いつくしむ 19

二人が恋愛を始めて、何カ月か過ぎた。

誰に気づかれる事もなく、ただ、ゆったりと、穏やかに時間が過ぎた。

二人で過ごすといっても、その時間のほとんどを仕事の台本を覚えるとか、絵を描き続けるとか、貼り絵をし続けていて、何事も起こらない、ただ少しのハグと、少しのキスと。

キョーコの怖さや戸惑いをすべてを知っている蓮が、ゆっくりとキョーコのペースに合わせるように、そばにいることに馴染むように時間を取っていた。

蓮の腕の中に入り、キョーコが過ごすこともあったけれど、当初は何も考えられない程緊張して、ガチガチに固まっていた体も、慣れてくると、話をしながら、腕の中で寝落ちてしまうこともあった。少しずつ、少しずつ、そばにいることに慣れた。

キョーコはただ何もせずに蓮を抱きしめ、蓮に抱きしめられること、蓮の腕の中でただ眠ってしまうこと、起こされて同じベッドでただ眠る事、そんなことだけ。

それは、「ずっと求めつづけた何か」を取り戻すようで、その時間だけは、疲れも、寂しさも、怖さも、不安も、すべてが溶けていくようだった。

なぜあんなに緊張していたのか、なぜあんなに頑なに恋愛をしないと言ったのか不思議なくらい、優しい気持ちになる。

蓮が待っている、ただ待っているそれを知りながら。

ときどき、本当に時々、キョーコは「少しだけ甘えてもいいですか」と言って、蓮に自ら擦り寄った。蓮は両腕を広げて腕の中に入れる。

すっぽり、と、収まってしまうキョーコをただ抱きしめるだけ。長い時間、互いに髪を撫でたり、寄り添ったり。口づける時間がどんどん長くなった。言葉がいらない不思議な時間。

離れる瞬間に、蓮は必ずキョーコの頭を数度撫でた。その瞬間がたまらなく好きだった。

その気持ちをなんと言い表したらよいのかは分からなかった。

安心とか安らぎとでも言えばいいのだろうか。過ごした人生の中で最も優しい時間の一つであることは確かな気がした。

「落ち着いた?」

「はい、いつもすごく落ち着きます」

「あんなに体を固くしていたのにね」

そういう蓮にキョーコは顔を腕に埋めた。

「敦賀さんの腕の中にいる間は、すごく息が吸えると、思えるようになって」

「うん?息?」

「ずっと、息をつめていたんだと思います、ずっと、敦賀さんに会う時は、いつもすごく緊張して・・・。なのに」

「うん」

「こうしている間はすごく息が吸えて・・・。こんなに人の腕の中で甘えるのは初めてなので。こんなにゆったりした気持ちがするのはいつぶりだっただろう、とか。何度か大きく息を吸って、吐いて、それから、ああ、私は生きているな、とか。この腕の中では生きていられるな、とか。なんかすごく、癒されていて・・・わたしばかりが癒してもらって」

「・・・。うん、オレも癒されてるよ。いつの間にか眠ってしまう君を抱きしめているのがすごく好きだなあといつも思う」

蓮は腕の中のキョーコの額に自分の額をつける。

「いつでもそばに来て」

額をつけたままキョーコは小さくうなづく。

本当はずっとそばにいたい。いて欲しい。そう言いたい。でもまだ口から出ない言葉。

胸の中で何度も伝えようと思って伝えられず、行き来する言葉。

もうすぐ半年を過ぎる。こんなに甘えているのに、もう少しで何かを伝えなければならない。もう、伝えてもいい言葉がたくさんある。こんなにそばにいるのに、その勇気が出ない。「あの、あの、」とだけ、それしかいつも言葉にならない。

キョーコが何かまた考えて、目の前の蓮の目を見つめながらグルグルし始めたのに気づいた蓮は、ちいさく、ふ、と、笑った。

「キスをしても、いい?」

キョーコはまた小さくうなづいた。

「好きだよ」

蓮はする直前にそう囁いてからそっと唇に触れた。

穏やかな声で囁かれると、何度聞いても心臓が止まるような気持ちがする。

そしてやはりまだ、キスをする前は息を止めてしまう。

唇を暴かれて、何とか息をはきだすタイミングをうかがう。

でもずっと止めてしまって、結局いつも息苦しくて思い切りはきだして息を吸うと、蓮がさらに舌先を埋めた。

なぜこんなに唇が触れるだけで、愛おしい、というような気持ちがするのだろう。これが愛おしいとか、恋しいとかいうような気持ちなのだろうか。

もっと、していたい、と、キョーコは蓮の唇をそっと何度か食む。すると蓮が息を強く何度か吐き出した。

その様子に触れて、キョーコはまた何かの気持ちを胸の奥に覚えて、また蓮の唇を追って、何度もただ唇を食む。

キョーコが自らキスをしようとする、そんな様子に、蓮は、ふ、と笑って、離れた。

蓮は自分の気持ちをなだめるために、キョーコの頭を何度か撫でた。

顔を上げたキョーコは、じっと蓮を見つめた。私はなにか変な顔でもしましたか?とか、キスをしたのが嫌だった?とか、私などがあなたの唇を食べてはいけませんでしたか?とか、そもそもすごく下手だったでしょうか?とか、そんな事が顔に書いてあるように思う蓮は、少しだけ苦笑いを浮かべた。

急に離れたことへの疑問と理由を知りたそうな顔は、まるでキョーコが、もっとキスしたかったのにどうして離れたの?と言いたげに思ったからだ。

「違うよ、あのね。これ以上はオレは触れたらいけないのかな、と思って。可愛くて歯止めがきかなくなるな、って。君にそんな風にされると、あと少しでオレたちはすぐに服が体から無くなりそうだな、と思って離れた」

蓮はキョーコを体の中から離して、「水を取ってくるよ」と部屋を出て行った。

「・・・」

蓮の言葉を聞いて、なぜか胸が痛む。

寂しい、キョーコはそう思った。

離れる蓮を、いかないで、と、引き留めたい気持ちがした。

そして、「もっとしたかったのに」と心が言ったのに驚いて、顔が一気に熱くなるのを覚えた。

そうして、離れるのが寂しい、そんな事も思う日が少しずつ増えた。


2021.2.25

2件のコメント

  1. こんばんは、素敵なお話をありがとうございます
    お待ちしていました!
    このお話のキョーコちゃん、本当にカワイイです
    キョーコちゃんが、少しずつ、愛されることに馴染んでいく様子を見て、蓮くんもとても満たされてるのでしょうね!
    またおまちしています
    本も、楽しみです

  2. マッキー様、

    早速読んでいただき、また、メッセージありがとうございます(#^.^#)
    嬉しかったです。本もはやく作りたいです。
    またぜひ読んでいただければ嬉しいです。
    ありがとうございます!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください