収穫祭が近くなってくると、蓮様とキョーコさんはお城に戻りました。妖精や働く動物たちのためのお祝いの場を設けるために、毎日準備に勤しんでいました。
羊の中に入ったミュスカ様は、その専用の部屋を準備されて、城の窓辺に置かれていました。きっとつまらないと思ったキョーコさんは、空いた時間に話しかけにいきました。
蓮様は「その部屋でね」と言い、羊の置物の事はキョーコさんにお任せでした。とても美しいミュスカ様にあまり興味が無さそうな蓮様の様子に、キョーコさんは不思議そうな顔をしました。
ある日王様からその羊の置物が見たいと呼ばれて、蓮様とキョーコさんは、王様の部屋へ行きました。
「キョーコよ、その羊の置物の中に精霊が入っていると聞いた」
と、父王がやってきて言いました。
「はい!ミュスカ様と言います。このあとの収穫祭で隣の国へお帰りになります」
「妖精と精霊はまた違う種族だろう?キョーコは見えるのか」
「はい!とてもお綺麗です。王妃様みたいです」
「ほう。見てみたいものだな」
父王はその置物の中をのぞきましたが、中は空洞になっているようにしか見えず、中に何が入っているのかは見えませんでした。
「収穫祭で外に出た時、見えるようになるだろう、と、中でミュスカ様がお話されています」
「そうか。ではその時にはできれば声をかけて欲しい」
「分かった、と、言っています」
「それから、食べたいもの欲しいものは無いか聞いてくれないか。他に何か望みは無いかと」
「食べ物は食べないそうなのですが、元の場所へ帰りたいそうです」
「そうか・・・」
王様が残念そうに言うので、キョーコさんが、
「違うんです。ミュスカ様は隣の国の方がとてもお好きなのです。ね?ミュスカ様」
キョーコさんはにこにこ、と、羊の置物に笑いかけました。
「ミュスカ様の下についている精霊たちを羊に乗せるために連れてくる事になっている、と、言っています」
王様はそれを聞いて嬉しそうにして、精霊がどうしたら喜ぶのかを聞きました。
周りにいた王様のお付きの人たちが、「王様、時間です」と言ったので、蓮様とキョーコさんは「ではまた」と言って王様の部屋を出ました。
「ミュスカ様、精霊というのは中々会う事が出来ないので、大人気ですね!」
キョーコさんが明るくそういいましたが、ミュスカ様は「キョーコも神に育てられただろう。同じだ」と言って、ただただ笑みを浮かべていました。
*****
収穫祭が始まり、 蓮様もキョーコさんも、魔法使いの格好をして、 朝からキョーコさんはお城の前で子供たちにお菓子を配っています。
入口は沢山の人であふれ、近くでは数え切れないほどの料理の山と、市場と、宴が広げられていて、もう、何が何だか分からない程の賑やかさです。
「お招きありがとう」
そう言って城にやって来たレイノさんと妹姫たち。
お付きのものが沢山の羊を携えてやってきました。
沢山の羊の群れを見て、キョーコさんは驚き、目を輝かせて喜びました。
妹姫が前へ出て挨拶をすると、開口一番、
「蓮様、キョーコ様、兄の非礼をどうぞお許しくださいませ」
と言って、挨拶をしました。蓮様はニコニコと笑って「いいえ」と答え、キョーコさんもニコニコと笑って「ミュスカ様とのお時間は楽しかったです。もうお帰りになってしまうと思うと寂しいです」と答えました。
キョーコさんは、王家の人たちが集まる城の中庭に皆を連れて、席に案内しました。中庭には山ほどの料理と飲み物と、お菓子が並べられて、国中の賑やかな祭りを上から見て楽しんでいます。各国の偉い人たちがここぞとばかりに何か難しい話をしていました。
「ミュスカ様が早く帰りたいと言っています。もう出して頂けませんか?」
キョーコさんは早速会ったレイノさんに言い、ずっと傍に置いていた羊の置物を渡しました。
レイノさんは受け取った羊の置物に話しかけました。
「帰ってこなかったな」
「居心地が良かったからな。良い待遇だった」
その会話を聞いてキョーコさんは、
「レイノ様にこれを割って頂かなければミュスカ様は出られないのです」
「・・・ミュスカ。出てこい」
レイノさんがそう言うと、ミュスカ様は「いやだ」と言いました。
「どうした。別にオレが出さずとも勝手に出られるだろう」
「ええ~!ミュスカ様、本当は出られたのですか???」
キョーコさんは驚いて言いました。
「別にこいつはオレの魔法か何かで中に入っている訳ではない。入れ、と、言っただけだ。オレはただここにミュスカが悪く扱われないよう祝福する魔法をかけただけだ」
それを聞いたキョーコさんは、蓮様をチラリ、と、見ました。蓮様はミュスカ様の声は聞こえていませんでしたが、キョーコさんの様子から大体の会話が分かっているようです。とても涼しい顔をして、当然そうな顔をしています。まるで知っていたようでした。
