いつくしむ 18

【いつくしむ 英嗣】

「なんか今日の英嗣さん、ちょっと違う感じなんですよ」

休憩中に卓也がふとサキに言った。

「そうかもね。古峰先生がいらっしゃるって聞いてる。いらしたら二階の特別室にって」

「特別室ですか?一体どんな大先生なんです。しかもあの英嗣さんが緊張するというか、変というか」

「詳しくは分からないけど、ここを作った英嗣さんのおじいさんの代からのお知り合いみたいでね。お茶で有名な家元とかなんとかで。とにかく何だかすごい人なんだって」

「へえ、そ~なんふね」

卓也は目の前のパンケーキを一口でほおばりながら言った。お茶の家元になどあまり興味はなさそうにサキには見えた。サキは、その様子を横目でチラリと見て、ふう、と、息を吐いた。

***

サキが緊張しながら自ら二階の特別室に古峰を通した。降りて来て英嗣に会釈する。英嗣も一瞬目だけサキに向けてそれを見て、静かに会釈をした。

英嗣は静かにキッチンで二つのコーヒーを淹れていた。最高の豆を自ら丁寧に煎って挽いていたのは、古峰のためだったのかと卓也は思った。出来上がったそれは最高の香りがする真っ黒な色をしたブラックコーヒーだった。最も厳重な棚から二客のカップを取り出してそれを完成させた。ミルクを足して絵を描くような事は無かった。

それから卓也に自分が不在になる間の仕事の指示をした。

「コーヒー、葉っぱでいいから描いてだしてあげてくれる?もし何かリクエストがあったら、できるようなら任せるから。出来ないもので、もし少し待ってもらえるようなら、あとでオレが作るから。その間の飲み物、何かサービスしてくれるかな」

「わかりました」

コーヒーカップは誰が見てもとてもよい器だと言う事だけは分かる。

「すごい、いいカップですね。綺麗です」

と卓也は思わず英嗣に声をかけた。

「ありがとう。これは祖父の作ったものだよ」

コーヒーカップ二客をトレーに乗せて英嗣は自ら二階へ向かった。

「おいしいよ。ここで飲むコーヒーはいつも茶を点てるのと同じ精神を感じるね」と、向かいに座った古峰は言った。

「ありがとうございます」

そう言われて、英嗣は少し微笑むに留めた。

「今日は改まっていらっしゃるなんて、どうされましたか」

英嗣から先に切り出した。寄っていいか、それだけの連絡で、特段訪問内容を聞いていなかった。けれども古峰自らやってくる時はだいたい何か重要な話だった。

「器を、つくってくれないかな」

英嗣は意外な様子で少しだけ目を瞬いた。古峰の言う「器」とは、茶器の事だし、この古峰という日本を代表する家元の家に並ぶ茶器は、祖父と共に訪問した際に見た限り、祖父やその他の人間国宝が作る茶器ばかりが並んでいた。

その意図を読み切れずに、英嗣は古峰を見つめた。

「僕が、ですか?」

「信じられない、といいたいような顔だね」

「僕は祖父ではありません。祖父からたしなみ程度には習いましたが、古峰本家にお入れできるようなものなど作れません」

「英嗣君がその気になればすぐに名を残すだろう。その時その器は数十倍、数百倍の価値を持つだろうねえ。例え絵描きだろうと、音楽家だろうと関係はない。君が作ったものが欲しい。絵は以前描いてもらったものがある。あれももちろん、好評だよ」

「絵も器も音楽もたしなみですから」

「たしなみであの大学は出られないだろうよ。絵も器もたしなみといっても、きみの祖父は君が子供の頃、君の覚えがあまりによくて、自分を超えるだろうと思ってよく教えたと言っていたのだから、きっとその辺の作家の作品よりずっといいだろう」

