おーーー!
300回!
おめでとうございます!!
200回を超えたあたりからはあっという間な気がします。
カラー♡ありがとうございますありがとうございます!
アナログカラーも収録して頂き。
うれしい!
キョーコさん可愛い♡
カラー画集、第二弾は、大きいですね!
原画大好き!!
ありがとうございますありがとうございます♡
本誌。
嬉しい久しぶりの。
キョーコさんほいほいの食材選びがむずかしい蓮様・・・。
でもね、でもね。
涙を止められなかった理由も、
止めるために社さんに連絡したかった理由も、
想像するだけでニヤニヤします。
紅葉として蓮のことを思ったのだろう、
涙を止めるために連絡したい人が蓮なのかな、とか思うからです。
蓮を見たら、紅葉を思い出して涙が出るかな。
蓮にハグハグしてもらってほしいなあ。
まだきっと、「彼ではない」という認識だからこそ、夜中に大好きな人の家に、
「社さんからの仕事としての名目」で行けるのだろうなあ。
きっとこれからも、名目が無かったら、キョーコさんは蓮の家まで行けない気がする。。。
だって、これからも、まだ、関係を進める気が無い、と、はっきり言われているのだもの。
だからこそ、蓮様。どうか。
おまかせしました!!
関係を進める気が無いという蓮の気持ちも、
それを理解するキョーコさんの気持ちも、
まだ戸惑うキョーコさんの気持ちもどれもわかる。
でも、それでも、女子のさみしい気持ちは、また別なんだと思うの。
でも、本誌のキョーコさんは蓮に本音はまだまだ言えないと思うの。
雑誌?とかで熱愛の記事を見るたびに、嘘でも悲しくなると思うの。
嘘が世間で受け入れられている様子を聞く事もあるだろうし、
誰もがそうだと思っている所を割って出て行かなければならない恐怖とか。
自分とお姉さんを比べてしまって(比べる必要なんて全然ないのだけれど)、
時には落ち込む事もあるだろうし。
でも、本当は二人は一応子どもの頃から知っている「幼馴染」にあたるから、
本来は大丈夫、なんだけれども、キョーコさんがそれを知るまでには、
沢山心を痛めるんだろうなって。
なぜか「幼馴染」って、受け容れられる傾向に無いでしょうかね?
この肌感は一体何と言う言葉で表せばよいのでしょう?
うまく言葉にならないなあ。
幼馴染みなら仕方ない、いいね、ステキねってなるあの心理は一体何でしょうね?
幼馴染みと恋愛って、真実が出た時は、蓮様の株はもっと上がっちゃうだろうなあ。
キョーコさんは「最強で最恐」だから、
時にはそれを乗り越えるチャンスと思うこともあって、
心のバランスを戻す事もあろうと思うの。
それでも疲れた時は心が負けそうになる時があると思うの。
だから蓮が関係を進めなくても、時にはハグハグしてほしいな。
これから蓮がどんな試練を乗り越えようとしているのかは分からないけれど、
その時は今度は蓮が動けなくなる時もあるかもしれない、
そうしたら、キョーコさんが蓮をハグハグして欲しい。
というのは、ただの私の妄想と願望です。
どう妄想しても、二人の互いの空いた部分を埋めるのは互いな気がして、
今回の涙を浮かべるキョーコさんではないけれど、
二人の中で空いている部分が、互いの愛情で埋まるといいなあ。
******
先生の薄い本は見たいです。
これも単なる願望です。
でも買えなかったら一生涙をのむので買える方法がいいです。←
スキビ20周年、本誌はこれから何をしてくださるのでしょう^^。
どんな方法でもなんでも買っちゃうので売ってください♡
300回、来年三十年、色々おめでたいなあ~♬
人生のほとんどをご一緒させていただいたので、
無いなんて考えられないのだけれど、先生もたのしい時間を過ごして欲しいです。
いつかスキビが終わる時、私はさみしいので、
さみしすぎて、会いたくて、もっと二次を書くでしょうか?
それとも、呆然としてしばらく何も書けないかもしれないし、
書きながら今回の本誌のキョーコさん、
命を賭して好きな人のために生きた紅葉のように、
思い出しては、もう会えないと、さみしくておいおい泣くのだろうと思うのです。
これを書きながら目がうるうるするので、もはや間違いありません。
終わるのを受け容れるの、今はまだちょっとムリそうです。
(終わってないけれど)
主人公たちにまた「会いたい」ってなる作品はたくさんあります。
ずっと、変らずに心の中で、「生きている」のだろうと思うのです。
クレパラが終わった時、私の漫画人生は終わったと思ったのと同じで、また、
すべてが空しく、何かが止まってしまうかもしれないと思うかもしれませんね・・・。
本屋さんにも行かなくなって、本当に大好きな作品を除いて
全部電子読書に切り替わるだろうなあ・・・。
今の私の漫画の世界への命綱は、スキビであることは間違いありません。
30年ちかく読んできたので、まだ読ませていただきたい・・・!
