ベッドの中で、やわらかなキョーコの身体を抱きしめながら、それをどんなに願ったかを蓮はキョーコに告げた。
何もまとわない身体に、蓮の身体の重みが優しくのしかかる。
「クマの人形もいいけど君がいい」
すっかり大人しくなってしまったキョーコを、蓮はリラックスさせたくて、ただ肌を合わせて会話を続けていた。
「敦賀さん・・・」
「ん?」
「なぜ、私でいいのか、こうして抱きしめてもらって嬉しいのに、まだよく分かりません・・・。いつか・・・あなたは誰かと共演して、その人を腕の中に入れたいと望んでいるかもしれません・・・」
「君もね・・・」
「わ、わたしはっ・・・・」
「そんな遠まわしな言葉はベッドの上ではいらない・・・他の女の子なんて見ないでと言えばいい」
蓮は音を立ててキョーコの唇を吸ってからそう言った。
「・・・貴方を好きにならない自信はあったんですけど・・・」
「男女間には利害関係か愛情かしかないってヤツ?本に書いてあったけど・・・」
「ふふ・・・利用されているなら、そうはならないって思ってたんですけど・・・。でもいつか、例え撮影の間だけでも、愛されたいと願いました。撮影が終われば夢も終わって、あなたを忘れられると思って・・・。でも、忘れられなくて・・・お仕事失格です・・・」
「この期に及んでそんな事を言う?」
「だ、だって・・・」
蓮はしばらくの間、キョーコに口付けたり離したり、見つめたりしていた。
「可愛い」
と蓮が囁くと、キョーコはまるで撮影時と同じように、ドキドキした気持ちが蘇る。
「オレからのクリスマスプレゼント・・・もし開いたら、君はオレが他の子を大事にするなんて、譲れないほど惜しくなると思うけど・・・」
蓮はキョーコの頭を数度撫でて、静かに微笑む。
「バラの下では、どんな秘密もバラに許されるかな・・・」
蓮はサイドボードに置いてあるキョーコが持ってきたバラに触れて、独り言のようにそう言った。
「クリスマスプレゼントはね、君だけに話す、君が大好きなコーンの話にしようか」
「?」
「君はそういえば、コーンとなら、恋をしてもいいと言っていたね・・・もし今、目の前に彼が現れて、君を迎えに来たんだよと言って愛を告げたら、君はオレと彼とどっちを選ぶ?」
くすくす、と蓮は笑ってそう言った。
「ええっ・・・」
キョーコが驚いたように戸惑うから、蓮も少しだけ拗ねた表情をして、
「迷うんだ?」
「ま、迷いません!」
キョーコも意地で答える。
「そう?」
「でも私だけにプレゼントしてもらえるお話は、聞きたいですけど・・・」
「じゃあ、キスして。オレだけって」
「・・・・うううう・・・・」
蓮の押しに屈したキョーコは蓮を見つめて、そして、ちゅ、と、勢い良く蓮にキスをして、その後、蓮の唇を何度かついばみ、ダメですか?という視線を送った。
「ダメ」
と言ってから、嘘だよ、と言い、蓮はキョーコに同じように軽くキスをした。
「君の大好きなコーンの話のあと、オレの話をしようか。できれば触れたくない記憶だし、少し長い話でね、もしそのプレゼントを開けたら、やっぱりオレはいやって言って、腕の中から逃げ出したくなってしまうかもしれないけど、いい?」
「はい、もちろん・・・。あの、敦賀さん?」
「ん?」
「もし、敦賀さんご自身が、すごく辛かったり、忘れたかったり、誰にも言えない事を話してくださるとしても、私は大丈夫です・・・。きっと、敦賀さんの事だから、もう、十分過ぎる程、自分を責めたでしょう・・・?だから、この手が今まで何をしてきたとしても、バラと、私だけは必ず許しますから・・・あの・・・だから・・・私にも、これからは少しだけでも甘えて貰えて、役に立てたら、すごく、嬉しいです・・・」
