すっかり夜も更けて、子どもたちも大人たちも、楽しいお祭りを楽しんでいました。
「胡蝶さんのお祝いをしてあげなければ!」
すっかり用意したのを忘れてしまっていたキョーコさんは、胡蝶さんとセキレイさんを呼んで、用意した綺麗な洋服を着せて、お祝いを始めました。
「おめでとうございます!胡蝶さん!!」
「ありがとうございます~キョーコちゃん。ほら見てください。子供たちも無事産まれまして。よかったら一羽、蓮様とキョーコちゃんで子供に名前、付けてくれませんかねえ?王様も子供の一羽に名前を付けて下さる事になっていましてね。実は私の名前は王様がつけてくれたんですよ~」
胡蝶さんは生まれたばかりの雛と共に、キョーコさんに言いました。
「まあかわいい!!!!」
キョーコさんはどんな名前を付けようか、すっかりウキウキした気持ちになりました。
それから、キョーコさんは蓮様を魔法で小さくすると、毎年恒例のかぼちゃの衣装を着せて、
「かわいい!」
と言って、嬉しそうに笑いました。
その姿を初めて見た王様とお妃さまが「なんて可愛い!!」と続き、王様とお妃さまとキョーコさんの間で抱っこをされ続ける蓮様は、途中から苦笑いになり、そして、げんなり、という顔をしました。
「キョーコちゃん、そろそろ元に戻してくれる?」
「え~!!もう戻っちゃうんですか?王様もお妃さまにも初めてお見せして、とてもお喜びになられているのに」
「今日はゲストが沢山いるから、万が一何かが起こらないとも限らないし、ね?」
蓮様はキョーコさんの顔を小さな両手で引き寄せて、唇にちゅ、と、キスをしました。
「わ!」
キョーコさんが驚いた隙に、蓮様は自分で元の姿に戻る魔法をかけて、元に戻りました。
「君には人前でキスするのが一番隙ができるね。魔法を解きやすい」
「もう!!恥ずかしいので人前でしないでくださいっ。ミュスカ様の前でした時も本当に恥ずかしかったというのに」
「だってあんなに美しい男性に君を連れて行かれたら困るし、レイノ殿が遣わした監視鳥はそばで見ていたしね」
蓮様は当然!という顔をして言いました。
「そうだったの、ですか?ミュスカ様を一ミリたりとも興味がないと言ったのは、男性に見えていたからですか・・・?」
「男性だろうが女性だろうが、君以外にキスをしたいとは思っていないよ」
「!」
キョーコさんが照れると、
「君も小さくなるといいよ」
そう言って、キョーコさんをあっという間に子供の姿に変えてしまいました。
「なんて可愛い赤ずきんちゃん」
と、皆がキョーコさんを見て言いました。
「かわいいね」
蓮様がキョーコさんに言いました。
キョーコさんが蓮様にぴっとり、とくっつくと、まるで蓮様の子供のようで、二人を見た皆が、「蓮様、お子様いらしたのですか?」と問い、「いいえ、魔法をかけて仮装した妻です」と答えて、「さすが魔法の国は面白い仮装をするのですな!」とびっくりした様子で答えました。
しばらく仮装を楽しんだ後、元の姿に戻ったキョーコさんは、
「美味しい料理、沢山ありますから。王様がお話が終わって本気で食べ始める前に、少しいただきましょう?」
そう言って、今日のお祭りに、二人はようやく参加し始めました。
*****
お祭りが終わり、レイノさんと妹姫も帰ると言いました。
王様が「たくさんの羊をありがとう。連れて来てくれた精霊は綺麗だったな」と言い、レイノさんは、「どのように見えましたか?」と聞き返しました。
「私にはとても大きな銀色の綺麗な精霊に見えた。髪が長くて、そしてどこか勇ましいというか、とても強そうだったな」
「そうでしたか」
そう言って、握手を交わすと、彼らは帰ろうとしました。
キョーコさんがレイノさんに、
「今度神様にミュスカ様をお戻し下さいとお話ししておきますね?」
と言うと、
「アイツはまた戻りたかったらすぐに戻ってくる。心配しなくていい」
そう言って、レイノさんはキョーコさんの手を取ると、手の甲に唇を置きました。
「!」
キョーコさんはびっくりして、一歩下がり、「ミュスカ様という人があるのに」と文句を言いました。
蓮様は、とても美しくにこやかに笑顔を浮かべました。
******
しばらくしたある日、また郵便鳥の胡蝶さんが荷物を持ってキョーコさんの自宅に来ました。
