ある日の夕方、キョーコは社に呼び出され、ラブミー部の部室にいた。
「キョーコちゃん、これなんだけど・・・・」
と、躊躇いがちに社がキョーコに紙の切れ端を渡した。
「何でしょう?」
「蓮の、クリスマスの予定」
「え・・・・?」
「どちらかというと、オレから蓮へのクリスマスプレゼント、なんだけど・・・。キョーコちゃん、クリスマスイヴでもクリスマスの日でもいいんだけど、予定空いていないかなって思って・・・。アイツ、書く仕事で、いつものホテルにこもるって言うから、さびしいかなって思って、ケーキか何か、何でもいいから差し入れでも持って顔を見に行ってくれたら嬉しいなって・・・」
ちらちらと社はキョーコの顔色を伺いながらそれを告げる。
「え。書くお仕事、再開されたんですか?」
「どうしてもって、ごねられたらしくて・・・。休みたいと言う前に話が上がっていたみたいで、短いものだからって、引き受けたみたいなんだけど・・・。オレの方にはその仕事の細かい内容までは当然上がってこないから詳しくは知らないんだ。年末ものすごく忙しいのに、アイツ、倒れたりしないかな~って・・・。クリスマス頃には大体の仕事も落ち着くから、そのご褒美においしいものでも食べれば元気になるかな~って、さ」
倒れたりしないかな、というのは、半分心配しつつ、半分は社の演技だ。
蓮がキョーコを心から大事にしていたのは、社の方はよく分かっていた。しかし自分の立場やキョーコの事情を考えて、キョーコに何も言えないでいるのだと思っていた。
キョーコがそばにいなくなってからというもの、卒なく仕事をこなしているように見えたし、恋愛の絡んだドラマなどの仕事をしても、キョーコ以上に思い入れる様子は見受けられなかった。
余計な世話かと思いながら、でも、蓮が書かなくなった理由も、俳優に打ち込む姿も、半分はキョーコにある気がしている。
蓮が本当の、心からの気持ちを伝えれば、もしかしたら恋愛をしないと言っているキョーコさえも変えられるのではないかという気がする。
キョーコだって自らの立場から、キョーコが蓮に何かの感情を持っているように見えたのに、それを我慢してしまったように思えていた。
そう思っていたある日、久しぶりに会った新開監督が社に言った。「あのさ、蓮とあの子、今も付き合ってるの?」と。
当然ながら、知りません、と社は答えた。そう答えはしたものの、新開がそう言ってから社は、蓮がキョーコを大事にしていたのは本当の気持ちだったに違いないという確信を得た。
ずっと一緒に生活していたのだから、社の知らないところで二人は愛し合っていたのではないかと踏んでいる。監督が見抜いていたか、蓮本人の口から聞いていてもおかしくはない。
だから今年一年頑張った蓮のため、社はプレゼントのつもりで、キョーコの予定を聞いてみた所だった。
「わかりました、じゃあ、せっかくなので二十四日の夜、お食事とケーキでも持って遊びに行きますと、伝えておいて貰えますか?」
と、キョーコは社に言った。
やったよ蓮、オレを褒めて、と、社は内心ガッツボーズを作りながら思った。
「部屋はその番号に押さえてあるから、直接行ってみてくれる?」
「わかりました。でも、あの・・・」
「何?」
「クリスマス、敦賀さん、他のご予定というか、あの、他の、女の方が、いらしていたり・・・・とか、はちあわせとか、大丈夫、でしょうか・・・?わざわざクリスマス期間にこもられるって、事は、その・・・あの・・・」
「無い無い。それは無い。安心して」
妙に強い口調で社は言いながら、顔の前で手を振った。
「そ、そうですか・・・?」
その言葉を喜んでいいのかどうなのか、キョーコは社に許されて、クリスマスに蓮に会う事になってしまった。
貰ったイヤリングを、久しぶりに表に出した。
少しぐらい華やいでもいいかな、と、思いながら、締め切りの日が近いだろう事を思って、その浮ついた気持ちをすぐにかき消した。
*****
「よしできたっ♪」
