33. エピローグ・後編 finale
Salut d’amour op.12 《愛の挨拶》
「キョーコちゃん、ねぇ、君には選ぶ権利があるんだよ。オレを取るの?それとも彼を取るのかな・・・」
「どうしましょう・・・・くすくす・・・」
「くすくす・・・・」
「ねぇねぇ、敦賀さん・・・頂いている紙はまだ有効ですか・・・・?」
「・・・無期限に有効だよ・・・。」
「じゃああと十年後でも・・・?」
「・・・いいけど・・・君が待っていられるならね・・・?オレは海外で割り切るかもしれないよ?」
「敦賀さんは割り切りません」
「すごい自信だな・・・。まぁ、オレも君が割り切らない自信はあるけど・・・。で、君は誰を選ぶのかな・・・?」
「・・・・・・」
「欲しいものは欲しいとしっかり口にしないとね?」
「じゃあ・・・『キョーコちゃん』、って呼んでください。今それが欲しい」
「・・・キョーコちゃん」
「コーン・・・私が、『キョーコ』です」
「うん、待ってた・・・。ずっと待ってたよ・・・」
「もう、他のキョーコちゃんとなんて、絶対にキスしないでくださいね?新しい約束」
「はは・・・まだ根に持ってたんだ・・・。不可抗力だったんだけど・・・くすくす・・・」
「うふふ・・・コーン、コーン・・・コーン・・・・」
「キョーコちゃん・・・。おいで、愛の夢、一緒に見よう。あと十年なんてきっと待っていられないぐらい、愛してあげるから・・・・。きっと明日には、その紙出したくなる」
「・・・・ど・・・っ・・・どんな愛の夢でしょうか・・・」
「くすくす・・・さあ・・・?これからずっと二人で一緒に見続けられる、楽しい夢だよ・・・。これからは・・・君が泣き止む歌、毎日耳元で歌ってあげる・・・」
「うふふ・・・コーンにずっと会いたかったです。やっと言えた・・・・ずっと待っていてくれて、ずっと探してくれて・・・・ありがとう、コーン・・・・」
「うん・・・昔から長い間ずっとずっと大好きだったよ、キョーコちゃん・・・」
*****
数ヵ月後。
日本にて発売された音楽雑誌より抜粋。
『お久しぶりですね。まずは優勝、おめでとうございます』
「お久しぶりですね、ありがとうございます、嬉しいです」
『コンクール数回にしての栄冠で、驚いています。とはいえ幼馴染の不破さんも、先日別のコンクールで優勝しましたね。彼のお父様とは旧知の仲のよしみで、すぐに彼にもインタビューさせて頂きましたが、さすがに国が違うとはいえ、舞台慣れしていらっしゃる。コンクール数度目とは思えない堂々たるもので、観客を惹きつける力は相当でした』
「頑張ったみたいですね」
『どちらが先にコンクールで優勝するか賭けていたのだとか?』
「ようやく私が先に勝ったと思ったのですけど・・・。でもコンクールの順番は私のほうが先だったので、私の勝ちですよね?」
『(笑)。不破さんとはコンクール後お話されましたか?』
「えぇ。互いに健闘を褒め称える・・・というよりは、互いの舞台の衣装についてダメだしをしあいました」
『優勝者二人でダメだしですか?(笑)』
「幼馴染なので遠慮はありません」
『本選で着ていらした黒のドレス、大人びて見えてとても素敵でお似合いだったと思います。あるピアニストからのプレゼントだったとか?』
「恥ずかしいですね。でも、確かに頂き物です」
『余談ですが、・・・私にはとても懐かしいドレスなんです。同じドレスで・・・とあるコンクールに出た方を見た事があります。二十年以上前、まだ最上さんが生まれたばかりかまだお生まれになっていない頃の事です。その方も優勝されてインタビューさせて頂きました。プレゼントして下さった方のお母様だったと思いますが・・・』
「そうなんですか?」
『頂いた方から経緯を聞かなかったのでしょうか?』
「はい、お店で見て、その場でこれがいいと言って選んでくださいましたから・・・本当に偶然だと思います」
『そのドレスを着た方がまたコンクール優勝して、私がインタビューしているなんて、何か不思議な縁を感じました。コンクールに優勝するドレスとして売り出したら如何でしょう?(笑)』
「ええっ(笑)」
『話は変わりますが、コンクールの時の音源が、今度の秋に所属のレーベルから発売される事になりましたね』
「あの時の事は殆ど覚えていなくて・・・ただ、弾いている間の会場の集中する熱気と、終わった後の温かい拍手だけを覚えています。ぜひ自分でも聞いてみたいと思っていたので嬉しいです」
『コンクールはどうでしたか?』
「緊張しました。今回は優勝・・・もちろん出るからには目指さなかったと言ったら嘘になりますが、でも優勝とかそんな事よりも、あの地で弾いて、その後、コンクールを見た方が、街に出ると、「よかった」と温かく声を掛けてくださったりして、とても嬉しかったです。あの地の音楽に対する一体感や温かい雰囲気を味わえた喜びの方が強かったかもしれません。ずっと長い間出たくて夢見たコンクールでしたから、ワクワクしてとても楽しかったです。コンクールが止みつきになってしまいそうです(笑)」
『緊張などしていないような、蝶が舞うように優雅な弾きぶりでしたよ』
「良かったです、緊張しすぎて変な顔していなくて(笑)」
『全身が曲に入り込んでいるのが遠目にもよく分かりました。一音一音をとても大事にしているような演奏に聞こえました』
「ありがとうございます、教わった先生が・・・そういう方々ばかりでしたので・・・(照)」