「また何かが中でごそごそいうんですよね~」
そう言うと、キョーコさんは迷いなく、
「今日は泉まで散歩に行きましょう!」
そう言って、皆で泉に行く事になりました。
泉について皆でお昼を食べます。
おいしいサンドイッチを食べて、おなか一杯になると、お茶をくみながらキョーコさんは言いました。
「ゆめちゃんは元気ですか?」
「いやあ、キョーコちゃん。子供の名前を決めて下さってありがとうございます~。でもどうしてゆめにしてくださったのですか?」
そう胡蝶さんが言いました。
「いえ、胡蝶さんなので・・・ゆめが合うかなって。昔のすごい人が、胡蝶の夢、というお話を残してくださったと読んだことがあるのです」
「へえ。どういうお話なんです?」
「ええと・・・確か、胡蝶として舞っている夢を見た偉い方がいて、夢の中でとても楽しく胡蝶として飛んでいたのだそうです。起きてみたらもちろん自分になっていました。でも、胡蝶として飛んでいる時は自分であることはすっかり忘れていました。その方が夢の中で胡蝶になったのか、実は自分は胡蝶で今は夢を見て自分をしているのか、どちらが現実か分からなくなったのだそうです。形や見た目では区別があるはずなのに、胡蝶の私も、人間の私も、どちらも自分に変わりは無いんだと思ったそうです。そしてだから自然全てに区別が無い、これが私たちという存在です」、というようなお話です。夢をみて自分と夢の中の自分との境目が無くなった時のお話です。魔法で何かに形を変える事を習う時に教科書にそのお話が一緒に載っていました。どんな形に変わっても、その本質は変わりません、という意味だそうです。だからお料理も食べ物の形を変えるので、簡単だけど大事な魔法の一つですよって教えて貰いました」
「そんなお話があるんですね~。たしかに子供はかわいいですし私の夢そのものです」
「きっと、王様は、胡蝶さんが生まれた時に自分の子供のようにとても嬉しくて、私たち人間の姿と、鳥の姿と、姿かたちは違っても、きっと、同じって意味でつけて下さったのではないかと思うんです」
キョーコさんはニコニコ笑って言いました。
お茶を飲み終えると、改まった顔をして、キョーコさんはようやく届いた荷物を蓮様に渡しました。
「またアイツから来たのかもしれないと思うと今度は何を企んでくれたやら」
「ミュスカ様がまた来ないかな♪」
キョーコさんはもっとニコニコして言いました。
蓮様がそれを開けようと箱を少し開けたとき、またものすごい金色の光がして、胡蝶さんは驚いてその場に転がり、キョーコさんは隣にいた蓮様に抱きつきました。
「わあっ!!!」
再び手で目をこすりながら目を開けた時、目の前の泉には、黒いナマズのような姿をした存在がいました。
「神様!」
「やあ久しぶりだねキョーコちゃん」
「お久しぶりです!今日はネコちゃんではないのですか?」
「ネコだと気づいてもらえなかったからね」
「お荷物、神様が入っていたのですか・・・?」
「私が入っていたわけではないが、開けたら私が来るように魔法をかけておいた。荷物からがさごそと音がするとここで開ける事にしているんだろう?」
神様はウインクをして、面白そうに笑いました。
「ええと?神様はどこからこれを・・・?」
「いや、私が人間の姿になって郵便を投函したんだよ」
「え~!人間の姿見てみたいですっ!!」
「ははは、それはお前の夫が今最も「嫌だ」と思っているから、やめておこう」
神様は笑って言いました。
「ええ、ええ、またとても美しい存在になられたら、さすがに神様にはオレは敵いません。妻をあっさり向こうへ連れて行かないでください」
蓮様はまた、うんざり、という顔をして言いました。
「ほらね?嫌がっているだろう?」
「ええ~!!見たいのに~!!私を育てて下さったお父さんが人間になったらどんなお姿をしているのか知りたいのに。私は蓮以外の誰かと結婚したいなんて思っていないのに!!」
キョーコさんはがっかりして、残念そうな顔をしました。
「それより」
神様がそう言うと、ひょっこり、と、泉の底から、銀色のナマズのようなものが出てきました。
「ミュスカに会いたいと呼んだだろう?」
「え!ミュスカ様?!」
「私だ。何に見える?」
「ええと・・・銀色のナマズのような魚に見えます」
「私には見えないか?」
