いつくしむ -Epilogue-

ドラマの放映も順調に進み、深夜の枠にしては数字が伸びて、続編依頼の話も舞い込んでいるらしい。

ドラマに合わせてテレビ局の一角に作られた、ドラマから生まれた手作りの展示品も、芸術家が作った訳ではないにしても、写真を撮り、ポストカードになり、それぞれのキャストが手書きのサインを何百枚も入れた。サインが入っている事で、ポストカードが一瞬で売りきれたと人づてに聞いた。いくらかはチャリティに回るらしい。

絵や茶器、カップなどの本当のプロが作った原版はテレビ局に飾られて、人がたくさん来ているらしい。コラボレーションをした喫茶コーナーでは、実際にラテ職人によって飲み物に絵が描かれている。ハートマークや葉っぱ、席によっては、ムンクの叫びの絵などが書かれたコーヒーが飲めるとあって、連日満席という話だった。

蓮とキョーコが演じた二人の描いた絵のグッズ、英嗣がいつも絵を描いているコーヒーカップの写真が印刷されたコースター、コーヒーカップ自身、英嗣が最後に作ったとされる茶器のレプリカ、なんでもよく売れているらしい。

特にキョーコが描いた英嗣の絵のポストカードが、飛ぶように売れているようだった。けれどもキョーコは「蓮だから」売れているのだろうと思った。さすが敦賀蓮の公式グッズの伸びはすごい、とだけ思った。けれども、あまりに絵がリアルで素敵な顔だと評判で、本格的に絵を描き始めたらどうかと声をかけられた。




キョーコは、仕事の合間に、蓮の部屋で過ごすことが多くなった。

二人はまるで我慢しつづけたものを埋めるように、日々深く愛し合うことが増えた。

互いを知れば知るほど、もっと会いたくなって、もっと一緒にいたかった。

なぜあんなに我慢したのか、互いに今ではもうよくわからない。

愛し合うとは何か、幸せとは何か、恋愛とは何かを、急速に理解しはじめた。

キョーコにとっての人生最大の恐怖を乗り越えて、蓮の腕の中にいる。

そこにはキョーコが想像していた恐さは何もなかった。

その代わりに人生で最も欲しかったものが置いてあった。

互いの腕の中、そのとても狭い空間の中はまるで楽園のようで、キョーコの怖さの塊を、ゆっくりと少しずつ溶かしていった。それを溶くのが蓮の楽しみでもあった。

一つ溶けるたびに、キョーコがもっとかわいく見え、愛おしく思えた。蓮も、本当に人を好きになるとは、こんなに愛おしい事かと、思う日が増えた。

互いの腕の中だけは、何も隠す必要もなかったし、何も恐れる必要がなかった。互いにしてほしいことは、そのまま口にすればよかった。それを叶えるのは互いだった。

互いを見つめる時間が増えた。

互いが互いをまるで美術品のように美しい、と、思う時間が増えた。

この時間を残しておけたら、そう思う時間、瞬間。

おそらく最も美しい絵画が描かれ続ける、芸術のような時間だった。

触れて、見つめる。

互いにまるで芸術品のようだと思った。

キョーコが蓮の頬に触れ、髪に触れて、目を見つめる。

時々蓮の宝石のような目を見て、その目があまりに優しく微笑むから、泣きそうになる。

泣きそうになるのを隠すために、キョーコは自ら蓮の唇を覆った。

目の端に涙が滲む。

頬を伝って涙がこぼれる。

蓮もそれに気づいて、親指で拭う。

こぼれた涙の中に、キョーコの中の何かがまた溶けた。

好きで、大事で、愛おしい、という言葉でさえも表せないものが、体の中を通り抜けていく。

「ずっとそばにいて」

それだけが、二人の願いだった。


*****


眠ろうとして眠れなくて、蓮の部屋のベッドの上で二人はしばらく横になったまま、会話を続ける。

「敦賀さんは、ホームシックになったりしませんか?」

と、何気なく聞いたキョーコに蓮は「そうだね」と言ったきり黙った。

「君は?」

と返されて、キョーコも、「うーん・・・」と言ったまま、返事をしなかった。

「どこにも帰れるとは思っていないですしね・・・?あえて言うなら、だるまやのおうちは、東京のお母さんとお父さんです。時々大将の作る御飯が食べたいな、とは思います。それをホームシックと呼ぶのであれば、そうでしょうか?でもどうもいわゆる帰れる所がないというか、ホームシックになるための場所がない、という感じで」