ひとり分の小さなホールケーキを、下宿先のだるまやの台所を借りて夕食を作ったキョーコは、「お仕事で、でかけて来ます、もしかしたら遅くなるかもしれません」とだるまやの女将に告げて、出て行った。
「今日はクリスマスイヴだもんねえ・・・キョーコちゃんのイヤリング見たかい?綺麗だったねえ。もう、照れるね。今日は帰ってこないと踏んだよ」
にこにこ、と笑いながら女将は嬉しそうに大将の腰を叩いてそう言った。
「・・・・・・」
大将はただ小さく息を吐き出して、何も言わなかった。
いつものホテルの八○五号室の前で、返事の無い扉に、キョーコは困り果てて、立っていた。
何度叩いてもドアが開く気配が無い。もしかして、原稿も終わり、深い眠りについてしまっているかもしれない。
キョーコは、社に連絡を入れると、ホテルにいると思うんだけど、と言って、反応が無い事を告げると、おかしいなあと言った。
「あ、じゃあ、敦賀さんに直接連絡入れてみます」
と告げて、社の電話を切った。
蓮の携帯に電話をしても、出る事は無い。
フロントに、今日、八○五号室に泊まっている人間は、まだ部屋にいるかどうかをたずねても、当然ながらお答え出来ません、と言われて、ロビーをウロウロし続けた。
クリスマスイヴでホテルの従業員も忙しいし、人の出入りも多い。いつまでもうろうろするのも悪く思えて、仕方なくキョーコはロビーを出て、すぐ近くの蓮の住む部屋の前まで歩いていった。
部屋の前まで行き、インターホンを押しても、出ては来ない。鍵を返そうと思っていてまだ返していなかったから、入ろうと思えば入れる。でも今は不法侵入者のようで、それを使う気にはならなかった。
ふぅ、と、息をついて、そこへ座り込む。
「つるがさぁぁあん・・・・どこにいるんですかあ・・・・」
と、言ってみて、ぐぅ、とおなかが返事をしたぐらいだ。
「お、おなかすいた・・・」
夜も八時を回っている。
クリスマスイヴに、誰も通らない廊下に一人で座り込み、何とも情けない気持ちになりながら、ひとさし指で、ツン、と、作ってきた食事の入った袋をつついた。
――これ、置いてもう帰ろうかな・・・
キョーコはそう思いながら、いつ帰ってくるのか分からないのに、置いていおいて気付いたら腐っていたとか、あとは、やっぱり、クリスマスイヴともなれば、蓮も早々に仕事を切り上げて、誰かと共にすごしているかもしれない、そうよ、誰かと帰ってきて、こんな怪しい差し入れ風のものがあったら、敦賀さんの立場がなくなるじゃない、と思って、バッグを持ち、エレベーターを降りた。
蓮のマンションの前は明るく華やかに電飾が彩られていたから、そこに座り、しばらくの間、通る人を眺めていた。
少し寒くて両手を何度か擦った。
誰もが何か華やいで見えて、自分がここにいるのも、誰かとの待ち合わせに見えるかしら、と思って、ふふ、と、一つだけ笑い、キョーコは携帯電話を取り出した。
社からも、蓮がつかまらないという内容の伝言が入っていた。そして、ごめんね、と。蓮からの折り返しも伝言も無い。
帰ろうと思って歩き出した時、携帯がようやくふるえた。
「ごめん・・・今気付いたんだ」
「あ、社さんから聞いてませんでした?」
「何の事?」
社はあえて秘密にして驚かせようと思って、蓮には今日の事は言っていなかった。
「あ、聞いて無いならいいんです、大したことじゃなくて」
「えっと、ごめん、聞いて無いけど、どうしたの?」
「敦賀さん、まだ、ホテルに、いらっしゃいますか?」
「いないよ?」
「えっ、あ、そう、ですか・・・あの、書かれているって、こもっていらっしゃるって聞いて」
「あぁ、昨日終わったから、もう出たよ。今は車の中」
「頼まれて、お食事を、作って持って来たんです、けど。もう、食べちゃいました?」
「そうなの?今、どこにいるの?」
「敦賀さんのマンションの前、です」
「じゃあすぐ帰るよ。危ないから部屋の前まで行っていて」
電話を切ってキョーコは再び部屋の方へ向かい、扉の横の壁に寄りかかる。