「いいえ・・・ええと美しい銀色のお魚に見えます」
「神の姿に合わせて今は魚に形を変えた。しかもお前の夫も私は人型よりナマズの姿の方がいいと言っていた。でも美しい人型ではないと私は私だと思わないだろうか?それとも、この世のものとは思えない程醜い姿に見えるか? 」
全ての会話を全て聞いていたらしいミュスカ様は笑って言いました。
「いいえ?ミュスカ様の銀色の美しい何かが伝わってきます。さっき私は胡蝶さんに胡蝶の夢というお話があるという話をしたんです。目に見える形が違っても、本当の事は同じというお話です」
「そうか」
キョーコさんはその銀色のナマズのようなものが静かに笑ったような気がしました。
「でもミュスカ様?レイノ様がお待ちになられていると思うんです。隣の国へは行かれませんか?」
「いつでも行っているし、今も同時に行っている。アイツが呼べばいつでも私は目の前にいるだろう。でもしばらくアイツが「会いたい」と自ら言うまで待ってやろうと思ってな」
「・・・・?羊の置物にしばらく放っておかれたからですか?もしかしてお迎えに来て下さらなかったから拗ねていらっしゃるのですか?」
キョーコさんは、うふふ、と、笑いました。
「いいや?」
ミュスカ様はまた笑って言いました。
「いつかアイツが肉体から離れるその瞬間を待っているんだ」
「え?!」
「捕まえてやろうと思ってな。そうすれば少なくともある程度傍にいられるだろう?また肉体に戻らなければならない時はまたそこへついて行こうと思ってな」
「もしかして永遠に離れられないのはあの方の方なのかも・・・」
と言ったのは胡蝶さん。
「悪いとは何かとキョーコには聞いたが、私は悪いものに思うだろうか?」
「いいえ?ミュスカ様はレイノ様を愛していらっしゃるのですね?でもそれをレイノ様もお許しになられているのでしょう?」
「どうだろうな。気まぐれか戯れのようなものだ。肉体にいるのは私たちにとっては一瞬のようなものだから、出て来るのを待っているのはなんていうことは無い。胡蝶の夢とはそういう、人生は儚くまるで夢であったかのように一瞬だったという意味も含む」
ミュスカ様がそう言うと、神様が、まるでヒレを手を振るように左右に動かして、
「ミュスカは単に彼が体から出た瞬間に向こう側へ行ってしまわないか心配なだけなんだよ。刈り取ろうとか拘束しようとしているという意味ではないよ、キョーコちゃん。もしキョーコちゃんのその時は、私が迎えに行こうか?」
といいました。
蓮様はキョーコさんを抱き寄せて、
「ミュスカ様が彼を捕まえていて下さるならそれはとても安心しました。しかし彼女を連れて行かないでください。迎えに行くなら私がします」
と蓮様はにっこり笑って言いました。
キョーコさんは、ぶるぶる震えて、
「神様たちにはどんなに一瞬でも私たちは一生懸命生きていますから、蓮を連れて行かないでくださいね?」
と確認しました。
神様もミュスカ様も「私たちが体から魂を抜き取るのではないよ。魂が体にいられなくなる時が自然に来るんだ」と笑いました。
「もしレイノ様が今のミュスカ様を見ても、お分かりになるでしょうか?」
ふとキョーコさんがそう漏らしました。
「どうだろうな」
「分かるといいですね」
「胡蝶の夢の通り、どんな姿であっても本質は変わらない。アイツがもし蝶になっても私はそばにあるだろう。アイツは絶対に別れがあるという意味で会者定離と言ったが、正確にはそれも幻想だ。私たちはいつも形を変えるだけでレイノもキョーコも、神や私たちが離れた事はただの一度も無い」
「ではずっとお別れしなくていいし、いつでもお会いできるんですね?でもレイノ様は特別に愛されていらっしゃいますね」
キョーコさんがニコニコ笑ってそう言うと、神様が言いました。
「精霊の仕事はきっちりやっているとはいえ、一人の神が一人の人間に思い入れるというのはどうかとおもうなあ」
神様がぼやくと、
「そういう神も時々ここへ来るでしょう?」
「ははは」
「では神に祝福を」
という声がして、ミュスカ様はまぶしい銀色の光を放ち、ナマズの姿から抜け出て、ふわり、と、泉の横に立ちました。
「わ!いつものミュスカ様!さっきのお姿と同じだと思ってもやっぱりこのお姿はお美しいです・・・!姿が変わるだけでこんなに嬉しく思ってしまうなんて、私は胡蝶の夢を学び終えるにはまだまだですね・・・!」