「いえ、それは祖父のひいき目です」

英嗣がさすがに笑いながら静かに答えると、古峰も静かに笑う。そして改めて背を正して英嗣を見据えた。

「そして、私の家に入って欲しい」

それが今日の本題なのだろうと英嗣は思った。

古峰は、少しも表情を変えずにいる英嗣を見つめる。

英嗣もしばらく見つめ返した。そして少しの息を吐き出して、息が詰まるような空間を和ませるように柔らかに声を出した。

「お話は父から伺いましたが・・・それはできません」

「その器を十でも百でも、言い値で買うと言っても動かないのだろうな」

「ええ」

英嗣はにっこり笑う。

「佐保さんは元気かな」

「元気ですよ」

「そろそろ大学を出るころかな」

「そうですね」

「君の父上から事情は聞いている。でもリカコは昔から君一筋だったんだけどね」

「・・・すみません。でも例え十億頂いても佐保は買い戻せないし、時間も人生も買い直せません。ましてやリカコさんの人生も、です」

「リカコも時々ここに来ているんだろう?」

「ええ、時々飲みに来てくださいますよ」

「でもその様子ではただの客と同じ扱い、なんだろうな」

古峰は苦笑いで、手元のコーヒーを口にした。

英嗣は微笑むだけだった。

「いや、でも、君の器は欲しい」

古峰は、そこは譲れないと少し前のめりで英嗣に言った。

「祖父のようなものは作れません。子どもの粘土遊びです」

「それでいい。いや、それがいい」

「わかりました。祖父に習い直します。きっと喜んで教えてくれるでしょう。でも祖父の作品の方が『良い』と感じると思います。いいですか?」

古峰は笑って、「君が作るからいいんだ」と言った。英嗣も卓也に似たような事を言ったなと思い出して笑う。

「君のキッチンを借りて、茶を点ててもいいかな。今日の礼に飲んでもらいたい」

「もちろんです。頂戴します」

二人は立ち上がり、階段を降りて下に向かう。静かな一階に靴音が響く。佐保の傍に古峰は寄った。佐保はゆっくりと顔を上げて古峰の顔を見上げた。古峰はうなずくと、挨拶の代わりに佐保の肩に手を置いた。静かな一階、佐保も言葉なく深く会釈する。佐保にとって古峰の手は、厚く重たく感じた。

権威などに興味なさそうにしていた卓也でさえ、古峰が近づいて来ると、のびた背筋、芯の通ったぴりりとした雰囲気に畏まった。卓也もキッチンに静かに入ってきた古峰に、深く頭を下げた。古峰も卓也に「急にお邪魔してすまないね」と言って会釈をした。

英嗣が棚から一つ茶碗を取り出し、英嗣が静かに茶を点て始める。古峰は手元を見つめた。英嗣が点てた姿は、卓也にとってはいつも見慣れた姿で、とても美しく感じた。しかしながら古峰の手元はまるで芸術そのもので、ただ空気が流れて場面が変わるかのようだった。動く芸術品のような手つきで、茶を点てた。卓也は古峰がキッチンに入って来てから茶を点て終わるまでの間、ずっとその手元を見つめていた。文化としての形に納まった究極の美のようでもあり、そしてすべてが消え失せ、形に残らない芸術。せめて記憶に残したいと思いながら卓也はその手先を見つめていた。

古峰は英嗣に点て終えた茶碗を渡す。

英嗣は少し口に含み、置くと、「ありがとうございました」と言った。古峰は茶を点てていた時の研ぎ澄まされた空気を少しといて、「おいしかったよ」と英嗣の背中を一度軽くたたいた。

