【蓮&キョーコ】
キョーコのスペイン公演を終えたあと、蓮がキョーコを連れてスペインのひまわりの丘に二人は立った。
360度見渡す限り、ひまわり。
強い日差しに、蓮とキョーコは目を細めた。
キョーコが蓮を見上げる。
蓮の白いシャツと、日に透けたひまわり色の髪は、風に舞って、ひまわりの丘の色に溶けたように見えた。
キョーコの視線に気づいた蓮も、キョーコを見て微笑む。
キョーコの薄茶色の髪と真っ白なワンピースの裾が風に舞う。太陽のような最大級の嬉しそうな笑顔を向けたキョーコに、蓮は、確かにひまわりみたいだ、と思って微笑んだ。
見渡す限り、あたり一面、ひまわりしかない。
誰もいないひまわりの丘に、キョーコはまるで子供のように駆け出して、嬉しそうにひまわりの中に隠れた。
しばらくひまわりの中を歩いて、そして目を輝かせて蓮のそばまで走って戻る。
蓮は勢いよく走って戻ってきたキョーコの体を抱きとめて、微笑む。
「ね、全部ひまわり。すごいです!」
「全部同じ方向を向いているね」
「素敵ですね!」
ただただその姿を眺めて、そして少しの散歩。
とても暑いから、出来る限り。
しばらく歩いたあと、蓮は手に持っていた水を口にした。
キョーコは、歩みを止めて、遠くをただ眺めている蓮に、ずっと言いたかった事を言おうと思った。
でも少しだけ恥ずかしくて、キョーコは蓮の背中に回り、そして、頭を背中につけて、顔を見せないように、隠れるようにして、言った。
「あの・・・。昔・・・コーンとお別れした時にした約束・・・ひまわりを、一本、取って、約束してくれました。それがどんなに私を支えてくれたか・・・。今、もう一度、コーンに、ありがとうって言いたくて・・・」
「うん・・・」
蓮はキョーコの両手を取る。
キョーコは蓮を後ろから抱きしめる。
蓮の背中から、たくさんのひまわりをしばらく見つめる。
どこからともなく鳥がやってきて、頭上を通り過ぎ、どこかへ飛んでいく。
強く羽ばたく羽の音だけが、聞こえた。
「こんなに広い地球の中で、ここにはオレたち以外誰もいなくて、ひまわりしかなくて・・・鳥の羽の音まで聞こえるね」
「はい」
「・・・・・しばらく世界に出てみてどう?キツイ?」
「・・・いえ・・・。五十年以上プロとして弾いた先生方でさえ、もっとうまく弾けたはずだって言われるのに・・・かなうはずもありません。・・・でも、今の私にしか出せない音もあって・・・だからどんな時も、これで大丈夫、皆同じって思います。これからもっと練習と経験を積み重ねていくだけです。それに・・・いつも蓮が甘えさせてくれるから、沢山の練習も、時には世界の厳しい目も、全部私のためって思えるから全然平気です・・・。諦めずに努力すれば、きっといつか夢は叶えられるって思ってここまできました・・・これからも、きっと大丈夫です・・・。いつも、ひまわりの約束のおかげです」
「うん・・・そうだね・・・」
蓮はひまわりに手を伸ばし、見つめる。
「・・・花も、音も、その時だけで絶対に消えてしまう。たった一度の音。二度と出せない音。だから美しいと思う時と、とても儚いと思う時がある」
蓮は咲いているひまわりをとる事はしなかった。
でも、背中で甘える『ひまわり』を正面に抱き寄せて、静かに口付けた。
「オレも、キョーコちゃんがしてくれた約束があったから、今日ここにいる」
キョーコは頷く。
「こんなに沢山ひまわりがあるから・・・約束したい」
キョーコが蓮を見上げる。
「オレは君を裏切らないと昔約束したね。だから、いつでも幸せにしてあげたくて・・・でも、互いに世界を飛び回っている間、いつも一人になる。やっぱり寂しい思いをさせているかもしれないと思うときがある」
「・・・私はいつも、とても、幸せです」
「・・・これからも・・・もしかしたら沢山の寂しい思いを・・・させるかもしれない。だけど・・・ずっと、一生そばにいたい。そばにいて欲しい。だから君と結婚したい。家族になりたい」
キョーコは目を丸くする。
キョーコは言葉が出ずに、でも、腕の中で数度小さく頷き、そして
「はい」
と言った。
「・・・前に・・・一度言った事があるし、紙も置いてある。でも、もう一度、きちんと改めて言いたかった」
キョーコは既に、泣いていた。蓮が抱きとめる。
零れ落ちる涙は、抱きしめた蓮のシャツに、移り、ついた。
「オレ達は全てが消えてしまう世界に住んでいるから・・・せめて、たった一つだけでも、絶対的に確かなものを、手にしてみたいと思うときが、あって・・・でも・・・絶対なんて絶対無いんだけどって・・・」
キョーコは蓮の腕の中で、一度頷く。
「絶対に変わらないものを得たいなんて、無いものねだりなんだって子供の頃からずっと考えてた。でもキョーコちゃんは・・・オレにいつも、とても大事な、絶対の約束をくれる。そしてそれを必ず守ってくれる・・・それがとても嬉しくて・・・。・・・絶対に変わらないもの、やっと一つだけ、答えを見つけたんだ。オレの心の中にね・・・」
蓮は、何を見つけたのかは言葉にしなかった。
キョーコの髪に手を入れて、すく。
そして蓮は、一度キョーコを強く抱きしめて、離すと、「いつも本当にありがとう」、と言いながら、とても綺麗な笑みをキョーコにむけた。
キョーコは何度かうなずくだけで、声が出なかった。
「あともう一つ、ひまわりに約束したい事があって・・・・どんなに離れていても、どんな時でも、いつも音がオレたちを繋いでくれていたから・・・音楽の神様に誓って、どんな時でも、どんなに離れていても、出来る限りの最高の音を出し続けようって・・・お互いにね」
「はい・・・。出来る限りの音を、二人で一緒に・・・」
蓮とキョーコの口付けは、ひまわりが隠した。
新たなひまわりの約束もきっと守られるのだろう。
互いの腕の中で、蓮とキョーコは、変わらない、絶対的なものを、肌で感じ取った。
「君の出すやさしい音は、神様からの贈り物なんだ」
と蓮は抱きしめるキョーコに言った。
だからキョーコも、
「コーンの出すやさしい音も、神様からの贈り物です」
と答えた。
二人は微笑み、そして、手を繋いで、歩きだした。
風がひまわりの間を通り抜けて、ひまわり達の出す音が、愛しい二人の神の子を、祝福した。
【FIN】
2014.12月 本用書き下ろし 特別公開
少し直しました。誤字脱字多くてごめんね。
楽しんで頂ければ幸いです。
(12.25まで本文掲載記念&キョーコさんお誕生日祝いに)