『今後プロに転向したいそうですが、それもそのせいですか?世界を巡りたいと』
「そうですね。弾いて誰かが喜んで下さるのならどこにでも行きたいです」
『でも、最上さんはピアノをやめようと思った時期もあったそうですね』
「はい、確かにそうですね。コンクールにも出られず、目指すものが分からなくなって、一度だけ迷った時があります。日本の恩師(※大越氏)にやめたいと相談しました」
『戻ったのは、幼馴染の不破さんの影響でしょうか?』
「自分の意思です、とカッコ良く言ってみたいですけど。やめることも出来なかったといえばそれまでです。ピアノを弾く事は大好きですし。ただ彼の影響は少なからずあったかもしれません」
『今続けている理由は?』
「ピアノを弾く本当の楽しさを教えてくれた人がいるからです。それに私、ずっと会いたかった人がいたんです。その人に会うために、ピアノを続けていたかったんです。続けていればいつか会えるかもって・・・幼い時、いつかコンクールで優勝して、また会おうねって、「約束」したんです」
『数年前、ある優勝したピアニストを取材した時も私に同じような事を言って下さいましたが・・・・。そのドレスを貰った方だと思ったのですけれど』
「・・・・・(苦笑)」
『・・・まさか本当に?(笑)』
「優勝したのでやっと・・・やっと言えます。もう、公言していいんですよね?」
『・・・・確かに最上さんは『キョーコちゃん』・・・・ですね(苦笑)。もし例の黒のドレスを下さった方なら・・・ずっと傍にいらしたんですよね?』
「そうですね(苦笑)。たまたますぐに出会って、ずっと傍に居てくれたんですけど・・・本人には、ようやく口に出して告げました・・・「キョーコです」って。ずっと、分かっていて・・・待っていてくれたんです・・・互いの「約束」のために・・・」
『私、雑誌の記者やって来て、今一番ドキドキしてます。記者の運命っていうのもあるんでしょうか。関係者全員インタビューしています。きっとこの雑誌の読者なら、全てを理解していると思います。良かったですね』
「はい。私も色々な運命の巡り合わせで・・・今ここに座っています。やめずに続けて来て良かったと思っています」
『今後の最上さんのご活躍を期待しております』
「はい、頑張ります」
『最後に読者の皆さんに一言をお願いします』
「この後も頑張りますので、良かったら会場に聞きにきてください」
『今日はありがとうございました』
「ありがとうございました」
彼女は真夏の太陽のようにナチュラルな笑顔を見せながら、一切隠すことなく思いと全てを語ってくれた。
コンクールでの優勝、という快挙は、彼女に新たな世界を導いた。プロへの転向と共に、幼い頃交わした約束もまた、実った事になる。幼い頃から、彼女は偶然を、その努力によって必然に変えて来た。
最上キョーコ、という女の子が辿ってきた経緯を聞くと、順風満帆からは程遠かったにも関わらず、急がば回れ、なのか、彼女は誰よりも早く栄光を手にしたように思う。
たまたま自然の流れで師事させてもらったと彼女は言ったが、それにしては豪華すぎる程豪華な名だたる師事暦を誇っている。大越氏、敦賀氏、ベリーニ氏(師事順)。誰をとっても世界で名だたる顔ぶれ、たまたま習えるものなら習ってみたいと、この雑誌の読者なら誰もが思うに違いない。
運命というのは、何かの流れに導かれるように・・・こうも自然とミューズへと向かうのか。聞けば彼女は卒業校の学長の秘蔵っ子だったともいう。今まで世に名前が出てこなかった事さえも、学長の意図した事のようだ。
その才は、隠しても隠しても自ら光りだしたようで、コンクールに一度出ればすぐに入賞。幼馴染の不破氏とコンクールを競った事もある。当時筆者の耳には、彼女の弾き方はわずかな部分で不破氏に近く、やや不破氏が勝っていように聞こえたが、今はもうジャンルも弾き方すら違うから、彼らはもう並列には比べられなくなった。
何故長いこと彼女の才を隠したのかが不思議でならない。もしかしたら史上最年少の世界最難関コンクール優勝者が出たのかもしれないなどと、タラレバ論をしたくなるような、輝く程の才能と確かな実力。
しかしそんな実力の持ち主が夢を諦めかけるほど自分に冷静で、聞けば業界でも驚くほどの練習量だったと言う。元々持ち合わせた才能を果てしない努力によって磨きあげ優勝した、と言ってもいいだろう。
彼女が次に運命に導かれていく場所はどんな高みなのか。それを筆者も見届けてみたい。
最後に、彼女が書いてくれた色紙へのサインの言葉で今回のインタビューを締めようと思う。
「 Have a nice dream! 最上キョーコ 」
――二〇〇七年夏 イタリア国立歌劇場大ホールにて取材
【Fine.】
【第四部了・FIN】
2007.08.01
藍の挨拶
お付き合いくださいましてありがとうございました。
蓮の前で素直にキョーコさんを泣かせてみたいな、から始まりましたので、泣かぬなら泣かせてみせようキョーコさんで、毎度毎度色々と泣かせてゴメンね^^;。泣いていない回の方が少ないはず。リクエストで、蓮にピアノを弾かせて欲しい、から、趣味全開、読んで頂けてとても嬉しかったです。
らぶらぶな彼女たちを、ちょっぴり大人Ver.で書くのは楽しゅうございました。
番外編等あるとしたら、またその時にお付き合い頂ければ幸いです。
2007年 夏。藍より愛を込めて。