少し困ったように笑うキョーコを見て、蓮は自分の腕の中にキョーコを入れる。

「君が心から安心して帰れる場所、作らないとね」

「いえ。ここにありますから。あえていうならここです。しばらく会えないと、会いたくなりますから」

キョーコは蓮の腕の中で、蓮の体をぎゅう、と、抱きしめる。

会える日を待つ、この場に来たいと願う。

郷愁、ホームシックとは違うけれども、今は最も大事な場所だ。

「何?誘われてる?」

「いいえ?」

ふふ、とキョーコは笑い、強めた腕を緩めた。

「世界中でこの腕の中が一番好きな場所なので・・・それで十分です」

本当の事なのだろう、ニコニコ、と、嬉しそうに腕の中で笑うキョーコを見て、蓮は天井を仰いだ。

「キョーコさん?よろしいですか?」

「なんでしょう?」

「明日は早いんですよね?あなたは」

「そうですよ?」

「これでも気をつけているです。無自覚に誘わないでくれませんか?」

「誘っていません。この腕の中が一番好きって言っているだけです」

「もう・・・明日は終わったら次の日はお休みですね?明日もここに来てください。いいですか?」

「なんだかさっきから変な言い方ですね?英嗣さんみたい」

「あなたがオレを無自覚に誘うからですよ。今日は我慢します。もう寝ないとあなたの肌と美しさに影響します」

「・・・我慢、しないと、ダメですか・・・?」

キョーコが誘う視線を隠すように蓮の体に顔を埋めた。そっと、蓮を抱きしめる。

なぜこんなに可愛いのだろう、蓮は腕の中の小動物が照れて顔を埋める様子だけで諦めて、体を起こした。

キョーコに口づけ、眠るつもりで着ていた互いのパジャマのボタンを外す。

蓮の唇が激しいから、キョーコがくったり、と、ベッドに体重を預けた。

下着をつけていない。すぐに肌があらわになる。

「誘うのが上手になった。誘われるの、初めてかな」

「・・・!これは佐保ちゃんから、あの、」

蓮は再度唇を覆い、肌に触れた。

「誰かを理由にも言い訳にもしなくていいよ、君のものにしておいて」

「・・・んっ・・・」

「その方が、オレは嬉しい」


蓮は、キョーコが腕の中で美しくなっていく様を、ただ見ているのが好きだった。

心も体も少しずつ開いて許して見せてくれるのがとても嬉しかった。

キョーコの中にある本当の姿を見たい、ただそれだけ。

再度パジャマを着た腕の中のキョーコは、蓮の腕にそっと触れた。

眠る直前なのだろう、もうただ触れるだけだ。

蓮もキョーコの手に触れる。

キョーコの指を撫でているうちに、キョーコは眠ってしまった。

すうすうと寝息を立てはじめるのを見ているのも好きだった。

ただただ可愛らしくて、ただ見つめていたい。

生きる芸術品は、あたたかくて、愛おしい。

「明日もここに帰ってくるのを楽しみにしているから」

蓮は明日もキョーコを腕に眠りたいと願う。

そして、明後日も。

自分との関係性に心配ばかりしていたキョーコのことを思う。

キョーコが一生安心して帰れる場所を作ってあげたい。

それを叶えるのが自分でありたい、そんなことを心に誓う。

しばらくそんなことをずっと考えていた。

蓮はキョーコの髪に触れ、誓うように髪に口づけた。






2023.7.12

長い間お待ち頂きお読みいただきありがとうございました・・・!

一旦ここで終えますが、いつかまた本として形にすることがあれば、

加筆修正して書き終えていないことを書き添えたいと思っています。