「ではどうしてずっとこの中に入っていらしたのですか。レイノ様がいらっしゃらないと出られないと言ってまで・・・」
「まあたまには別の場所で過ごしてみるのもいいかと思ってな。それにレイノもキョーコに会いたがっていたのは分かっていから私が使いとしてやってきたのだ。仕方ない。出よう。神に祝福を」
ミュスカ様はそう言うと、ものすごい銀色の光と共に、外に出ました。
一瞬のすごい光で、キョーコさんも、その周りにいた人たちも、そして、城中、町中が、銀色の光に包まれていました。
「わ!」
あの小さかったミュスカ様は、城と同じかそれ以上の大きさの、ものすごい大きさになっていました。しばらく周囲の景色を見つめた後に、
「いい国だな」
両腕を大きく伸ばして言う言葉は、キョーコさんにはまるで天から降り、地響きのように大きな声に聞こえ、あまりに大きな声だったので、思わず両耳を押さえました。蓮様には、ちょうどよく普通に聞こえるようです。
「父王が会いたいと言っていたな。見えるだろう?」
王様も、勿論そのすごい光と共に現れた大きな銀色の存在の様子を眺めていました。
話しかけられて、うんうん、と、頷く王様がキョーコさんには見えました。
各国の偉い人たちは、この国の王の魔法で作ったハロウィンパーティの仕掛けだと思っているようで、大きな銀色の存在に手を叩いて「素晴らしい」と喜んでいます。
キョーコさんは蓮様を見上げて、思わずぎゅ、と、蓮様の洋服を握りました。
「すごい大きいですね」
「彼らに大きさはあまり関係ないんじゃないかな」
蓮様はその様子をじっと見守って、キョーコさんを自分の体の中に抱き入れました。
「ミュスカ、皆が驚いているから元の人のサイズに戻れ」
とレイノさんが言うと、気づくと一瞬で元通り、人のサイズになっていました。
「迎えが遅い」
そこまでは話の意味が分かりましたが、ミュスカ様が謎の精霊の言葉で話し始めてしまったので、レイノさんとミュスカ様をただただ見つめていました。二人にしか分からない何かの内緒話なのだろうと思いました。
レイノさんは少しの笑みを浮かべてただただその謎の言葉で会話を続けていました。
そして、ミュスカ様が、レイノさんの頬に一度口づけをしたので、キョーコさんは照れて、見てはいけないものを見てしまったと、蓮様のうしろにさっと隠れました。
ミュスカ様は、キョーコさんを見て、久しぶりに分かる言葉で言いました。
「キョーコ。世話になったな。私の使いがお前の羊たちやしあわせ鳥たちを守るだろう」
「いいえ!とても楽しかったです。また来てくださいね?」
その時、キョーコさんの足に何かが触った感じがして、下を見ました。鼻をちょん、と、足に一度つけて、頭をすり寄せる一匹の白いネコがいました。かわいい、と、言うと、尻尾を絡ませてきて、そして、そこに背をただして座りました。
「ネコさん、どこから来たのでしょう?王様、飼ったのでしょうか?」
キョーコさんがそう言った途端に、さっきの銀色の光よりももっと強い金色の光が射しました。
誰も、その光の中で目が見えなくなりました。
「わっ!!!」
蓮様はとっさにキョーコさんを腕の中に入れていました。
光がやみ、目がようやくまた元に戻ってきて、キョーコさんは目を開けました。
「蓮?いる?びっくりした・・・」
と、ずっと強く抱きしめていてくれた蓮様を呼びました。
「驚いたね。まぶしかったね」
蓮様はキョーコさんを見てそう言いました。
「あれ?ミュスカ様は・・・?」
レイノさんの横にいたはずのミュスカ様が見当たりません。
レイノさんもずっと気配を追っている様子ですが、見当たらないようです。
「帰った」
レイノさんは言いました。
「帰った?」
「家に」
「家。お先に隣の国にお帰りになられたのですか? 」
「いいや。神の元に」
「え!!!まだ全然お別れもしてないのに!!!!」
キョーコさんはキョロキョロとあたりを見回して、そして、ミュスカ様~!!!と声をかけましたが、誰も返事する様子はありませんでした。
「会者定離、仕方が無い事だ。いつそれがやってくるかは誰にも分からない」
と、レイノさんは言い、キョーコさんは、どういう意味ですか、と、問いました。
「会えば必ず別れが来る、という意味だ」
「え・・・だってミュスカ様はここでレイノ様を待っていただけなのに。あんなにレイノ様に会いたい、隣の国へ帰りたいと言っていたのにどうして。元の場所に還りたいと言っていたのは、隣の国ではなかったのですか」
キョーコさんはそう言って、涙を浮かべて、蓮様の腕の中に顔を隠しました。
2019.11.04