よかった、と、単純にほっとした気持ちと、嬉しい気持ちがした。
「おかえりなさい」
と、キョーコは蓮の顔を見て言った。
「これを、お渡しに来ただけなんです。じゃあ・・・」
「帰るの?」
「だって、原稿はもう終わられたって・・・。それに、今日は、その、イヴで、わたし相手じゃ・・・」
「これから予定がある?」
「いえ・・・」
「じゃあよかったら一緒に食べよう?」
「ハイ・・・」
促されて何となく戸惑いながら、本心では会いたかったから、正直にも部屋に入ってしまった。
半年ぶりの蓮の部屋は少しも変わらない。
食事を温める為に入ったキッチンも、キョーコが置いていったまま、ただ、掃除だけがされているようだ。
蓮はにこやかに食事をとり、おいしい、と、言った。
「久しぶりに一緒に食べるね」
「ハイ」
何を話しかけられてもドキドキする。
クリスマスイヴという日も悪い。
「今日、社さんに言われたの?」
「え、えぇ、元々は・・・。何かの書くお仕事でこもられると伺って。一人だから、お食事を持って行って欲しい、と・・・」
まったくあの人は、と、蓮も社の意図を理解して、もしホテルに一人で来られでもしたら、きっとすぐに仕事放棄したに違いない、と思った。
終わっていて良かったと思う。
「そっか」
キョーコ自身が自分に会いたくてやってきたならどんなに良かったかと思うが、贅沢は言えない。会えて嬉しい、それを正直に告げるべきかを考えていた。
「この間一緒にやった映画、監督も頑張って編集しているみたいだよ。年明けすぐに軽く見られるかもしれないね」
「監督はお元気ですか?」
「そうだね、元気そうだったよ」
無難な会話が続きながら、食事を続ける。
蓮は微塵にも疲れを顔に出さないでいる。明日の仕事の予定でも聞いて早々に帰ろうと思った。
「明日は朝、やっぱり早いんですか?」
「いや、明日はそうでもないよ」
「そうですか」
会話が途切れる。仕事が早朝からあってくれると思っていたから、じゃあそろそろ、と言うつもりだった。
「あの、じゃあ、ケーキでも食べましょう!そうだ、そうしましょう!」
「ケーキもあるんだ?」
蓮が、キョーコに向かって、にこにこ、と微笑む。
キョーコは視線を逸らしてはにかみ、立ち上がる。見つめられると驚くほど正直に、自分の心臓はどきりとしていた。
キッチンで紅茶を沸かしながらふぅ、と息を吐く。
思い立ってキッチンを出て、そろりそろりとゲストルームに行き、中を覗く。キョーコが借りていたベッドに、『コーン』の姿をした抱き枕は無い。数度素早くまぶたをしばたく。戻りながら、開いていた蓮の寝室の扉に、どうしても気になってその中を覗いた。
抱き枕が二体、ベッドサイドに置かれた椅子に座っていた。「あっ・・・」と、思わず声が漏れる。
捨てられてしまっただろうと思っていたものがあったというその事に、しばらく呆然とその人形を眺めていた。
「・・・・入りたい?」
と声をかけられて、背筋を硬直させたキョーコは、蓮に背後に立たれたのも気付かず見とれていた。
「いえ、あのちがっ・・・」
悪い事をした訳ではないが、こっそり見ておきたくてしのび足だったから、一気に顔が真っ赤になって、うつむいた。
「お湯が、沸いてる」
カタカタカタ、と、やかんの蓋が震える音が、キッチンの方から聞こえている。
「あっ・・・」
キョーコは蓮の横をすり抜けてキッチンに向かう。
火照る頬が早く収まらないか、早鐘を打つ心臓が早く収まらないか、それだけを考えていた。
「何を見たかった?」
蓮がキッチンの端に立ち、そう声をかけてくる。
「・・・人形、まだあるのかなって・・・」
キョーコは蓮の顔を見ず、手元の紅茶を注ぎながらそう言い、ケーキの箱を開けて皿に取り分けた。
「捨ててしまったと、思っていました」
「頼んだのに捨てる訳無いだろう?」
「どんな物もいつかは不要になりますから。遅かれ早かれ」
「・・・本心はそこじゃないだろう?」
