朝起きて、朝の支度が済むとすぐに、キョーコさんは羊の置物の前に行きました。
「ミュスカ様?おはようございます。眠れましたか?寒くありませんでしたか?」
「おはよう。寒くはないから大丈夫。あと私は寝ない。一晩中外を見ているだけだ」
「寝ない!のですか?」
「食べないし寝ない。人間のような機能は備わっていない」
「神様もそうでしたけど、何を食べて生きているのでしょうか・・・」
「食べないんだ」
「そうですか・・・朝ごはん、いりませんか?」
キョーコさんはミュスカ様の分も用意しましたが、ミュスカ様は首を横に振りました。
「でも、ありがとう」
そう言って、明るい光で銀色に光りました。
「わ!」
「神も祝福するだろう。私もできる。誰かの気持ちは伝わってくる。それで私たちは生きている」
「・・・その力があったら、その中から出られませんか?だって神様の次に偉いんですよね?悪い魔法の力は自分より強い人にはあまり通用しないと昔神様から聞きました」
「ははは」
ミュスカさんは面白そうに高笑いをしました。キョーコさんはミュスカ様に答えてもらえないので、もう少し考えて言いました。
「悪い魔法ではない、という事ですか?」
「さあな」
「でも」
「キョーコ。悪い、とは何だ?」
「悪い?そうして勝手にしてしまう事、でしょうか?」
キョーコさんは質問されて更に聞き返すように答えました。
キョーコさんとミュスカ様の会話と答えを聞いていた妖精たちが、「アイツは悪いヤツだ!」「蓮様がいない時にキョーコちゃんに手を出そうとするし!」「だって悪い花は使うし!」「木こりの妖精は人形に閉じ込めるし!」「だからアイツは悪いヤツだ!!」と沢山の妖精たちが声をそろえて言いました。
「はは。アイツは嫌われているな、この森の妖精たちに。正直でいい」
「・・・すみません・・・」
「お前のせいじゃないだろう。彼らが勝手にお前を慕っていて、そして勝手にアイツを嫌っているだけだ」
それを聞いた妖精の一人が、
「前にお菓子の国のパーティで妖精の木の実をたくさんもらったから、僕は嫌いじゃないよ。彼は嘘をつかなかったじゃないか」
と言って、他の妖精たちが「妖精の木の実はもらったな、でも!だました事は悪い!」と言いました。
キョーコさんは、
「私は、ある夏の一日、レイノ様と話をした日の事を全て覚えていないのです。妖精たちが言う事や、敦賀さんが言う事は分かるのですが・・・。でも、私が見たいと言ったので、羊の所に連れて行って下さいましたし、ミュスカ様をご紹介下さいました」
と言った所で、玄関のドアが開いて、蓮様が出てきました。
「おはよう。どうしたの?いないからどうしたかと思った」
「おはようございます。ミュスカ様が寒くなかったか、きちんと眠れたかと思って聞きに来たんです。でも、寒くないし寝ないそうなので・・・」
「そう。それはよかった」
蓮様がそう言うと、ミュスカ様は、ふ、と、笑って、
「この王子もアイツの事が嫌いなようだな。キョーコをどうにかしようとするからだろう。アイツ寄りの私の事もそんなに好きではないらしい」
と言いました。
「・・・すみません・・・。でももしミュスカ様が見えてしまったら、蓮は私の事を置いていってしまうかもしれません・・・」
と、キョーコさんは困った顔で言いました。
「いいやそんな事は無いだろう。この王子がどれだけお前を愛しているのか、よく見える」
「見えるのですか!!どう見えるのでしょう・・・私も見てみたいです・・・」
「・・・全部見える。でもお前も十分知っているだろう?そうやってこの王子の気持ちを改めて確かめる必要などどこにある?それにこの王子がキョーコを繋ぎとめておいてくれないと、私が困る」
「どうしてですか?」
「レイノはお前が好きだからな」
「え!それは困ります・・・というか私はもう結婚しています!」
「それはアイツには関係ない事だ」
「レイノ様は不思議な方なのですね?」
「結婚という制度にアイツが全く興味がないからだろう」
「そういうもの、なのですね・・・?」
キョーコさんは蓮様を振り返ります。
「オレに何か言ってる?」
蓮様はキョーコさんの肩を抱いて言いました。
「いいえ・・・」
キョーコさんの少し困惑した顔と、何とも歯切れの悪い答えを聞いて、蓮様は一旦中に入るように言いました。
ミュスカ様はしばらくそのままそこにいると言い、蓮様とキョーコさんは中に入りました。
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「何か聞かされて、疲れてる?顔色が悪いよ?休む?やっぱり他人が家の傍にいるとよく眠れないんじゃない?」
朝食を食べながら蓮様が言います。
「いいえ、あの。ミュスカ様が言ったのは、レイノ様は私の事が好きで、敦賀さんが私を繋ぎとめておいてくれないと困る、と、言っていました」
「ああ・・・」
蓮様はその話はうんざり、と言った顔をしています。
「私は一日忘れている日があるのでその日に一体何をしたのかと思うと」
「大丈夫、何もしてない、と言わなかったっけ?」
「はい、ええ。聞きました。それでも、レイノ様は私が結婚をしていようといまいと関係ないとミュスカ様が・・・私はどうしたらいいでしょう?」
「何も。そのままでいいんじゃない。収穫祭はオレが傍にいるよ」
「はい。お願いします」
キョーコさんは少しホッとして、にこり、と笑って言いました。
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「・・・帰ってこないな」
お菓子の国の王子さまは独り言をつぶやきました。
それを聞いた妹姫が、
「何の話です?」
と聞き返しました。
「ミュスカを隣の魔法の国へ羊の置物に入れて遣わしたのだ」
「お兄様?!あなたは救いようのない程の愚か者なのですか?」
「なぜおまえがそこまで言う」
「ミュスカ様はこの地の精霊でしょう?それにお兄様をお慕いになられているというのに何という事を」
「帰ってくるように仕向けてある」
「それでも!なんてかわいそうなミュスカ様!でもお兄様は神の使いも使役してしまうのですか」
「使役していない。入れと言っただけだ」
「ミュスカ様、あまりに可哀想ですわ、お兄様・・・」
「そうかもな」
「ミュスカ様が諦められるように、お兄様が早く結婚して下さればいいのに・・・」
妹姫がそんな話を出したところで、レイノさんは立ち上がり、
「お前もな。隣の国の王子はキョーコと結婚したぞ」
と言って、やり返しました。
それを聞いて妹姫は手が付けられない程レイノさんを怒り部屋を出ていきました。
同じ事を言っただけなのに、と、レイノさんは、ハァ、と、大きなため息をつきました。
レイノさんはしばらく窓から外を眺めて、何か考え事をしました。それから鳥かごの中の白く美しい鳥を取り出すと、魔法をかけて、窓から放ちました。
2019.11.1