でもどうかどうかお体だけはお大事にされてください。
描き切ると書いてくださいましたが、そうできないかもしれないと、
思う時もあられるのでしょうか。
いつ心を痛められていたのかは、
作品のどこからかは分かりませんが、、、
心を痛めるに至る何かのすべては、心の中でぶっ飛ばして頂ければ。
人であれ、誰かの感想と言う名の口撃であれ、ご病気であれ・・・。
感想、批評、比べられること。
プロだからといっても、人なんだと思うのです。
作家さんの多くが、批評について心を痛めることがある、ということを、思います。
SNSなんかでも作家さんへ心無い言葉を平気で当たり前のように投げかけられているのを見て、私が心を痛める事もあります。
批評家の銅像は無い、と、某作品でも私はどうしても入れたくて書きましたが・・・。
感想と言う名の、意見批評他、作家さんの創作エネルギーを削ぐすべては、
いったん横に置いてしまっていいのだろうと思うのです。
優しいからこそ、すごく真正面から受け止めていらっしゃるのだろうなと思うばかりです。
強くて優しい、キョーコさんは、多分、先生はついて行っていると書かれていましたが、先生の中にその人格が無かったら絶対産み出せないと思うのです。強くて優しくて、かわいい!だからこそ、正面から受け止めてあげて、心を最大限まで痛めながらその様々なファンと言う名のネガティブな全員も含め切り捨てる事無く受け止めてきたのだろうと思うのです。勇気が無いと受け止めることはできないです。すごいなあ・・・いつ心を痛めていたのかもわからない程の輝きでそれすらも見せない先生のようなダイヤモンドメンタルを、私も見習って装備したいところです。
(以前感想で某作品の工藤仁は、どこか私に似ているというご感想を貰ったことがあります。私は私というものをそこまで性格が分かっている訳ではなく、いただいた時は「そうかな?でも私らしいかな?」とだけ思ったのですが、どうでしょう、私らしいですかね?工藤仁はすごく好きで書きやすい人でしたけど・・・。今思うことは、オリジナルのキャラクターは私の中に住んでいる一つの多面的な自分なのかもしれないと思う時もあります。私が何かを生み出すときは、いつも直感、だいたい、ですが、実のところは、心の奥底をマイニングして掘り起こしているだけなのかもしれません・・・。だから、私の書くキョーコさんも蓮も、原作至上主義であっても実際の本誌の二人とは全然異なる部分がたくさんあるけれど、私バージョンの二人で、それでいい、とも、思っているのです。本誌のキョーコさんはつよくてかわいい!)
私はスキビがあることで、うまく生きてこられたというのは、
これもまた間違いありません。
趣味で始めたことで得たことが全部仕事に生かされたり。
出産後、退院してからすぐ出た本誌がどうしても読みたくて、
まだスマートフォンが無かったときなので、コンビニまで行かねば・・・と、
買いに出たらうっかり子宮が開いてしまい。
その後自宅にて後陣痛にのたうち回り、激痛と共に本誌の続きを読んだり^^。
ほとんど寝ずの時期の今残っている唯一の記憶が、後陣痛とスキビ。
本誌を買いに行く(キョーコさんに会いたくて)という唯一のご褒美で喜びだったのでした。
どうやってその頃寝て起きて生きていたか殆ど覚えていません。
なかなか楽しい記憶です。
今でも本誌を買いに行く時だけ子供心と同じようにウキウキします。
電子が出来てくれたおかげで、夜12時を回るのをウキウキしています。
待っているうちに、寝落ちてしまうことも多くなりましたが・・・。
半月に一度、月に一度、それから、この世の片隅でひっそりと薄い本を作って、
それで生きていられたというのは確かなのであります。
本を創ろう・・・!
なんか薄くてもいいから何か作ろうっ。
イベントもまだ出られないけれど。
ラブな本がいいな。
早く作りたいという気持ちだけがある、この冬の11月であります^^。
(オマケ@今日、知人の所へ行ったら、シュミなの、と、言いながら、私のために天使のカードを引いてくれました。ガブリエルが出てきました。ガブリエルは、産み出す力がつよく、創造や創作のための天使で、意味は書くこと、本を作ること、創作活動、と、言われました。ガブリエルを見た瞬間、書くこと、というのは分かるので、シュミですかね?そうですね?キョーコさん今回の本誌も泣いていて可愛いですしね?と思いました。私のこの趣味はごくわずかな人しか知りません。カードを引いてくれた人も知りません。だから「何か書いた方がいいみたいよ?何か作ったら?」とすごく真剣に教えてくれました。書く時期よ、と言われたみたいでありがたい~。何か書きたいな♡)