7. Sleeping Beauty 《眠り姫》
――会ってからたった数時間でホテルに連れて帰り、ベッドを共にした・・・
と言うには少々語弊があるものの、キョーコが自分の横で寝て、自分も眠った。
蓮にとって、誰かと共に眠る、という経験自体、物心ついてから初めてだった。
いつもは必ず帰していたのに。泣いたキョーコはなぜか帰せなかった。
「そういう意味」での「気にいった子」では無かったからなのかは、分からない。ただ、あの状態で帰したくないと思った。
いくら「気に入った」子でも・・・・初めて会ってから数時間は無かったと、蓮は記憶を振り返る。
「気に入った」訳でもなく、自分のした事で大粒の涙を見せたキョーコを、ただ泣いているキョーコを放っておけなくて抱きとめた。
自分のせいでキョーコが傷ついたと、半分自己擁護のためのようにも思えるのに、抱えてあげなければと、とっさに思った。
大泣きするその様子を見ていたら、帰したくなくなった。
「抱えていてあげるから、眠って」と、蓮の勝手な言い分に、キョーコは反論しなかった。そっと抱えると、再び自分の背中に腕を回して、そっと身体を胸に預けた。そして「おやすみなさい」と言ってすぐに、また静かに涙が伝った。しばらく撫で続け、キョーコは落ち着いたのか疲れたのか、うとうと・・・と蓮の腕の中で寝息をたて始めた。
それを見た瞬間。「気に入らない」男がいるだろうか?と蓮は思った。
無防備でその安心しきった寝顔に正直なところ「参った」。
自分の腕の中で小さく寝息をたてるキョーコを見ていたら、なぜか自分自身が癒されていた事に気付いた。
撫でている背中はとても小さくて、それなのに自分の腕の中で、身体中ありったけの大きな声で隠しもせずぼろぼろ大きな涙を零したキョーコ。
そして蓮を罵りながら、それにも拘らず腕の中で背中に腕を回してがっちり抱きつき、大泣きしたキョーコ。
素直で隠さないその感情に正直羨ましさがこみ上げた。
だから蓮を嫌いだと言うのが本当のキョーコなら、蓮の腕の中で安心しきって、子供のように規則正しく寝息をたてているキョーコも、本当のキョーコなのかもしれないと、蓮に思わせた。
そして思わず腰に腕を回して、引き寄せていた。
可愛い、と思った。
他の男のために泣いているのに・・・なぜか可愛かった。他の男の為にこんなに泣くキョーコが辛くて、全てを割り切ってここまできた自分を思うと、ここまで深く思ってもらえる不破を羨ましく思った。
――どうもオレは彼女を気に入ったらしい。
どういう気に入り方なのかは分からないが、もう少しこのままで、と思って抱きとめ続けた。
蓮を大嫌いだと正面から言うキョーコも、こうして自分の腕の中で大泣きするキョーコも、同じ。
素直な感情のまま生きているキョーコは、自分とは全く逆の人間で、正直面白くて羨ましいと思う。
そしてキョーコが不破尚のために流した涙を、蓮はどこか羨ましく思った。
蓮はこれだけ泣けるような恋などした事が無い。
いつか会いたかった「キョーコちゃん」に会えた時でも多分、互いに過ぎ去った時間と記憶に勝てない。「久しぶりだね、元気だった?」という社交辞令を言うので精一杯な気がする。
割り切ってしまう。
割り切る、大人のフリをする癖が直らない。
どこか少し引いて冷静な自分でいないと気がすまないのか、飲み込まれない為の自衛手段なのか・・・。
キョーコ程のめりこむ恋愛を、キョーコとしてみたらきっと楽しいだろうなと、蓮はふと思う。そして自分は、やはりキョーコの事を気に入ったらしい、と再自覚した。
キョーコが一言「すき」と寝言を言った。
不破の夢を見ているのだろう。
夢の中でキョーコは、不破尚に謝罪をしてもう一度「すき」と告げ、そして、「敦賀蓮は本当に大嫌いなの」、と告げているに違いない。
キョーコの夢の中で二人はうまく行っただろうか?
キョーコを再び抱きとめ直すと、キョーコは嬉しそうに笑った。
自分は不破尚に置き換えられているらしい。
夢の中で、キョーコと不破尚はこうして抱き合っているのだろうか?キョーコは今、不破と幸せな「愛の夢」を見ているだろうか。
「キョーコちゃん・・・・」
キョーコを「キョーコちゃん」に見立てて蓮は呼びかけてみた。が、蓮の心は冷め切っていた。キョーコの恋にほだされたのだろうか、そんな事をする自分を滑稽に思った。
――オレもキョーコをずっと「恋人役」にしていたら、そんな甘い夢が見られるだろうか?
キョーコと不破尚を、蓮はとても羨ましく思った。
2006.02.27
(旧5.5)