卓也は、この狭い空間での簡易な茶会、二人のこのやり取りが一体どういう意味を指すのか、全く分からなかった。

「これもいい茶碗だね」

「祖父の物です。僕の作品ではありません。作るなら祖父の方がいいと思うんですけどね」

英嗣はそう言って笑った。

「この建物の中は、私でも使いたい良いものばかりだ」

ぐるりと食器棚から壁までを見回して、

「じゃあ、楽しみにしているから。気が向いたらでいい。いつでもいいよ」

英嗣は入り口外まで古峰を自ら送った。

戻ってすぐに卓也にすぐに作る仕事があるか聞いた。

卓也は、無いです、と言い、首を振る。

英嗣はすぐにまたコーヒーを淹れ始める。

四客カップを置き、全てのコーヒーに泡立てたミルクを入れて絵を描いた。

一つはパンダを、一つはハートを、一つは花を描いて、一つは何も描かなかった。

パンダをサキの立つ入口のカウンターに置き、花を卓也に渡した。

「少し余裕ありそうだから休んで」

「ありがとうございます」

卓也にキッチンの中にある簡易椅子で休むよう促して、英嗣はいつも通りハートが描かれたカップを佐保に置きに行く。佐保が英嗣を見上げて、「ありがとう」と言った。

英嗣の顔を見てふと力を抜く佐保を卓也は見た。ただそれだけで全ての会話をする二人の様子を卓也は見守る。

手元のマグカップに描かれた花が崩れながら卓也に飲まれていく。

「いらっしゃいませ」

サキの声がフロアに響いた。卓也は一気にそれを飲み干して、立ち上がった。


*****





二人はある晴れた春の日、少しの変装をして街に出た。

冬の間、キョーコは数カ月の間海外の留学に出て、それから帰ってきた所だった。武者修行に近いもので、全く違う世界を見るためだった。

戻ってきたキョーコに蓮は、公園にでも出かけようといって誘った。目的は、四葉のクローバーを探しに行こう、と、それだけだった。「もしかしたら妖精に会えるかもしれないよ」という蓮の甘言に、キョーコは即答で、会いたい、と、言ってしまったのだった。

地方の広大な国立公園まで車で移動した。

久しぶりに二人だけで出かける。

これはデートと呼ぶのではないのか・・・、そんな事を思うと、この車中という狭い空間で変な気持ちになるから、あまりその事は気にしないようにした。蓮もいつもと変わらなかった。

車から降りると、蓮は一度大きくのびをした。髪に両手を通して、風に流した。蓮は再度綺麗な金色の髪をしていて、キョーコはその様子を見ながら目をそらした。そして蓮は帽子をかぶり、サングラスをした。目立ちはするが、まったく気付かれない。キョーコも度の入っていない黒縁のメガネをかけ、日焼けを避けるための帽子をかぶった。

広い公園の中では子供が飛び回り、家族がテントを張っていた。

「テントいいですね、場所も確保できますし、何より日焼けしなくていいですし」

「そうだね、今度一緒に買う?たしかに中でゆっくり一緒に休めるね」

「・・・・」

一緒に買うかと問われると、まるで恋人同士のよう。いや、一応恋人同士なのだけれども、その狭い空間の中に二人でいる様子をさっと思い浮かべて、ふわ、と、顔を赤らめたキョーコに、蓮も笑う。

「いや、外だから。何も心配いらなくない?」

「あ、いえ、心配などでは」

キョーコはまた照れて顔を伏せる。

視線のやり場に困って足元を見ると、クローバーのような葉を見つける。

「これクローバーですかね」

とキョーコが屈んで指を指した。

蓮も屈む。また近い気がする。

「いや、これは違う」

「そうなんですね。でもすごくクローバーに似ていますよね、ハートの葉っぱがかわいいです」

「これは・・・ええと、あ~」

「ちょっとまってね」、と蓮は言って携帯電話で何かを調べて、「これは『カタバミ』というやつ」と言った。

「そうでしたか?」

「カタバミはかわいい黄色い花が咲くね。クローバーは白い花が咲くから似ているけど違う花。葉っぱが似ていて混同されるのかも。クローバーはカタバミと混ざってしまってハートマークで描かれる事も多いよね」

「クローバーの葉ってハートではなかったのでしたっけ?」

「カタバミがハートの形の葉だね。クローバーは、丸い葉っぱに、白いVのような模様が入っているのがクローバーだよ」

「敦賀さん、なんだかとても詳しいですね」

「うん、よく詰んで、家族で花輪を作ったりしたんだ」

蓮は少し歩いて、

「こっちがクローバーだよ」

そう言って、指をさした。確かに葉は楕円形で、ブイの字の模様が入っていた。白い花を見てキョーコも思い出し、

「かわいいですね」

ニコニコ笑いながらキョーコは蓮にそう言った。

朝から今までどこか緊張しているキョーコの理由を、蓮は分からないでもなかった。キョーコに久しぶりに心からの笑顔を向けられると、蓮もとても嬉しい気持ちがした。だから同じように嬉しい気持ちで微笑み返すと、キョーコは「わ!」と言って目をそらした。

「何か?」

「いえ、敦賀さんが微笑むのを正面から受け止めるのは中々その、あの」

「イヤだった?」

「違います」

キョーコは一面のクローバー畑に腰を下ろすと、照れて火照る顔を膝に隠した。

蓮はキョーコの帽子を取ってクローバーの上に置くと、髪にそっと触れた。髪を耳にかけると、その耳は真っ赤で、キョーコの言葉の意味を少し理解した。そのまま首筋に少し指を流すと、首筋に触れて驚いて跳ねたキョーコの体の振動を蓮の指先が受け止めた。

