「キョーコちゃん、いつか、ぼくがほんとうの王子様になったら、また会おうね。やくそく・・・。だから泣かないで・・・キョーコちゃん」
コーンが、目の前のひまわりを一本だけそっと摘み、渡しながらそう言ったのを、キョーコは心の奥底から信じた。
コーンなら、何でも出来る気がした。
コーンも、キョーコも、その約束を、ただ信じた。
番外編(書き下ろし) アンコール 《ひまわりの約束》
【レオ】
スペインのとある街角。
キョーコのスペイン公演を前に、直前の練習と打合せを済ませたキョーコとレオは会場横のカフェで休憩のお茶をしながら、横を歩いていく人たちを眺めていた。
レオはキョーコのピアノの調律とサポートの為、レオの可能な時だけ、海外を共に巡った。
キョーコはレオからもらった一本のひまわりの花を、くるり、と、手の中で回し、レオに言った。
「これは、日本語で「ひまわり」と言うんです」
「イタリア語だと、girasolというよ」
「レオさんなら知っているかもしれませんけど、日に向かって咲くので、ひまわり、太陽に向かって回る、の意味です」
「英語だとsunflower。太陽の花。イタリア語でも同じような語源だったと思うけど。太陽に向かって伸びる花だね」
「うふふ、ぴかぴかのお花です。大好きなんです。昔、敦賀さんから沢山もらいました」
キョーコはニコニコと嬉しそうにレオにのろけた。
そんな様子にレオは目を細める。
レオは多少の周囲のざわめきと、何かの視線を感じて、周囲を見渡した。そして、ああ、と納得の息を漏らした。
「見てごらんよ、キョーコ。あそこに君のひまわりがいる。アレが居るとキョーコはあっちにしか向かないんだ」
レオが指を指した先には蓮がいて、こちらに向かって歩いてきていた。
蓮の髪の毛はひまわりのように日に透けて金色に輝いて、既に正装をしていた。手には大きな花束。バラとひまわりが沢山入っているのが見えた。
キョーコは驚きを隠すため、数度素早く目を瞬くに留めた。
「ハイ、レン」
「久しぶり。君の公演を見に来たんだ。良かった、会えて。これ、先に渡しておくね。公演おめでとう」
「・・・・こんにちは、ありがとうございます」
キョーコは花束に鼻先を寄せる。
コーンである蓮が正装して手に花束など持っていれば、確かにそれは周囲の視線も奪うだろう。
そうとはいえ、モデルもする背の高い蓮とレオが共に座るテーブルは、ティーカップ以外何も無いのに、二人が足を組み、リラックスする様子だけで、とても華美に思えた。もはや通り行く人の見せ物以外の何物でもなく、キョーコは周囲の華やぐ視線を受け流すに徹する事にした。
蓮とレオの近況報告を終えた後、蓮がキョーコに、「元気だった?」と声をかけた。
キョーコは頷き、でも、蓮が来る事をまた内緒にしていた事をすねたように、少し頬を膨らませるしぐさをした。そしてコーンである蓮の穏やかな瞳を見て、妙に照れてうつむくキョーコに、蓮は笑った。
「変?」
「いえ」
「今日は海外だし、レオの隣に座るからこっちの方が目立たないかと思ったけど、意外と目立つね」
蓮が髪を指差しながら少し苦笑いを浮かべる。
「髪の色の問題じゃ、無いと、思いますけど・・・」
キョーコは内心、蓮は自分がどう見えるのか全然理解していないみたいだと思った。
「レンはキョーコの太陽だね」
「?」
蓮は不思議そうな顔をレオにした。
「ひまわりは太陽に向かって咲くんだ」
「そうだね」
「キョーコはお前が来ると、お前しか見てないって今言っていたんだ。レンはキョーコの太陽。だから、キョーコはレンのひまわり」
「それはどうも」
「いいな、レン」
「お前も欲しいのか、お前のひまわり」