「ありがとう・・・」
何度か蓮はキョーコの肌を手で撫でる。
ぎゅ、と、腕に抱きしめる。
キョーコも、少しだけナーバスになった気がした蓮の背中に腕を回して、背中を数度撫でた。
「まずはオレの本当の名前から、話そうか・・・・」
*****
クリスマスプレゼントを互いに交換し合い、許しあい、受け入れ合った二人に、もう、言葉はいらなかった。
なだれ込むような甘い行為、キョーコの短く吐き出される息と声と濡れた音、そしてシーツに肌が擦れる音だけが部屋に響く。
久遠、と何度も呼ぶ声がする。そう呼ばれる度に蓮はキョーコに口付けてその名前を囁くキョーコの言葉を残らず食べてしまおうとした。
そして時折キョーコから漏れ出す甘い声に、時折蓮の囁きが混じりながら、キョーコがそれに応える声がする。
――・・・君が感じてる声、たまらなくやばい・・・
囁かれると、キョーコは更に甘いため息を吐き出した。
初めての時はもっと緊張をしていたし、嬉しさに混じった寂しさの方が大きくて、ただ、離れたくない、という気持ちの方が強かった。
今日も同じように離れたくない、と思ってはいるけれども、強く、甘さと切なさと愛しさとが、入り混じっている。
「絶対に離さない、一生離さない・・・全てオレのだ・・・」
そんな事を言う蓮の言葉の拘束、それが嫌ではなく、むしろ気持ちいい。
冷えた空気の中互いに暖め合い、身体の中から何度も湧き上がってくる甘い感情を伝え合う。
蓮の広げる優しいバラの棘にキョーコの体は身も心もとらわれる。
キョーコの背中に吐き出される熱い息、首筋をなぞる指先。
キョーコの身体はあたたかな蜜を零して蓮を誘い、蓮は熱くなった体をキョーコの中に沈めて、揺れた。
長く会話をした二人はとてもリラックスしていて、ゆっくりと、でもとても強くお互いを引き寄せて、溶けた心と身体は、おかしくなるほど強く愛し合った。
*****
「君の中で・・・心から愛されたと感じる一番目の人間になれるのは、悪くないね」
蓮は、うとうとうと・・・と蓮の腕の中で意識を落とす寸前にいるキョーコの頬を撫でながらそう言った。
コーン、と呼んだのか、クオン、と呼んだのか、キョーコは柔らかく微笑んだ。
眠くなっている体温が高い抱き枕は、自ら蓮を抱きしめて、抱き返した蓮の腕の中で、呟いた。
「・・・愛したいと願う最後の人が・・・いい・・・」
蓮は抱きしめるキョーコの腕を強くして、
「サンタクロースにでも願ってみるといい、きっと望むものは明日の朝、枕元に置いてあるよ」
と、笑った。
まだ最後の意識が残っているのか、半分夢の中なのかは蓮には分からなかったけれども、キョーコは少しだけ微笑みながら、頷いた。
*****
十二月二十五日朝。
だるまやの女将は、やはり帰ってこなかったキョーコの事を持ち出して、大将に得意げに「ほらねえ」と告げていた。
自宅のほうのインターホンが鳴って、女将が立ち上がる。
戻ってきた女将は、箱を持ってきて、大将に見せた。
「キョーコちゃん宛てに何だか随分と立派なバラが届いたよお。綺麗だねえ。誰からだろう?」
一輪だけ箱に入っているのが見える紅いバラは、キョーコ宛で、そのバラにはカードと、更に何かは分からないが、小さな箱が中に入っている。
送り状には住所と携帯電話の番号と、宛名には「K」としか入っていない。
「今日はキョーコちゃんの誕生日だから、誰かプレゼントに贈ってくれたんだろうねえ。きっとキョーコちゃんも帰ってきて見たら喜ぶよ」
うんうん、と頷いて、女将は嬉しそうにその箱をキョーコの部屋のテーブルの上に置いた。
【FIN】
2010.08.15