キョーコさんはうっとりと両手を組みました。
「おおなんとお美しい女神・・・」
初めてミュスカ様を見た胡蝶さんは、あまりの美しさに驚いて腰を抜かしました。
蓮様には、筋骨隆々とした逞しくとても強そうなミュスカ様にしか見えず、その姿を見てうっとりして目をハートにするキョーコさんがいるように見えていました。蓮様はキョーコさんを腕に抱き入れて、ふう、と、息を吐き出しました。
ミュスカ様は皆の様子を見て笑って言いました。
「私たちはいつでも全てのものと共にあると知っている。だから私は精霊を終えてレイノと共に転生の旅に出ても構わない。私たち精霊の世界に結婚という制度は無い。でも、キョーコのようにそうやって大事な誰かに触れられるというのは私にはとても羨ましい」
キョーコさんは、ペタリ、と、蓮様を触り、胡蝶さんに触れ、そして、神様に触れ、それからミュスカ様の幻想的な銀色に触れました。
「触れるって素敵な事ですね!でももしミュスカ様がいなくなったら、神様は触れなくなって、やっぱりさびしいですよね?」
キョーコさんは蓮様の腕に抱きついてそう言いました。
蓮様はまた見せつけるように、キョーコさんの唇にキスをしました。
「・・・!」
蓮様はキョーコさんを見て、にっこり、と笑います。
蓮様に当てつけに見せられたミュスカ様は静かに息を吐き出し、笑いながら言いました。
「仕方ない、隣の国のアイツの部屋の監視鳥の中にでも入って呼ばれるのをまた待つとするか・・・どうせ我々にとっては一瞬の事だったな」
「触れたらいいですね!」
そう言って最も嬉しそうな顔をして喜んだのは、キョーコさんでした。
そして神様が、やれやれ、とまるで手のようにヒレを動かしたのに気づいたのは、胡蝶さんだけでした。
【おしまい】
*****
【おまけ】
「・・・・?」
レイノさんは違和感を感じてふとあたりを見回しました。
籠の中の白い鳥と目が合ったような気がしました。
じっと見つめて、それから、
「・・・なんだ早かったな。お前の「少し」はオレの数十年かもしれないと思ってもう帰ってこないのかと思ったぞ」
と言いました。返事はありません。
「会いたかった、と、言って欲しいんだろ」
レイノさんは籠を開けて、鳥を手の上に置くとそう言いました。
「すぐに帰ってくると、思ったんだ。迎えに行かなくて悪かった」
レイノさんが珍しく素直に謝ると、その鳥は目が眩むほどの銀色の光がして、目の前には銀色のナマズのような姿の魚がいました。
「魚?どうした?」
「隣の国の王子は私はこの姿の方が良いのだそうだ。彼が私を見ると、私にキョーコを取られるような気がするらしい。お前はどうだ。いつもの「私」の方がいいか?」
「別に構わないが・・・お前の本当の姿とは一体何なのだ」
「ふふ、この世のものとは思えない程醜いかもしれないぞ?」
ミュスカ様は笑って言いました。
「ふん・・・別に構わないぞ。お前がその姿がいいのなら。オレはお前がしたい姿であればそれでいい。どの姿だろうがお前はお前だ」
「私もネコの中に入ろうか。ネコならいつでもお前に触れる」
ミュスカ様はそう言うと、部屋にいたネコの方を見ました。
「オレはいつものお前がいい。オレはお前に触れるからな」
レイノさんがそういうとすぐに、ミュスカ様は元通りの「銀色の精霊」になっていました。
「オレには銀色の祝福の精霊に見える」
「それでいいんじゃないか?お前に見える姿でお前が私を愛するならそれでいい」
「・・・なんだ愛するとは」
「さあ」
「お前はその姿が一番美しい」
「では私の祝福を受け取るといい。しばらくハードな仕事が続いたんだな」
そう言ってミュスカ様はまた銀色の光で、レイノさんの頬に口づけをしたようにレイノさんは感じました。
「先ほど神と共に隣の国へ行ってきた。キョーコにお前が待っているから会って来い、触れられるといい、と言われてここへ来た。それは達成した。また今度隣の国へ報告しに行こう」
ミュスカ様がそう言うと、レイノさんは面白そうに笑い、そして、ミュスカ様の顔に腕をのばすと、
「・・・おかえりミュスカ」
そう言って、ミュスカ様の唇に自らの唇を寄せました。
【おまけ・おしまい】
2019.11.06