キョーコが運ぼうとしたティーカップを蓮は手で制して、しまってあったトレーを取り出しティーカップとケーキ皿を置き、リビングに運んだ。
「・・・・捨てていると、思っていたので、あって、やっぱり嬉しかったです」
キョーコはケーキを口に運び、一息ついてから言った。
「抱きしめて寝てはいないけど、たまに手にとって眺めてるよ」
「・・・・・今日、実は、お仕事で忙しいと思って、お食事を差し入れて顔を見るだけにして、すぐに帰ろうと思っていました。だからクリスマスプレゼント、何も、用意していないんです。敦賀さん、それどころでは無いと思いましたし、もし、他の方がいらっしゃるかもしれないから、プレゼント、お邪魔になってしまうと思って・・・バラの花をちょこっと買ってきただけなんです」
キョーコは紙袋から小さなバラの花束を取り出してテーブルの上に置いた。
「・・・オレも今、君へのプレゼントは何も持っていないよ。こんなに美味しく色々食べているのに、ね」
「私のは全然いいんです!!でも、社さんが言っておいて下さらないから!もう・・・」
蓮はくすくす笑って、ティーカップを口に運んだ。
「工藤先生の新作、読んだよ」
蓮が切り出したその言葉に、キョーコはどきり、とした。急に視線がうろちょろさまよってしまう。いつそれを言われるだろうと思っていた。
「はい」
「彼は、オレを久遠だと分かってる?」
「分かりません。勿論私からは何も伝えていません」
「そう・・・」
工藤仁の新作は、キョーコを題材にして書くと蓮は知っている。およそ今までのキョーコの事が書かれていて、もちろんフィクション部分も混ざっていたが、キョーコが話した言葉のエッセンスや、過去の記憶、蓮への感情は、ほぼ正直に描かれている。
「・・・どこまでが本当の君の気持ちかは分からなかったけど・・・少なくとも、オレには沢山のうそをついたね」
「・・・・私が・・・敦賀さんに伝えた言葉、殆んどは本当のことです。嘘はついていません」
「そうかな・・・。物語では、主人公の女の子が恋をした作家と結ばれていたけど・・・相手が工藤先生には思えなかった」
「・・・・・も、物語、ですから」
じゃあ、敦賀さんは誰に思ってそれを読んだのですか、という質問はもう単なる時間稼ぎに思えた。
工藤仁の本の中では、キョーコは自分自身を許して、素直に心から愛されたいと願っている。
もう、喉の先まで、たったひと言、ずっと言いたかった言葉は出かかっていたけれども、それをキョーコはまだ言う事が出来なかった。
蓮が本気でキョーコに向き合っている。
いつもの優しげな余裕は無い。
キョーコの中に隠している本当の言葉を、キョーコの口から言うのをただ待っている。もし蓮が自分を過去の人間として扱っていたなら、そんな態度は取らないだろう。
蓮自身は、キョーコが願うような確信的な言葉は何も言っていない。
なのに、なぜその時は、蓮が自分を好きでいてくれたのではないかと、そう強く思えたのか、後から考えても分からなかった。
ただ、蓮の目が、もうこれ以上自分に嘘を言ったら怒るよ、と、言っていた。
「敦賀さん・・・は、何でも持っていますし、これからもきっと何でも持てるから」
「・・・?分かりにくい・・・何の事かな」
「もう、自由だから、自由に空、飛べるから」
「自由・・・?何でも持ってるって・・・何も持ってないのと同じ事じゃない?何も持ってない方が幸せだよ」
「もう、全てを持ってる人にしか分からない事です」
「・・・オレに対して何を怒ってるの・・・?」
キョーコは左右に首を振った。
「・・・ごめんなさい。うまく、言葉に、出来そうになくて・・・。怒っているんじゃないんです。怖かったから何も、言葉に出来なかっただけで・・・」
「怖い?何が・・・?」
キョーコは立ち上がって、蓮の横に立つ。
じっと蓮はキョーコを目で追っている。
キョーコは蓮の髪を触って、撫でた。そしてそっと蓮の頭を抱きしめて、「言葉にできそうにないから」、と、付け加えた。
