Daydream6

6. Reverie 《夢》

蓮はキョーコを車で学校まで送った。そして自分の携帯の番号とメールアドレスを控えて渡した。キョーコもメモを渡すと、蓮は「今度例の仕事しているお店、教えてね。教えてくれなければ土屋さんに聞くよ?」と言って笑った。

蓮の目の前で「仕事」をするなど、正直な所何を言われるか分かったものではない。「こんな程度で仕事?」と厭味を言うのに決まっているが、今度からピアノを教えてもらうのだから、キョーコ自身のピアノの実力など嫌でも分かってしまうだろう。 

勤めている場所がばれるのも、自分の実力がばれるのも時間の問題だ。

部屋に帰ると共有のリビングには奏江がいて、キョーコを見るとすぐに、にやり、と笑った。

「あんた・・・敦賀蓮の「恋人」なの?」

「ち、ちがうっ、なんで!」

「でもこの映像あんたでしょ?」

奏江が指差したテレビの画面には、昨日のパーティ会場の映像が映っていた。そこに敦賀蓮と、キョーコがちらりと映った。

ワイドショーの司会者が、敦賀蓮の言う『キョーコ』が、敦賀蓮の恋人だと言い切った。

おまけに会場には不破尚の姿もあったと伝えて、キョーコが尚と会場の扉を出て行く映像もしっかり残っていて、「不破尚さんとも関係が深いようですね」と、少し言葉を濁した。

「こ、これはっ、ラブミー部のお仕事っ!本当はモー子さんに話が行くはずだったんだからっ」

「知ってるわよ。敦賀さんが何か次の仕事をくれるって言うんで待っていたのに、時間になってもいくら待っても来なかったから、すっぽかされたと思ったの。だけどあんたが敦賀さんと話していたと誰かが噂していたし・・・あんた、一応名前は「キョーコ」よね?だから敦賀蓮が探している「キョーコ」はあんたかと思ったの。それで・・・あんたは初の朝帰り。さ、白状しなさい。あんたが「大嫌い」だと言っていた敦賀蓮となんで「朝帰り」なの?それとも「不破尚」と朝帰り?」

敦賀蓮から貰ったCDを渡して、「敦賀さん」、と、キョーコは短く言った。

「へぇ~「大嫌い」な敦賀蓮とね・・・。まさか、あんた私に散々「嫌い」なんて言っておいて実は「好き」だったの?それからこのCD・・・まだ日本じゃ売ってないの。発売日は今月末だもの・・・。本当に敦賀蓮と一緒だったのね」

奏江はまたにやりと笑って、キョーコを半分からかった眼差しで見た。キョーコは「違う」と言って再度反論して、昨日の一連の事を話した。ぶつかったこと、仕事だという事、尚の事、そして、ホテルでの事・・・。

「あんたはどうだか分からないけど、敦賀蓮はあんたのこと気に入ったんじゃない?同じ「キョーコ」だからかしら?」

「面白いんだって。あの人の肩書きを気にしないのが」

「まぁ・・・確かにこの業界に生きていて歳も近い上にコンクール優勝者よ?正面きって「あなたが大嫌い」なんて言うのなんてあんたぐらいじゃない?まぁ音を聞いた事が無かったんだから仕方ないにしても、ね。でもあんたが聞いても音、良かったんでしょ?いいわね・・・日本での凱旋公演今の所未定じゃない・・・。彼の生演奏をタダで聞けたのよ?私が聞けるはずだったのに。こんなテレビに映る断片映像じゃ満足できないわ」

「モー子さん・・・も、敦賀さんの事、好きなの?」

「音楽家としてね。間違っても周りのように「顔」が好きなんじゃないから安心して。彼の顔がとんでもなくひどかったとしても、関係ないわ。音と、音楽性よ」

「ふふっ。モー子さんらしい。そういえば敦賀さんてね、モー子さんと同じぐらい早く譜面が覚えられるの。モー子さん以外で初めて見てびっくりしちゃった」

「ふぅん・・・。で、あんた、敦賀さんの事、嫌いじゃなくなったのね」

「へ?」

「敦賀蓮の話をするときの顔が、怖くなくなったわ」

「そ、それは勝手な思い込みしていたのは悪かったわよ・・・音楽家としては尊敬するけど。でもね、あの人、人としては冷たいの。でもね、私が泣くと優しくて・・・」

「で、朝帰り、ね。ま、あんたが敦賀さんと付き合おうが不破尚と付き合おうが、どっちでもいいけど。二股だけはやめなさいよね。それじゃなくてもあんたこの学校で「不破尚」の名前で損しているんだから。これに敦賀蓮の名前が乗ったら・・・」

