いつくしむ』を読んでいると、蓮から電話があった。
「今日オーディションだったんだって?社長から聞いた」
「ええ、『いつくしむ』っていう。敦賀さんはもう決まられているのですよね?」
「ああ、オレは少し前に打診を受けて、オーディション、受けた」
「そうだったんですね」
「どう?自信は?」
「結果はどうか分かりませんが、監督さんは私が和装できる事を高く評価してくださいました。あと、今原作を読んでいるのですけど、可愛い人なので、出来ればやってみたいです。敦賀さんはこの中の何の役をやられるのですか?」
「ああ、一応顔合わせまでは内密にね?最上さんだから言うけど。英嗣の役。分かる?英嗣」
「え!」
「意外?」
「いえ、お似合いかとは思いますが・・・」
「合わないかな」
「何となく、敦賀さんがやるならもっと主役とか、背の高い、奔放な絵描きの方のとか、と思っていたので」
英嗣は、キョーコがもし選んでもらえたなら、とても深く関わる間柄のようだ。
しかし、英嗣は原作によればただの一人の店員であって、蓮がただただ立っているために呼ばれるというのも不思議な気がした。
それを思わず蓮に言うと、
「オレはお飾り。カットも纏め取りできるしね」
「敦賀さんがお飾り!他に一体どんな俳優さんがいらっしゃるドラマになるんでしょうね!楽しみですね!」
「受かるといいね、あれ、最上さんが受けたのって誰だったっけ?」
「あ、佐保姫・・・佐保ちゃんです」
「そうなんだ?もし一緒になったら、面白いね。オレはいつも君の後姿ばかりを、静かに見つめているんだっけ?そんなカメラチェックを受けたんだけど。あと、監督が全員何かしらの技術は持っている事が前提のドラマって言うから・・・英嗣の仕事のラテアートと、油絵とかクロッキーとかは今練習中。だからオレはお飾りでいいんだ」
蓮が可笑しそうに笑う。
「そうなんですか?まだ原作も読み途中で英嗣の事よく分かっていなくて」
「だよね。でも、よく読んで行けって言わなかったね、事務所も」
「ですよね?しかも、今日の今日でオーディションって」
「多分、佐保だけが決まらなくて、オーディション、もう何度かあったんじゃないかな?オレの時は、英嗣の役だけではなくて、他の配役の人たちとも会ったから」
「ですよね、どうして敦賀さんや他の配役の方が先に決まられているんだろうっていうのは思いました。さすが敦賀さん、もう先に決まっていらっしゃる、とは思いましたけどっ」
キョーコがそう言うと、蓮も、
「決まるといいね、佐保姫に」
「はい♪ニックネームとはいえ姫ですから」
「だね」
蓮とキョーコが同時に笑った所で、蓮が、「じゃあ」と言った。
キョーコも「おやすみなさい、お電話わざわざありがとうございました」と言うと、蓮は、「結果が出たら、教えてね、じゃあおやすみ」と言って、程なくして通話は終了した。
ふぅ、と、キョーコは息を吐き出す。
最近の蓮との会話は、大抵が仕事の話で、どちらかがかけて、何かしらの報告がある時はする、そのような毎日だ。
友達、でもないし、キリキリするような先輩後輩、という訳でもなく、何となく居心地の良い距離。その心地よい距離を、先輩である蓮が取ってくれている、と言うべきだろうか。
英嗣と佐保も、太陽と地球のような一定の距離を保ち続ける関係、と書いてある。蓮とならうまくできそうだ。 ますます佐保姫をやりたい。明日、椹さんに懇願してみようか。いや、懇願して役がもらえるなら、この世界皆そうしている。それでも、言うだけ言ってみたいと思うのが、人らしくて許されるだろうか。
そんな事を思って、キョーコはくすくす笑いながら布団を被った。
2015.4.15