「確かにテント、こういう時は欲しいかな」

蓮はそっと笑った。

「ね、クローバー探そう?」

蓮はキョーコの横に腰を下ろした。

正面からだと照れるなら、横ならば少しは良いだろうかと横に座った。

キョーコは顔を上げて、「はい」と言った。

しばらく無心で二人は地面に広がるクローバーを見つめ続けた。

「四葉を見つけるのが得意な人というのを以前テレビでお見かけしたことがあります」

「へえ、それはすごいね」

「あ、これは・・・」

あった、違った、を繰り返して数時間を過ごした頃、蓮がついに「あったよ」と言った。

「え!」

ほら、と言って四つ葉を指で持ち上げてキョーコに見せた。

「ホントに!ありましたね!」

四つ葉のクローバーを見て、またキョーコは心から微笑む。

「最上さんが摘んでいいよ」

「え?」

「四葉のクローバーを頭に乗せてお願いすると、妖精を呼べるらしいという話をとても嬉しそうに聞いていたから」

しばらく四つ葉を見つめて、

「摘んでも、いいんでしょうか?」

「押し花にして記念にする?絵に貼る?」

「そうですね、頭に乗せた後、記念に残しても、いいですか?」

「うん、クローバーは大事に扱わないとね。大事に扱わないといけない、復讐と言う意味もあると言ったけど」

「わあ・・・」

あまり今聞きたくないような花言葉のような気がする。

「復讐されないように気を付けるよ」

「もう」

キョーコは頬を膨らませる。

蓮とキョーコはそのクローバーを共に摘んで、それから、蓮はキョーコの頭の上に置いた。

蓮はキョーコの様子をただ見つめた。

キョーコは何かを願うでもなく、頭に置かれた葉にそっと手を置きながら、じっと蓮を見つめた。

「どうしたの?」

「お話をしたことがある妖精にまた会えたらいいなってずっと思っているんですけど、でも目の前にまるで妖精のような敦賀さんがいて、それで十分です」

キョーコは蓮の帽子を取った。風になびく美しい色をした髪に触れて、指を通してその形を直した。

そして、蓮の髪の上に四葉のクローバーを置き直した。

「私の知る妖精は、いつでも急に現れるので、きっといつかまたひょっこり会いに来てくれると思うんです」

「そっか」

蓮は頭に置かれた葉に触れて、それから静かにほほ笑んだ。

「きっとどこかで見ていると思うので」

蓮はキョーコを抱き寄せると、誰にも見えないように、その体の中にそっと抱え込んで、そっと口づけた。ジタバタするキョーコの体を抱きかかえて、何度か唇を寄せた。

「もう、敦賀さん!ここは外です」

キョーコは驚きと照れとを隠すように少し怒った。

「オレも妖精に会いたいと今願ったら、目の前に君がいた」

「・・・」

黙り込んだキョーコの、賑やかな心臓の音だけが蓮に届いていて、そして蓮の腕の中でキョーコは静かに抱きしめられていた。

「久しぶりに会えて嬉しい」

「え?」

「君の会いたい妖精がオレに似ていたらいいな」

「・・・すごく、すごく似ていますよ」

「そっか」

蓮はもっと腕を強くしてキョーコを抱きしめた。

「大好きだよ、キョーコちゃん」

蓮がつぶやくように言い、キョーコは、蓮の体にそっと腕を回した。

「『彼』も私の事をキョーコちゃんと呼んでいました、今の敦賀さんにそう呼ばれると、まるで彼に呼ばれているようです。敦賀さんは、誰かにその役を求められたら、いつでも誰にでもなれますね。ごめんなさい、敦賀さんに私の会いたい妖精の役を求めたわけではないんです。私は、その、敦賀さんのことが好きですよ?誤解しないでくださいね・・・?」

「うん、大丈夫、誤解はしていないよ。でもオレは君が言う『彼』の事をよく知っていると思う」

「え?敦賀さんもお会いになった事があるとか」

蓮は答えずにただ笑う。その振動がキョーコに伝わって、キョーコはまた赤く染まった頬を隠すために蓮の胸に顔を隠した。

「また妖精の事、教えてね」

「はい」

蓮はキョーコの髪に触れた。

それから、

「やっぱりテント必要だと思うのだけど」

蓮は腕の中で静かになったキョーコを見て、そっと笑いながらそう言った。

「はい」

こんな外で抱きしめ合うとか恥ずかしい様子を外でさらす位なら、テントの中の方がまだマシ、と、周りの様子がどうであるか怖くて顔を上げられずにいられるキョーコは思った。