「・・・・・・・・・」
蓮の頭部はキョーコの胸に抱かれて、少しだけ驚いて、そしてそのまま黙ってキョーコの腕の中にいた。
「まっすぐに、抱きしめてもらう事が、幸せだったなって思って・・・おやすみって・・・・」
キョーコが肩を抱きしめようと腕を伸ばすと、キョーコの唇は蓮の髪と頭に柔らかく触れてくる。キョーコの声が上から降ってくる。限りなく緊張しているキョーコの身体の反応は、蓮にそのまま伝わっている。
「・・・・・・・・」
「将来、あなたに真っ直ぐに愛される人が、とても羨ましくなりました。この間まで二人で恋人同士のように過ごして、抱き締めてもらっている間、好きだと、カエデちゃんとしてではなくて、私の気持ちが言っていた時も、本当はありました。でも、私には何も無いですし、何も持っていないから・・・。いつ、さよならだろうと・・・。だから怖くて逃げました。最初から、望まない事にしたんです。さよならしないために・・・。全部自分のため・・・」
嘘をついてごめんなさい、と、キョーコは言って、蓮を離した。
「・・・君が・・・女優としてのプライドを貫こう守ろうとしていたのも分かってた。カエデとして、オレに接しなければって・・・。だからオレも俳優として、その気持ちを優先させてあげようと思ったし、オレとの距離も一度置いて見られる時間も必要だと思ったから・・・」
蓮はキョーコに横に座るように促し、そして、耳についていたイヤリングに触れた。しばらくの間、無言でそれに触れ続けていた。
「・・・セージじゃないけど・・・新しいバラをね、作り出すには、およそ六年から七年はかかるんだそうだよ。だから、七年ぐらいは待ってもいいと思っていたし、七年とまで言わなくても、君が咲くまで五年ぐらいは少なくとも待つんだろうと思ってた。もう少し仕事に自信が持てて、もっと自分の事に時間を割けるようになるまで・・・。それまで時間をかけて、ゆっくりそばに居られて、オレも俳優としてもっともっとうまくできたら、もしかしたら、オレをって思ってくれるかなって・・・。自分の本当にやりたい事は、俳優だったともう一度思い直した。だから書くのもいったん休んで、俳優の仕事に集中し直そうって思ったんだけど・・・まあ結局は書いているけれどね・・・・」
蓮は、微笑み、こつん、とキョーコの額に軽く自分の額を当て、髪に指を入れて梳きながら言った。
「あのね、言葉はいらないって前に言った事があったけど、欲しい時もある。クリスマスプレゼント、物はいらないから、君の中にある本当の言葉が欲しい。オレのためだけの・・・」
「・・・あの・・・/////」
「オレも君にしか言えない言葉をプレゼントするから」
にっこり、と蓮は至近距離で笑った。
キョーコは喉まで出掛かっている言葉を言おうとしているのか、すぐそばにある蓮の目を見つめながら、でも口を数度ぱくぱくさせるだけで、何も出てこない。
「オレは偽物はいらないよ?本物にしてね?」
蓮が笑いながら付け加える。あ~だの、う~だのと、音しか言葉にならないキョーコに、蓮も笑う。
「言葉にできない?でも言葉にして欲しい」
蓮がキョーコの耳に揺れるイヤリングに触れれば、キョーコは至近距離でくすぐったそうに照れて視線を逸らす。そのじれったさもまた、初々しいキョーコらしい感じがする。かわいいなと思って、蓮はキョーコの体ごと腕の中に入れて、片方の腕を腰に回した。
「これなら言える?」
蓮は鼻先を、すりすり、と、キョーコの鼻にすり寄せる。もうすぐにでもキスしたいと思っているのに、キョーコがじらすから中々できない。
「ううう・・・あの・・・」
近すぎて囁くように音を発する。そしてキョーコは蓮の肩先を掴んで、ぎゅ、と目を閉じだ。
「すき」
掠れた声は、そう言った。
言ってすっかり困った顔をしているキョーコを蓮は強く抱きしめて、「プレゼントありがとう」と言った。
「オレも君が好き」
蓮はようやく解き放たれたキョーコの唇に、自らのそれで触れた。
2010.08.15