「昔からずっと欲しいんだ。オレだけの、オレだけを見てくれるひまわりっ」
「わあ、レオさん・・・」
レオはキョーコをぎゅうぎゅうに抱きしめる。
蓮がそれをひきはなす。
キョーコが苦笑いを浮かべた。
「そうだった・・・お前だけのひまわり、ずっと探し続けているけど・・・でも数あたりすぎだろう」
レオはキョーコの貰った花束の中のバラを、少しだけ指で撫でた。
「女の子はみんな美しいバラなんだ。でもオレも、やっぱりオレだけのヒマワリがいいなっ」
「・・・・バラでもひまわりでもいいけど、むやみやたらに手を出すのはどうかと思うけど・・・」
「むやみやたらでも枯らしてもないよ。自分の美しさに気づいてないからいつも生かして咲かせるんだ。ピアノの調律と一緒。どんなピアノだって一つ一つ個性があって、生かせば美しい音がする。そして花のつぼみが咲いて美しく咲いてしまえば、止まるハチはオレじゃなくていいらしい。・・・そうだ、確か読んだ!日本の華道、の精神。花を生かして美しく。活ける、ってヤツはそういう意味だっただろう?オレはモデルで、調律師で、花屋も家業なんだ♪」
「・・・・・・・・」
蓮は言葉を切る。キョーコも分かっているから何も言わない。レオが求めているのは、まるでブリザーブドフラワーのように永遠に色あせない花のように思えた。でも触れば壊れてしまう、永遠に触れられないような繊細なもの。調律ぎりぎりのラインでバランスを取っているピアノのようだ。一音でもずれると、全てが壊れてしまう・・・。
「レオ」
「何?」
「ゲームだと言った時があったけど」
「うん♪だって、オレを心底愛してくれる人がいい。だから、何があってもオレだけを向いてくれるひまわりを探しているんだ♪もちろんキョーコがバラじゃないって言っている訳じゃないんだ。とっても綺麗なバラの子だよ、分かっているよね?ね?」
キョーコは少し苦笑いでレオの言葉を受け流した。
蓮もキョーコも、レオが女の子はみんなバラ、と言ったのに、その中からひまわりを探そうとするレオを思うと、やはり何も言えなかった。
レオの脳裏に描くひまわりは、どんなものだろう。
「レンはいいな、レンのひまわりがいて」
「・・・たまたまだよ。オレのほうがレオよりもっとひどい恋愛・・・恋愛なんて呼べるかどうかわからない恋愛しかした事がなかったから。オレのひまわり以外いらなくて・・・。でも・・・そうだね、ひまわりとした約束が・・・オレを日に向け続けてくれたから」
蓮はキョーコの手を取った。
キョーコもそっと目を伏せる。
「あ~ずるいっ。オレもひまわりが欲しいっ!仕方ないから、レン、キョーコ、キョーコの公演が終わったら、夜はワインでも飲みにいこう!二人の時間を邪魔して悪いけど、一緒に行こう!今日の夜は、赤い葡萄の実で我慢するっ」
「もちろん、レオさんも一緒にお食事、行きましょう!ね?敦賀さん」
キョーコが嬉しそうに言った。
「もちろん構わないけど・・・でもレオはいつも何も我慢して無いだろ」
「うん、もちろん♪」
ひまわりの様に満面の笑顔を浮かべたレオに、蓮も、キョーコも笑った。
その数年後。
「レオ君、今度そっちに一人女の子が留学したいんで、頼みたいんだ」
「ええ、もちろん歓迎します」
「名前を桜田ひまわり、と言ってね、君のもう一つの仕事のように花の名前の女の子だ」
「サクラ?ヒマワリ?花が来るんですか?」
「サクラダ、ヒマワリ、だ。もちろん花じゃない」
「サクラダ、ヒマワリ・・・・」
――ヒマワリが、来る。
いつか、レオのレオだけのヒマワリが咲く日が来る。
レオのひまわりの話は、またいつかどこかで。
2014.12月 本用書き下ろし