「アウトドアグッズ集めて、また出かけよう。もともとオレこういう自然の中も好きなんだ」

「はい」

顔を上げずにしばらく蓮の体の中で、再度渡された四つ葉のクローバーを見つめ続けていた。

蓮の腕の中で、四葉のクローバーを見つめる。

ただ、ただ、しあわせな気がした。

それからしばらくして、また頭の上に何かが戴る感覚がして、キョーコは手を上に置いた。

「クローバーの王冠。腕輪も作ろうか?」

「わあ」

キョーコが手を置くと、丸いクローバーの花冠が置かれていた。腕の中に入れながら、ねじって作ったようだった。キョーコは嬉しくて、ただ、何を言ったら良いか分からなくて、また顔を腕の中に隠した。

「きっとこういうのも好きかなって」

「はい」

「好き」

蓮がそう言うと、キョーコもそっと蓮を抱き締めて、

「好きです。クローバーに何かを願うなら、ずっと敦賀さんが私を好きだったならいいのに、そう願います」

「うん、きっとクローバーが叶えてくれるよ」

蓮はキョーコの手の中のクローバーに触れた。

「そうだ、今度、花屋に行って、ライラックを買ってこよう?ライラックの花も、クローバーのように楽しいことができるよ」

蓮がそう言うと、久しぶりにキョーコが顔を上げて、滑り落ちそうになった花冠を見て蓮がキョーコの髪に手を置いてそれが落ちるのを防いだ。

「ライラックもね、花びらは普通四枚なんだけれどね、時々五枚のものが花の中に混ざっていて、それを見つけたら、黙って水に浮かべて飲みほすんだよ」

「花を飲むんですか?」

「海外ではね、愛する人と永遠に結ばれる、永遠に一緒にいられる、というおまじない。オレは飲む。最上さんがどうしたいかは任せるけど。ちょっと怖いかな?オレは君と永遠に一緒にいたいと望むけれど」

蓮は静かに笑ってそう言った。まるで永遠の愛を誓われたような気がした。

――怖いです、

と、言いそうになる気持ちと、

――嬉しい、

と素直に思う気持ちと、両方の気持ちがした。

そこまでして信じあって愛しあって、その先を思う時、まだ少し怖い気もする。
でも、それでも。
蓮を誰にも渡したくない、という第三の気持ちも覚えた。

「私も、もし見つけたら、飲んでもいいですか?」

「うん」

蓮は四つ葉のクローバーを握るキョーコの手を柔らかく手で包み、それからまた、そっと口づけ、すぐに離れた。キョーコはもう抵抗することなくそれを受け入れた。

まるで何かの約束のようだと思った。

「ずっと、一緒にいられたらいいですね」

キョーコがそう言うと、蓮は強く腕の中に入れた。まるで妖精のように愛おしいキョーコを誰にも見えないように隠した。

「オレの妖精は誰にも渡さない」

蓮は体の内側にいるキョーコにそう言った。

*****



四つ葉は蓮が持ち帰り、喜ぶキョーコをモチーフに絵を描いた。佐保というよりキョーコそのもので、それは展示会用には出されず、そのままキョーコに渡された。

ある日ライラックを買って来た蓮とキョーコは、蓮の部屋のソファで横に並んでじっと花を見つめ続けた。

花びらが五つのものは見つからなかったけれども、それでよかった。

ライラックの花の葉も、ハートの形をしているね、と蓮は言った。だからそのおまじないが生まれたのかも、と、キョーコが返す。

「また買ってくる」

諦めない蓮にキョーコは笑う。

「これ、貼り絵にするにはすごくいいモチーフですね。永遠に英嗣さんに恋をし続ける佐保っぽい花です」

キョーコはライラックを写真に撮った。

「もちろん、たくさん四枚の花を貼ったさいごに、どこかに五枚を入れるんだろう?」

蓮がそう言うと、キョーコはニコニコ笑って、うふふ、と、笑った。

「佐保ならきっと花を飲むだろうね」

「ええ。英嗣さんも飲むでしょうね」

「飲むだろうね」

「二人がいつまでも一緒にいてくれたらいいですね」

「・・・オレたちもね」

蓮はキョーコにライラックを渡した。

二人はまるで五枚の花びらが見つかったかのように、自然に唇を寄せあい、互いを飲み込んだ。








2020.5.26