「二股なんて。私はショータローだけでいいの。だけど敦賀さんのお友達をこれからやらなきゃいけないのだけど・・・」

キョーコが溜息混じりにそう言うと、奏江も、はぁぁぁと、大げさにため息をついた。

「あんたも不憫ねぇ・・・私、仕事間違われて良かったわ」

奏江はそれだけ言った。

まだ続いているテレビ画面の中での敦賀蓮情報。

彼の探していた「キョーコちゃん」は、ピアニストで、あのネックレスを出したのは会えた証拠、と・・・敦賀蓮が決めた勝手な設定を告げていた。

奏江は、「騙されているわねぇ」と、おかしそうに笑った。

「そういえばこの間テレビで言っていたけど。本物の「キョーコちゃん」は、会ったとき京都に住んでいて「キョーコちゃん」って呼んでいたんだって。会うといつも泣いてばかりいたから、別れる時に持っていたお守りのようなものを渡したんだそうよ。でね、例の優勝した国際コンクールでいつか優勝したらまた会いに来るって約束したんだって。優勝したから探しているのね。まぁ気の長い約束だこと。あんたも敦賀蓮から聞いた?」

「え?」

「え?って。敦賀蓮が探している「キョーコちゃん」の事」

「敦賀蓮があげたものって・・・何?」

「さぁ?テレビではコレぐらいの大きさの、日に透かすと色が変わる不思議な青い石って言っていたけど」

奏江は親指と人差し指で円を作った。

――え・・・・・?

「そ、それ以外の情報は???」

「会った時は、名前を「コーン」と・・・名乗っていたらしいけど。なんでそんな可笑しな名前にしたのかまでは言ってなかったわ。どうしたの、あんた、やっぱり敦賀さんに恋でもしたの?」

キョーコは、かくかく、と足が震えてその場にへたり込んだ。

――探している「キョーコちゃん」は、私だ・・・

また涙が止まらなくなった。

「どっ、どーしたのよっ!!本当に敦賀さんを好きになったの?あんた、「キョーコちゃん」の話、敦賀蓮から聞いていたんじゃないの?」

奏江はぼろぼろまた泣いてしまったキョーコを気遣って、慰めた。

――会いたかった。どれだけ、私があのお守りに、あの思い出に救われてきたか知れない。

今すぐにでも、自分だと名乗り出たい。けれど、キョーコが「好き」なのは、尚。

敦賀蓮は、「キョーコちゃん」を心底真面目に探している。

もちろんキョーコがコーンとの約束を忘れた日は無い。

毎年色々なコンクールの優勝者の名前を、入賞者の名前を、チェックし続けていた。

だから、今年も「コーン」はいなかったと、がっかりした。

――言えない。

もしキョーコが敦賀蓮に、「私がキョーコです」と言ったらがっかりするだろうと思った。

あの頃の純粋培養な自分では無いし、敦賀蓮もあの頃のコーンではない。

もう十五年近く年が経てば仕方が無い事。毎年毎年、コンクールの結果を見ては会いたいと思ってきたコーンに、会えた。それだけでもう十分幸せだと思うことにした。

コーンは約束を守った。だから自分もコーンとショータローとの約束を守らなければいけない。

いつか敦賀蓮に、探しているキョーコだと名乗る日が来るとしたら、キョーコが約束を果たした日だろう。

次に敦賀蓮に会った時、普通でいられるように今から「暗示」をかけ続けなければ、きっと「コーン」、と懐かしい名前で呼びかけてしまいそうだった。

大好きだったコーン。妖精のように綺麗で優しくて、天使の声をしたコーン・・・・。

たくさんの優しい思い出がキョーコの脳裏に溢れた。

敦賀蓮が泣いた自分に優しかったのは、建前ではなく彼の本当の姿かもしれない。泣いた自分に優しかった敦賀蓮と、昔、泣いたキョーコに優しかったコーンの姿が重なって、それだけは変わっていないと・・・キョーコは、また涙が止まらなかった。

「も~~~どうしたのよ~~~!!わ、悪かったわよ。あんたがそんな一日で他の男に落ちるなんて思わなかったからっ。しかも大嫌いって言っていたから・・・」

「だ、大嫌いっ・・・でもっ・・・話に感動しただけっ・・・」

奏江には、自分の「お守り」を見せた事が無い。

思わず泣いてしまった今、その実物のお守りを奏江に見せる訳にも、本当の話をする訳にもいかない。

――モー子さんにもいつか話すから。今はゴメンね。

「もう、平気。ゴメンね、モー子さん」

泣き笑って、無理やり涙を止めた。

コーンはやっぱりすごいね、と、その日の夜キョーコは、お守りに心の中で告げた。

約束を果たしたコーン。

果たせない自分。

もしキョーコが先に約束を果たしたら、「私も」会いに行くとコーンに「約束」した。

自分を待っている敦賀蓮を思うと、あまりに申し訳なくて、実力不足が情けなくて、またベッドの中で、キョーコの目には、じわりと涙が浮かんだ。





2006.02.26